58話:始動
ラボ内での編成会議を終え、全速前進で邪陰郷の本拠地へ向かうリゥら十五人。
今回は特戦隊や治癒隊がいないこともあり、迷い森の時とは移動手段が違う。
特戦隊や治癒隊はあくまでも陸上の戦闘がメインとされ、その他の戦闘や移動をあまり学んでいない。
その為、迷い森の際は行き帰りを動物に乗っての移動とした。
しかし、そんな動物は元々旅行に使われるような人数と安全を重視したもの。人数が乗るとなれば大きくなり、安全を求めるとすればゆっくりになる。その為、目立つし的が大きいし機動力がないしで、戦闘や急ぎの移動には一切向かない。
つまり、四天王や十二人衆ともなった場合――飛んだ方が速い。
『――リゥ様、今回アキラさんが連れ去られてしまったことには、やはり私の責任もあります。なので、微力ですが私の力――加速で少しでも助力させて頂きたく――』
ラボから飛び立とうとした時に、クロから掛けられた言葉。そんなクロの言葉に甘え、リゥたちは加速という術式を編んでもらった。
加速とは、文字通り対象人物を加速させるための術式。内容としてはそこまで難しいものではなく、身体強化の一環として、特戦隊たちもファクトリーなどで習う。その為、リゥたちにも容易く編める術式だ。
しかし、今回は時を司るクロが直々に編んだ術式。その術式における効果は、リゥたちが使うものとは段違い。普通は数倍から数十倍ほどが限界だが、クロの場合は文字通り桁違い。数百や数千、場合によっては数万と変えられるだろう。
そして尚且つ、クロの術式は制御がし易くなっている。コンマの範囲で倍率を調整することが出来るため、個の基本状態が違っていても速度を等しく保てる。
その為、こういった集団での長距離移動にはもってこいだ。
「――こうやって飛ぶのも悪かぁねぇけど、シロに送ってもらった方が速かったんじゃねぇのか?」
「いや、向こうの警戒がどこまで広がっているかがわからない。着いた場所が敵中のど真ん中だった場合、いきなり正面からぶつかることになるだろう」
「ゲンの言う通りだ。俺だって速い方がいいとも思うけど、敵の意識外から一瞬で片付けた方が楽だ。だから今回は一旦回り込んで、一気に攻める」
リゥたちの予想では、邪陰郷の注意はノーマントからセント側。つまり、南側に向いている。
そこで一旦ノーマントを迂回し、警戒が薄いであろう北から攻める。
すると邪陰郷は戸惑い、作戦は全ての水の泡。そこをゴウやレツの高火力攻撃で攻撃し、雑兵を一網打尽。そしてそのまま本拠地の内部へと潜り込む。
本来ならばアキラのいる場所へと直行するのが一番だが、そこにトラップがあったは場合、アキラが巻き込まれかねない。
仮に、ゴウなどの広範囲攻撃でアキラに傷の一つでも付いた場合、聖陽郷 対 邪陰郷の戦闘が、聖陽郷 対 邪陰郷 対 リゥとなるだろう。
「でもよぉ、アキラの救出を急ぐなら、やっぱし速いに越したことはねぇンじゃねぇの?」
邪陰郷に気づかれないようにするため、リゥたちはかなりの遠回りをしながら、尚且つ雲の上を飛んでいる。
そんなゆっくりとした移動で、退屈そうに足を組みながら飛んでいるゴウ。暇そうに軽々しくやってのけるその移動法は、四天王や天使、十二人衆くらいにしか出来ない。
そしてやるやらないという意思も条件に入れれば、天使は当たり前として、ゲンやレイ、その他に十二人衆からも数名が抜け、数人しか出来ないだろう。
「たしかに、普通なら不安と心配で直ぐにでも直行する場面だな……でも、今は何となく平気な感じがするんだ。こうして確実な安全策を取った方が、アキラの為にもなる気がする。というか、直感的にアキラがそう言ってるように感じられるんだ」
「さっき、シム博士が言ってた言葉か?」
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時は僅かに遡り、リゥたちがラボを出発しようとする直前。リゥはシムに呼び止められ、出口に向かうその足を百八十度回転させた。
