49話:真紅の紳士
火――それはありとあらゆるものを燃やし、焦がし、溶かし、対象に絶大なダメージを与える最強火力の属性。
そんな他の追随を許さない火力を好む者は多く、想術を扱う者の約三割が火属性だという。
しかし、そんな有名且つ人気な属性にも欠点はある。
先ず、扱う者が多いということは、その中でも長けた実力を持たなければ重宝されない。扱いが不完全であったり、火力をフルに引き出せていなければ評価されないのだ。つまりその中で評価されるためには、平均以上の技術を求められる。
次に、扱いが難しい。想術は手のひらから放つのが一般的で、それが一番簡単だ。四天王や十二人衆が平然と遣って退ける、大気中への直接生成。それが出来る者は殆どいない。その為手のひらから放つが、それでは炎自体の勢いに負けてしまい、手元がブレる。つまり、的確に対象へ届けることが出来ないのだ。
そして最後に、一番大きい欠点。それは、クラフトの消費量が激しいことにある。高火力を誇る火の想術だが、他の想術に比べてかなりのクラフトを消費する。よって一般人では、下級の想術でも数発が限界。
よって、扱いが難しい上に数の制限が厳しい火の想術は、使いこなせる者が少ない。そんな火属性のトップに立つのが、四天王の一人であるゴウだ。
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「炎砲!」
「くっ……」
炎で構成された無数の弾丸を、容赦なく打ち続けるゴウ。そんなゴウの攻撃を紙一重で躱し、アリスはなんとか距離を詰めようとする。
「そンなもンかよ? まだまだ序の口だぜ?」
「あなたは……一体……何発……撃てるの……」
余裕な表情でいるゴウに対し、片膝をついて息を切らすアリス。そしてゴウの顔を見上げ、アリスは途切れ途切れに言葉を発する。
「何発? 何万発の間違いじゃねぇか? まぁ、そンでも少ないかもしれねぇけどな」
「――」
既に数百発は躱したであろうアリス。しかし、その程度の攻撃はゴウにとって造作もないこと。
全てを躱し、傷こそは負っていないものの、数分の内に連続で叩き込まれる攻撃。今まで僅差の敵とすら戦っていないアリスには、荷が重すぎた戦いだ。
何故なら――、
「――俺のクラフト保有量は、四天王随一。それは同時に、聖陽郷内随一を意味する」
もう、絶句するしかない。圧倒的な戦闘センスに、高火力の火属性を巧みに操る技術。そしてそれを繰り出すためのクラフト。
ただでさえ想術を扱えないアリスにとっては、まさに天敵だ。
この絶望的な状況をひっくり返す方法は、ただ一つ。アリスにとってはリスクが大きく、それを使っても勝てる可能性はほぼゼロ。ハイリスクノーリターンと言っても過言ではない。
「――それでも、やるしかないのよ……!」
「ン? なンだ?」
「あなたには、どうしても勝てそうにないわ。でも、アタシにとってあなたは必要な刺激。どうしても諦めるわけにはいかないの」
聖陽郷で最上階級と呼ばれる四天王。そのうちの一人が目の前に立っているのだ。この存在を見逃せば、これからそれ以上の刺激を受けることは無い。アリスは心の中でそう確信した。
目の前の圧倒的な存在を逃さない為にも、ここで出し惜しみなどしてはいけない。持てる全てと、その限界以上をも出す。そしてそれが一か八かのものでも、やるしかないのだ。
「これを使うのはギルみたいで嫌だったんだけどネェ……でも、彼よりアタシの方がよっぽど使いこなせる。彼のように驕ったりもしない」
「何をやろうって?」
「あなたの想術躱しながらだと、あなたにまで辿り着けそうにないのよ。だから、いっその事思い切ってみようってこと。――『痛覚麻痺』と『衝撃変換』これがアタシの能力よ」
痛覚麻痺とは、リゥの家に乗り込んできたギルが使っていたものだ。体が受けた痛みを脳へ届けず、痛覚を麻痺させる。
しかし、それは良いことばかりではない。脳が痛みに疎くなるということは、それだけ傷やダメージにも疎くなるということ。
つまり、脳がそれに気付かないうちに、体そのものが限界を迎えるのだ。
その為、自分がどれだけ不利な状況に立っているかも分からない。そんな欠点を利用して、リゥはギルを倒したのだ。
「『痛覚麻痺』を無敵だと勘違いしてる奴にとっては、ただの自滅能力だな」
「ええ、大口を叩いて出て行った割にはあっさりと負けてしまった彼のようにネェ。でも、アタシはそこまで無知じゃないわ」
「そうか。なら、楽しませてくれよ――!」
言い切り、それと同時に強く地面を蹴るゴウ。しかし、向かう先は前方では無い。アリスのいる前方に目を向けながらも、ゴウの体は上空へと向かう。
「火炎機関銃!!」
宙を舞い、両手をアリスに向けるゴウ。跳躍しながら狙いを定め、視線の先で確実にアリスを捉える。
想術を放つときは大凡が手のひらからだが、今回のゴウは違う。手のひらではなく 十の指先を向け、そのまま詠唱。
直後、ゴウは指先から小さな炎の球を放出。炎弾と呼ばれる小さい炎の弾丸を放つ想術をさらに細かく分け、その分数を増した炎属性オリジナルの技だ。そしてその指先から放たれる炎は、十の纏まりを数段階――小さな十の攻撃を、連続的且つ継続的に放つことで相手を蜂の巣にする攻撃となる。
「一撃の重さを落とし、その分を量に回す。これでお前の被弾率は格段に上がった」
