57話:やるべきこと
会議室を出た後、先頭を歩くリゥの横に並んだシム。そんなシムの案内を受け、リゥたち一行はとある部屋に到着する。
「失礼、入ってもよろしいでしょうか?」
ノックをして、扉の向こうへと言葉を投げかけるシム。この施設でトップに立つシムがその行動をとるということは、その中に人がいることは確実。つまり、この部屋の中にリゥの求める人物がいるのだ。
「――どうぞ」
中から低いトーンの声が聞こえ、リゥはシムと顔を見合わせる。そしてそのままドアノブを捻り、リゥはゆっくりと扉を開く。
「久しぶり、ってほどでもねぇか。やっぱり、お前もこっちに来てたんだな。――アリト」
「ええ、私も皆様とお話をさせて頂き、結果的にはあなた方に助けて頂きました。――本当に、ありがとうございます。特にリゥさんには、弟まで助けて頂いて……」
そう言ってアリトが目を向けるのは、部屋の奥で寝ているアイだ。ベッドの上で布団を掛けて寝ているアイだが、その布団の中にはたくさんのコードやチューブが繋がれていて、顔にも酸素ボンベのようなものが取り付けられている。
疲労を取り除いているとは聞いていたが、それが如何なるものかは知らなかった。頭にも何かを貼り付けていたり、ベッドの周りにもたくさんの機器がある。
それを見れば、アイの負っていた疲労がどれほどのものかも分かる気がする。こんなにも大掛かりなことをやらなければいけないほどの疲労やストレスと言った苦痛を、こんなにも小さな身体に溜め込んでいたのだろう。
シムの話ではリゥが目覚める前に一度起きたようだが、最近のリゥは寝ている姿ばかりを見ている。そんなこともあってか、起きたとわかっていても心配になるものだ。
「もう少しで目を覚ますと思うのですが、これと言って起きる気配はまだないのです。なので、アイの手を握って頂けないでしょうか?」
そう言って、握ったアイの手をリゥに向けるアリト。そんなアイの手を握ったアリトの手は僅かに揺れていて、アイのことを心から心配している他、アリトはまだ何か心に秘めている。
しかし、それを今ここで聞こうとするのは違う。今の目的はそこにない上に、リゥにはやるべき事がある。そしてアイの手を握ることも、リゥにとってやるべき事だ。
リゥは、ゆっくりとベッドに歩み寄る。
「――お前の弟、可愛いくて良い奴だよな。こんな弟なら、守ってやりたいって思うのも分かる。こんなに幼いのに頑張って、逃げ出そうともしなかった。嫌なことを押し殺して我慢してられんのは、兄貴のお前がそれだけ良い奴だったんだろうな」
「いえ、私はまだまだ未熟で、そのためにアイを巻き込んでしまった……私にもっと実力があれば、アイはこんなことには……」
「んや、実力があってもお前には無理だな。お前に邪陰郷は務まんねぇよ」
アイのベッドの傍に座り、視線をアイからアリトに移すリゥ。そんなリゥの言葉に首を振り、アリトは自分の実力不足を悔いる。
が、そんなアリトの言葉に、リゥもまた首を横に振る。
「邪陰郷に望んでいるヤツらってのはな、性根が腐ったクズみたいな野郎がうじゃうじゃする吹き溜まりだ。アレを知って2ヶ月の俺でも、そんくらいは分かる。だから、お前みたいに優しいやつにゃ無理だよ。アイにも、アリスにだって務まらねぇ。メスカブトにゴキブリは、務まらねぇからな」
「あー! 今にぃに虫のことバカにしむがががが……」
怨みや憎悪を抱いた鋭い眼光。そんな目を窓の外に向け、容赦のない言葉で邪陰郷を罵るリゥ。
その罵りで虫を喩えに使うと、後ろにいたセトが秒で反応。そんなセトの口を、今度はネイが反射的に抑える。
「まぁとりあえず、アイツらはぶっ倒す。――その為には、アイにも協力してもらいたいんだ。勿論、危険には晒さない。少し聞きたいことがあるから、それだけ聞いてそれ以上は引き込まない。でも、それだけでも、アイには早く目覚めて欲しいな」
