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魔王の美味しい幸福論

良い飯を食い、いい女を抱く、男なら誰しもが憧れたことだろう。

しかし、それができる地位にありながらもできない存在もいる。

例えば一国の王。出来立ての一番おいしい状態の料理はまず口にできない。逆に毒見を行うものは、苦に一番腕のいい料理人の一番おいしい状態の料理を食べることができる。







灼熱の息を吐き、立ちはだかる存在をことごとくに焼却するドラゴン。

大海の底の底に住み、いたずらに嵐を巻き起こす超巨大なクラーケン。

地を走れば他を圧倒するユニコーン。天を駆けるように飛ぶペガサス。

まさしく天災とも呼べる存在を従える存在は孤独である


巨大なテーブルに1人で座り、一人で食事をするオーダー。

テーブルの横にはソムリエとシェフとメイドが立ち並びワンゴによって運ばれる食事に手を付けるオーダーの姿を横目に確認している。


「こちら巨大麦の一粒パンでございます。ソースを付けてお食べください。」


パンを千切りガーリックの香るトマトベースのソースを一塗り、口へ運ぶ。


(美味い。美味いが・・・・やはり足りない。一人でする食事もいいが、大勢で食卓を囲む方が私は好きだな。それを言ったところで。)


「はぁ・・・・」


「お口に合いませんでしたでしょうか。」


「ん?違う違う。美味しいんだ。ただ――――」


「ただ?」


「――――こんなに大きいテーブルに1人で食事っていうのもね。物悲しくてね。」


「我々が主と共に食卓を囲むわけにはいきません。」


「その点に関しては君たちが羨ましいよ。」


「では四天王の方を呼んではいかがでしょう。あの方々は遠慮がありませんので。」


「そうしたかったんだが、生憎三人とも今はいなくてね。」


「申し訳ございません。」


「謝る必要はないさ。」


ソムリエは一礼して下がっていった。


ワゴンに乗せられて運ばれてくる魚料理の香りだけが静かに香ばしく広がるだけだった。


そんな感じで四天王(三人)が戻ってきて早数日。

どこからかその話を聞いたのかバレンティが「若様。こっそりとお食事にでもいきませんか?」と提案され、二つ返事で承認した。







コンコンッ

「若様。起きていますか?」


執務室の扉を叩く音。向こう側から聞こえるフラムの声。


「入ってきていいぞ。」


窓際で月明かりに照らされながら本を読んでいたオーダーは、扉に指先を向けてちょいちょいと動かすと厚く重たい扉は静かに開いた。


ただでさえ音を出さず移動するフラムではあったがカーペットの吸音性も相まって、静かな執務室にはページを捲る小さな音しか存在していないようだった。


1ページ捲ると本の間から青い星が浮かび上がる。またページを捲れば似たような青い星が浮かび上がる。月夜に照らされるその姿は教会のステンドグラスの様に美しいとまで言われていた。


「若様。なにをご覧に?」


「安定している世界を観ていてね。たまにこうして確認しているんだよ。確かに私は魔王だ。人間たちからすると破壊と混沌を招く災厄の存在。でも一番大切なのは愛と平和だと思ってる。」


「若様は手当たり次第に壊したりしませんからね。」


「人間たちの文化や営みの中には、我々のそれを超えているものも多いからね。それが失われるのは心が痛い。」


「一度失われたものは元には戻りませんもの。」


本の間から浮かび上がる地球をしばらく見つめていたオーダーは、フラムを手招きした。


「この世界は3つの大陸で争いをしていた。でもいまはその時のことを知ってい人間はいない。歴史に記されている程度でしか情報を得ることは難しい。血で血を洗う争いがあったにも係わらず、いまはこうして手を取り合っている。私はこういう世界が見たい。」


