67話:邪陰郷の思惑
相殺した想術の反動で、お互いに等しく後ろへ弾かれるリゥとセルビア。しかし、弾かれた後の行動はまるで違う。セルビアがよろけながらたじろぐ一方で、リゥは上手く身体を流し綺麗に着地。そしてその瞬間、もう一度素早く前に跳躍する。
「またそれですか……爆斬風!!」
「いよっと」
「――氷雨の嵐!」
「なっ!?」
リゥの二度目の突進に、呆れ顔で手を翳すセルビア。
しかし、それは全てリゥの計算の範疇。同じ攻撃を仕掛ければ、過半数は同じ方法でそれを防ぎにくる。防げた事実があるのなら、防げると考えるのが道理なのだから、それも間違った行為ではない。
とはいえ、リゥの行動パターンも一つではない。万全でない、全盛期より劣る、と二ヶ月間言い続けていたリゥも、知識だけは鮮明に残っているのだ。よって、動かせるだけの体が備わったのであれば、しっかりと動くことは出来る。
素早く避けたリゥの後ろから、攻撃準備を整えたクラが詠唱。クラの目の前で形成された直径1~2センチ程の氷の粒が、暴風と共にセルビアへと襲いかかる。
「風刃!」
クラの氷雨の嵐に、爆斬風から風刃へと攻撃を変えたセルビア。爆斬風は人間や動物、岩石など的が大きい対象に対してその効力を発揮するが、今回のような小さいものを傷つけることが難しい。よって、風の刃を無数に構成する風刃の方が効果的だ。
しかし、それが優秀なのは氷雨の嵐に対して。今回のこの戦闘で優秀かどうかは、また別問題だ。
「――風爆」
「かはっ!?」
風刃で氷雨の嵐を粉砕するセルビアの後ろで、静かに詠唱し想術を放つリゥ。死角から受けた突然の攻撃に、セルビアは地面を転がるように吹き飛ばされる。
「爆斬風は範囲が広い。この洞窟の細さだと簡単に覆っちまうから、後ろに回るのが難しくなる。その点氷雨の嵐を受けて風刃に変えてくれたのは助かったぜ。お陰で後ろがガラ空きだ」
「――アンタもね」
クラとの連携で上手くセルビアの背後に回り、近距離から想術を撃ち込んだリゥ。そんなリゥの後ろから、甲高い声が聞こえる。
「――ッ!?」
「リゥ兄さん!?」
「大丈夫だ、そこまでのダメージじゃない……それより――」
背後から聞こえた声に息を呑み、瞬間的に体を反らしたリゥ。何かを考えて避けた訳ではなく、その場に留まっていることが危ないと感覚的に察知した――いわば条件反射のようなもの。それは人間が意図的に行う行動よりも早いが、正確性はやはり薄れる。感覚に頼った瞬間的な回避で完全に避けることは不可能だ。
よって今回、リゥは十六年ぶりにまともな攻撃を受けた。
詠唱をしていない時点で威力重視の攻撃ではなかったが、その想術は『火』のものだった。高火力を誇る属性の想術を至近距離で放たれ、それを完全に避ける切れなかったリゥは、脇腹に火傷のようなものを負った。
そんなリゥにクラが慌てて近付くと、リゥはそこまでの苦痛を見せることなく瞬時に起立。そして自分に攻撃を仕掛けてきた相手に目を向け、それを新たな敵と認識する。
「不完全な四天王と一人の子ども相手に押されてるんじゃないよ。風殺のダークエルフが聞いて呆れるわね」
リゥに攻撃を仕掛け、そんなリゥに攻撃をされたセルビアに悪態を吐く影。甲高い声を発したその影は、声、容姿共に女性のものだ。足まで伸びた黒い長髪に紫のメッシュを入れ、黒と紫を主としたドレスを身に付けている、若干大人びた風貌だ。
「――申し訳ありません。ただ、ほんの少しだけ油断したまでです。即座に仕留めさせて頂きます」
「そうだといいのだけれどね。でも多分、アンタ一人じゃ倒せないわ」
「ですが、これはわたくしの預かった仕事ですので。ここはわたくしに任せ……」
「いえ、残念ながら今回はそうじゃないの。――アンタが四天王ね? アンタが行きたがっている奥に連れて行ってあげるわ。隣のアンタも、いらっしゃいな」
突然現れたと思えば、一瞬リゥに目を向けた直後、直ぐに踵を返す女。話を聞けば、彼女が邪陰郷であることは明白だ。
彼女の思考が全く読めないリゥは眉間に皺を寄せるが、極力無駄な戦闘は省きたい。奥に連れて行ってもらえるのならば、それは素直について行く。
リゥもクラもいざという時のために警戒を解いてはいないが、殺気などのようなものは感じられない。セルビアも驚きこそはしているが、反対をする様子もなく普通に歩いてついて来る。
「テメェも邪陰郷だろ? なんで俺らを奥に連れて行く?」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。アタシは邪陰郷の直属幹部な上に、さらにボスの補佐もしているの。ボス直近の幹部、キネーラよ。今回も、ボスからの命令だわ。アンタたちを普通に連れて来るように、とね」
ボス直近の幹部、キネーラ。支部長だの直属幹部だの直近の幹部だの、邪陰郷には一体いくつの役職があるのだろうか。頭の中でこんがらがりそうな邪陰郷の構成図に、リゥは心の中でため息をつく。
「まぁ、テメェらの立場はどうでもいいわ。それよか、俺らを連れて行く意味がわかんねぇ。クソみてェな手を使いながらもアキラを奪ったんだから、大人しく返すとかいうつもりじゃねェんだろ?」
