80話:善戦むなしく――
「――安い、本当に安い挑発だな。そんな事で、俺がまた暴走するとでも?」
両親、兄弟、まして親戚すらいなかったリゥは、孤独という重い枷を胸に取り付けられたまま幼少期を過ごした。
両親を亡くしたであろう直後に大全師に拾われ、幼い頃から戦闘訓練を行ったリゥ。体を動かしている間だけは気も紛れ、本当の親のように接してくれる大全師を家族だと思えるようになった。
しかし、大全師は当時から聖陽郷を纏める主郷。仕事もそれなりに多く、手が掛からなくなると一緒にいる時間も格段に減った。
そして長く月日が経ち、リゥは四天王候補としてクロに肉体の時間を止めてもらい、更なる修行に励む。何十年という歳月を只管修行に費やし、愈々四天王の座に就いた。
そんな四天王の任務は修行よりももっと忙しく、始めたばかりの頃は体が追いついても精神的に追いつけなかった。家に帰っても「おかえり」と微笑んでくれる家族はいなく、広い家をほぼ使わずに睡眠も食事の時も庭でヴォルフと過ごしていた。
そんなある日、災害地域や紛争地域で活動するリゥは、両親を亡くした一人の少年と出会う。
憔悴した少年を自らの家へ招き入れたリゥは自分の弟のように尽くし、育てた。
そうして数名の孤児を義弟とし十二人衆を立ち上げ、リゥは十二人衆たちと共に孤独から解放される。
「だからこそ、俺に孤独という言葉が効くと思ったんだろうが……それは大きな誤解だ。俺の正体が何であれ、四天王の仲間は、十二人衆の義弟たちは、聖陽郷は……! 俺を見捨てたりしない!」
「――くっ」
言い切ったリゥに、顔を歪めて舌打ちするゼンジ。
普段なら少しでも取り乱すようなことを言われると精神が不安定になり疑心暗鬼になるリゥだが、今日はいつもと違う。ゼンジの挑発に乗らず、冷静なまま一切取り乱さなかった。
「――まぁいい。どの道お前はここで殺す。暴走し勝手に自爆したら楽だったんだがな」
「テメェがアキラたちに手を出すってんなら、俺は絶対にお前を許さねェ」
そう言って、二人同時に踏み込むリゥとゼンジ。しかし、直線的で突進のようなゼンジの踏み込みに対し、リゥの踏み込みは単なるステップのようなもの。近付くゼンジの上を跳び軽々と避け、背後に回ったリゥはそのまま両足を後ろに突き出しゼンジの背中を蹴り飛ばす。
しかし、そんなリゥの動きを読んでいたかのようにゼンジ左足を軸にして反転。空中から着地しているリゥを目掛け、手を翳す。
「ハッ!」
短く口の中の空気を一瞬で放出するかのように叫ぶゼンジ。そんなゼンジの声の直後、翳したゼンジの手から炎が現出。片膝を突き着地したリゥの顔面目掛け、その炎は一本の矢となってリゥを穿ちに掛かる。
「詠唱なしでこの威力。分かってたことだが全く衰えてないな」
「当たり前だろう。何百何千と生きて、その末にお前にも想術を教えていたんだ。今更衰えなどしない」
「でも、進化もしない。教えて貰った時、そのままだ」
「まぁ、進化の必要が無いからな。その必要があると判断すれば俺もしている」
炎の矢が爆ぜ、段々と晴れる土煙。そんな土煙を逸早く躱したリゥは数メートル先でそれを眺め、大きく抉られた地面に眉を顰める。
リゥを初めとし、四天王や天使、十二人衆でさえも威力を落とさないように詠唱をする想術。そんな想術を、戦闘に於いてもほぼ無詠唱で行うのがゼンジだ。
昔からリゥの詠唱とほぼ同じ威力の想術を無詠唱で放っていたゼンジ。それを成せるクラフト量は、四天王随一のゴウさえもを軽く凌ぐ。
「――ア゛ァッ!!」
リゥの言葉に薄ら笑いを浮かべるゼンジに吠え、その距離を詰めようとするリゥ。
しかしゼンジは詠唱も予備動作もなしに次々と想術を行使。
