52話:龍翔の憤慨
第6支部のある迷い森を離れ、文字通りその場を聖陽郷へと移すシロ。それは高速移動ではなく、文字通りの転移。自らを中心に一定の範囲内にいる者を、一瞬で指定した場所へ移す能力だ。
そしてその速度は、誇張なく一瞬。発動時に若干の時間は掛かるものの、発動と同時にその場を移す。
「――姉様!?」
瞬いたその瞬間、突如として聞こえた甲高い声。その声の主の視線が貫くのは、転移を発動させたシロ。そしてシロをそのように呼ぶのは、聖陽郷でもただ一人――クロだ。
「クロ、今ここにリゥ様を――それで、ゼンジ様は?」
「そ、それが……!」
「――リゥかい!? リゥ、よく来てくれた、早くこっちに!」
クロの声に対し、リゥを呼んだ張本人であるゼンジの所在を尋ねるシロ。しかし、そんなシロの目に映るクロはかなり慌てた様子。
そしてクロが言葉を詰まらせた瞬間、今度はリゥを呼ぶ声がある。
「――レイ! 邪陰郷が攻めてきたってのは本当か!?」
「あ、ああ、そうだ。でも、それが……あぁ、どこから話すべきか……!」
「お前がそこまで慌てて、どうしたんだよ? 何があったか、とりあえず最初から話してくれ。――俺らが迷い森に向かった後、聖陽郷はどうした?」
クロとレイ。いつでも冷静な天使と、四天王で一番の頭脳はであるレイ。そんな二人が揃いも揃って慌てているその様子を受け、リゥたちにも緊迫感が痛いほどに伝わってくる。
「ああ、まずは……リゥたちが迷い森へと発った後、僕たちは聖陽郷の守備を固めた。クロには色々な箇所を回ってもらい、僕は宮廷を守っていたんだ。それでも、その後目立った様子はなく、そのまま時間が過ぎた」
「その後私が見回りを続けていると、とある場所が荒らされていたのです。上空から確認していたため発見できましたが、その荒らされていた規模が小さく発見が遅れました……」
「――分かった。それで、その荒らされてた場所ってのは何処なんだ?」
事件が起きる前の出来事を、かなり早口に話すレイとクロ。双方の話に相違は無く、お互いに指摘をしない辺り食い違いもない。そこでまずはその情報が正確であることを見極め、リゥは早速本題に入る。
そしてそんなリゥの問に対しレイとクロは顔を見合せ、クロが息を呑む。
「荒らされていたのは、シークレットロード……その入口です」
「――ッ!? し、シークレットロード!? それを荒らしたのは、邪陰郷で間違いないのか!?」
シークレットロードとは、今いる世界とリゥが龍翔としていた世界を繋ぐ、たった一つの道。文明の違う異世界同士の干渉を防ぐため、その管理は聖陽郷が徹底。四天王や天使など、上位の階級にある者しか使用することを許されず、十二人衆でさえも使用出来ない道。
そしてそんな道が十六年前に何者かによって攻撃を受け、それが今の事件の発端となったことは言うまでもない。
そしてそのシークレットロードへの襲撃が、再びあったのだ。
「邪陰郷で、間違いない……そうだ、それでだ! 早く来てくれ! もう話すことはほとんど話した。後は状況を見てくれた方が早い!」
何かをハッと思い出したように、再び血相を変えるレイ。そんなレイに腕を引かれ、リゥたちは慌てて走るレイについて行く。
「――こ、れは……?」
「――レイ様! それにリゥ様も! やっとお戻りに……!」
「ああ。それで、今の現状はどうなんだい!?」
レイに腕を引かれ、リゥたちは宮廷の外へと飛び出した。
そしてその外を見た瞬間、目の前の壮絶な光景にリゥはゴクリと息を呑む。
リゥたちの目に映るのは、数え切れないほどの黒フード。それを相手にして戦っているのは、聖陽郷の防衛を任される防衛体や、SCHの特戦隊らだ。
