55話:目醒め
鈍い爆発音に耳を塞いだレイたちは、不安や後悔など、負の感情をその表情に浮かべる。しかし、そんな重い顔のどこかに、若干の安堵のようなものが感じられる。
全てを理解した上でそんな複雑な表情を浮かべるレイたちに対し、状況を何一つとして理解出来ていない優輝たち。何も分からない彼らは目の前の状況に対する反応も分からず、ただただ呆然とする。
「――え? 龍翔、くんは……?」
「あ、ああ。そうだ、君たちは何があったのか分からないよね」
呆然と立ち尽くしていた、力のない声で呟く優輝。そんな優輝に気付き、レイは優輝たち四人の傍に近付こうとする。しかし、優輝たちの分かる人物は龍翔――即ちリゥのみ。レイが何者かも分からない優輝たちは、当然、レイを警戒する。
いつでも後輩のために行動する、龍翔の傍にいたからだろうか。直ぐにでも逃げ出したいような状況が続いているはずだが、優輝と蒼空は後ろにいる蓮と翼を庇うようにして前に立つ。
まるで、今まで龍翔にしてもらったことを、今の後輩にもしてあげるかのように。
「そっか、そうだね。君たちが僕に着いてきたのはあくまでリゥと合流するため……それに今リゥが消えたのは、明らかに僕たちがやった事。――どう説明すればいいんだろう……」
この場での最善がわからないレイは、何から何までを、どのように話せば良いかと頭を悩ませる。
そんなレイに言葉を掛けるのは、この場で最も深刻そうに顔を歪める、シロだ。
「レイ様、その……クロは……」
「あ、ああ。ごめん、色んなことが同時に起きて頭が回ってなかった。シロ、すぐ側に治癒隊がいるはずだ。今は一時的にかもしれないが、邪陰郷の連中はいなくなったようだし、治癒隊をここに連れて来るんだ。君なら時間はかからないだろうけど、その間は僕がしっかり見ておくから」
そんなレイの言葉を聞き、瞬時にその場からいなくなるシロ。そしてレイの予想通りほんの数秒で再びその姿を現す頃には、治癒隊を二人連れて来ていた。
「これは、クロ様ですか!?」
「ええ、そうです。治癒して頂けますか?」
「は、はい! 直ちに治癒を――」
シロに連れて来られた治癒隊の二人は、クロを見た瞬間にその状態を確認。そして二人がかりで傷の治癒に取り掛かる。
そしてその手のひらから放たれる明るい暖色系の光に包まれ、クロの傷がだんだんと消えていく。
「――傷の治癒は、完了したと思います。ですが、出血した血までは戻りません。止血してあったので今は大丈夫かもしれませんが、落ち着いてから輸血をした方がいいかと……」
「ありがとうございます。私はもう大丈夫ですので、他の負傷者の所へ行ってあげてください」
「あ、はい、分かりました。決して、ご無理はなされないでくださいね」
そう言って、治癒隊の二人は負傷者が多くいるであろう、戦地となった住宅街へと向かう。
そうして治癒を終えたクロも立ち上がり、宮廷の跡地には四天王が一人と天使が二人。そして優輝ら四人と眠っているアイを合わせた、計八人が残っている。
「今何が起こったのか、それは凡そ理解しているつもりだ。そしてその上で、僕たちにはやらなくてはならないことが多い」
「ええ、そうですね。ここ周辺の復興などもしなくてはいけないですが、先ずはリゥ様の元へ行かなければ……」
「ああ、そこでなんだが……君たちも、一緒に来ないかい?」
そう言って、再び優輝たちと向き合うレイ。
今の時点で分かっていることは、ゼンジの裏切りとアキラの誘拐。そして、リゥの脱落。他にも聖陽郷の被害や後処理などもあるが、その他では優輝たちのことも考えなくてはならない。
現状、優輝たちのことを知るのはリゥとアキラのみ。そしてアキラの居所が掴めない今、最後の宛であったリゥすらもこの場に居合わせていない。
しかし、リゥが居合わせていない理由はレイたちの行動にある。そしてリゥを飛ばした本人はシロであり、その場所はレイたちも把握済み。
そうとなれば、リゥの所へ行き、そこで方針を決める必要がある。