地面から無数に突き出る岩柱を避け、リゥはそれを足場にして移動する。しかし、そんな岩は次の炎に砕かれ、足場にしていた岩を蹴って退避。更に避けた先の退路に放たれた電気を体を丸め回転しながら何とか衝突を防ぐも、下から巻き上げられる風に飲まれ体が宙を舞う。
「ぐっ……あァ! チッ、次から次へと……!」
風に吹き上げられたリゥは一旦ゼンジから距離をとって着地し、舌打ちをしてゼンジを睨み付ける。
「リゥ、大じょぅ……おぅわっ!? っぶねぇ……」
「ゴウ!」
「――集団戦ならと言うから一対二で相手をしているのだが、お前たちの連携は微妙だな」
距離をとってゼンジを睨むリゥの近くに、名無と交戦中のゴウが到着。
リゥに声を掛けたゴウに名無が飛び蹴りを繰り出し、それをギリギリのところで躱すゴウ。そんなゴウと名無を追いかけてゲンが追い付き、二人は再び名無と見合う。
「俺のことは気にすんな。それより、あいつの想術を躱すので手一杯なんだ。なるべく離れて戦っててくれ」
「ンだよォ……折角心配して来てやったのに損したぜ。分かった、こっちは俺たちで何とかしてやるから、そっちは任せたぞ!」
そう言うと、ゴウとゲンは同時に名無を攻撃しながらリゥの傍を離れる。
ゼンジと名無のどっちが強いか、名無と戦っていないリゥには分からないが、ゴウとゲンを二人同時に相手をしてあの余裕ぶり。きっと、リゥとゼンジの戦いを援護出来るほど易しい相手ではないのだろう。
今のままではゼンジを倒すことは難しいが、幹部の人数も少なくない。ゼンジがいない今の状態で他の戦いが互角なら、リゥはゼンジを一人でも止めなくてはならない。
「――征くぞッ!」
地面を蹴り、今度はさっきよりも速度を上げてゼンジに近付くリゥ。
生半可な速度では、息を吐くように放つゼンジの想術からは逃れられない。的を絞らせず、広範囲に渡る想術を展開させず、ゼンジの懐に入る。そして行けると思った時のみ攻撃を試み、それが終われば瞬時にまた距離をとる。
一度ロックオンされれば、ほぼ確実に逃れられないハメ技が来る。
「一回捕まればそれでほぼ百パーセント確死。やってらんねェほどにクソゲーだな」
目にも止まらぬ速さで走るリゥの姿は、何の誇張もなく正真正銘の疾風迅雷。一度瞬けば、次の瞬間そこにはいない。正に瞬き厳禁。
しかし、それは何もリゥの動きだけに言えたことではない。ゼンジの放つ想術にも、同じくそう言えるだろう。
「何故、想術を使ってこない?」
動き回り近付いて殴る、殴った直後には素早く離れまた近付いて蹴る。接近し攻撃し距離をとる。殴る蹴るなどの打撃でしか攻撃を仕掛けないリゥに、ゼンジはふと攻撃を止めて首を傾げる。
「――! 別に、理由なんてない。使わずとも勝てるから使わないだけだ」
首を傾げたゼンジに、目を細めて軽く配うように答えるリゥ。しかし、ゼンジはそんなリゥの一瞬の表情の変化を見逃していなかった。ゼンジの質問からリゥの返答までの間、リゥはゼンジの言葉を聞き僅かに瞼をぴくりと動かしていたのだ。
「(――もう少し、もう少しだ。少しでも長く時間を稼げ)」
「(何故想術を使わない? 使えないのか? いや違う。使えるはずだ。想術も、ましてや想技も使ったと報告があった。なのに、何でここまで来て使わない? クラフトの量が足りないのか? いや、まだそんなに多くは使ってないはずだ。大規模な想術でも狙っているのか?)」
お互いに睨み合い、ジリジリとタイミングを伺うリゥとゼンジ。
少しでも時間を稼ぎたいリゥには有難い時間だが、リゥが想術を使わない理由を気になるゼンジが何も仕掛けないわけがない。暫く睨み合うとゼンジは突然ニヤリと笑い、ゆっくりと手を前に出す。
「――ッ!」
想術を放つ構えを取ったゼンジに、腕を交差させて防御の体勢を取るリゥ。
「――!? 違うッ!」
しかし、ゼンジの視線が伸びているのはリゥの後ろ――シロとクロに守られながら周囲の戦いに圧倒されているアキラたちだ。
