70話:『ゴウ』の指すもの
聖陽郷として戦闘意志を示した今代の四天王と十二人衆に向かって、ゼンジの合図で一斉に飛び出した初代四天王。
先ず初めにぶつかったのは、牙狗と呼ばれた男とゴウ。牙狗の突進速度は、他の三人とは比べ物にならないほど速い。
これまでの戦闘でもほぼ毎回先制攻撃を仕掛けていたゴウが、牙狗の攻撃を受け後手に回った。
「カッ、武器はたしかに爪と牙……普通の攻撃は、大して重かァねぇな!」
爪を丸めて放った牙狗の右ストレートを、交差させた両腕で受けたゴウ。その攻撃を受けてカッと笑うと、そのままその拳を弾き返す。
「初代がバカみてぇに強ぇってことは、たしかに何回か言われたことあるわ。その話を聞く度に、俺ァいつかやりてぇと思ってたンだ」
目を細め、一回の跳躍で大きく後ろに下がるゴウ。攻撃を弾かれた牙狗が態勢を立て直す前に地に足を付け、そのまま今度は上に飛び上がる。そしてゆっくりと右手を掲げ、大きく息を吸い咆哮。
「オォラァァァァァァァァァァッッッッ!!」
掲げた右手に構成された、巨大な火の球。それを火の弾とすべく、ゴウは咆哮とともに牙狗を目掛けて投げ付ける。
「火は苦手かァ!? 犬っころが!」
ゴウの投げ付けた火が、斜め下にいる牙狗に向かって急降下。轟々と音を立てたその火球は、全てを飲み込む勢いで牙狗に牙を剥く。
そして、体勢を立て直した直後の牙狗へその火球が到着。巨大な火球に、牙狗は見事に飲み込まれた――と、そう思った瞬間。
「――痛ぁッ!」
牙狗が火球に飲み込まれるのをゴウが見届けた瞬間、ゴウの右腕から血飛沫が上がる。
「なっ……なんだ!?」
蒼白な顔に目ばかり大きく見開きながら、首と眼球をそれぞれ動かしながら必死に周囲を見渡すゴウ。しかし、右腕の傷に関わるようなものは何も見えない。
――何も見えないが、何も感じない訳では無い。目では確認できないそれを、ゴウは耳で確認している。確かに、ゴウの周りに何かがある。
赤い血が滲み出る右腕に走る確かな痛み。自分の周りに走るその音を聞く度に、右腕の痛みが増していくような感覚。
確実にそれが原因だと、ゴウはそう悟った。
「そこにいるこたァ分かってる。すぐ近くだ。確実にいる。――なのに見えねぇ。音の筋はある。俺の周囲を取り囲む、糸みてぇなそれが表すことは、ただ一つ……」
周囲を見回す目に映らない、不可視の存在。そんな相手に対するゴウの手掛かりは、鼓膜に響く音と、一方的に増え続けていく体の傷。体のあらゆる箇所から血が滲み、今のゴウには致命傷を避けるだけで精一杯。
しかし、このまま攻撃を受けていれば出血多量となるのも時間の問題。この状況を、なんとか打開する必要がある。
「速けりゃ追えない、疾けりゃ負けない、捷けりゃ強い。そンな古くせぇ考えに負けるほど、俺たち今代は弱かァねェ! 周りにいることは確かだ。範囲も絞れる。なら、やるこたァ一つ!」
出来る限りの回避も止め、空中で棒立ちになったゴウ。そしてそのまま上半身を防御していた腕を下ろし、スーッと息を吸う。
「――火炎重鎧」
ゴウがそう呟いた瞬間、ゴウの全身を覆う炎が現出。体の形をそのままに、文字通り炎の鎧が構成。
幾重にも重なった炎の鎧は、特に頑丈な訳では無い。それも当然。炎は何かを防ぐためには使えない。防御力という面では、革の鎧の方が幾分マシだ。
固体ではない炎の鎧は、水や空気と同じくあらゆる物や攻撃をそのまま通してしまう。
「――この鎧を、通過出来れば、な」
そう。ゴウの作り出す炎の鎧は、他の鎧と根本から異なる。攻撃を防いだり威力を弱めたりするのではなく、完全に無効化するのだ。
ゴウが生み出した炎の鎧を通過――スルー出来るものは、今までに存在しない。
「攻撃を止めても尚、その移動は止めないか。このままそっちの体力が尽きるか俺のクラフトが尽きるかの持久戦でもいいが、それじゃァつまらねェよな」
ゴウの全身を覆う炎は、牙狗の攻撃を一切受け付けない。疾く通過すれば燃え移らないなど、そんな甘い炎でもないのだ。
