54話:思考の遅延と行動の遅刻
「――アキラッ!!」
宮廷に向かい、一直線に跳ぶリゥ。その瞬間、リゥは明らかにアキラ以外のことを忘れていた。
脳内全てを埋め尽くし、他の介入を許さないアキラ。そんな脳が理解するのは、アキラがいるであろう宮廷のみ。その他の全てを一切忘れ、リゥはただただアキラのことだけを考える。
「――アキラ! どこだ!?」
宮廷に辿り着いたリゥは、入口を無視して壁を突き破る。そんな中で辺りを見回し、崩壊する宮廷の瓦礫を蹴散らしながらアキラを捜し回る。
「――アキラ!? アキラ!!」
何十とある部屋の壁を突き破り、既に宮廷の無事など全く意識しないリゥ。そんなリゥが望むのは、無事にアキラと合流すること。それが一番の望みで、一番の使命だ。
そして入口に近いところから小さな個室を全て確認したリゥは、宮廷の奥にある王室まで辿り着く。
「――遅かったじゃないか、リゥ?」
「テメェは……!」
リゥが王室の扉を突き破り、そのままその中へと飛び込んだ瞬間。王室の奥に、白髪の老人が堂々と仁王立ちをしている。
そしてその老人は、リゥにとって最も長い時間関わってきた人物。物心つく前から傍にいたその人物は、リゥの育ての親の存在。
「ゼンジ……!」
そう。聖陽郷の主郷を務める、ゼンジだ。
「お前ならもっと早くここに来るんじゃないかと思ったがなぁ……あのガキどもは意外と足止めに使えたみたいだ。お陰で、準備は万全だ」
「テメェが、優輝たちを……!」
「ああ、そうだとも。調査に行ったクロたちが律儀に情報を提供してくれてな。邪陰郷である私に、事細かな情報まで渡してくれるんだから」
「テメェが、邪陰郷を動かしていたのか……」
聖陽郷の面々が、誰一人として見破れなかった事実。聖陽郷を統べる主郷が、裏で邪陰郷を操るフィクサーだったのだ。
聖陽郷の主郷が、邪陰郷である事実。そうすれば、今までの疑問に全て納得がいく。
まず、邪陰郷に『裏世界』の存在がバレたこと。それは、邪陰郷に通じていたゼンジが流した情報。
そして、今回優輝たちを連れてきたこと。今回邪陰郷の連中に優輝たちと龍翔の存在を話し、リゥを宮廷に呼び戻した。
「今はテメェに構ってる時間がねェ。テメェが邪陰郷だって言うなら後で潰すが、今はアキラを……!」
「そうか。お前はもう少し勘が働くと思ったが、やはり怒りに身を任せると駄目になるな。昔から変わらない」
「何が言いてェ?」
「こういうことだ」
そう言って、パチンと指を鳴らすゼンジ。すると次の瞬間、崩壊していた宮廷が一気に霧散。壁や屋根が全て吹き飛び、瓦礫などを残さず更地となった。
「宮廷が……何をしやがった?」
「分からないか? お前はあのガキをクロに預けて、宮廷に残した。でもどうだ? この場にあのガキは、いるか?」
「――ッ、まさか、テメェ……!」
「いつかはお前とぶつかる事なるだろう。それまで、お前の成長を楽しみにしてるぞ。勿論、邪陰郷としてな」
「おい、テメェ! ふざけんじゃねェ! アキラはどこだ!? どこにやった!?」
「――一つ、忠告してやろう。お前は望むものが多すぎる。今回も、四人のガキを守ろうとしてあのガキを見失った。何かを選ぶってことは、何かを捨てるってことだ。少しくらい捨てる勇気を、持つことだな」
そう言って、ゼンジを包む宮廷だった粒子。霧散したはずの粒子がゼンジを中心に集まり、再び霧散する時にはゼンジの姿も消えていた。
「――りぅ、さ、ま……」
「クロ!? おい、その傷……お前、どうした!?」
「きゅ、ていで……ぜんじ、さま、に……」
「あの野郎……!」
突然と消えたゼンジに、慌てて後を追おうとしたリゥ。しかし追跡する術もなく、辺りを見回したその時。リゥの後ろから、弱々しいクロの声が聞こえた。
全身に大量の傷を負い、ボロボロの服にはなんとも惨い血を滲ませるクロ。美しく伸ばしていた髪も乱れ、可憐であったその容姿は見るに堪えないほどの重傷を負っていた。
そんな惨い体を地面に擦り、這うようにしてリゥに近付こうとするクロ。そのすぐ傍までリゥが駆け寄り、クロを抱きかかえるように上体を持ち上げる。
「アイっ!?」
抱き上げたクロの腕の中にいたのは、その小さな体に軽い傷を負ったアイ。クロとアイの状態を比較すれば、クロがアイを庇っていたことは一目瞭然。
戦闘では十二人衆にも引けを取らないクロがここまでの重傷を負ったのは、アイを庇いながら戦ったことが原因だろう。
「お前、アイを守って……ちょっと待ってろ、今止血だけでも……!」
「りぅ、さま……もうしわけ、あり、ません……あいさまに、きずをつけてしまっただけではなく、あきらさんを……あきら、さんを……!」
「おい、落ち着け! アキラは……アキラはどうした!?」
腕の中で眠っていたアイに目を向け、クロの腕からアイを抱き上げるリゥ。まだ小さく軽い体だが、今のクロの体ではそれでさえもかなりの負担になる。
