53話:戦闘という名の殺人
約束を交わした直後、一歩後ろに離れたリゥは右手の指を伸ばす。
「炎纏」
己の右手を見つめ、小さく詠唱した瞬間、リゥの右手は真っ赤な炎で覆われる。
そんなリゥの手を見つめ、優輝たちは絶句。目の前で初めて魔法のようなものを直視し、口を開けたまま唖然とする。
そして、その手をゆっくりと土の柱に当てるリゥ。そのまま叩き斬ることはせず、熱で溶かしながら一本一本外していく。
「――このまま枷を外すのは熱いから、今は繋ぎを斬るだけな。ちょっと重いかもしれないけど、我慢してくれ」
自分が通れるようになるまで格子を外し、優輝たちの元へ歩み寄るリゥ。そしてそのまま土枷を繋いでいる部分を途中で溶かし、四人の手足を自由にする。
「あ、うん。ありがとう……」
「ん、じゃあこのまま――ッ!?」
四人を立たせ、そのまま宮廷へと戻ろうとした瞬間。突然と足場が揺れ、リゥたちは体勢を崩す。
「あーあ、せっかく捕まえてきたのに……僕たちの苦労も理解して欲しいよね? そう思わない?」
「誰だお前……!」
「あーあ、そうやって直ぐに誰か知りたがるよね? 少しは自分で考えようとかしない?」
リゥが壊した格子の奥。そこには、リゥが足場にしていた樹に立つ男がいる。そしてその手に持つのは、炎を纏った長剣。細く鋭い剣は、その刃の部分に赤い炎を纏わせている。
「君がコイツの土檻を溶かし斬っちゃったから、僕も君の木を斬らせてもらったよ? お陰でほら、コイツも元気になったと思わない?」
言いながら、証拠品として突き出すような形で大樹の一部を放る男。
瞬間、大樹による捕縛が解けた生物は、再び活動を再開する。
「――くっ、炎烈!」
「んな!?」
生物の動きが再開した瞬間、目前にいる男に向かい炎の刃を放つリゥ。そんな急な攻撃に回避の遅れた男は、そのままその炎に直撃。そしてその威力に押され、一気に遠くへ吹き飛ばされる。
「ここに残るのはマズい、早くここから出るぞ。――氷路」
動き出した生物の中に長居すれば、いつ攻撃を受けるかがわからない。この生物にそこまでの思考力がなかったとしても、振り落とされる可能性もある。
つまり、この中に居続けることは凶。少なくとも、吉と出る可能性はないに等しい。
そう考えたリゥは、入ってきた方から地面に向かって氷の道を創る。
「行くぞ」
短く合図し、そのままその道を滑り降りるリゥ。本来ならばしっかりとした道を創るべきだが、今はそれだけのものを想像している時間が無い。
よって、今回創ったのは若干の壁を作った簡易的な滑り台のようなもの。それを立ったまま滑り降りると、リゥは素早く横に避ける。
「水泡」
横に避けたリゥは、そのまま氷路の終わりに水の塊を設置。その塊は弾むように柔らかく、割れることもない。
そして優輝たちに向かって手招きし、四人はその水泡を目掛けて滑り降りる。
「よし、先ずは宮廷に……」
「あーあ、折角僕が出てきたのにさ? 不意打ちで攻撃とかどうなの?」
地上に降り、そのまま宮廷へと走ろうとしたリゥ。しかし、そんなリゥを邪魔するように立ちはだかった男。今しがた遠くへ追いやったはずの相手が、再び戻ってきたのだ。
そんな男に舌打ちし、リゥは後ろにいる優輝たちに目を向ける。
このままここで戦えば、優輝たちを巻き込みかねない。しかし、宮廷まで送り届けなければ、道中で何があるか分からない。
つまり、方法は一つ。
「――保護屋。直ぐに終わらせるから、少しの間だけそこにいてくれ」
