79話:リゥの正体(後編)
目の前で倒れているリゥを見つけ、目を見開く十二人衆。そんな彼らを前にして、ゼンジは心底気持ちの悪い笑みを向ける。
「あに、き……っ! ――テメェ!」
視線をリゥからその横のゼンジに移し、怒りを顕にした声で叫ぶレツ。
リゥよりも小柄なその体から出たとは思えないほどドスの効いた声に、レツと関わりの薄い優輝たちは恐怖すら覚える。
「レツ! 来るな!」
怒声を上げてゼンジに突っ込むレツに顔を上げ、咄嗟に止めるリゥ。しかし、そんな呼び止めだけで止まるほど、レツの怒りは小さくない。
リゥの止める声を無視して、レツはゼンジに牙を剥いて襲いかかる。
「テメェだけは、絶対に許さねェッ!」
先の戦いで放った流星炸裂岩に、かなりのクラフトを注ぎ込んでいるレツ。しかし、今のレツにそんなことは関係ない。怒りという名の原動力をフル稼働させ、レツは炎を纏わせた拳を構えてゼンジに突っ込む。
「――がふァっ!?」
「レツ!!」
しかし、そんなレツの拳がゼンジに届く前。数メートルの距離を残している所で、横から現れた影にレツは蹴り飛ばされる。
そんなレツを見てリゥは慌てて飛び起き、蹴り飛ばされたレツを抱き抱える様に保護。先程までの生気を失ったような顔とは違い、今のリゥの目にはしっかりとレツを心配する感情が映っている。
「戦って負けたのはそこの男だ。勝負をすれば勝つこともあるし負けることもある。それを理解した上で戦い、そいつは負けた。貴様が私情を持ち込むことではない」
「戻ったか、名無。――それにしても、勝って戻ってきたのはやはり自我を残して生き返ったお前だけだのようだな。自我を残さずして肉体だけ甦らせた残りの三人は、敗れたか相打ちか……?」
レツを蹴り飛ばし、そのままその場に着地した影。その正体は、ゲンとの戦いから戻った名無だ。
そんな名無にゼンジは微笑を浮かべながらも、未だ戻らない他の初代に溜息を吐く。
「いや。俺も勝って戻ってきてはいない。今代の四天王とやらが面白いことを言ったから、一時的にこっちに来ただけだ。――奴も、もうすぐ来るだろう」
そう言って名無が空を見上げると、三人で固まって戻ってくるゲンらが見えてきた。
そして三人も自分たちに目を向けている名無らに気付くと、より速度を上げて接近。
「――遅くなってすまない。ゲンから大凡の話は聞いた。そっちは?」
「いや、こっちは何も聞いてねぇ。と言うか、そんな状況じゃなかった……」
乱れた髪をサッと整え首周辺の汗を拭うレイに、リゥは眉間に皺を寄せて首を振る。
本当は、安堵感から笑って歓迎したかった。しかし、今はまだレイたちに来て欲しくなかった。
自分の本当の正体――自分自身でも全く分からないそれを、ゼンジは知っている。
それを聞かされた時、リゥ自身はどうなるのか。レイたち仲間の四天王は、レツたち弟分の十二人衆は、いつも支えてくれるシロたち天使は……アキラたちには分からないとしても、何を言われるか分からない。自分自身でも知らないということが、何よりの不安要素だ。
「――いい所に来たじゃないか。お前たち四天王も聞くが良い。リゥの……歴代最強の四天王と謳われた今代四天王の中でも最強と名高かったリゥの、最強たる所以を」
「――何?」
「お前らが誰一人として知らない、リゥの本当の正体さ。何十年も一緒にいながら、お前たちは知らないだろう」
――リゥの本当の正体。その言葉に、レイたち四天王とレツたち十二人衆の顔が一気に強ばる。
「リゥ。お前の父――ザイデと、母――リオの正体。お前はそれすらも知らない。疑問に思ったこともほとんどないのではないか? 己を怪しむことはあっても、物心つく前からお前の両親はいなかった。故に、両親への関心がなかった。何故なら、もうその頃は既に俺がお前の親だったから……」
「黙れ。お前の事など、既に親と思っていない。その気になれば、いつでも消せる」
