51話:急転する事態
床に転がっている鎧を壁際へ放り、指をポキポキと鳴らすリゥ。
「さてと、第二ラウンドを始めるか」
そう言って、アリハルと向き合うリゥは戦闘態勢に入る。
直後、動かないアリハルを見て正面に直進するリゥ。そんなリゥに対し、アリハルはそれを待っていたかのように手を翳す。
「かかったわネ。風ぃ――!?」
ニヤリと笑い、詠唱をしようとしたアリハル。しかし、アリハルの目の前に到着したリゥは、一瞬にしてアリハルのサイドへ移動。
そんなリゥの行動に驚き、詠唱はストップ。想術を放つことなく、左に意識を集中させる。
「かかったのはお前な」
瞬間、アリハルの視界から消えるリゥ。しかし、リゥは姿を消すことなどできない。単純にしゃがみこみ、アリハルの視界から外れただけだ。
そんなリゥを目で追い、慌てて下を向くアリハル。だが、一瞬でも消えることが出来ればリゥの勝ち。素早く右足を伸ばし、時計回りに足を回旋。
直後、リゥの右足がアリハルの足を掬い、アリハルは前方に体勢を崩す。
「あっ、なっ!?」
慌てて体勢を立て直そうとするアリハルだが、リゥの攻撃がそれで終わるはずがない。飛び付くようにして手前にあった左足を取り、アリハルの体を反転させるようにして倒す。
しかし、それでもリゥの攻撃は終わらない。倒れたアリハルの足を離さず、そのまま自分の右足を軸に体を一回転。
「――ッ!? 痛っ! な、なにこれ!?」
「関節技、スピニング・トゥ・ホールド。プロレスの文化がないこの世界じゃ、知らないのも当たり前だな」
リゥが用いたのは、プロレスで用いられる関節技の一つ。スピニング・トゥ・ホールドだ。
小学校に通っていた時期からプロレスに興味を持ち、様々な知識を詰め込んだ龍翔。しかし、半端なトレーニングではそれ相応の技しか極められない。
よってその知識をリゥの体に引き継ぐことにより、より高度なプロレス技を極めることが出来る。
「そ、そんな攻撃……! 風刃!」
「おっと」
アリハルの詠唱に合わせ、軸足を抜きながら関節技を解いたリゥ。そして低空で体を回転させ、アリハルの想術を回避。そのまま床に四肢をつき、手に着いた埃を払いながらその場に立つ。
そして壁にぶつかり霧散した風刃を見た後、軽く笑いながらアリハルの方へ向き直る。
「詠唱した割には、そこまで威力上がってねぇな。壁にかすり傷を付けるだけか」
「その割に、お兄さんは撃つことさえしなかったじゃない。そんなに偉そうなことが言えるほど想術が得意なら、向かい撃てば良かったんじゃない? ――それとも、想術を撃てない理由があるとか?」
アリハルを嘲笑うような態度をとったリゥに、アリハルは今までのような怒りを見せない。
今までは何かと直ぐに苛立ちを見せていたアリハルが、今回はリゥを挑発するように笑い返す。
「関節技を極めてた最中だぞ? 小学校にいたころから数年間、どれだけ関節技をやりたくて我慢してたことか……それがやっと出来たのに、それができた瞬間想術にも頼るだと? そんなことするわけないだろ」
「ふーん……まぁ、そんなことどうでもいいけど。どうせあんまり信用してなかったしネ」
「信用? 誰に何を吹き込まれたのか知らねぇけど、まぁそれはドンマイだな」
アリハルに誰が何を話したのかは分からないが、リゥとしてはどうでもいいこと。それよりもまずは、現状の問題を早く片付ける必要がある。よって、リゥはそれを深くは知ろうとしない。
再び直ぐに戦闘態勢に入り、次への攻撃へと備える。
「まぁそういう事だから、今回は想術に頼ったりしねぇ。それに、使わなくても余裕そうだしな」
「言ってくれるじゃない。いいわ、それならワタシも見せてあげる。――旋風」
想術を使わないと余裕をかますリゥに、容赦なく想術の構えを行うアリハル。そんなアリハルはリゥに向けて手を翳し、直線的な風を放射。
その風は待機中で渦を巻きながらリゥの方へ直進し、リゥを巻き込みながらつむじ風となる。
リゥを巻き込んだつむじ風は天井まで伸び、その風を受けたリゥは地面から足が浮く。そしてそのまま天井まで持ち上げられる。
「空中じゃ思うように動けないでしょ。接近しなきゃいけないのに、そこまで浮き上がったら想術を使うしかないんじゃない?」
宙に舞ったリゥを見上げ、追撃を仕掛けるように再び手を翳すアリハル。そんなアリハルがリゥに向かって嘲笑い、リゥを煽るように挑発する。
しかし、宙に舞った等の本人は至って余裕。無闇に足掻くどころか、風に身を任せてそのまま上昇。そしてつむじ風が終わり天井に着くと、空中で体を半回転させる。
「空中に上げたこと、後悔させてやるよ」