「――はぁ、質問が多いわね。着けば分かるわ。それと、そこにアンタと別れてこの内部を走り回ってた人らもいる。まぁ、下手に抵抗していなければ、の話だけれどね」
リゥの質問にも、とことん悪態を吐くキネーラ。今の話からすれば、イルたちの元にも邪陰郷の誰かが向かったのだろう。
しかし、イルたちもそこまで頭の回らないわけではない。戦闘が好きなイルやサドだけならともかく、今回はネイが一緒だ。慎重派のネイがいれば、流石にそこまでの無茶はしないだろう。
なら、リゥの考えるべきことは一つ。向こうに着いてからの行動と、アキラを助け出すための方法。そのどちらにも最善を尽くすべく、リゥは黙って頭を捻る。
そうこうしているうちに、前を歩くキネーラの足が止まる。そして顔を上げて見れば、目の前には岩で作られた簡易的な扉がリゥたちを見下ろしている。
人間が入るには大き過ぎるほどの扉からは、なにやら威圧的なオーラが漂う。
「この奥よ。――どうやら、向こうが先だったみたいね」
そう言って、大きな扉にゆっくりと手を翳すキネーラ。そのまま手に軽く力を入れると、触れもしていない扉が勝手に開く。
この扉の仕組みなのか、ネスのような念力の使い手なのか、もしくは根本から異なる何かなのか、それはまだ分からない。しかし、これまでの言動や邪陰郷の立場から、油断出来ない相手であることは間違いないだろう。
これまでの一連の流れから、リゥはより一層警戒を強める。
そして扉の奥から感じられた異様な気配に、リゥの警戒と緊張は最大まで跳ね上がる。
「――案外早かったじゃないか。まぁ、遅かれ早かれ来るとは思っていたが……そんなにこのガキが心配だったか? なぁ、リゥよ」
扉が完全に開き切った瞬間、目の前にいたキネーラがさっと横に避けると、奥に座っている一人の人物と目が合う。まるで糸で繋がれたように視線を外すことが出来ず、リゥの目付きは怒りによって過去最高に悪くなる。
「テメェがアキラを攫った理由は何だ? 態々他の後輩まで連れてきやがって、テメェらは何がしてェ?」
――前言撤回。視線を外すことが出来ないのでは無い。敢えてしないのだ。目の前に座る男――ゼンジを見据え、リゥはその視線を外そうとしない。
鋭く重い威圧的な口調で、ゼンジの言葉に耳を貸さず、あくまでも話の主導権を握る姿勢。決して後手に回ろうとしないリゥからは、それ相応の気迫が感じられる。
「ふっ、昔から直ぐに結論を出そうとするその性格、直ってないな。終わりだけじゃなく、途中も聞くべきだろう」
「テメェのその知ったような口、今この場で塞いでやろうか?」
「――はぁ。やはり、四天王の中でもお前は特別威勢がいいな。お前とゴウには、昔から手を焼かせられたよ」
余裕綽々と言ったゼンジの態度に、分かりやすく殺意を向けたリゥ。そんなリゥの言葉に、ゼンジは落胆した様子でため息をつく。
「今のテメェに過去の話なんざされたかねェ。テメェみたいなやつに親代わりなんてされてたと思うと虫唾が走る」
物心ついた時から、リゥの両親は既に他界。そんなリゥを育てたのが、今目の前で敵として対峙しているゼンジだ。
何がどうして今の現状に至ったのか、そんなことはリゥも分からない。リゥが転生する前までは聖陽郷の主郷として成すべきことを行っていたし、再びこの地に戻ってきた時もそれは変わっていなかった。
分かりやすく変わったと思ったのは、二ヶ月前の会議の日からだろうか。その日からの二ヶ月間のゼンジの行動で、リゥがゼンジに向ける感情は敵意以外の何物でもなくなった。
「――本当に、お前には手を焼かされる。でも、今回手を焼くのは俺じゃない。さっき、お前は俺にこんなことをした理由を聞いたな? いいだろう、答えてやる。俺がこんなことをしてまでここにお前を来させた理由。それは――」
ゼンジの言葉に、ゴクリと喉を鳴らすリゥ。その緊張感はクラにも同様で、さらに言えば先に着いていたイルたちにも言えることだ。
部屋に入った瞬間からゼンジから視線を反らさなかったことで触れられなかったが、イルたちも素直にこの場へ来ていたようだ。表情や僅かな動きから怒りも少しはあるようだが、目立った外傷もなく戦闘は避けたのだろう。
そうしてリゥたち全員に緊張が走った瞬間、ゼンジはパチンと指を鳴らす。
そしてその合図と共に、リゥの前に四つの影が現れた。
「――今ここで、お前を確実に仕留めるためだ」
重く、低い声でそう言い放つゼンジ。そしてそんなゼンジとリゥの前に立った四つの影。一つは獣耳の生えた一般的よりやや痩せ気味の体格で、一つはとても体格が大きく強靭そうな肉体を持ち、一つは若干小柄な体に羽を生やし、一つは一般的な人型の体格。
容姿がそこまでバラバラなはずなのに、その四人が固まっているだけでたった一つの巨大な何かにも思える。
リゥも、クラたちも、そんな存在をよく知っている。全く他人事のように思えない、それどころかすぐ近くで毎日感じていたような、身に覚えしかない感覚。
数人集まるだけでここまでの驚異を感じられる物など、そうそうあったものでは無い。
何故なら、目の前の影は 聖陽郷の中でもトップクラスの実力者たちと同じ気配を持つのだから。