「でもお前はそうしない。何故だ? 確かに、お前の言うことは嘘ではないだろう。だが、俺の言うことには興味がある。己の正体が何なのか、お前を生んだ親の正体は何なのか。今のお前は、それを聞くまで俺を殺せやしない」
ゼンジの言葉を途中で打ち切ったリゥに、まだ言葉を続けるゼンジ。しかし、今度はリゥも言葉を打ち切らない。何故なら、ゼンジの言葉が的を射ているからだ。
今のリゥは、言葉でそれを否定しても確実に自分の正体に不信感を抱いている。人間と全く同じだった容姿に反し、人間とは確実に違う点。
事ある毎に起きる自分自身でも全く抑止力の効かない暴走、いつも冷静なレイですら使えない想技を使える局所的な集中力、全ての属性に適性を持ち更には身体能力も高いというオールマイティなポテンシャル。
自分でも分からなかったその謎が、ゼンジの言う正体を知れば分かるはず。物心つく前からいなかった実の親のことも、第6支部でモーサに見せられた謎の過去も。全てが目の前のゼンジの脳に入っている。
「――漸く素直に話を聞く気になったようだな。では、先ずお前の肉親のことから話してやる」
大人しく沈黙したリゥを見て、近くの岩に腰を掛けるゼンジ。そんなゼンジとリゥを中心に、今代四天王と残っているゲキ以外の先代四天王、そして天使と十二人衆、更にはアキラたちがリゥの後方。岩に座るゼンジの後方には、唯一生き残った初代四天王の名無と、いつの間にか集まっていた邪陰郷の直属幹部と思われる複数の邪陰郷サイドのメンバーが控える。
「お前の母――リオは、雲の上から地上を見守る天の守護神と呼ばれる龍神族、そして父――ザイデは、里で日々戦いに明け暮れる地の破壊神と呼ばれる鬼神族だ」
龍神族と鬼神族は、人間や妖精、巨人などの種族とは異なる、神の領域にも踏み込むとされる神聖種だ。その能力の差は歴然で、基本的に種族同士の争いで人間や妖精などは神聖種に勝てない。
龍神族の中でも特に強くはない雑兵が相手でも、十二人衆以下の戦闘力では戦いにならないだろう。
そんな神聖種の名を出したゼンジの言葉に、聖陽郷サイドのメンバー――その天使以外の全員が大きく目を見開く。
リゥを含めてレイやカエ、レツたちがゼンジの言葉に目を剥く中、二人で顔を伏せているシロとクロ。震える口を固く結び、額から頬、そして首へと冷や汗を流す二人に、レイが目を向ける。
「シロとクロは、知っていたようだね」
「――っ、申し訳、ありません……」
「いや、別に責めるつもりはないさ。初代四天王の時代から生きている君らなら、知っていても不思議はない」
前にいるリゥに聞こえないよう、出来る限り小さい声で話す天使とレイ。
その二人の会話に目の届くゼンジは気付いたようだが、それには触れずに話を続ける。
「龍神族だったリオと鬼神族だったザイデ。龍神族は雲の上から降りることを許されず、鬼神族は地の里から出ることを許されていなかった。しかし、人間族が住む土地――今の聖陽郷での争いが激しくなった時、龍神族の中でも争いを好まなかったリオはそれを治めるため、鬼神族の中でも争いを好んでいたザイデはそれに参戦するため、禁忌を犯してその故郷を離れた」
ゼンジの話に、その場にいる全員が聞き入る。それは、聖陽郷も邪陰郷も同じく、この世界の知識をほぼ持っていないアキラたちにも言えることだ。
龍神族も鬼神族も分からないであろうアキラたちは、今のゼンジの話で語られる物をそのまま知識として取り入れて内容を理解する。しかし基本の知識がないまま聞くには難しい話であり、大凡理解出来ているのはアキラと蓮くらいだろう。この世界に来てから数ヶ月の知識を持つアキラと、元々頭が良く理解力の高い蓮。その二人でさえ、時折眉間に皺を寄せて首を傾げるほどだ。