「――リゥ様、これをお持ちになってください」
「これは……薬かなんかか?」
「クラフト抑制剤です。先日のように、リゥ様は感情に支配されるとそのクラフトを制御出来なくなります。そんなことが再び起きないように、これを常時携帯しておいた方がよいかと」
そう言って、開かれたリゥの手に抑制剤を押し当てるシム。
リゥは、確かに聖陽郷随一の戦闘力を誇る。歴代最強と謳われる今代の四天王でも、実力ナンバーワンとされるのがリゥだ。勿論その時のコンディションなどにもよるし、本気で戦ったわけではないので、一般的な憶測に過ぎない。
とはいえ、その実力は本物だ。今はまだ全盛期ほどではないが、記憶にある技術は残っているうえに、現世で培った新しい技術もある。
しかし、脛を弁慶の泣き所というように、どれほどの強者にでも弱点はある。
そしてその弱点が、リゥの場合は怒りとなる。
ありとあらゆる生物に備わっている感情。その中でも、怒りという感情はかなり大きな存在。そんな怒りに、リゥは感情を支配されることが多い。勿論いつでも怒るという訳ではなく、百や二百、それどころか十や二十といった回数でもない。
しかし何十年も生きていれば、我慢できないほどの怒りが何回か襲ってくる。そしてその度に感情に飲まれ、怒りで暴走したクラフトを制御できないまま、大規模な破壊を生む。
そして今回の原因は、アキラを攫われたことだ。聖陽郷を裏切り、アキラに手を出したゼンジ。そんなゼンジに対しての怒りと、アキラを助けられなかった自分に対しての怒り。その双方が掛け合わされ、保有しているクラフトが全盛期よりも少ない状態で、全盛期と同じほどの破壊を生んだ。
「抑制剤の効果は一錠で凡そ二時間ほどに抑えてありますが、効果は飲んだ瞬間から現れます。予め飲んでいても、その瞬間に飲んでも構いません。――決して、怒りに飲まれてもいいと思わぬよう」
「でも、これを飲んだら想術は?」
「使えなくなる、とは言いません。ですが、想術の火力は落ち、大規模な想術は撃てないでしょう」
「まぁ、それくらいで済むならいいか……分かった、ありがたく受け取っておく」
そう言って、上着の胸ポケットに抑制剤をしまうリゥ。
「それと、もう一つ。時間が無いので今は詳しく話せませんが……これからの行動――アキラくんを救う今回の作戦では、御自身の直感を信じてみてください」
「それは、どういう?」
「それはまた、今度の機会に。今は少しでも早く、アキラくんの元へ――」
シムの言葉は正直とても気になるところだが、今はやはりアキラが優先。シムが先延ばしにするということは、理由や根拠、その他諸々について知らなくても良いということ。聞かなくていいならば、リゥは無理に聞こうとはしない。
ラボの入口でシムやレイたちに見送られ、リゥたちは邪陰郷の本拠地へと出発した。
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「正直、シム博士の言った言葉の意味は分かんねぇ。レイはなんか知った感じだったけど、俺にはさっぱりだ」
シムの話に、何かを知っているような顔をしていたレイ。そんなレイの顔が頭を過ぎるが、リゥにはやはり何も分からない。
「でも、シム博士は信用出来る。あの場で意味の無いことは言わねぇはずだ。今はシム博士の言葉と、俺の直感――それと、アキラを信じる」
「まぁ、それでお前が後悔しないなら俺はいいけどよ」
「そもそも、アキラに何かがあったら後悔じゃすまなそうだ」
今のままの行動でいいと、そう断言したリゥ。そんなリゥにゴウも一旦は良しとしたものの、次に来たゲンのツッコミに苦い顔をする。
たしかに、実際アキラの身に何かがあれば後悔どころの話ではない。
それこそ、聖陽郷全土が吹き飛ぶか――、
「そうならないための抑制剤だけど、これを使わなくてもいいのが一番だからな」