その見覚えのある黒フードは、明らかにリゥの知る邪陰郷たちのもの。そしてその数は、百単位では数え切れないほど。
「――アキラ、アイを連れて宮廷の中に……アキラ? おい、どうした!?」
「――り、くん……あ、れ……」
目の前で繰り広げられている壮絶な死闘。それを目の当たりにし、リゥはアキラを宮廷へ避難させようとする。が、しかし。リゥの言葉への反応を一切見せず、アキラはただただ一点を見つめている。
そしてそれを伝えようとする声が、今まで過ごしてきた中で明らかに震えている。
「アキラ、どうしたって――ッ!?」
――絶句した。
間違いなく、その瞬間、リゥの思考は完全に停止した。
ガタガタと体を震わせるアキラの揺れる瞳に映る、驚愕の対象。その対象があるであろうアキラの視線の先に目を向けた瞬間、そこに映り込む者は、リゥやアキラ――否、龍翔や晟にとってこれ以上ないほどの衝撃となる。
「あれ、は……あいつ、は……あいつら、は……!」
沸々と、リゥの奥底から沸き上がってくる激情。
轟々と、龍翔の奥底から燃え上がってくる憤怒。
今の一瞬でリゥの中に激しい怒りが鬱積し、既に許容値の限界が近付いている。
リゥの心を、激しい怒りで覆った元凶。それは――、
「――優輝、蒼空、蓮、翼……!」
リゥとアキラの目に映るそれは、龍翔が晟と一緒に最も慕っていた後輩たち――その存在だ。
そしてリゥが最も慕い最も好んでいた後輩たちが、人間ではない生命体によって拘束されている。
「――アキラ! 今から、少しの間離れることを許してくれ……アキラのことは勿論大事だけど、俺は……!」
「大丈夫、行ってあげて。俺も、優輝くんたちを助けてあげたい。でも、俺には出来ないから。リゥくん、助けてあげて……」
「――あ、ああ。ありがとう。絶対に助けて来る……!」
アキラからは離れないと、そう約束していたリゥ。だが、目の前で危険に晒されている後輩を見過ごすことは出来ない。
そしてそれは、アキラにとっても同じこと。リゥとは離れたくないが、そんなことを言っていられる状況ではない。
そんな二人の想いと決意が合致し、リゥとアキラはお互いに頷き合う。
「――リゥ、あれは僕たちでも見つけたことの無い生物だ。どんな能力を持っているか、未だに分からない。気をつけてくれ」
「分かった。レイとシロは他の奴らの援護に回ってくれ。あいつは俺だけで対処――駆除する。アキラは、宮廷でクロと一緒にいてくれ。クロ、アキラとアイ、それから宮廷は任せた」
リゥの言葉に、レイとシロ、そしてクロは静かに首肯。腕に抱いていたアイをクロに預け、アキラはクロの元へ。
そしてリゥは優輝たちを拘束している生物に視線を向け、そのまま瞬時に跳躍。風を切るようにして突き進み、一瞬で優輝たちのところへと辿り着く。
「――捕縛の大樹」
「――ッ!? 龍翔くん!?」
リゥの数十倍はある巨体。その巨体に巨大な大樹を巻き付かせ、文字通り捕縛する。完全に縛り上げられた巨大な生物はその腹部が檻のようになっていて、優輝たち四人はそこに捕捉されている。
奇妙な土枷で両の手足を拘束され、自由に身動きが取れない状態。そんな状態で顔だけを持ち上げ、優輝たちの目には大きな木に立っているリゥ――龍翔が映る。
「良かった、四人とも無事だな!? 待ってろ、直ぐにでも、そこから出してやる!」
「り、龍翔くん、なんでここに!? それより、ここはどこなの!?」
「話は後だ。今はお前らを助けることが先。それからゆっくり話そう!」
ここが何処なのかが分からないのは当然として、龍翔がここにいることさえも知らない四人。そして何より、リゥを龍翔と呼ぶ辺り、何も知らされずにここまで連れてこられたのだろう。