そう言って、リゥはアイの手をギュッと握る。
「――アイ、早く起きろよな。お前が起きた顔、全然見れてねぇぞ?」
そんな冗談混じりの言葉を放ち、そのままずっと握り続けるリゥ。
そして、それから何分か経った頃。静まり返っていた部屋の中で、アイの表情が変わる。
「ん、んんん……」
「――っ、アイ!?」
「んぁ……ぁ、おにぃ、さん……?」
「アイ、起きたか!?」
表情が変わり、微妙に動きだしたアイ。そんなアイにリゥが声をかけると、アイのその目がリゥを捉える。
「良かった……おはよう」
そう言って、目を擦るアイに、リゥは優しく微笑む。
「お兄さんも、起きてたの……?」
「ああ、ちょっと前にな。体、大丈夫か?」
「う、うん……でも、お兄さんと、えっと、あの子……」
「――アキラのこと、か……」
自分の体を心配してくれるリゥに、若干しどろもどろになりながら答えるアイ。そんな対応になってしまうのは、一度目に起きた時に知ったリゥの状態。そして、アキラの不在だ。
怪我を負っていない自分の体に反し、傷こそは負っていないものの、苦しそうに悶えていたリゥ。そしてその原因である、邪陰郷に連れ去られたアキラの不在。
助けてもらった自分には何も無く、助けてくれたリゥが最悪の状況に置かれている今、アイはどうしても、自分を責めてしまう。
「僕がずっと、寝てたから……クロさんは俺のことしか守れなくて、それで、アキラくんは……」
「アキラが連れ去られたのは、アイの所為なんかじゃない。勿論、クロの所為でも無い。――全部、俺の至らなさが問題だ……!」
そう言って視線を落とし、眉間に皺を寄せるリゥ。そして右手を強く握り、リゥの手のひらに血が滲む。
爪で手のひらが抉れるまで強く握ったリゥの心には、計り知れないほどの後悔や憎悪、憤怒などがある。しかしそんな感情に飲み込まれないために、リゥは自らの体を傷つけ、なんとか感情を抑えようとする。
「――リゥ。アキラくんが連れ去られたのは、君の所為でもない。君はアイくんを救い、優輝くんたちを救った。その間に戦いもあり、リゥは出来ることをやった。そうじゃないのか?」
「そうじゃねぇよ……もっと上手くやれば、アキラは連れ去られなかったはずだ……! 俺がもっと強ければ、俺がもっと賢ければ、俺がもっと頑張ってれば、アキラは連れ去られてなかった……!」
「でも、リゥはずっと頑張って……」
「頑張ってりゃァいいってもんじゃねェんだよ! 頑張ったって、結果が悪けりゃ何の役にもたたねェ! 結果的に、アキラは連れ去られてんだ! それなのに頑張ったからって、許されるもんじゃァねェ!」
自分を責めるリゥに、なんとかフォローしようとするレイ。しかし、そんな言葉は今のリゥには、受け取れない。そんなリゥは、自分の無力さへの怒りをとうとう声に出して表してしまう。
「――おい! さっきから聞いてりゃそこら辺でゴダゴダ言ってンなよ! お前の力不足!? 知ってるわンなもン! 今のお前は前と比べりゃ弱ェよ! でも、ンなこと関係ねェだろ! そンなン言ってて何になンだよ!? お前が本気で心配してンなら、今こンなとこで燻ってんじゃねェ! さっさと切り替えて、やるべきことやれや!」
怒声を上げたリゥに対し、それを超えるほどの大声。その主は、今までリゥと話していたレイ――ではない。リゥを相手にここまでの声で怒鳴れるのは、聖陽郷にもただ一人。リゥやレイと同じ四天王の一人、ゴウだ。
そんなゴウの怒鳴り声に、目を見開くリゥ。そして今までの怒りに満ちた形相を沈め、漸く我に返る。
「テメェがやるべきこたァなンだ? ここでアイを慰め続けることか? 慰め序でに自分を責めることか? 自分の無力さへの怒りを声に変えてレイにぶつけることか? ――テメェがやることは、アキラを助けて、邪陰郷ぶっ潰すことじゃァねェのか?」