「君たちの不安はよく分かる。確かに、リゥが今この場にいないのは僕たちの行動の結果だ。でも、それには色々訳がある。だからそれを説明する為にも、僕たちと来てくれないだろうか?」
「私たちは、あなた方やリゥ様……ああ、向こうの世界では龍翔様でしたね。あなた方の大切な先輩、龍翔様に害を成す存在ではありません」
そう言って説得するのは、リゥの元へ優輝たちを連れてきたレイと、捜索中のときの龍翔時代を知るクロだ。
ゴウと一緒に龍翔たちがいた世界に行ったことのあるクロは、勿論優輝たちの存在も知っていた。よってここではリゥと呼ばず、敢えて龍翔と呼ぶことでクロは少しでも優輝たちの疑問を解消しようとする。
「本当に、龍翔くんに会わせてくれるんですか?」
「ああ、約束しよう。それに僕たちも、リゥ――龍翔と合流しなくてはいけないんだ」
「――分かり、ました……俺たちも、行きます……」
そう言って、レイたちの提案を恐る恐る受け入れた優輝。
突然連れてこられた世界の見知らぬ人について行くのは正直不安でしかないが、今回の提案を断ったとしても優輝たちは何をすればいいかが分からない。しかしレイたちの提案を受けて龍翔と合流出来れば、優輝たちは何かと心強くなれる。その未来だけを信じ、優輝たちはレイに近付く。
「それじゃあシロ、頼むよ」
「はい。――転移」
そう言って、宮廷の跡地にいた八人が一つの光に包まれ、次に光が晴れた瞬間には全く違う景色が広がっている。
「――あの爆音でまさかとは思ったが……まさかここまでなんて……」
光が晴れた瞬間に息を呑み、数歩前に出ながら辺りを見回すレイ。
そんなレイの記憶では、今いる場所は草木が生えた草原のような場所だった。それも数年前の記憶であり、ここ最近の被害は聞かない。そのことから、今ではかなりの大自然となっていたはずの土地だった。
しかし、レイの目に映る現状は、生い茂る草木どこか枯れた草木の欠片すら残っていない。そこにはただただ真っ白な灰のようなものが敷き詰められ、辺り一面が見渡す限り何も無い更地となっていた。
――ただ一つ、少し遠くで丸くなっている個の存在を除いて。
「――レイ様!」
短くレイを呼ぶのは、この場に連れてきた張本人のシロだ。そしてそんなシロが目を向ける方向には、まっさらな大地の中にポツンと丸まっている個の存在だった。
「――リゥ!」
まっさらな台地で丸くなる個の存在。それは、シロの詠唱によって突然と宮廷の跡地から消えたリゥだ。
真っ白な灰の上で丸くなるようにして横たわっているリゥに、レイたちは慌てて駆け付ける。
「リゥ! おい、しっかりしろ! リゥ!」
「――やはり、目は覚ましませんね……前よりもクラフトの質は劣っていたはずなのに、被害の大きさも殆ど変わっていません」
レイの呼びかけに、ピクリとも反応しないリゥ。ギュッと目を瞑り眉間に皺を寄せているリゥの表情から汲み取れる、心の中で抑えきれない怒り。そしてそれと同時に、リゥが自分の行いを悔やんでいたことも分かる。――リゥの額を伝っている、涙の跡から。
「龍翔、くん……?」
リゥを取り囲うレイたちの後ろから顔を覗かせ、その目に龍翔を映した優輝。その直後に龍翔の名前を呼び、優輝は崩れるように膝をつく。
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――またここか
意識を失い、リゥは真っ白な空間に放られた。
壁も天井もない、ひたすらに白という無が続く空間。その中をただひたすらに歩き、歩き、歩き……目的もなくその空間を彷徨う。
――アキラ
ふと、そう呟き、拳を強く握るリゥ。どれだけ強く握っても痛みはなく、悔しさに唇を噛んでも血すら出ない。
アキラを奪われた自分の行いを悔い、恥じ……そこで終わる。
この空間では、怒ることができない。怒りという感情を、その空間はリゥに与えない。
自分を騙し、自分からアキラを奪ったゼンジ。そのゼンジに怒る気持ちを抱けず、その感情を抱けない自分にも怒れず、そうさせる空間にも怒れない。
悔いも、恥も、怒り以外の負の感情は全て揃うその空間。
そこでリゥは、再び正解を見つけなければならない。