シークレットロードを使い、異世界からそこの人間を連れてくる。そこで今回この四人を選んだということは、明らかにリゥを誘き寄せようとしている。
だが、そこには一つ大きな疑問がある。
――何故、龍翔が優輝たちと仲が良いことを知っていたのだろうか。
龍翔と優輝らの関係を知るのは、ここにいる当事者である五人かここにはいないアキラ。若しくは、リゥを探すために異世界へ来ていたゴウやクロだ。
確かに少しは候補が上がるが、邪陰郷がその事を知っているのは明らかにおかしい。シークレットロードへの立ち入りを一切許されていない邪陰郷がその事をしるのは、百パーセント無理なのである。
しかし、今はそんなことを考えていても意味が無い。分かるはずもなければ、分かったところで今は目の前にいる優輝たちの救出が最優先。
頭の中に湧き出る疑問を全て押し殺し、リゥは現状の打開策を練る。
「いいか?よく聞いてくれ。これから俺は、お前らをそこから出してやる。そしたら、宮廷って場所に連れていく。そこに晟がいるから、今まであったことを晟と近くにいる黒髪の女性に話すんだ」
縛り木とは違う捕縛の大樹は、言わば縛り木の進化形態。蔦のような木で縛り上げる縛り木とは違い、今回のそれは縛り上げながら成長する大樹。それに捕まれた対象は大樹をどうにかしない限り微動だに出来ず、縛り木とは比にならないほど脱出が困難。
つまり、絶対的な捕縛を意味する。
そんな捕縛の大樹に捕えられ、一ミリたりともその巨体を動かせない生物。この状況に言葉を付けるとすれば、ただの木偶の坊だ。
細い土の柱を入り組ませて作られた腹部の檻に は、リゥのサイズでは通ることが出来ない。その上随分と堅い素材で出来ていて、無理矢理叩き壊した場合破片が優輝たちに飛ぶことは避けたい。
「これからやることも全部、後で説明する。だから、取り乱さないでいて欲しい。できるか?」
「本当に、後で全部話す? また、勝手にいなくなったりしない?」
「――っ、――優輝、取り乱さ……」
「誤魔化さないで!」
「ぁ、ぅ……」
力づくの行動は、優輝たちに危害を加えかねない。よって、この場合は想術での対応が手っ取り早い。が、この世界のことを全く知らない優輝たちは、それを見ただけでも理解が追いつけず取り乱す可能性がある。
そんな事態を恐れ、最初に忠告したリゥ。しかし、その場で取り繕おうとしただけの忠告。不安そうな優輝の言葉に、リゥは咄嗟に誤魔化そうとしてしまう。
しかし、そんな誤魔化しに納得するわけがない。リゥに言葉を言い切らせず、優輝は嘆くように怒鳴る。
「勝手にいなくなって、俺たちがどれだけ心配したか分かる!? 火事に巻き込まれたって蓮たちから聞いて、急いで病院に行った時にはもういなかった! そのまま二人の手紙だけ見せられて、俺たちずっと必死に探してたのに、結局どれだけ探してもいなくて……!」
「それは、本当に悪かった……」
「――別に、謝ってほしいわけじゃない。俺は、龍翔くんと話がしたいだけ。なんで急にいなくなったのか、それが知りたいだけなの!」
体の自由を奪われたまま、必死に訴える優輝。両手を拘束されている優輝は頬を伝う涙を拭うことが出来ず、そのままポタポタと涙を落とす。
「――分かった。これが終わったら、今までにあったこと全部を話す。だから、今だけは俺の言うことを聞いてほしい」
「絶対、約束だからね?」
「ああ。約束だけは、絶対に守る」
土格子を挟み、リゥは全て話すことを確約。そしてリゥが一歩離れたところで、優輝は静かに俯く。
「約束は、絶対に……ね」
そうして誰にも聞こえないような声で呟き、そのままそっと目を閉じる。