「活気があっていい世界ですね。この前の出張でいった世界は悲鳴が絶えず聞こえるような場所でした。ああいう場所より、こっちの方が行きたいですよね。」


「次はなるべく平和な世界にしよう。」


「ありがとうございます。若様。」


「他の世界も、早く平和になるといいな・・・」


「そうですね。若様。」









それから数日後、オーダーとバレンティは人間界の港町いた。


港町と言うのはどうも活気に溢れ、連日騒がしくて仕方がない。そして今日も漁から帰ってきた船を歓迎する声が響き渡る。観光地にもなっているこの港には出店や露店が立ち並び人で賑わっている。


「いやー。若様。港町というのは楽しいですね。」


バレンティは出店で買ったものを魔法で浮かべつつ、右手にコロッケ、左手に団子とお愉しみモードに突入していた。


「バレンティ。本当はただここに来たかっただけなんじゃないのか?」


「あれ?バレましたか?」


「当たり前だ。こういうときは本当にわかりやすいな。」


「楽しい時、嬉しい時は人も魔物も変わりません。それなら素直に楽しんだもの勝ちというものですよ。あ、お姉さん。それ1つください。」


町の観光と買い食いが今回の目的。こうしたランダムな店での食事なら毒を盛られる心配はない。万が一、一般客が食べてしまったら一大事になってしまうからだ。実際に、右を見ても左を見てもついつい釣られてしまいそうになる程、美味しいそうなものが並んでいる。


「若様若様。サービスしてもらっちゃいました。一本どうぞ。」


「こんな光景、城の奴らが見たら卒倒するぞ。」


「いいのですよ。もし見ているのなら見せつけてあげればいいんです。若様はこうした楽しいお食事を望んているって。」


オーダーの口に海鮮串が突っ込まれた。口の中に広がる魚介の味と噛むごとに染み出る旨味のエキス。香ばしく焼かれたミルエビルやオニカマスの絶妙な塩加減がこれまた絶品。


※ミルエビル

最大全長25センチ。通常は白色。火が通ると赤くなる。

比較的浅いところの砂浜に生息している。色が白いのは砂浜の色に擬態するため。

頭部と腹部の間の部分に貝類特有の水管にあたる存在している。


オニカマス

実際に存在するものとは違い、背中に生えている角から背びれが伸びている。

オスとメスの見分け方は背中の角の数。オスは一本、メスは二本。

脂がのって美味しいのがメス。身が引き締まって食べ応えのあるのがオス。


「見てください若様!サメマグロの解体ショーですって!見に行きましょう!」


無邪気にはしゃぐその姿はまるで子供。だが、その実力は魔界屈指であることを忘れてはいけない。冷静で冷酷な面を持ちつつ、無邪気な面も、熱い男気のある面も、たくさんの顔を持っている。それが四天王の一人バレンティ。

いまの彼は目をキラキラさせて、初めて見るサメマグロの解体を楽しんでいる。


(楽しそうな笑顔。鮮血湖のバレンティと恐れられていた時とは大違いだ。)


「そこの黒スーツの兄ちゃん。どうだい。食っていかないか?」


「わ、私か?」


活気のある腕の太い豪快な声を出す男に話しかけられて、驚いてしまったオーダー。


「そうだそうだ。そっちのあんちゃんの連れだろ?さっきから穴が開いちまうほど見られていてな。あんなに真っすぐな眼は久しぶりに観た。」


「バレンティ。食べていくか?」


「食ってけ食ってけ。ちょいとサービスしといてやっから」


「そう言ってますし若様!せっかくですから食べていきましょう!ね!ね!!」


「それじゃ二名で。」






店の中はカウンター席が8。テーブル席が4。奥の座席が2席。チェーン店ではなく地域で有名な居酒屋のような雰囲気は気分を落ち着かせてくれる。そして目を引くのは他の客。明らかに一般人ではない。先ほどまで子供のようにはしゃいでいたバレンティも四天王の一人の顔になっていた。