――例えるなら、今のゴウは太陽。物体が近づいた瞬間、ソレに触れる前に焼き尽くす。そして牙狗は、当然その範囲に入ることは出来ない。
「となれば、俺のやることは一つ。一方的攻撃だ。――炎壊ッ!!」
空中で四肢を広げ、大きく仰け反り大声を上げるゴウ。――瞬間、ゴウの纏っていた炎とは別の炎が爆発的に霧散。ゴウを中心に起こった爆風は周りの物を次々と巻き込み、次の瞬間にはその爆風に追いついた炎がそれらを容赦なく無に還す。
「轟、強、豪……ゴウにはな、強そうな漢字がいっぱいあるンだ。俺たち四天王は、自分に合う漢字に付く読みから名前を取った。初代は確か、そもそもが漢字だったな。牙の狗でガク。牙だけで定められた過去の産物に、現在を活きる俺らは負けねェ。先ずは豪、人間では越えられないとされていた域を越えた、超人の炎想術。食らってみろやァ!!」
蛮声を轟かせ、炎壊の火力をさらに強めるゴウ。そんな広範囲攻撃の炎壊に加え、ゴウはさらに想術を併用。ゴウを中心に展開させた炎の中から、無数の炎の弾が放出される。
「炎弾。指定した範囲内を縦横無尽に飛び回る自律型の想術。この数を捌ききるのは、単純な速度じゃァ無理だ」
そう言って、ゴウは火炎重鎧を解除。ゴウの想術に対し避けることだけを考えている今の牙狗に、次の攻撃を警戒する必要などない。
「初代だかなンだか知らねぇけどよ、テメェら倒さねぇと俺の気が収まらねぇンだ! 悪ぃが勝たせてもらう――ぞぁ!?」
火炎重鎧を解き、空中に炎を残したまま地面へと降り立つゴウ。空中で牙狗を捕らえているであろう炎に目を向け、一気に勝利を決めるべくさらに想術を重ねようとする。
が、しかし。両手を広げて力を入れた瞬間、口から赤くドロッとした液体が噴水のように溢れ出す。
「がっ、けほっ、ぐ……うぇっ、がはっ!?」
咄嗟に口を押さえるも、一度でた血は止まらない。そして口から血が出る理由――原因であるソレに気づけなかったゴウは、腹部に開いた大きな穴への処理が遅れた。
「なっ、あ、腹……!? ぐっ、痛……てめっ……!?」
口から溢れ出た血。腹部に走る激痛。その原因は、目下で右腕を伸ばしている犬人――牙狗だ。
「てめ、ぇ……ぃっ、の、間に……ぃ?」
牙狗の伸ばした右腕が、ゴウの腹部を完全に忘れ貫通。炎で焦げていた薄灰色の毛並みをその返り血で赤く染め、牙狗は一思いに腕を抜く。
「げはっ、ぁ……血、が……っ」
腕を抜いた牙狗は後ろへ飛び、そのまま前へ倒れるゴウ。腹部から大量に流れる血は地面を這い、ゴウの周囲にじわじわと広がる。
完全に優勢だと思っていた戦局がたった一撃で悪化し、致命傷を負ったゴウはこれまでで最大のピンチを迎えた。
「く……そ、が……俺ぁ、負け、らンねぇン、だ……てめ、ら……勝っ……れは……」
左手で腹部を押さえ、右手と両足で地面を這うゴウ。睨みつけるような眼光で牙狗を捉え、必死にその距離を詰めようとする。
そんなゴウを見て、ゆっくりとゴウの方へ歩を進める牙狗。真っ赤に染った赤い爪を向け、冷酷な目でゴウをじっと見下ろす。
「――ぃ」
上から見下ろしトドメを刺そうとする牙狗に、掠れた声で何かを呟くゴウ。
すると次の瞬間、ゴウの目の前に立っていた牙狗が一瞬にして姿を消す。そしてその代わりに、赤い柱のようなものが激しい音を立てて地面を抉るように直下する。
「はぁ、ぁ……痛ってぇな。腹にでっけぇ穴開けやがって……」
ため息を吐きながら、服に付いた土をパンパンと祓うゴウ。そんなゴウの前には、牙狗を巻き込んだであろう炎が今でも地面を打ち付けている。
「――炎の落雷。炎壊に重ねて炎弾も巻き込ませておいて正解だったな。戦局を変えるのは、いつでも不意打ちの高火力だ……っと、まだいンのか?」
そう言って、ゴウが炎の落雷によってぽっかりと開いた地面の穴を覗くと、再び気配を察知。
しかし、呆れたような口調で言葉を発するゴウの顔は、決して穏やかなものではなかった。




