73話:戦闘に向かない者同士
ゴウと牙狗の次にぶつかったのは、エルフ族の祖先である華依とレイだ。
自分よりも巧みに風と自然の想術を操る華依に、レイは戦闘が開始してから一方的に押されていた。
「――ふっ、はっ! 爆斬風!」
何も無い地面から生える無数の蔦に、延々と追い回されるレイ。靭やかな動きでありとあらゆる角度から迫り、大木にも劣らない強度で鞭のように撓りながら体を打ってくる。
両腕に力を込めながら、次々と迫り来る蔦を避け、隙を見ながら華依への攻撃を試みる。しかし、レイを追っていない別の蔦がその攻撃を確実に防御。そしていくら蔦を攻撃したところで、次から次へと蔦は再生する。
「蔦を切って通過させたところで、風の想術まで使えるのか。蔦は減らない上に、単純に想術の威力でも負ける……ゴウやリゥ辺りなら相性が良かったのかもしれないな」
四天王の中でも強力な想術を扱える二人なら、今の状況を簡単に打破できたかもしれない。しかし、相性が悪いからといって諦めるほどレイの覚悟も半端ではない。
今までも、戦闘に長けた他の三人との差を『頭脳』で埋めてきた。最善を考えそれを実行することで、レイは他の三人にも引けを取らないだけの戦闘力を身につけたのだ。
「それを行使して打つ手が完全になくなるまで、僕の戦いは終わらない――ッ!」
クールな印象が強いレイが珍しく目を光らせ、一斉に迫り来る蔦に対し全方向へ風の想術を飛ばす。
さらにその想術は刃を飛ばす系統が多い風の攻撃とは違い、継続的に風を起こし対象を押し切るものだ。切り刻んだところですぐに再生する蔦に対し、レイは押し切って凌ぐという方法を選択した。
そしてレイの狙い通り蔦は風に押されてどんどんと離れて行き、華依に想術を届けるに十分な時間を稼げるほどの距離まで追いやることに成功した。
が、しかし。それだけ広範囲に風を送るということは、その分密度は少なくなる。薄く伸ばした生地のように、一突きすれば簡単に破れられてしまうのだ。
「しまったッ――!」
蔦を押し返し華依への攻撃を試みようとした瞬間、一筋の風の刃がレイを目掛けて牙を剥く。
そして風の刃はいとも簡単にレイの風を突き抜け、尋常ではない速度でレイに急接近。そんな刃に対して、迎え撃つどころか防御も回避も儘ならない。
狙ってきているであろう首だけをその細い腕で庇い、レイは出来る最大限の防御体勢に入る。
そしてその風の刃が、レイの腕を切り刻むと思われた瞬間――、
「――全く。歴代最強なんて言われる四天王がこの有様じゃ、ウチらも安心して逝かれへんなぁ……」
――パチンと指を鳴らす音と共に、風の刃が一瞬にしてその方向を真上に転換。そしてそんな現象のすぐ後に、訛りのある言葉で喋る独特の服を纏った少女がゆったりとレイの横に降りてくる。
「来てくれたんですね。絶対反射の能力持ち――またの名を、想術師殺し。先代四天王、カエさん」
「その物騒な名前、ウチはあんまし好きやないんやけどねぇ。それに、歴代最強を名乗るんなら、過去の産物くらい一人で倒してもらわななぁて。ま、ウチも最後くらいあんたらと戦いたいし、協力させてもらいましょ」
手に持った扇子で優雅に顔を仰ぎ、レイの横に降り立った少女は薄灰色の髪を靡かせる。言葉遣いや態度とは裏腹に、見た目はまるで十代半ばほど。そんな見た目に幼さの残る少女が、今まさに初代の想術を消滅させた張本人――先代四天王の一人、カエだ。
「あんたはウチらが来ること知ってる見たいやし、今更説明なんて要らんね? 想術の類いならウチがどうとでもしてあげるけど、決定的な攻撃はあんたがするんよ」
「ええ、分かってます。想術を使う相手に対して、貴方が来てくれたのなら僕も心強いです」
二人は顔を見合わせると、その場で構えるカエを後ろにレイが先行。しかし、今の話の最中に遠くへ追いやった蔦が再度戻ってきている。
「決定打を取るために温存しておいたクラフトも、カエさんが来てくれたのなら出し惜しみする必要も無い。――、氷双剣」
――瞬間、レイの碧眼がギラリと輝いた。