「しかし、当然の如く禁忌を犯した二人には罰が下る。二人はそれぞれの種族の象徴を奪われ、リオは翼と尾、ザイデは角と気を失った。翼と尾を失った龍神族は本来の力を行使することも出来ず、リオは帰ることもできない。角と気を失った鬼神族は戦闘力が格段に落ち、思うがままに暴れられない。そんな中で途方に暮れた二人は出会い、二人一緒に新しくこの世界でやり直すことを決めた。そしてその後二人は長い時を過ごし、ある日漸くその間に出来たのが、龍神族と鬼神族の混血。リゥ――お前だ」
言い放ち、ゼンジはその鋭い眼差しでリゥの目を射抜く。
龍神族と鬼神族は、元よりこの世界の上下のカーストでも一位を誇る上位種族。操作性重視の想術と特殊戦術に長ける龍神族、威力重視の想術と体術に長ける鬼神族。どちらも想術の扱いが規格外に上手く、特殊戦術と体術――それぞれの種の長けたものと組み合わせることで類まれなる戦闘能力を持った種族だ。
しかし、リゥの中では幾つか疑問が残る。確かに龍神族と鬼神族は強いが、二人は禁忌を犯した罰としてその力をほぼ人間と等しいほどまでに奪われた。現に、モーサに見せられた過去でも人間らしき相手に苦戦を強いられていた。
なのに、その二人から生まれた存在が何故最強などと謳われるのか。
「雑種強勢。天の守護神と地の破壊神――その対になる神聖種の間に命を持ったことで、類稀なる才をお前は手にした」
雑種強勢とは、特定の両親の間の子どもが両親よりも優れて生まれること。どの種にでもある訳では無いそれが、これ以上に無いほど強力な形となって化現された。これは文字通り、人間界に神が現れたも同じことだ。
「ただ、世の中そんないい事ばかりでは無い。人の為にと降りてきたリオの想いが強く影響され、お前は邪陰郷に来ることを強く拒む。さらに、鬼神族であるザイデの奪われた力が『暴走』という形で時折体現される。お前は、リオの本願で邪陰郷に加われず、ザイデの本性で聖陽郷に害を齎す――」
「――! しまったッ!」
そんなゼンジの言葉の直後、一斉にゼンジに飛び付くレイたち聖陽郷サイドのメンバー。しかし、含みを持たせた言葉に続けて口を開けるゼンジの前に、名無を初めとした邪陰郷サイドの面々が立ちはだかり道を塞ぐ。
「――お前は、生涯孤立した孤独な存在だ」
「――――っ!」
言い放ったゼンジの言葉に、目を剥き息を呑むリゥ。そんなリゥの様子にゼンジはニヤリと笑い、レイたちは顔を歪めて切歯扼腕する。
ゼンジが、ただの善意でリゥに都合のいい情報を渡すわけがなかった。ゼンジがリゥに情報を渡す意味の裏を読めず、話に集中しすぎた彼らはそのままゼンジの思う壷。
「お前は生涯孤独な存在だ! 何者にも属せず、何物にもなり得ず、周囲から孤立して置かれる! だが感謝しろ。そんなお前の哀れな人生を、今日ここで俺が終わらせてやる。邪陰郷に使えないのなら、お前は今ここで殺す。ああ、安心していい。お前を殺した後に、お前の大事な十二人衆とそっちのガキ共もすぐ後を追わせてやる」
そう言って、リゥからその後ろにいるアキラたちに視線を移すゼンジ。そんなゼンジの言葉に顔を伏せ、リゥは拳を握る腕を小刻みに震わせる。
それが怒りからくるものか、そうでないのか、それはきっとリゥ本人にも分かっていない。しかし、今のリゥを包んでいるのは負の感情。決して明るく温かなものでないことは、誰の目にも一目瞭然。
周りで四天王や十二人衆が邪陰郷の幹部と戦闘を始める中、リゥはその場から動かない。
そしてそんなリゥに近付こうとするレイたちを、邪陰郷の幹部が阻む。シロとクロもアキラたちを守りつつ邪陰郷と戦い、誰もリゥの元に近付けない。
このままゼンジの精神攻撃が続けば、リゥはまた暴走してしまう可能性がある。
しかし、そんな可能性を不安視しながら邪陰郷と戦うレイたちの目前。ゼンジの思惑とレイたちの不安が、一気に晴らされた。
「――安い、本当に安い挑発だな。そんな事で、俺がまた暴走するとでも?」
落ち着いた、至って冷静な口調で言葉を発しながら、リゥはずっと伏せていた顔を上げる。
するとそこには、絶望にも怒りにも、何者にも囚われていない、生気あるリゥの目が輝いていた。