リゥが詠唱した瞬間、後ろで固まっている四人を中心に、半径数メートルを半球状に囲う氷が展開。無色透明のそれは、太陽の光を反射させながらギラギラと光る。
「あーあ、僕が誰かも知らないのに? そうやって直ぐに終わらせるとか言っちゃうんだ? それってどうなの?」
「どうも何もねぇよ。テメェと後ろのデカブツを片付けて、その後邪陰郷も根絶やしだ」
「あーあ、そう。本気で殺り合うつもりなんだ? ならいいよ、教えてあげる。――僕は邪陰郷第5支部の支部長、デルネ。
因みに分かってないようだから教えてあげるけど、後ろのアレは監獄土人形。その名の通り、監獄の役目を果たす土人形。僕たち邪陰郷が作り出したものだよ。でも、コイツは今 僕専用だからね。僕の命令しか聞かない」
そうして、意外と丁寧に情報を渡してくれるデルネ。その丁寧な情報が全て本当だとすれば、リゥとしてはかなりの好都合。
第5支部がどれほどの実力か分からないが、実力の高い順に1支部から続くのだとすれば、6支部よりも少し強い程度。その上、邪陰郷直属の幹部ではないらしい。
となれば、倒すことにそこまでの手間は掛からない可能性が高い。そして、後ろのゴーレムもデルネの命令にしか従わない。
つまり、デルネを倒せば強制的にゴーレムは機能を停止する。
「テメェの命令しか聞かねぇってことは、優輝たちをここに連れてきたのはテメェの仕業か?」
「あーあ、漸く理解した? そうだよ、僕が向こうの世界でそいつらを攫い、こっちに来てからゴーレムに放り込んだ。いやぁ、命令された四人が都合く固まってるんだもんね。お陰で手間が省けばっ!?」
悠々と、余裕綽々な顔でツラツラ喋り散らすデルネ。そんなデルネの横っ面に、リゥの拳が一突き。防御する間もない一瞬の攻撃に、直撃を食らったデルネは地を跳ねるようにして吹っ飛ぶ。
今のデルネの言葉で、リゥの狙うべき物がハッキリとした。
リゥが狙うべき物。それは――、
「――テメェの首だ」
轟々と、内側から沸き立つ怒り。その怒りの全てを、目の前にいるデルネに向ける。
そして、リゥの逆鱗に触れたデルネが向かう先はただ一つ。死のみだ。
「誰の命令だか知らねェが、テメェだけは絶対に許さねェ。俺を本気で怒らせた今日。それがテメェの命日だ」
「あー、あ……ったく。また不意打ちなわけ……?」
リゥが言い切った直後、若干ふらつきながら立ち上がるデルネ。余程リゥの攻撃に加減がなかったのか、口の中が切れて血をポタポタと垂らしている。
そんな血を全て吐き出し、手に持っていた炎の纏った剣を口の中に入れるデルネ。そして切れた部分にそれを押し付け、無理矢理止血する。
「――死ね」
短く呟き、瞬時に前に出るリゥ。それはこれまでの戦闘の中で、間違いなく一番の速度。一秒すら満たない中で、数メートル先にいるデルネの脇腹に回し蹴りを放つ。
「ぐがっ、かはっ……」
一瞬の攻撃に、今度は遠くへ吹き飛ばないデルネ。しかし、それはデルネがした事ではない。リゥが攻撃の入れ方を変え、脚が直接食い込むように回し蹴りを放ったのだ。
「くそ、がっ……!」
しかし、その行動が凶と出ることもある。リゥの回し蹴りを真面に食らっても、未だ戦闘を続行しようとするデルネ。そのまま左手でリゥの足を掴み、右手に持つ長剣を大きく振り翳す。
「――刺茨」
「ずぁっ!?」
デルネの振り翳す長剣が、大気中に弧を描いた瞬間。それを掲げる腕とは逆サイドに走る激痛に、デルネはその長剣を地に落とす。