今までとは明らかに違うその目だが、リゥやゴウたちがその目をすることは何度かあった。目の前のことのみに集中し、過去も未来も考えない。今だけを見つめ、正面だけを見据え、針で刺したかのように動かない瞳。それは、リゥやゴウが強敵と対峙している時の目だった。
目の前のものにがっつき、他のものを完全に意識外へと追いやった時、レイの感じる空間には自分と相手しかいない。敵味方では無い。自分か相手か。私と貴方の二人称だけで片付くその空間に、他の介入の余地はない。
そして、レイの目が相手を捉える。
先ずは一本。己に向かってくる蔦を、背を翻して避ける。そしてそのまま空中で回転し、後ろまで通過した蔦に着地。そして次の蔦に向かい、一歩踏み込む。
「流石、四天王の騎士なんて呼ばれることはあるなぁ。純粋な恋心を持つ女の子なら、その大抵が一目で惚れるわ」
恋する乙女のような顔で頬に手を当て、はぁっと息を零すカエ。確かに、目の前で繰り広げられるその剣戟は美しく心惹かれるものだ。
踏み込むと同時に、両腕を交差させながら目の前の蔦を切り裂く。そして次の足を踏み込むと同時に、描いた剣筋をもう一度辿るようにして腕を引き戻して次の蔦も切り裂く。そうして目の前から詰め寄る蔦を両断すると、次は蔦が左右から迫る。
距離を詰められる前に跳躍し、蔦の上から離脱。挟み撃ちに合う前に蔦の左へ飛び降り、下から畝ねるようにして上がってくる蔦に左手の氷剣を突き刺す。そして切り込みを入れるかのように刃を滑らせて移動し、右から来ていた蔦をそのまま斬る。
そして、そのまま次々と迫り来る蔦を切り裂きながら、レイは決して左手の氷剣を抜かない。
蔦が生えているのは、自然の想術を行使している華依の足元からだ。つまりその蔦を辿っていけば、必然とその術者の元へ辿り着ける。
しかし、簡単なのは言うことだけ。それを行動に移すなど、常人には到底できたことではない。
振り落とされないように常に刺し続ける左の剣の角度に注意し、降りる方向へ体を合わせる。足場のない空中にいるため、左手一本で全体重を支えなければならない。左手一本で体を支え、更には体勢を保ちつつ状況に応じて体勢を変える。よほどの鍛錬を積んでいなければ、十秒と持たない状態だ。
しかし、レイの凄さはまだそれだけでは無い。素人ならば移動することさえ儘ならない状況で、右手では更に他の蔦を切り裂く。即席の氷剣では、我武者羅に振るってもこちらの刃が折れるだけ。蔦の動きを読み、動きや筋に合わせながらコンマ単位で刃をずらす。
そして何より、次々に復活する蔦を延々と切り続けなければいけないのだ。
「あんな芸当、ウチには到底無理やろねぇ……と、そろそろ辿り着く頃やね。攻撃は彼に任せて、ウチは援護や」
そう言って、カエは下で奮闘するレイを見下ろす。そしてレイが華依に近付き、華依がレイに向かって風の想術を放った瞬間――、
「――流し反射」
華依に接近したレイの方へ目を向け、二人の間に右手を翳すカエ。そして静かに詠唱したかと思うと、華依から放たれた風の想術がレイを前にして軌道を変更。
レイを避けるように左右へと別れ、レイの後ろから迫っていた蔦を切り刻む。
「確かにウチは、想術も体術も使えん。でも、ウチにはウチで、四天王でいられるだけの力がある。ウチの前では、物理以外の攻撃は全くの無意味や」
カエの能力、『絶対反射』とは、文字通り想術を反射させるものだ。生まれながらに想術の適性を持たなかったカエだが、想術が重宝される世界だからこそ、その能力が大いに役立った。
虫や自然といった物理系統以外の想術は、カエに対して有効ではない。寧ろ、全て自由に反射されるのだから自爆とも言える。
しかし、風の想術が効かないことが、完全に吉かと言えばそうでも無い。一見有利になったと思えるこの状況だが、風の想術だけが華依の力ではない。寧ろ、今までも自然の想術である蔦に苦戦してきた。
「――ッ、蔦を増やした!? これ以上は、捌ききれない……!」
風の想術が効かないと分かるや否や、今まで以上に蔦を増やした華依。今までは風と同時に使うため、敢えて本数を減らして扱いやすくしたのだろう。しかし、風の想術が効かなくなれば自然だけで倒さなくてはならない。そんな状況に陥った華依は、更に自然の想術を駆使し始めたのだ。