そう言って、体を回したリゥは曲げた足を天井にピタリと付ける。そしてそのまま両腕を顔の前でクロスし、曲げていた両足を伸張。
両足で天井を蹴り、アリハルを目掛けて一直線に急降下する。
「そんな――!?」
リゥがアリハルの所に辿り着くまでの時間は、足を天井に着けてから二秒と満たない。まだ超速とは言えない速度だが、それであってもアリハルほどの相手ならば十分すぎるほど速い。
反射的に防御の態勢をとったアリハルだが、咄嗟の防御ほど脆いものはない。
そんなやわな防御を意図も簡単に弾き、リゥはそのままアリハルの首元を目掛けてダイブ。その瞬間、高度からのフライング・クロスチョップが炸裂する。
「かっ、けほっ……」
「プロレス技は、何も関節技だけじゃない。今回のような飛び技もあれば、打撃や絞め、投げ……まぁ色々そーゆーのがある。だからあんまり、体術をなめないことだな」
仰向けに倒れ、咳き込み噎せるアリハル。そんなアリハルの傍に綺麗に着地し、リゥは視線をスっと下ろす。
そして指を折りながら数え、かなり早く断念。その後それを誤魔化すように決め言葉を吐き、リゥはアリハルに背を向ける。
「あの高さからなら、お前はもう戦えないな。――約束通り、アイは俺が連れて帰る。アイの居場所は、ここじゃない」
「ワタシ、じゃ、あなたに、勝て、ない……の、ネ……」
アリハルに背を向けたリゥは、アキラとアイのいる方へと歩を進める。そんなリゥの背中を見ながら、途切れ途切れの掠れた声で喋るアリハル。
リゥの放った高度からのフライング・クロスチョップを、アリハルの小さい体は耐えることが出来なかった。よって起き上がることは疎か、喋ることさえ今は困難である。
そしてアリハルはリゥを追うことを断念し、それ以上は何も言おうとしない。
「――それなら、これからは儂が相手をしようかのぅ」
「――ッ!?」
突然、背後から聞こえた声に息を呑むリゥ。そして瞬時に後ろを振り返り、その声の主を確認する。
リゥが振り向いた先、仰向けに倒れるアリハルの横に立つのは、痩せこけた茶髪の老人――5層の待人だったモーサだ。
「お前は……! 何でここにいる!?」
「その質問は、儂から主らしたいところじゃのぅ。お主は何故ここにおる? 上のアリ坊たちは負けたのか?」
「アリ坊ってのがアリウムたちのことなら、一人一人俺の仲間が相手してるよ。――にしても、アリウムはお前らの頭だろ? そんな呼び方していいんか?」
4層のアリハル、3層のアリス、2層のアリト、そして1層のアリキとアリウム。合計五人の第6支部構成員を、纏めてアリ坊と呼ぶモーサ。
5層にいた時はアリウムのことを様付けで読んでいたモーサの発言に、リゥは首を傾げる。
「何、大した問題ではない。そもそも、儂があやつを上としていたのは5層の待人だからじゃ。じゃが、儂はもう待人としての役目を終えた。今は邪陰郷の幹部――それも、邪陰郷直属の幹部じゃな」
「邪陰郷、直属……? ――そうか、わかったぞ。今まで俺が相手をした幹部は、ギルとアリハル、それから下ろされてはいたがベイ――その三人。
でも、そのどれらも大した強さではなかった。それなのに、話で聞いた幹部は十二人衆であるレツとクラとフウが三人掛りでも苦戦。それからゲンの強力があってやっと倒せたほどの実力者だ」
「そう、それはつまり、ここの幹部か直属の幹部かという違いじゃ」
リゥが話に聞いた幹部は、今のリゥで倒せるかどうかの実力。しかし、リゥが対応した幹部クラスは十二人衆でも十分に事足りるほどだった。
そんな違和感の正体が、今のモーサの言葉で明らかになる。
「今まで突っかかってた物が取れたのに、こうも嫌な感じがしないなんてな。喉に詰まってた魚の骨が流れたと思った次の瞬間、その骨に胃をぶち破られた感じだわ」
「ふむ。その例えは分からんでもないが、胃を破られるだけで済むかのぅ?」
「何が言いたいのか、それは十分に分かってるつもりだ。でも、それだけどころか 胃を破られることさえさせるわけにはいかねぇんだ。嘘はついても、約束だけは絶対に守る。だから、俺はお前に負けられねぇ。悪いが、本気で殺らせてもらうぞ」
数十分前に穏やかだったモーサと、数分前まで余裕の笑みを浮かべていたリゥ。そんな両者が、お互いに闘志以上の殺意を向ける。
両者の視線が火花を散らし、お互いに仕掛けるタイミングを見計らうリゥとモーサ。そして、あと数コマでどちらかが動くはずだった瞬間。
「――リゥ様、お待ちください!」
突如として甲高い声がその空間に響き渡り、リゥとモーサの動きを停止。そしてその双方の視線をその身に集める声の主。
そこにいたのは、リゥとアキラ、そしてモーサさえも知っている人物――シロが立っていた。
「良かった、ここにいらしたんですね」
