62話:合流
辺り一面に広がる砂埃に腕で顔を覆い、何とかその風圧に逆らおうとするレツ。それはフウたちにも言えることで、遠くにいたネスであっても例外ではない。
「――奥義、直下型大電撃。その名の通り直下型の大電撃。奥義としては、高火力で知られる俺様の火よりも威力の高い、雷属性の奥義だ」
「その奥義は、電流も電圧も雷の数百倍。完全な状態で放つまでには多少の時間が必要な技ですね。それにしても、前よりは段違いに発動までの時間が短くなりましたが……そこまで極めていたのですか?」
「んあー……そんなことないんよなー。今回は神器も使えてないし、掛かる時間も放てるギリギリまでしか溜められてないから。途中で気付かれてまだまだ不完全過ぎたし、今のじゃ倒せたかどうかも怪しいのなー」
ライの奥義は、平均でおよそ数十万アンペア、数億ボルト。そして今回の奥義は、ライが持つ奥義の中でも威力を重視した最強の奥義。最高で数千万アンペア、数百億ボルトを引き起こす技であり、その威力はレツの最大火力を上回り、ゴウの最大火力にすら匹敵すると言われている。しかし、それだけの火力を出すにはその分それを構成するために時間が掛かってしまい、更には周囲への影響も考慮する分試せたことがない。即ち、あくまでも理論的な数値でしか算出されていないということだ。
「本気で最高の威力出すんじゃ、数十分はかかるかんなー。ビリビリすんのは楽しーけど、構成に時間かかるのがなー……皆にはやっちゃダメって言われるしー」
「いやまぁ、本気でやられたら地図変わるだろ……しかも雷は扱いも難しいんだし、最高まで溜めた反動でライが欠けることになったら兄貴が取り乱して更に地図が変わるぞ……」
元々、雷という属性は扱える者が少ない。火のように扱い難いというのもあるが、もっと根本から別に違う点がある。
そもそも、火の想術は『極めること』が難しいのだ。 つまり、ただそれを撃つだけなら、少し練習すれば出来るようになる。
例えば火の場合、その火にさえ触れなければあまり問題は無い。そして比較的直線的に飛ぶものが多いため、事故的に自分が被弾することは少ないのだ。
しかし、電気の場合はそうもいかない。電気は大気に乗せて放つことが多く、しっかりと制御しなければ周りにも自分にも被害が及ぶ。
電気の被害を日常的に例えるなら、何かを触る前に静電気が来ることに近い。何かに触ろうとして、まだ触れていない時にバチッとくる――そんな電気が何倍にもなり、広範囲に渡り被害を齎す。それが雷属性の想術だ。
「因みに、今のでは仕留められなかったようですね」
レツとライの話を聞きながら、大電撃の落ちた場所を眺めていたフウ。砂埃からぼんやりと浮き上がる影に、合流したネスを含めた四人が眉を顰める。
「電気が来てなかったのは知ってたが、まさかここまでの技をぶつけてくるとはな……貴様らを侮っていたことは詫びよう。だが、それだけで我に勝つことは出来ぬ!」
「流石、戦士族と呼ばれるだけのことはあんな。あれだけの電撃食らっといて、余裕で立ってられんの……かっ!?」
「そう言えば、我の方からはあまり攻撃していなかったからな」
未完成だったとはいえ、ライの奥義をまともに食らったクラウゼル。しかしクラウゼルは、まるで、体の傷は飾りだとでも言うように余裕で立ち上がってくる。
そんなクラウゼルに感心していた瞬間、四人の視界から突然とクラウゼルが消える。
そして次の瞬間、クラウゼルの体はレツの顔の下――その懐に潜り込み、ボディブローを叩き込んでいた。
「か、はっ……いつ、の、間に……?」
一瞬で懐に潜り込まれ、防御も受身も取れないまま直撃を受けたレツ。自分の腹部に深く食い込む拳に目を向け、レツは口を開けたまま唖然としている。
「戦闘が始まって、一方的に攻撃を受け続けるわけないだろ。戦士族を――まして阿修羅の戦士を舐めるなど……お前の師は随分と甘い指導をしてきたんだな!?」
そう怒鳴りながら、六本の剛腕で嬲る様に殴打するクラウゼル。レツも両腕を持ち上げ必死に防御を試みるが、六本の腕がその防御を遥かに凌駕する。
二本の腕で防御を崩し、残り四本の腕でそこに漬け込む。圧倒的な手数によって繰り広げられる一方的な攻撃は、まさにクラウゼルの独壇場だ。
「かっ、く、ふ、がっ、あァ……」
「ネス!」
「分かってる!」
六本の剛腕で滅多打ちにされるレツを見て、隣のネスに強く呼びかけるフウ。しかし、名前を呼ばれたネスも既に準備万端。ほぼ同時期に状況を把握し、何をすべきかまで判断している。
「――人体操作ッ!!」