「――アキラァッ!!」
ゼンジの手から放たれた無数の氷柱が、リゥを素通りしてアキラたちに牙を剥く。
アキラたちに呼び掛けて回避してもらう――不可能。
シロとクロに呼び掛けて対処してもらう――不可能。
今からアキラたちの所へ行き全員を回避させる――不可能。
やはり、ここはリゥの想術でゼンジの想術を全て防ぎきるしかない。しかし、追いかけて相殺する攻撃想術ではアキラたちに被害が出る。ここは想術を重ねてでも防御系統の想術で受け止めるのが最適解だ。
「炎土壁、五重層!!」
「――ッ、リゥくん!?」
自分を通り越しアキラたちを襲う氷柱に振り向き、両手を地面に付けるリゥ。そんなリゥの詠唱の直後、アキラたちと氷柱の間に炎を纏った土壁が現出。五重に重なったその防御壁に氷柱が次々と衝突し、五枚目にしてなんとか全ての氷柱を防ぎきった。
「――そうか。お前、さては抑制剤を使っているな? 大方、ここに来る前にシムから貰っていたんだろう」
「チッ、バレたかよ……」
――そう。リゥが想術を使わなかったのは、シムから貰ってた抑制剤を既に使っていたから。
シムからもらった抑制剤はクラフトの流れを緩やかにし、暴走を防ぐ目的で渡されたもの。しかしその代償として想術の威力は弱まり、高火力なものは使えない。
よって、ノーマントに来る前から抑制剤を飲んでいたリゥの想術の威力は格段に落ちていて、それはセルビア戦からもそうだった。
ましてや、今回の相手は想術や想技に長けているゼンジ。抑制剤を飲んでいると知られれば、否が応でも撃ち合いに持ち込まれるだろう。だからこそ知られないようにし、何か企んでいると思わせておきたかった。
「――フッ。そうか。さっきお前が冷静になれていたのは、抑制剤のためか。血液に多く含まれるクラフトの流れを穏やかにするには、血管を広くするのが一番。だからこそお前の血圧も下がり、頭に血が上る前に落ち着いて考える時間が出来た。お前は頭に血が上るのが早いだけで、少しでも時間があれば考えることが出来るタイプだからな」
そう言って、納得したかのように口角を上げるゼンジ。そんなゼンジにドヤ顔で全て言い当てられたリゥは、心底気分を害している。
しかし、抑制剤の効果時間はおよそ二時間。その効果時間が切れるまで、リゥは正面からゼンジと撃ち合えない。
「効果が切れるまで時間を――とでも思っているんだろうが、生憎俺はそれを待つほど優しくない。想術が使えないなら、今のうちに仕留めてやるッ!」
「くっ……炎壊!」
言い切り、一つの予備動作もなく想術を放つゼンジ。炎、雷、土、氷の弾丸に四方を囲まれ、リゥはそれを少しずつ相殺し何とか回避する。
が、しかし。無詠唱でリゥよりも威力の高い想術を撃つゼンジに、リゥは段々と追い付けなくなってくる。
抑制剤の効果でクラフトの巡りも悪く、ゼンジの放つ想術のピッチに完全に遅れをとった。
「くそ……がぁっ!?」
想術を使えないと分かるや否や、完全に付け込み想術を連発するゼンジ。前の対処に追われれば後ろから攻められ、後ろに気を配れば左右。更には上下からも、攻撃は一瞬も止まずに続けられる。
「――かふっ、ぁ……っ」
「「リゥ様!?」」
ゼンジの猛攻に、リゥはとうとうダウン。膝を突き、そのまま力なく前に倒れ込んだリゥに、シロとクロが目を丸くして叫ぶ。
「抑制剤を使った状態であの動き――しかも過去には見たことないような動きも多々あった。別世界へ転生させたのは迂闊だったな」
接戦とは程遠いものの、抑制剤を使っていたにしてはかなり善戦したリゥ。そんなリゥを遠くから見遣り、ゼンジはふぅっと一息つく。
「――さぁ、今度こそ本当に終わりにしよう」
そう言うと、ゼンジは地面に倒れたリゥを見ながらゆっくりと歩を進める。
それはまるで、気を失ったリゥには死神の足音のように聞こえていた。