剣を掲げた右腕の逆サイド――即ち己の左腕に走った、悶絶するほどの激痛。あまりの痛みから、半目になって歪んだ視界。その歪んだ視界が捉えたのは、リゥの足から伸びた針に突き刺される己の左腕だ。
「がっ……んだ、これ……」
リゥが行ったのは、自らの足に棘を生やし、その針をそのまま突き刺すという攻撃――それも、想像力と集中力を駆使した想技だ。
使用する為の条件が厳しく、柔らかな想像力と果てしない集中力が必要。
今のリゥは自分の怒りを利用し、デルネを倒すということだけに集中した。つまり、一点に注がれる集中力がそのまま想技に移ったという事だ。
しかし、想技は少しでも集中力が掛けると解かれてしまう。つまり、怒りで情緒が不安定な現状では、瞬間的な発動しか出来ない。その為リゥの足からは既に針が消え、その代わりにデルネの腕には太い穴が空いている。
「――止血、してやるよ。まぁ、出血だけじゃなく息の根も止まるかもしれねぇけどなっ!」
「ずぁっ!?」
悶えるデルネの右腕を掴み、そのまま力任せに放り投げるリゥ。投げられたデルネの着地点にあるのは、先の脱出時に作り出しておいた水泡。
優輝たち四人が乗っても壊れなかったそれが、デルネの着地に合わせて破裂。水しぶきを上げてデルネを包み込んだ瞬間、リゥは静かに詠唱する。
「永久凍土」
瞬間、デルネを覆った水が一瞬にして凍結。そしてそれに抗うことも出来ず、デルネは黙って氷の中に沈んでいく。
「これでゴーレムも機能は停止……コイツもぶっ壊してやりてェが、後で研究にでも使いそうだな。ぶっ壊すのは後回し……それより――」
完全に動く気配のなくなったゴーレムを見上げ、指をポキポキと鳴らすリゥ。しかしそんなゴーレムから視線を外し、リゥはゆっくりと優輝たちの方へ歩く。
「――」
優輝たちの前に来たリゥは、そのまま黙って保護屋を解除。何も喋ろうとしない優輝たちに何か言葉をかけようとするが、今のリゥは彼らの目の前で人を一人殺めている。
何も分かっていなかった状況で、つい数ヶ月前まで仲良く話していた先輩が殺人。今までの出来事で明らかに世界や常識が違うことはわかるが、それでも身近で仲良くしていた人が殺人をしていれば、優輝たちの反応も当前だろう。
だが、それを理解した頃にはもう遅い。怒りに心を浸食されていたとはいえ、その行為と事実は変わらない。優輝たちにかける言葉が見つからないまま、リゥはその場で黙り込む。
「――あり、がと……」
「――っ!?」
黙り込むリゥの手を握り、一言喋りかける優輝。そんな優輝の行動に息を呑み、リゥはハッと顔を上げる。
「あ、ああ……その、一旦戻って話を――」
自分を追い詰めるリゥを救うかのように差し伸べた優輝の手。そんな優輝の想いを心のどこかで察し、リゥは辿々しく言葉を繋げようとする。
しかし、その瞬間。リゥの話を途中で打ち切るかのように、鼓膜を劈くような爆音が鳴り響く。
「――ッ!?」
慌ててその音の方へ目を向ければ、土煙を上げながら崩壊する宮廷が目に入った。
そして、それを見たリゥの脳裏に、一直線の電撃のようなものが走る。今の現状で最も恐れるべき最悪の事態。考えることすらしたくもない、天変地異とも呼べる災厄。
そして頭の中を電撃とともに駆け巡るのは、たった一つの人影。
そしてその人影が頭の中をグルグルと駆けずり回り、一瞬で脳内を埋め尽くす。
「――アキラッ!!」
咆哮し、リゥは手を握られていたことも忘れて一直線に跳躍。瞬間的に引っ張られた優輝は咄嗟に手を離し、リゥは優輝たち四人を残して宮廷に突き進む。




