牛牛牛で犇めく(ひしめく)と読むみたいだけど、つまり牛だけにぎゅうぎゅう詰めってことなのか?
車車車で轟く(とどろく)
女女女で姦しい(かしましい)
木木木で森
状況を的確に伝えている気がするのだ。
世界の経済を支える農業、林業、漁業といった第一次産業。それは魔界、人間界、天界といった三界全てに当てはまるものである。中でも魔界には広大な土地を使った大規模農業がある。それこそ多種多様の魔物がそれぞれの特性を生かしているために実用できている。
魔王城の城下に広がる膨大な農地を横一列に並んだケンタウロスが犂(畜力で使う場合はこちらの字)を引きながら耕している。そんな魔界の原風景を眺めている当代の魔王。その傍らに佇むは美しい湖を彷彿とさせるエメラルドグリーンのふわふわロングに慎ましい胸、へその下から奥に長い純白の胴、そして特徴的なその長い四脚の脚と額から伸びる角。そう。彼女はユニコーンである。
「魔王様。彼らは何をしているのですか?」
ユニコーンは魔王に素朴な疑問を投げかける。
「おやおや。王女様はご存知ありませんでしか。彼らはあのようにして畑を耕しているのですよ。」
「あの者たちは働き者ですね。あとで褒美を与えましょう。後日、使いの者を送りますのでリストの方をお願いしたします。」
ユニコーン族の若き(推定230歳)王女。
多くの者が知っている通り、ユニコーンというのは基本的にオスが産まれることが多い。そのせいかどうかは定かではないが、全体的に処女厨と言われのない暴言を吐き捨てられることがある。
馬種の魔物というのは種族としての誇りが高く、その背に跨ることができる資格を持つものが少ないとされており、伝説級の戦乙女や天使、または古の勇者といった強大な力を持つ存在と共に戦場を駆け巡ったということが書物に記されている。
勘違いしてほしくないのは、それは人間でいうところの太古の歴史であること、そして馬種の住む地域は魔界だけではなく人間界でもその範囲であること。
ケンタウロス種に属する種族はその背に人間を乗せ買い物や遠出をする姿がよく見られる。
現在、人間界で人間たちのコミュニティの中で生活する魔物は共存共栄、利害の一致、相互扶助。目的は多々あれど生きていくうえで必要な関係であるのは間違いない。
「ところでお嬢様。このあとお食事でもいかがでしょうか?森での食事は川魚と野草が殆どと聞いておりますので、海の方の食事など」
「まあ!本当ですの!?」
「ええ。共び種族の頂点に立つ身。森林の聖域に住まう王女様に【きっかけ】を、と私からのささやかな贈り物でございます。」
「ふっ、ふふっ、」
突然、王女様が笑い出す。なにか面白いことがあったのか魔王自身、何が面白かったのかを理解していないみたいであった。王女はそっと彼の腕に頭を預ける。
「ちょっと前まではこうして一緒に『城下町の探検だ』といって連れ出してくれましたね。」
「そうだな。」
「あの時は毎日が楽しかった。ちょっと怖いこともあったけど、それでも見るもの全てが輝いて見えてた。王女として振舞う様になってからは見たくないものまで見なくてはいけなくなってしまいました。」
「幼き頃は理解していなかった。互いにこうして種の頂点として振舞わなくてはならないというのは、その立場になってからしか実感できないものだ。」
「私たち、背負うべきものがこんなにも大きいものなのですね。」
「安心しろ。」
「えっ・・・」
魔王が彼女の正面へと動き抱えるように優しく抱き寄せる。
「私は魔王として魔物の王として君たちのことも背負い続けていく。ローラ。未だに頼りないと思うが、この魔王のことを信用してほしい。」
「・・・・はい。」
(あったかい。できることならずっとこうしていたい。でもそれはいけない。してはいけない。それでも。今だけはこうして・・・)
朗らかな陽気に包まれた空間は僅かな静寂しか入り込むことはできなかった。
「若様!ローラ様!緊急事態につき失礼いたします!」
が、そんないい感じの雰囲気は往々としてぶち壊されるのが世の常なのだ。
今回も例に漏れず伝達のネコマタが割り込んできたが、その急ぎようから事の重大さが伺える。
「南西の方角より暴れ大牛が迫っています。」
暴れ大牛とはその名の通り巨大な牛である。だが問題なのは常に暴れ狂っているといって差し支えない挙動。
「準備する。ゴーレム部隊を並べろ。私が行くまで時間を稼いでおけ。」
「ハッ!!」
☆
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「来たぞ!防御壁展開!」
「ハッ!」
暴れ大牛のルート上にある城壁を透過の魔法を使い敢えて通過させる。一度城の中に入れてしまえば後ろは堅牢な壁で正面は異常なまでに強固な魔法結界が袋小路している。とはいえ、あまり被害を出すことはしたくはないため多くの魔界騎士が盾を構えている。
「魔石防御展開」
各々の持つ盾の中心に埋め込まれている魔石が両隣の意志と共鳴する等に輝きを増し、城門のように巨大なクリアブルーの壁が出来上がる。
「ムオオオッ!!ボモオオオォォォッ!!」