レツを殴り続けるネスに両手を向け、力強く詠唱したネス。他者の動きを操る人体操作で、クラウゼルの動きを封じ込める――わけではない。
普通、人体操作は対人戦に用いることが多い技術だ。想術により自分と相手を繋ぐ糸をイメージし、それを使って相手の動きを操る。
しかし、今回の相手は人間ではない。屈強な体と六本の剛腕を持つ阿修羅だ。そんな阿修羅を操るためには、より強度な糸のイメージと、その糸の数自体を増やさなければならない。
つまり、ネスの技とクラウゼルとでは、根本的に相性が悪い。
よって、今回のネスの狙いはクラウゼルでは無い。
「これで、トドメ――なに!?」
素早く連続で叩き込んでいたクラウゼルが一歩引き、右腕三本を大きく振り翳した瞬間、殴られ続けていたレツの体が突然後退。自分の間合いから離れたレツを見て、クラウゼルの動きが止まる。
「レツ、大丈夫?」
「んなの、ゲンさんのに比べりゃ……屁でも、ねぇ……」
「また無理して……」
念力によって引き付けられ、そのままネスに優しく支えられたレツ。そうして心配されたレツは、息を切らしながら数歩前に出る。
しかし、クラウゼルから受けたダメージも相当なものだ。強がるレツの足は震えていて、立っているだけでも辛い状況だろう。
「どうってこと、ねぇ、よ……かっ、ぺっ……」
「あー、それやると兄ちゃんに怒られるんよ? あんだけやるなぁ言われとったのに……」
片膝を突いて、切れた口の中に溜まった血を吐き出すレツ。そんなレツの背中を擦りながら、ネスは苦笑いしながらため息をつく。
口の中に溜まった血をぺっと吐き出す行為は、嘗てリゥに禁止されていた行為だ。
とはいえ、禁止と言っても強制力があったわけではなく、血を吐き出そうとする時にリゥがガーゼやタオルを差し出してくれていた形だ。
「バレなきゃいいの。兄貴だって目の届かないところならいいって言ってたし、兄貴の前じゃ絶対やらねぇ」
「律儀なんかそーじゃないのか、レツってほんとにわからんよねー」
「――二人とも、そんな話をしてる暇はありませんよ。時間稼ぎはそろそろ終わりですが、それでも気は抜けません」
クラウゼルとの戦闘を忘れて話し込む二人に、スっと割って入るフウ。
自分の後ろに集まった三人に視線を向けるクラウゼルは、トドメだと思っていた一撃を空振ったことに相当腹を立てているのだろう。三人を――特にレツとネスを射抜く視線は、今まで以上に鋭くなっている。
「テメェら……時間稼ぎがもう終わりだと? あのガキの攻撃が終わって、今はあいつも何も仕込んでねぇ。これ以上時間を稼いで何になる? 言っとくが、テメェらが兄として慕う四天王は来ねぇぞ」
「それは違うなー。そもそも、オイラのあの攻撃だって時間稼ぎだし、時間稼ぎは今終わったのなー」
「それに、兄貴が来ねぇってことは俺様たちに任せておけるって思ってるからだ。俺様たちが危ないと思うなら兄貴は来るし、来ないなら俺様たちな負けねぇ」
嘲笑うようなクラウゼルの言葉に、空中から割って入るライ。ライの様子からして、何も仕込んでいないというクラウゼルの予想は当たっているだろう。
しかし、その他の言葉は完全に的外れ。
奥義まで放ったあの攻撃の全てが、レツたちの時間稼ぎ。だが、それはリゥの救援を待つためのものでは無い。
リゥを待つためではない時間稼ぎでないのなら、レツたちは何のために時間稼ぎをしたのか。そんな疑問は、直後に響く声により解消される。
「――与毒の陣」
一瞬――時間にして一秒にも満たない、まさに刹那の瞬間にあった、文字通り一瞬の静寂。
一言も話さず、物音一つ立てていなかった静寂の直後、たった一つの声が、その静寂を打ち破る。
「来たな」
「下がりましょう」
静寂を打ち破った声に、真っ先に反応を示したレツ。目を細め僅かに口角を上げ、静かに一言だけ呟いた。
そんなレツの言葉に続くのは、今いる四人を纏めていたフウ。十二人衆の中でもリーダー的存在のフウが、ここでも素早く合図を出す。
「――弱化!」
フウの合図に合わせ、フウを含めた四人が一斉に後退する。
直後、クラウゼルを中心に魔法陣のような円が展開。黄色で構成された魔法陣が完成とともに紫色に変色し、クラウゼルを取り囲む。
「遅れてごめんね。僕たちだとどうしても決定打に欠けて、ちょっと長引いちゃった」
「でも、もう大丈夫なのね! 早くこっち終わらせて、イオたちもお兄のところ行くのね!」
クラウゼルを囲う魔法陣の前に降り立った、二つの人影。それは、ライからの報告で誰かを相手にしていたというスイとイオだ。




