60話:阿修羅
セント、ノーマント、イータン、ウェータル、サグラス。その全てを総じた通称を、聖陽郷の『五大陽都』と呼ぶ。
そんな五大陽都で生活しているのは、数多の種族の中で最も数の多いとされる人間。人族とも呼ばれるそんな一族が、聖陽郷には住んでいる。
しかし、聖陽郷は人間のための国。聖陽郷には属さない、五大陽都の周りにある数々の島には、数多の種族が住み着いている――。
――阿修羅。
三つの顔と六本の腕を持つ、全体的に屈強な多腕族に属する種族。
その大半が戦闘に長けた実力者揃いで、特にトップクラスの戦士では四天王でさえも気を抜けない。故に、一般人では勿論、特戦隊であっても関わってはいけないとされている。
阿修羅の強みは、大きく分けて三つ。
先ずは、首から上に備わっている三つの顔。それはありとあらゆる方角を警戒し、常に死角を作らない。
次に、屈強な胴体に備わった六本の剛腕。六本の腕を駆使した戦闘は、どんな種族にも引けを取らない。
そして最後は、それらに指示を通し自在に動かす頭脳だ。戦闘では常に六つの目で周囲を警戒し、六本の腕を使い相手を翻弄する。
さらに睡眠中も脳の三分の一だけを起こしておき、一つの顔に見張りをさせたりもする。
そんな戦闘にも生活にも便利な体の作りをしているのが、多腕族の阿修羅だ。
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「阿修羅ってのは、″正義感が強い気高き孤高の戦士″じゃなかったか?」
「ああ、そうだね。うん、そうだよ。ええ、そうとも。でも、だからこそ、それが故! ――我は阿修羅の一族から抜けたのさ! 阿修羅は絶対王者の戦士族! どんな種族にも負けねぇ、どんな種族よりも強い存在だ! 我らが徒党を組みこの聖陽郷に攻め入れば、ニンゲンなどたったの一月で滅ぼせる! それなのに、あんな辺境の地に住み着き、この世界の大半をニンゲンに渡している!」
「だから、聖陽郷を潰そうとする邪陰郷に入ったってわけですか」
「ああそうとも! 貴様らニンゲンからその土地を奪い、我ら邪陰郷が支配する! そしてそれを邪魔するものは、同族であっても容赦はしない!」
一気に口調を変え、さらには身振り素振りも豪快且つ大胆にするクラウゼル。そんなクラウゼルの表情に映し出されるのは、この世界の大半を占める人間への怒りと、それに声を挙げない同族への怒り、その二つだ。
「別に、俺様としては領地だの領土だの、そんなもんはどうでもいい。そもそも、聖陽郷を仕切ってたのはテメェらのボスだ。何で、そいつと話をしようとしなかった?」
「話だと? そんなもの、とうの昔に済ませたさ。そしてその話で出た結果が、邪陰郷の設立だ。我らが聖陽郷を討ち滅ぼし、全てを我らが領土にする。その為の戦争が、今起こっているのだろう?」
「ああ、そうか。まぁさっきも言った通り、領土だのなんだのって、俺様からすればやっぱりどうでもいい。――ただ、どうでもいいからこそ、そんなことで兄貴が一度命を落として、兄貴との時間が潰れて、兄貴の大切な人が危険に晒される……領土なんてどうでもいいことで、俺様のたった一人の兄貴が苦しむのは、どうしたって許せねぇ……」
「ガキが……何が言いたい?」
下を向き、声のトーンを下げ、握った両の拳に力を入れるレツ。この場で怒っているのは、何もクラウゼルに限ったことではないのだ。
表に出さないだけで、四天王も天使も十二人衆も、その全員が怒りを胸に抱いている。
中でも、アキラを捕われたリゥと、自分の兄貴分を苦しめられている十二人衆の怒りは、並大抵のものでは無い。
ふつふつと沸き上がるのは、十二人衆が秘めていた静寂なる憤怒。そしてそれは、時が過ぎる毎にその熱量を増し、やがてははげしい業火となる。
それがいつになるか、そんなことは言うまでもない。何故なら――、
「これ以上、兄貴の邪魔はさせねぇ! テメェらの行動が兄貴を苦しめるなら、俺様は絶対にそれを許さねぇ! ここで、お前は、俺様が――潰す!」
――何故なら、その時は既に、満ちていたのだから。
「フウ! 合わせろ! ――灼熱の業火ァッ!」
「――旋風」
レツの合図で、想術の準備に入るフウ。
レツの詠唱によって構成されたのは、対象を焼き尽くさんとする業火だ。その業火がクラウゼルを囲んだ瞬間、それを待っていたフウが即座に詠唱。
クラウゼルを囲んだ業火が、フウの巻き起こした旋風により縦に分散。対象の周囲を取り巻く炎は、対象を包み込む炎へと変わった。
「「合技、炎渦の竜巻!」」
――合体技。転じて合技とは、戦闘に於いてある程度の関わりを持つ者同士が、合わせて強力な攻撃を行う技。基本的には強大なダメージを与える必殺技として行うことが多いが、特殊系統の技として扱うこともある。
そして今回は、威力ともにその命中率を上げ、さらには持続時間をも長くする合技だ。
「これで決まれば……」
「――苦労はしませんね」
今の技で勝負が決まれば、直ぐにでも他の援護に行ける。そんな希望を抱きながら、目の前で舞う砂埃に目を向けるレツ。
しかし、砂埃が風によって散り、薄くなっていく一方――砂埃の中に映る人影は、どんどんと濃くなる。
