79話:リゥの正体(前編)
歓喜に打ち震える十二人衆は、体に溜まっていた疲労感を忘れて飛び跳ねるように喜ぶ。
一人は本当に文字通り飛び跳ね、一人は確かな勝利を噛み締めるように頷き、一人は戦いの手応えに力強くガッツポーズをする。その喜び方は正に十二人十二色だが、全員の勝利への喜びの気持ちは等しく均一。十二人のチームでの勝利に、心の底から万遍の笑みを浮かべている。
「さぁ、これで僕たちの勝ち! 早くお兄ちゃんたちのところに行くよ!」
攻撃を終えて宙に霧散した岩の影からは、何も見えてこない。そしてサドの音探知にも、クラフトでの反応もない。今この時を以て、確実に戦いが集結したのだ。
その事実を十二人衆全員が確認し、リゥたちの所へと向かう。
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レツとスイ、イルとクラ、ネイとセト、ライとフウ、ネスとグラ、サドとイオ。十二人衆はそれぞれ二人組に分かれ、お互いに肩に腕を回して支え合いながらリゥたちのところへ向かう。
十二人衆とリゥが離れてから、経過している時間は約一時間。リゥが誰の相手をするかは大凡見当が付くが、向こうにはシロやクロ、場合によっては戦いを終えた四天王たちが戻っている。それだけ面々でそれだけの時間があれば、決着がついていてもおかしくは無い。
「――戻ったぜ! 兄……き?」
「ちょっとレツ! 先に行かないで、って……え?」
途中から単独先行してリゥたちの元へ降り立ったレツ。それを追いかけてスイも到着し、次々と十二人衆がその場に集まる。
しかし、そんな彼らの目に映った光景は決して彼らを笑顔にしない。それどころか、勝利に歓喜していた余韻すらも奪い去ったのだ。
「――ほう、砕鬼も負けたのか。だが、遅かったな。たった今終わったところだ」
十二人衆の目の前で、リゥが一人、四肢を放り出して倒れている。
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時は一時間ほど遡り、レツたち十二人衆に砕鬼の相手を任せたリゥはシロたちのいる場所へと向かう。
「――シロ! クロ!」
「リゥ様! 良かった。十二人衆の方々は、無事にリゥ様の元へ迎えたようですね」
空中から複数の影が集まっている場所を見つけ、即座に降りるリゥ。そんなリゥは目の前シロとクロ、そしてゼンジに目を向け、キュッと眉を顰めた。
「アキラたちを守ってくれて有難う。十二人衆が抜けてから、よく二人で耐えられたな」
「いいえ、私たちはほぼ戦っていませんよ。十二人衆の方々がリゥ様を呼びに行ったあとは、リゥ様の戻りを待つと。その間はずっと膠着状態でした」
「そうか。――随分と余裕なんだな?」
そう言ってゼンジの方をキッと睨むと、ゼンジは薄ら笑いを浮かべる。そして徐ろに腰を上げると、そのままゆっくりとリゥに目を向けた。
「それはそうだろう。全盛期と比べれば、今のお前にはまだクラフトが足りてない。体はかなり動かせるようだが、それでもやはりクラフトの量はこの世界において最重要だ」
「なるほど、確かにそうかもな。でも、どれだけ不利だとしても、俺はお前に負けないし、必ずアキラを守る」
瞬き一つせず、一点にゼンジを見据えるリゥ。そんなリゥをまたしてもゼンジは鼻で笑い、その覚悟を見下すように嘲笑う。
「まぁいいさ、格好良く啖呵を切ったならやってみろ。――出来るならなッ!」
「ぅくッ!」
離れた場所でお互いに向かい合っていたリゥとゼンジ。そんな中で先に仕掛けたのは、聖陽郷を裏切ったゼンジだ。言葉の途中、言い切る前に動き出し、そのままリゥの懐に老いを感じられる外見からは予想できない程の速さで回し蹴りを放つ。
しかし、リゥは寸前でそれを防御。胸の前で腕をクロスして直撃を避け、攻撃の方向にタイミングを合わせて自ら移動し衝撃を和らげる。