「シロか、どうした? 2層のアリトとの戦闘は?」
「はい。あの後アリト様から色々とお話させて頂き、双方の理解で戦闘は中止。その後ゴウ様たちを待っていたのですが、先程クロから連絡が入り……それで急いで1層に向かったのですが、下へ降りたと聞きここに来ました。
あ、十二人衆の皆さんは1層にいたお二人を拘束し、戦闘は終了していた模様です。今はそのお二人の見張りをしているようです」
「そうか、それは良かった。――それで、クロからの連絡ってのは? 急ぎなんじゃないのか?」
リゥと別れてからの出来事を、掻い摘んで手短に話すシロ。そんなシロの口調に若干の焦りを感じ、十二人衆の勝利にはしゃぎたいのを後回する。
「実は、先程クロから……いえ、正確にはゼンジ様から連絡が入り、至急リゥ様を連れて戻るようにと命じられまして……」
「アレとは二ヶ月前から話すらしてねぇけど、今更何の用だ?」
「それが、聖陽郷へ他の支部が攻めてきたとのことです。まだ正確にはどこの支部が来たのか分かりませんが、戦力的に若干厳しいとのことで」
迷い森に入り、邪陰郷の第6支部と対面した瞬間。その瞬間に脳裏を過ったのは、他の支部が聖陽郷に攻め入ること。
そんな最悪の不安が的中したことに、リゥの額に冷や汗が流れる。
「――ッ!? やっぱり来たか……! ゴウとゲンには声をかけたのか?」
「いえ……それが、相手がどのくらいの人数かわからないので、残りがこちらに来るかもしれないという可能性も含めリゥ様だけとのことです」
「――そうか。でも、少し待て。ここで放置するのは駄目だ」
この状況で何故リゥを呼ぶのかは分からないが、ここで変な意地を張って聖陽郷に何かあっては遅い。それに、反発はあれど相手は主郷。命令に背いたとして何かがあるという事では無いかもしれないが、四天王は聖陽郷の最高戦力だ。
主郷に対しての怒りはあれど、そこに聖陽郷は関係ない。
しかし、今は目の前に敵がいる。それも、邪陰郷直属の幹部という、放置できない大きな敵が。
「――兄さん、お待たせしました!」
第6支部の地下空間に響いた新たな声。
最初からいたアキラの声でも、ここで見つけたアイの声でも、先に倒したアリハルの声でも、再び現れたモーサの声でも、報告に来たシロの声でもない、新たな声。しかしその声には、確かな聞き覚えがあった。
数十年前から聞いていた、優しくて穏やかな声。高くもなく低くもないその声は、大自然の中で悠々と揺らぐ若木の様。そしてその若木を新芽の頃から丹精込めて育てたリゥは、その正体を見ずとも分かる。
「来たか。――フウ」
「はい、お待たせしました」
フウを筆頭に立つ、ライ、イオ、セト。1層からリゥの援護に駆けつけた四人が、なんとも絶妙なタイミングで到着した。
先の話であった、1層の戦闘が終わったという報告。その報告があった瞬間に、リゥは十二人衆の中から援護が来ることを察していた。そして1層で約束した通り、全員ではないものの十二人衆が助っ人に来た。
「フウ。俺はこれから、シロと聖陽郷に戻る。悪いが、この場でモーサの相手を頼んでもいいか?」
「ボクたちの目的は兄さんの援護でしたが……それが兄さんのお願いなら、断るわけにはいきませんね。分かりました、この場はボクたちにお任せ下さい」
何故モーサがいるのか、何故聖陽郷に戻るのか。色々と聞きたいことがあるはずだが、そんなことを全て後回しにするフウ。何よりもリゥの頼み事を優先しようと、殆ど躊躇うことなく了承する。
「まぁとりあえず、先を急ぐから端的に話す。――多分強いから、とりま頑張れ」
端的と言うよりも、ただただ端折っただけのリゥの言葉。そんな言葉に一瞬躊躇うフウたちだが、たしかに重要なことは伝えられた。
目の前にいるモーサが強く、頑張らなければいけない。短くする中で最も必要な情報を、リゥは瞬時に伝えたのだ。
そしてそんなリゥに首肯し、それを見たリゥはアキラの方へ寄る。
「アキラ、行こう」
「あ、うん! ――アイくんは?」
「まだ寝てるみたいだな……ここにいると危ないから、アイも連れていく。――シロ、いいか?」
「ゼンジ様からはリゥ様のみと言われましたが……お二人なら大丈夫でしょう。後は私がお話しておきます」
「ああ、悪いな。したら行こう。――フウ、ライ、イオ、セト……頼んだぞ」
壁際の隅に寄っていたアキラとアイに近寄り、まだ眠っているアイを片手で優しく抱き上げるリゥ。そしてもう片方の手でアキラの手を握り、そのままシロの元へ。
そんなリゥの言葉に、フウたちは同時に首肯。
「それでは参りましょう。――転移」
瞬間、眩い光がシロたち四人を包み、シロたちはその場から一瞬で消える。