その負担を軽くするためにアイを抱き、リゥは自分の着ていた服を引きちぎって出血の酷い箇所に巻き付ける。
そして応急処置を行う最中、あたふたと取り乱すクロ。いつでも冷静でいるクロの慌て様に、どうにか平常を取り戻させようとするリゥ。
そんなリゥとクロの近くに、二つの足音が近付いてくる。
「――リゥ、どうした!? さっきの爆発は……」
「――ッ!? クロ! クロ、どうしたの!?」
リゥたちの元へ到着したのは、周囲の援護や警戒に向かっていたレイとシロ。そしてその後ろには、途中でレイと合流した優輝たちがいる。
先にあった宮廷の崩壊と消滅に気付き、二人は目前の問題だけをどうにかして宮廷へ向かおうとする。その途中で優輝たちを見つけ、そのまま宮廷に到着したのだ。
「ああ、優輝……その、置いていって悪い。でも、あの時はアキラが……そうだ、アキラだ! クロ、アキラは……アキラはどうした!?」
レイの後ろにいる優輝たちに目を向け、なんとか弁明しようとするリゥ。しかしその途中で再びアキラが脳内に過ぎり、またしても話を中断。
突然連れてこられていた後輩や、主郷であるゼンジの裏切り。そして何よりアキラの不在に、心が全く落ち着かないリゥ。不安や怒りや疑問が頭を駆け巡り、リゥの脳は既にキャパシティを完全オーバーしている。
「あきら、さんは……」
「クロ、待って。その傷を先に治すべきよ。――リゥ様、クロの傷を先に治してはいけませんか?」
「ねえ、さま……いいんです。わたしは、りぅさまに、あきらさ……を、たのまれた……それ、に、あきら、さんのことを、かんがえれば……」
問いただすような勢いで話すリゥに、全身の痛みを押し殺して喋ろうとするクロ。そんなクロを抑え、シロは体の治癒を優先しようとする。
そしてシロの慌て様にクロの治癒を優先しようとしたリゥが、首肯しようとした瞬間。クロがシロの手を握り、首を横に振る。
既に話すことさえ難しいクロは、何よりも先ず治癒を優先したいはず。それなのにも関わらず、アキラを任されたという使命に最後まで責任をもって役目を遂行しようとするクロ。
荒くなる息をどうにか沈めようと深呼吸して、クロはなんとか調子を取り戻す。
「リゥ様と離れた後、私はアキラさんと一緒に宮廷の中に戻りました。そこでゼンジ様に会ったのですが、その瞬間に突然攻撃を……」
そうして、クロはこれまでにあったことを全て話す。
クロの話からすれば、アキラとアイの二人を庇ってゼンジと戦っていたところ、不意を疲れて別の人物にアキラが捕えられた。そこでクロはアキラを人質として取られ、言葉を発することも出来ないほどの強烈な不意打ちを食らった。
クロたち天使の能力は確かに凄い能力だが、反抗を防ぐ為に自分より位の高い存在――即ち主郷と四天王には通用しない。つまり、クロは時止めなどの能力を一切使うことが出来ないまま、滅多打ちにされたのだ。
そして反抗が出来なくなったクロは、為す術なくアキラを連れて行かれたとのこと。
そんな話を聞かされ、リゥが黙っているはずがない。クロの話が終わった瞬間、リゥの体が震え始める。
「――リゥ? おい、リゥ? どうしたんだい!? リゥ、待て。それだけは待つんだ。リゥ!?」
「ゼンジ……邪陰郷……死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」
震えるリゥの体を抑え、必死に言葉を届けようとするレイ。青ざめた顔に大量の冷や汗を流し、レイは必死にリゥを抑えようとする。
しかし、もう遅い。途中でその可能性に気付き、止めておくべきだったのだ。それを話しているクロも近くにいたレイたちも気付くことが出来ず、現在の状況に陥った。
「――マズい、シロ! 今すぐリゥを例の場所に!」
「ですがあの場所は漸く自然が戻ってきたばかりで……」
「それでも仕方がない! このまま幾千幾万もの負傷者を出してはいけない!」
切羽詰まったような顔で、傍から聞けば何の事か全く理解できない論議を始めるレイとシロ。
しかしその表情と口調から、どうでもいいことを話している様子は一切ない。そしてレイの言葉にシロが納得をし、レイはクロとアキラを抱えてリゥから離れる。
「本当に、よろしいのですね?」
「ああ、止むを得ない。頼む」
最後まで迷い続けるシロだが、レイの言葉に背く様子もない。そうして全てを受け入れたような表情で息を呑み、未だ″死ね″という言葉を連呼し続けるリゥの方に手を翳す。
「――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
「――転送」
シロが短く詠唱した瞬間、リゥがその場から一瞬で消える。
「――ッ!」
そしてリゥが消えた次の瞬間、遥か遠くからかなり鈍い爆発音が聞こえる。