「蔦を無力化出来ればいいんやろうけど、ウチは物理は専門外やからなぁ……ウチの誘導も念力とは違ってあくまで反射の部類やし、想術そのものを消し去ったり出来ればいいんやけどねぇ……」
「想術そのものを、消し去る……?」
数の増えた蔦を前に華依に近付くことを諦め、一時的にその場から退避するレイ。そしてカエの横まで戻ると、ため息を吐くカエの言葉に、ピクっと瞼を上げる。
「そうか……! 蔦の無力化は何も真面目に蔦を斬り落とさなくてもいいじゃないか!」
そう言うと、レイは両手に握っていた氷剣を地面に落とす。地に着いた氷剣はそのまま砕け、キラキラと光りながら霧散。氷剣を手放したレイは、空いた両手をパッと開く。
「冷、零、霊。僕がレイたる所以を、今こそ――」
そう言うと、両足を前後に重ねて足を整え、両腕をバッと広げるレイ。そのまま目を閉じて顎を少し上げると、レイの周りに大小様々な水色の光がポツポツと現れる。
「氷の精霊、アクラ。ここが氷山地帯で良かったよ。これ程の精霊が入れば、僕も思う存分に術を行使出来る。カエさんもいる事だしね」
「流石、四天王一の頭脳派やねぇ。ウチも偶にしかやらんのに、よぉ覚えとるわぁ」
レイの周りに現れたのは、精霊と呼ばれる特殊生命体。その中でも最も扱いやすいとされる、下層種のミニィだ。扱いやすい反面で他の上層種と比べれば力は劣るが、レイは精霊本来の力を精霊以上に引き出すことが出来る。
そんなレイにふと目を向けられ、感心したように口角を上げるカエ。一瞬のアイコンタクトで全てを理解し、二人はそれ以上言葉を交わさない。
「干渉力や影響力の少ないミニィだが、これだけ集まれば十分に事足りる。そう、この蔦を全て凍てつかせる程にはね」
キリッと碧眼を光らせたレイの周りには、百を優に超えるであろうミニィの姿がある。そして先の剣戟で乱れた髪をサッと整えると、次の攻撃を阻止しようと迫り来る蔦を前に、レイは再び目を閉じる。
そしてゆっくりと息を吸い――、
「――『奥義』、絶対零度」
ゆっくりと息を吸い、詠唱した次の瞬間。レイの周囲を浮遊するミニィが一瞬光ったかと思うと、レイを中心に猛吹雪が展開。グルグルとレイの周りに旋風が起こり、その範囲をグングンと広める。
「自分を中心に展開する僕の奥義は、リゥたちと違って操作も場所指定も出来ない。その反面で一度展開すれば後は制御の必要が無いわけだけど、その分威力が分散するからね」
「そこで、ウチの能力が発揮されるわけやね」
目前で吹き荒れる吹雪を前に、堂々と仁王立ちするカエ。十二人衆らと変わらない身長に、か細く華奢な体格。それなのに、風速百前後を彷徨くであろう吹雪を前に蹌踉めく様子さえ見せない。
「誘導反射。文字通り想術を誘導し、定めた場所まで移動させる魔法やね。これで範囲指定の出来ないレイの想術も、被害を抑えて標的に直撃させらられる」
そう言うと、レイを中心に範囲を拡大させていた吹雪が軌道を変更。蔦の方へと進路を変え、根元から先端までを悉く消滅させていく。
「これで、風と自然の二つの想術を破った。そろそろ決着を付けさせてもらうよ――!」
蔦が全て凍ったとこで、再び氷剣を作り出すレイ。そんなレイの攻撃に華依も風の想術を放つが、そんな攻撃をカエが許さない。
相性の良い二人の圧倒的な連携で、レイは華依の胴体を薙ぎ払う。
「――死者の蘇生。言葉も発せず血も通っていない状態で、生き返ったと言っていいのだろうか……」
「まぁ、脳まで生き返っていたら向こうも思考を凝らして一筋縄ではいかなかっただろうし、結果オーライとちゃう?」
上半身と下半身で真っ二つにされた華依の断面は、五臓六腑の一つも見当たらない、まるで蝋人形のようなものだった。
言葉も一切発することなく、表情も変えることのない初代四天王は、相手を殺すということしか脳内にインプットされてなかったのだろう。
そんな非人道的なゼンジの禁じ手に、レイは歯軋りをして顔を歪めた。