「ご注文は」


お茶を置いた店員も、注文を取りに来た店員もなにかおかしい。人差し指と左の手の平にタコがあったり、懐に不自然な膨らみがある。なによりも足音が静か。


「ここのオススメを二つ。」


「畏まりました。」


注文を終え手を重ねた瞬間、時間が止まった。


「凄まじい場所だな。まるで鍋の底。良いも悪いもごった煮の闇鍋。全く、食えたもんじゃない。」


「降りかかる火の粉は全て払いのけますのでご安心を。」


「お前はやり過ぎるところがあるからな。ヤるにしても相手は選べ。」


「ステルスは観たもの全てを消せばいいと本に書いてありました。」


「なんだその教育に悪い本は・・・・まあいい。」


オーダーが手を組み直すと時間が動き出した。

お茶を一口飲み。静かに料理が来るのを待つ。包丁を研ぐ音を、野菜の切る音を、味噌の香りを、炊きあがった米の香りを、耳と鼻で楽しむ。食は語感の全てを使って楽しむのが作法ともいえよう。

調理過程をパフォーマンスとしている店、店先でいい香りを振りまき食欲を誘う店、視覚、嗅覚、聴覚は合計で95%以上の感覚を担っていることからもわかるだろう。





「おまたせしました。サメマグロの丼です。では。」


赤身とトロの中間の部位をふんだんに使った一品。サメマグロはその気性の荒さから初物は国への献上品と相場が決まっている。舌で溶ける程に融点の低い脂は、決してしつこくなく旨味の爆弾とも言われている。


「まずそのままで一口。」パクリッ


「!!?」「こ、これは!!」


赤身特有の素材の味。その身は白身魚のように弾力がありながら濃厚な味わい。一瞬、上質なステーキを食べているかのように舌が錯覚する。飲み込んだら今度はその旨味に喉が喜びを感じている。口から食道へ、そして胃袋へ到達するまでの短い旅路をもっと味わいたい思わせてくれる。


「赤身でこれほどとは・・・・」


次に米を一口。

先ほどまで口の中を支配していた赤身のうま味が一瞬にして混ざり合い、鉄火丼として口内調理された。だが口にあるのは米だけ。主張しすぎず、それでいて赤身のうま味に押しつぶされてもいない。引き立て役に甘んじていない。


(正直、これ以上は危険すぎる。赤身と米。かつて食べたパエリアという料理とはまた違う美味さ。生の食材と炊いた米だけだぞ。)


オーダーは生まれて初めて食に対する恐怖を覚えた。数多の旨いものを食べた。希少なものから一般家庭にあるもの。だがそれも超一流の料理人が食材から選び抜いたものばかり。味に関しては文句のつけようがない。


(だがしかし、ここで退いては王の名折れ!いざ、勝負!!!)


トロを一口。咀嚼。咀嚼。咀嚼。飲み込む。


(あぁ・・・・なんていうことだ。世界を救うというのはこんなにも簡単なことだったのか・・・・いままで数多くの世界を破壊もした救いもした。こんなにも優しい救済があったなんて。)


いくら言葉を積み重ねようとこの味を表すことはできない。むしろ語れば語る程に、この料理の評価を落とすことになる。言葉にできない美味しさ。次から次へと食べたくなる。時間の感覚すら忘れ、会話をすることもなく、ただ黙々と目の前の料理を口運ぶ。


時間にしておよそ十分程度。丼と共に来た汁物を飲み終えたオーダーとバレンティ。入店時と変わらない顔であったもの、口元はほんの僅かに緩んでいる。


「またのご利用をお待ちしております。」


店を出るとまた活気あふれる港町であったことを思い出す。


「まさか政府の要人と裏の人間の取引現場になっているなんてな。」


「はい。港という取引にうってつけの場所で、こんな昼間から堂々と。」


2人はゆっくりと人混みの中へ歩みを進めた。雑踏の賑わいは人を隠すのにうってつけで、あっという間にその姿は多くの人たちに紛れて探せなくなっていた。誰一人として、そこにいた人物が魔王であるなんて知ることはなかった。

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