暴れ大牛は目の前に立ちはだかる魔法の壁に突っ込んだ。強烈な一撃により数名の魔界騎士の盾に亀裂が走る。同時に激突した反動で大牛が後ろに下がった隙に控えていた魔法騎士と交代し魔石防御展開を再展開した。
「隊長!砲撃主、装填主、運搬部隊、それぞれ配置に着きました。いつでも打ち込めます!」
「指示があるまで待機。合図とともに一斉砲撃を加える!」
「ハッ!!」
魔界騎士が抑えている間に植物タレットと呼ばれる魔界植物が並べられた。アロエとラフレシアを組み合わせたような見た目の花弁を暴れ大牛の頭部へと標準を合わせる。動物的な本能からか、突進の威力が一気に跳ね上がったのか、魔石防御展開に一気に亀裂が走った。
再び後ろに下がり突進の準備をする暴れ大牛の姿はまるで人間界に存在していた暴走特急を想起させる。魔前足で地面を抉りながら今にも突っ込んできそうな雰囲気を出しているのを、この場にいる全員が感じ取っり魔界騎士と魔導士は魔石防御展開に注ぐ魔力を強めることで強度を厚みを増やし、召喚士が巨大なゴーレム兵を召喚した。
暴れ牛鬼を受け止めるもその巨大な双角によって胴体を貫かれるゴーレム。しかしその体のほとんどは土や粘土で構成されているため崩壊せずに保っている。それだけではなく、貫かれた部分を補うかのように地面から吸い上げられた土塊によって双角ごと固められ始めた。
「BUUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
違和感に気が付いたのか暴れ大牛が叫ぶと同時に力任せにゴーレムをかち上げると、勢いそのままに首の力だけで吹っ飛ばした。吹っ飛ばされたゴーレムは錐もみ回転をしながら高々に弧を描きながら頭部から落下。ドリルのように深々と突き刺さるゴーレムは機能を停止し体は崩壊。土と泥と粘土の塊は大地へと還っていった。
「ぬぅ・・・まさかあれほどまでの力があるとは・・・」
騎士団長の顔の彫りが妙に深くなり眉毛も太くなったような気もしたが抉るように角を振るうその姿は大陸を耕す重機の様である。もはや防御壁など障子紙同然の扱い、いともたやすく突き破られ城の本丸へとただまっすぐに突き進む。
もはやこれまでと、とみた。その瞬間!
ゴボッ
ジャラララララララララララララララララララララララ!!!
突如として周囲の地面から勢いよく射出される無数の鎖によって暴れ大牛の四肢や双角や胴体は拘束された。身動きの取れなくなったところを見るや魔界騎士たちが魔石防御展開を展開しつつ徐々に行動を制限させていく。
完全に動きを封じ込まれたところで騎士長の傍にローラ姫を連れた魔王がゆっくりと舞い降りた。
「こ、これは若様!それにローラ様まで!」
跪き頭を垂れる騎士長。たかだか牛一頭にこれだけの苦戦してしまったこと、そして自らの無力を露にしてしまったことへの申し訳なさに握りこぶしが震える。
「騎士長。顔を上げよ。私の数少ない自慢であるお前が、そのような態度を取ると魔王軍も形無しだ。」
「ハッ!申し訳ございません!!」
「では兵たちをどけてくれ。安心しろ。私の拘束魔法でピクリとも動くことはない。」
「畏まりました!!」
スッと立ち上がり魔界騎士たちへ武装解除の令を下すと同時にローラ姫が暴れ大牛へと近づき一礼。
「ローラ様!危険です!」
いくら魔王自ら使用した拘束魔法とは言えども、あれだけの力を持つモンスターなのは違いないのだが心配する魔界騎士たちに一言「ご心配なく。王女なので」とだけ伝えた。
鼻息を荒立てる暴れ大牛はローラの姿を見ると鬼の形相から一気に柔らかい慈しみのある表情へと変化していった。
「バロッフ様。ご安心ください。明後日には戻ります。」
バロッフと呼ばれた暴れ大牛は瞼を閉じ、嵐が過ぎ去ったかのように静かになった。
「ご迷惑をお掛け致しました。定期連絡の方が上手く伝わっていなかったようで、ここまでかなりの距離を踏み荒らしながら城の方まで突っ走っていたみたいです。文字通り猪突猛進だったと反省しているようです。牛なのに。」
「そうか。では後で水晶伝達を使うといい。」
若様は空を見上げると、何もない虚空に向かって言い放った。
「大老婆。聞いているのだろ。今言ったとおりだ。水晶を準備しておいてくれ。」
返事はない。傍から見ればただ上空に向かって語り掛けている中二病患者の様ではあるが、魔法というのは常に目に見えないところで使われているモノなのだ。
「皆の者聞くといい。後処理に関しては後ほど分担作業を行う。今は僅かながらではあるが休息を取るといい。魔導部隊はゴーレムコアの量産する準備しておけ。解散。」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
魔界騎士、魔導士、騎士長、みな一斉に「気をつけ」の姿勢を取り右の拳を胸の前に持ってくると一糸乱れぬ動作で応えた。
「ローラ王女。先ほどの礼、というわけではないが何かできる限りのことをしたい。何を望む。」
人差し指を顎にあて「うーん。」とかわいらしく考えるも彼女は
「やっぱり何もいりません。」
と、人間界なら万人を虜にするような笑みで応えたのだった。
「々」の字は踊り字といって繰り返しの記号みたい
読みはないらしく、「おなじ」とか「くりかえし」とかで変換すると出てくるみたいです。