何が正解なのか。
何が正義なのか。
何が義務なのか。
何が役目なのか。
何が使命なのか。
『それは全て、―――――――――――』
己に定められた果たすべき宿命を見つけるべく、
怒ることの出来ないその空間で、
リゥは、何度目かの自問自答を繰り返す。
その全てを導き出す、その時まで――
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――どれほどの時が経ったのだろうか。
リゥは、とあるベッドの、とある枕の上でその意識を覚醒させた。
「――っ、龍翔くん……!?」
「――ゆぅ、き……?」
ゆっくりと目を開けたリゥに瞬時に気付き、その名前を呼ぶ存在。目を開けた瞬間に飛び込んできたその顔と声は、間違いなく優輝のものだった。
そうして目があった瞬間、優輝の目から涙が溢れる。
「りゅぅしょ、くん……やっとっ、やっとおきたっ……」
「ゆ、優輝……って、これ……」
突然大量の涙を流す優輝に、起き上がって落ち着かせようとしたリゥ。しかし、頭をあげようと頭に意識をもっていった瞬間、リゥは頭の下にあるものが普通の枕でないことに気づいた。
近すぎるほどの位置にある優輝の顔は、横や斜めではなく、リゥの顔の真上にある。そしてリゥの後頭部にあるのは、枕のような布や綿といった生地では味わえない艶やかな感触。
優輝の顔の位置と感じられる感触からするに、今リゥが頭を乗っけているのは優輝の膝。
――それ即ち、膝枕だ。
「これは、どういう……?」
「――私が提案したんですよ、リゥ様。どうですか、久しぶりのお目覚めは?」
「シム博士……か?」
「ええ。良かった、記憶の方にも、差し支えはないようですね」
膝枕という状況に、少し慌てたような様子でいたリゥ。そんなリゥに話しかけたのは、いつの間にか部屋の入口に立っていたシムだ。
聖陽郷最大の研究施設で研究長を務めるシムは、科学者としての技術を評価され国宝となっている。
そんな彼がいるということは、その場所にも凡そ予想がつく。
「ここは……ラボか?」
「はい。研究施設内の休憩用個室です。数日前にレイ様がリゥ様を運んで訪れ、そのままリゥ様は暫く目を覚ましませんでした。その間、交代でリゥ様のお世話をしていたのが、そこの彼と……こちらの皆さんですよ」
「蒼空、蓮、翼……」
「龍翔くん……っ!」
「わふっ」
リゥが寝ていた間のことをざっくりと話し、端に避けるようにして入口を開けたシム。すると入口の向こうから蒼空たちが顔を出し、その中で翼がリゥの腹に飛び込む。
「――つ、翼?」
「――久しぶりに、やっと会えたって、思ったのに……そしたら、全然、話せなくて……全然、起きないし……」
「久し、ぶり……そうか、久しぶり……だったよな……その、ごめん……」
膝枕をしていた優輝に続き、今度は抱きついた翼も泣きじゃくる。そんな翼を抱き起こし、充血させた目に浮かべた涙をリゥは優しく拭き取る。そしてそのまま翼の頭に手を回し、心の底から謝罪する。
「――そしたら、リゥは話さないといけないことが山ほどあるよね。目覚めたばかりですまないが、大分落ち着いたようで何よりだよ。君が理性を失った場合、僕たちも対応に困るからね」
「レイ……に、シロとクロ……それに、ゴウたちも……その、お前らにも迷惑かけた……と、思う。悪かった」
開いているドアをコンコンとノックし、その部屋の中にいる全員の視線を集めるレイ。その後ろにはクロとシロも立っていて、更にその後ろには第6支部に残っていたゴウやゲン、十二人衆の面々も立っていた。
「理解してないのに謝るところがリゥらしいところだね……と、軽口を叩く暇もないか。とりあえず、優輝くんたちにも色々と話さないことがあるわけだし、今は一秒でも時間が惜しい。早速始めようか」
四天王、天使、十二人衆。そこに優輝たちの四人とシムも加わり、計二十三人のメンバーがラボ内にある一つの個室に集まった。
そしてこれから、聖陽郷の復興とアキラの奪還を初めとした、本当の意味での対邪陰郷掃討作戦の会議が始まる。