そう言って、リゥは抑制剤の入っている胸ポケットに手を当てる。
「とりあえず、今回の作戦を簡単に確認するとだ。先ず初めに、邪陰郷の本拠地の裏に回る。そこで敵戦力の位置を把握して、外で構えてる雑魚はゴウとレツで吹き飛ばす。後は手当り次第に敵を片付ける。その間に俺は敵を倒しながらアキラを探す。けど、正確な場所は分かんねぇ。だから、アキラを見つけたら天高く目印を一本だけ打ち上げてくれ。止むを得ずに柱を立てた時は、直ぐに崩してくれると助かる。無理ならもう一本立ててくれ」
「アキラを見つけた後はどうすンだ? お前を見つけて渡せばいいか?」
「アキラの傍には、多分ゼンジの奴がいる。とりあえず見つけたら合図を出して、合図があり次第そっちに行けるやつが行く。但し、直属幹部クラスの奴と相対してた場合は倒してくれ。連れてこられても困る」
大雑把な作戦だが、細かい作戦を練っている時間はない。現に、今はノーマントを迂回して裏に回ったところだ。ここからは作戦通り、突っ込んでアキラを救う。
そしてその後、裏切り者のゼンジを含めた邪陰郷を掃討。そこまでして、漸く今回の戦いは終わることになる。
「――第一はアキラの救出。それが果たされれば、晴れて邪陰郷を遠慮なく掃討できる」
「アキラを見つけない限り、派手には暴れられねぇかンな」
「そういうことだ」
そんな会話を終え、リゥたちは真下にあるノーマントを見下ろす。
そして頭と足の場所を徐々に反転させ、それぞれが向かおうとする先に全員が頭を向けた瞬間――、
「征くぞ――ッ!」
短く言い放ったその声に合わせ、リゥを筆頭とした邪陰郷掃討班が真っ直ぐに地上へと急降下する。
そして、そんなリゥたちが邪陰郷に攻撃を仕掛けたのは、それからたった一秒後のことだ。
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再び時は遡り、今度はアキラが連れ去られてから二日後のこと。
舞台もずっと北へずらし……ここはそう、聖陽郷最北の陽都、ノーマントだ。
「あれから二日と経つが、お前が待っている男は一向に現れないな? 奴のことならすぐにでも来ると思ったが、また暴走でも起こしたか」
一点を見つめ静かに呟く、邪陰郷トップの存在にして聖陽郷を裏切った黒幕――ゼンジ。
そしてそんなゼンジの瞳に映る、身体を拘束されたまま監禁状態にある少年――アキラ。
嫌味のような口調で嘲笑うゼンジと、ここに来てからゼンジに一度も口を開いていないアキラ。
そんなアキラは、今回のゼンジの発言にも無視を決め込む。
「はん、また無視か。それとも、いつまで経っても助けに来ない絶望から声が出なくでもなったか?」
いい加減不機嫌そうにも見えてくるゼンジの口調だが、そんなことにも一切お構いなし。そうして今回も無視を突き通そうとするアキラの顔が、突然ピクっと動く。
「リゥくん――」
延々と沈黙を続けていたアキラが、小さく、短く、たった一人の名前を口にする。
「リゥくんは、もうすぐ来る。それで、絶対に助けてくれる」
あれだけ沈黙を貫いていたアキラが口を開いたかと思えば、あれだけ喋らせたがっていたゼンジが顔を顰める。
「急に喋ったと思えば……根拠でもあるのか?」
「リゥくんは、龍翔くんだから。龍翔くんは、俺の事絶対に助けてくれる。無理してでも、無茶してでも、いっつも、どこでも、何があっても助けてくれる。
そうやって、俺が好きになって、ずっと信じてた龍翔くんが、リゥくんだから」
ここにリゥがいたら、どれだけ飛び跳ねて喜んだことだろうか。
今まで自分の気持ちに素直になることが少なかったツンデレ気質のアキラの口から出た、好きと信じてるという言葉。そんな言葉が、堂々としたアキラの口から、なんの躊躇いもなく放たれる。
そんなアキラの言葉を聞き、次にゼンジが口を開こうとした瞬間――、
「――ッ!?」
その言葉を遮るかのように、鈍い音が響き渡った。