「俺が全盛期より劣っている――それは、クラフトの面だけを見た結果だ。でも、今の俺には全盛期の俺になかったものがある。ただ弱くなっただけだと思っているなら、直ぐにでもテメェの足を掬うぞ」
そう啖呵を切るリゥの言葉は、決して強がりや見栄ではない。しっかりとした根拠と理由、そしてその言葉を実現させるほどの自信がある。
それは、リゥが龍翔として生きたことにより手に入れた紛いもない新たな力。全盛期のクラフト量と比較しても決して引けを取らない戦闘技術だ。
「――リゥ様はああ言っておられますが、皆様になにか心当たりは?」
リゥの自信満々な発言に、それを見ていたシロが龍翔と時間を共にしたことのあるアキラたちに問う。そんなシロの問いに一瞬だけアキラたちは頭を捻るが、ほぼ全員が同じタイミングで顔を見合わせた。
どうやら、全員に一致する心当たりがあるようだ。
「龍翔くんが凄かったことって言えば、やっぱり喧嘩?」
「うん、多分そう。他にも凄いことはあったけど、今龍翔くんが考えてるのは少し前までやってた喧嘩だと思う」
顔を見合わせたアキラたちの中で優輝が先ず初めに切り出し、蒼空がそれに同意。その二人の会話に、アキラを含めた残りの三人もコクコクと頷く。
実際、向こうの世界にいた頃の龍翔は本当に喧嘩が強かった。
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小学生の時から独学でプロレス技などを学び、柔道や空手を習っている同級生からはその技術を学ぶ。そして時折組手をしては勝つか納得がいくまで何回も続け、怪我をするのは日常茶飯事。小学校高学年から中学一年まで、龍翔がどこにも怪我をしていない時を見た人はいないと言う。
しかし、そんな龍翔が純粋に強さを求めたのは小学校まで。中学に入学すると両親は仕事に力を入れ始め、朝早くに家を出て夜遅くに帰る。職場での泊まり込みも少なくなく、難しい年頃だった龍翔はの心は環境の変化も重なりどんどんと荒んでいった。
「――!? おい天野! お前、その傷!」
「――別に、どうってことねぇよ」
「どうってことないわけないだろ! 聞いたぞ、三年の奴らと喧嘩したんだろ!? 話を聞くからこっち来い!」
中学一年一学期のゴールデンウィーク明け。龍翔は大怪我をして学校に登校した。左の瞼を大きく腫らして、頬や唇にもガーゼや絆創膏をいくつも貼っている。さらには手首や指にも包帯を巻き、間違いなく生まれてから一番の大怪我だ。
「――そっちが絡んできたからやり返したんだ。俺ァ悪くねぇだろうよ」
会議室で、教頭、学年主任、担任、副担任の四人と事の顛末を話した龍翔。その場には龍翔と喧嘩をした三年の男子三人も同席していて、龍翔は誰とも目を合わせずずっとむくれている。
しかし、そんな龍翔に教師も三年も何も強く言わない。何故なら――、
「年上からの喧嘩を買って、そのまま三人同時に相手。それでも学校に来たのは何でだ?」
「――? 何でそれが学校に来ない理由になる? 言っとくけど、俺ァ勝ったんだぞ」
――そう。これが初めての喧嘩だった龍翔だが、今までの組手や独学の戦い方で年上三人に勝利収めていた。
最初に突っかかったのは三年で、その三人は過度な怪我をさせられずに負けた。ほぼ怪我をさせていない龍翔を教師は必要以上に怒れず、負けたという実感のある三年は何も言えない。それどころか、派手に怪我をさせた分確実に三年に非がある。
「――まぁ、今日はもう教室に行け。お前ら三年はもう少し話があるから残ること」
そう言うと、龍翔は一人会議室から解放された。そしてまだじんじんと痛む傷を労わるように手で押え、教室に向かう。
「――ごめん。柔道は喧嘩とかに使うものじゃないから、これ以上は教えられない」