「――そう、だ。俺のやるべき事は、一秒でも早くアキラを取り戻すこと……それ以上でも、それ以下でもねぇ……」
ゴウの言葉で、漸く本来の目的まで戻ることが出来たリゥ。最優先も最重要もアキラと決めたリゥに今すべきことなど、アキラを助ける以外にあるはずもない。
一秒でも早くアキラを助け、少しでも早く目的を成就させる。その為にも今は、ここで燻っている時間はない。
「――アイ、お前の力が借りたい。お前のその眼で、アキラを捜してくれないか?」
アリスが本拠地を知らないとなれば、同じ待人であるアリトでも同じことだろう。それならば、その場所を見つけなければならない。
となれば、アイの力に頼るのが一番の得策。ならば、リゥがやるべき事はただ一つ。協力を願うために、深々と頭を下げる。
「アキラくん、を……分かりました、やってみます」
そう言って、静かに目を閉じるアイ。他の生物と視界を共有し、その目に映る物から場所を予測するアイの能力。
聖陽郷全土の地図は、幼い頃に暗記している。地形や環境を見れば、聖陽郷内でアイに分からない場所はほぼない。
そんなアイが目を閉じてから数分。アイの顔が段々と険しくなり、その様子に違和感を感じたリゥ。
そしてリゥが声をかけようとした瞬間、アイの目がパッと開く。
「――見つかったか!?」
心配から近付いたこともあり、かなり食い気味な様子で訊ねるリゥ。そんなリゥの目を見て、息を切らしたアイがゆっくりと首を縦に振る。
「見つかり、ました……場所は、北のノーマント。その中の、山の中にある洞窟……です。でも、その周りにたくさんの人が……」
「分かった、そこまで教えて貰えりゃ大丈夫だ。戦いなら、俺らは絶対に引けを取らねぇ。ありがとな」
息を切らしているアイは、ベッドの上に座りながら情報だけを話す。そんな様子と教えられた場所から察するに、遠くまで視野を広げるのは体に負荷がかかるのだろう。
しかし、セントからノーマントまでの距離は、セントから迷い森までの距離よりも短い。ノーマントだけでこれだけの負荷がかかるのであれば、アイはこれまでどれほどの負荷を我慢してきたのだろうか。
そんなことを考えながら、リゥは優しくアイの頭を撫でる。
能力を使わせるだけで終わりの今までとは違い、ここでは自分の能力で感謝される。至って普通に感じられるその行為だが、アイにとっては初めての出来事。そんな現実に満開の笑みを浮かべ、アイもまた今の現状に感謝する。
「あともう一個、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「は、はい。僕に分かることなら……」
「こっちに攻めてくる邪陰郷らしき集団は、いたかい?」
「ここに……いえ、そんな集団は……」
「いないか、分かった。それなら、班分けも簡単だね」
知りたかった全ての情報が揃ったかと思った時に、スッと手を挙げたレイ。そんなレイの質問は、ここに攻めてくる邪陰郷の有無。
たしかに、数多の生物の視界を共有していれば、周囲の情報も入ってくる。その時に邪陰郷がいれば、それはここへの進軍と推測できる。
しかし、それがいないとわかった場合。直ぐに本拠地へ向かい、ここまで進軍しようとしている邪陰郷がいたとしてもそこで倒せばいい。
つまり、大半の戦力を邪陰郷の殲滅班に割くことが出来る。
しかし、優先すべきは戦力であり、人数ではない。数を集めただけの集団では勝ち目などないし、少しでも突出していた者がいればその者の足でまといになる。さらには言えば、巻き添えにならないとも限らない。
「――だから、邪陰郷の殲滅に向かうのは戦闘派集団。四天王は僕以外の三人が行き、後は十二人衆の全員。以上だ」
そんなレイの言葉に、誰一人てして異を唱えない。
――そして、四天王のレイ以外と、十二人衆。計十五人のメンバーで、邪陰郷の本拠地へと向かう。