「これが十二人衆の合技か? だとしたら、存外大したことねぇじゃねぇか……よッ!」
砂埃の中に映る人影がだんだんとハッキリと映るようになった瞬間、嫌味と余裕の混じった声がレツとフウへ向けられる。そんな言葉の直後。砂埃の中から現れるクラウゼルから、無数の短剣が投じられる。
が、レツたちはその短剣を避けようとしない。
そのまま短剣を眺め続け、あと少しで串刺しになると思われた、その瞬間――、
「誘導操作」
「なっ!?」
直線的にレツたちを襲っていた短剣の全てが、その向かう先を修正。綺麗にUターンし、そのままクラウゼル目掛けて突き進む。
「結構大きく避けたんやね。でも、それ以上高く上がるのはどうかと思うよー」
「何を言って――!?」
「落雷ッ!」
突然と自分に牙を剥いた短剣を、飛び上がって避けるクラウゼル。そんなクラウゼルを見て、今の状況を引き起こしたネスが口を挟む。
誘導操作とは、元々一定の動きをしている物に対し、その物が動く方向を自由に操作する技だ。自らの手で物を操作する物体操作とは違い、誘導操作はその速度を緩めずに利用する。その為、カウンターとして使うことが多い。
そんな誘導操作による短剣を避けたクラウゼルの脳天に、突如として雷が落ちる。
「なんで強い人見つけたのに教えてくれないかなー。そーゆーの、ずるっ子ってゆーのなー!」
明らかな強敵を目の前に、能天気な口調で頬を膨らませるライ。そんなライは雷に撃たれ地面に押し返されたクラウゼルを追うように、ゆっくりと地面に着地する。
「もー。ゴウさんはオイラが相手してた第3支部取っちゃうしー、第2支部見つけたと思ったらゲンさんが相手してたしー、みんなずるっ子なんよなー」
「ライ、他の……クラたちはどこですか? ゴウさんとゲンさんは分かりましたが、他の十二人衆は?」
「んー? スイとイオはー、なんかよくわからないの相手にしてたなー。あんまり強くなさそーだからスルーしてきたけどー、他は兄やと一緒なー」
「兄貴と!? んなろ……絶対に強ぇやつとやり合うじゃねぇか! クソ! こうなったらとっとと片付けて俺様たちも合流しに行くぞ!」
ライの話を聞き、食い気味に突っかかるレツ。身内の戦闘をスルーしてきたという話を更にスルーし、誰一人としてそれに触れようとしない。
しかし、今回のような事は珍しくないことだ。
本来、集団戦で実力を発揮するのが十二人衆だ。それが強みで得意分野とするが、見切りをつけるのも早い。一人で不可と感じれば複数人で集まり、逆に必要ないと思えば他へ回る。
判断と行動の速度もまた、十二人衆の強みというわけだ。
よって、今回のライの判断にも異を唱える者はいない。
「ガキが……! テメェらみたいはチビが四人集まったところで、生粋の戦士族である我に適うわけがなかろう……!」
「あー! オイラたちをバカにするとなー、兄やが怒んだぞー! 兄や怒ったら一瞬でケチャケチャなんだぞー!」
「戦士族って言っても、結局はただの脳筋だろ。状況と戦力の把握は俺様たちの方が正確だ。こんな奴兄貴に頼らなくても……ってか、俺様だけで十分だろ!」
クラウゼルの言葉に、指を指しながら地団駄を踏みプンスカと怒るライ。しかし、ライが引き合いに出したリゥは現在進行形で不在。この場でリゥを頼ることは出来ない。
そんなリゥ頼りのライに対し、最も好戦的であるレツ。リゥを頼るどころか、自分一人でも大丈夫だと言い切る。
「残念ですが、レツの戦力把握は十二人衆で一番間違いが多いですから。特に自分が関わってくる場合、正確率は五割と言ったところですよ」
自信に満ちたレツに異を唱えるのは、十二人衆の中でもかなり大人びているフウだ。クラと同じような頼れるお兄さん的存在のフウだが、発言量などの面からはクラに話の主導を任せることが多い。
とはいえ、クラに次ぐ十二人衆のリーダー格だ。今の言葉にもあった戦況把握の正確率も、ほぼ百パーセント。少なくとも、レツよりは正確となる。
「したら半分の確率で当たるってこったろ!」
「レツの五割とボクの九割九分九厘。どっちが当たりますかね……」
「うぐっ……」
やけくそになるレツに対し、ペースを乱さず淡々と言葉を並べるフウ。そんなフウの言葉には、嘘はもちろん嫌味や煽動なども感じられない。純粋に、事実と思ったことを言葉として発しているだけだ。
そんなフウの言葉に尻込みし、レツは到頭返す言葉を失う。
「もし一人で倒せたとしても、多ければ多いほど早く終わりますよ。そうすればリゥ兄さんのところにも早く行けますし、どうですか?」
「わ、わーったよ! 但し、俺様の、足だけァ引っ張んなよ!」
「少なくとも、ボクはレツと相性がいいと思うんだけどね」
「おー、やっとやるんやなー? 待ちくたびれてしもたわぁー」
「したらオイラも参戦ー! あ、ちゃんと巻き込まないよーにするから安心なー!」
そう言って、クラウゼルと対面する四人――レツ、フウ、ネス、ライが、各々戦闘態勢に入る。
「ガキが四人団結したところでたかが知れてるってもんだ――!」
戦闘態勢に入った四人に続いて、その相手であるクラウゼルもまた戦闘態勢に入る。
各々が闘志を燃やし、今、戦いの火蓋が切られる――。