「空手も、人を傷つける物じゃないから。喧嘩したいなら、あとは自分でやって」
会議室から戻った龍翔を待っていたのは、小学校の頃から龍翔と遊んでいた友人たちだ。空手や柔道を習っている彼らは喧嘩にそれを使うことをよく思っておらず、龍翔が教室に戻るや否やストレートにそう告げた。
「……そうかよ」
「お、おい! 龍翔は仕方ねぇだろ! ちゃんと話聞いて……」
「いいんだよ。そういうことは、最初に言われてた。俺もそれが分かってやり返したんだ。こいつらは悪くねぇ」
一言ずつ言って龍翔の元から離れた彼らを、一人止める男子。完全にその場から浮いていた龍翔を唯一味方したのは、同じ卓球部に入っていた優也だ。しかしそん優也の肩に手を置いて、龍翔はゆっくりと首を振る。
そしてそのまま重い足取りで自分の席に着き、龍翔は六時間ずっと机に伏せっていた。
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学校からの帰り道、龍翔はどれだけ足を早めても付いてくる優也にふと足を止めた。
「――お前、何で俺と一緒にいるんだよ」
「あ? 何でだよ。いつも一緒にいたじゃねぇかよ」
龍翔の問いかけに、眉間に皺を寄せて首を傾ける優也。そんな優也の態度に、龍翔の方が首を傾けたくなる。
「いや、今はだってよ、ほら……俺と一緒にいると、お前まで浮くぞ」
周りを見れば、誰もが龍翔たち二人から一定の距離を取って歩いている。勿論何があったのかわからない人もいるはずだろうが、全員近づいてはいけないような雰囲気を感じているのだろう。
しかし、それから何日経っても、帰り道に何回喧嘩に巻き込まれても、優也は龍翔と一緒に帰ることをやめない。それどころか休日には突然家に押しかけられたり、無理矢理買い物に付き合わされたこともあった。
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「それで、それから龍翔くんは喧嘩が強くなったらしいです。俺たちの前だとあんまり喧嘩しないし、俺たちの前じゃなくてもしなくなったから殆ど見てないですけど……」
優輝は、過去に優也から聞いた話を掻い摘んでシロに話した。
しかし、実際は優也からその話を聞いただけで、龍翔からは殆ど話されたことがない。それに、龍翔に喧嘩を吹っかけていたのはほぼ当時の三年だったらしく、優輝たちと入れ替わりで卒業したため龍翔が喧嘩をする数はぐんと減った。
怪我をしている龍翔もほぼ見ることがなく、そんな怪我を見たのは入学当初だけだ。
「――確かに、その話は間違いじゃないかもしれませんね。いくら記憶が戻っているからとはいえ、十六年間も体を動かしていなければそう簡単に戦いは出来ません。でも、リゥ様は記憶が戻った時から好戦的で直ぐにでも戦える状態でした」
優輝の話に、今度はクロが話を始める。
シロに並んだクロは全くの瓜二つで、髪や服の色と分け目が違わなければきっと見分けがつかない。そんな二人が並んでいる二人を優輝たちは交互に見やり、目を丸くする。
「そう言えば、リゥ様に記憶を戻したのはクロですものね」
「ええ。まさか記憶を戻したばかりで戦闘態勢に入られるとは思いませんでしたが……」
そんな二人の話に、アキラだけが顔をハッとさせる。
確かに、記憶を戻したばかりの龍翔はアキラを守るためにクロと戦おうとしていた。その時はゴウの介入し実際には戦わなかったが、その後のファクトリーやゴウとの組手は確かに愕然とするものがあった。
そしてそんな話をしている今も、リゥは目で追えないほどの速さでゼンジと戦っている。そしてその戦いは、優輝たちの目を引きつける。
そうして目の前のリゥの戦いに見入ってしまった優輝たちを見て静かに微笑むと、シロとクロもその戦いの行方を見守るようにじっと眺める。