「一撃の重さを落として貰えたのなら、多少は当たっても大丈夫ね。体がボロボロになる前に、一気に突っ込むわ……!」
双方の間を無数の炎が埋めつくし、直線的に動けば被弾は避けられない。が、アリスにとっては好都合。
痛覚を麻痺させている今、どれほどの攻撃を受けようとも苦痛はない。痛みに怯むことなく、直線的にゴウへ近づけるのだ。
「先ずは一発……!」
「ゴリ押しか……試しに食らっ――」
撒き散らした炎を全身に浴び、スピードを緩めることなく突っ込むアリス。ここでスピードを落とせば、その時間だけより多くの攻撃を食らうこととなる。よって、アリスは思い切って一気に突っ込んだのだ。
そんなアリスに対し、ゴウは未だ笑みを浮かべている。そして防御や回避をせず、伸ばされたアリスの腕に腹部を向けた。
直後、ゴウの言葉を待たずしてアリスの拳が到着。言葉の途中で腹部を抉られ、ゴウの言葉が途切れる。
「かはっ……」
アリスの拳を、真正面から受けたゴウ。ノーガードでその攻撃を食らい、ゴウはそのまま嗚咽する。
「ンだ、これ……」
「アタシの攻撃では、そんなダメージ予想していなかった? まぁそうね。本来なら、そんな強力な攻撃出来ないわ。アタシだってビックリしているもの。反動で腕が痺れたわよ……」
「――どういう、ことだ……?」
「アタシのもう一つの能力。『衝撃変換』よ。この能力は、自分が今までに受けたダメージを 自分の攻撃に加算する。能力を発動――つまり変換しない時にそのダメージを溜め込み、能力発動時の初撃に加算する。最後に使ったのが三年前だから、三年分のダメージを上乗せしたことになるわ。それはもちろん、さっきの火炎機関銃の分もネェ」
空中でアリスの拳を受け、腹部を抱えたまま地面に落ちるゴウ。そしてそのままひれ伏すように蹲り、ゴウは掠れた声で悶える。
アリスの持つ『衝撃変換』という能力は、その名の通り自身への衝撃を変換する能力だ。能力未発動時期での蓄積期間が長かったり その間に受けたダメージが大きかったりすれば、その分攻撃に加算される威力も大きくなる。
そして今回加算されたのは、アリスが最後に能力をしてからの三年分の蓄積。三年間でアリスが受けていたダメージと、今回ゴウ自身が与えたダメージ。その全てがアリスの拳に乗り、一気にゴウを襲ったのだ。
「アタシだけの攻撃では、あなたに勝つことなんて出来ないわ。聖陽郷の戦闘部隊で最強と呼ばれる四天王。そんな一人に勝てるはずがない。だけど、三年分に加え、あなた自身の攻撃を含めたら少しは効くでしょう?」
「自分で、自分の、首、絞めた、か……クソ」
「利用したのは、ごめんなさいネェ。でも、その他に勝ち目がなかったのよ」
「ふっ……」
自分がこれまでに与えたダメージの分で、自分が傷つく。全てがゴウの攻撃ではないが、それでもゴウがアリスに与えたダメージは微ではない。そんなふうに自分の攻撃を痛感し、ゴウは自分の唇を噛む。
しかし、その後のアリスの言葉。それを聞いた瞬間に、ゴウは鼻で笑う。
「――なにか、可笑しなことがあった?」
「いや……俺の攻撃を、そのまま、受けたのは、いつが最後だったかな、ってな。――最後に受けたのは……ああ、あの人との戦闘か。反撃と反射、が得意だったな……いつも何倍もの威力で返された……」
「何を言っているの?」
「その時な、俺の奥義を何倍にもされて返されたことがあった。俺だからこそ撃てる、リゥにでさえ撃てない想術。今では想術史上最大火力と呼ばれる俺の想術を、未完成だったとしても それをさらに数倍にして……」
段々と声の調子を取り戻し、いつしか普通に喋れるようになったゴウ。そして少し震えながら立ち上がり、腹部を片手で押さえたままアリスの方を見る。
「その頃に比べれば、こンくらいどうってことねぇ……」
「――アタシが三年間蓄積してきたダメージを一度にまとめて、それを耐えきるの……?」
「おら、やンぞ。続きだ。――炎砲ッ!」
確実に立ち上がり、仁王立ちでアリスに向かうゴウ。そんなゴウのタフさに気劣りし、アリスは数歩後退り。
それを見たゴウはアリスに右手を向け、そのまま直線的に炎を放出。
「――ぁ」
目の前の炎を真っ向から浴びて、アリスはその場に力なく倒れ込む。
「何してンだ? お前、なンで避けねぇ?」
「――アタシの能力をフルに使って、アタシは負けた。あの一撃に賭けて、それに負けたのよ。あれを耐えたあなた相手に勝ち目なんてないし、このまま逃げ続けてもあなたのクラフトよりアタシの体力が先に尽きる。残念だけれど、アタシの負けよ。あの一撃の反動で体はボロボロ。そもそも体自体が自由に動かないわ」
目の前に迫った炎を躱そうとせず、そのままその炎を浴びたアリス。そんなアリスの近くまで歩み寄り、ゴウはアリスの横にしゃがむ。
そうして首を傾げるゴウに、アリスは微妙に動く手を無理やり持ち上げ、体の限界をアピール。その行動でアリスの限界をたしかに理解し、ゴウは納得したように頷く。
「そうか。なら、俺の勝ちってことでいいンだな?」
「ええ、そうね。あなたに勝って、行動を共にしてみたかったけれど……でも、諦めたわけじゃない。いつか、あなたの所へ、もう一度、チャレンジしに行くわ……」
「なら、それまでおまえはどうすンだ?」
「どうしましょう、ネェ……まぁ、あなたたちがここを潰すなら、もうここにいる意味も、ないわね。負けたショックで失踪ということにでもして、こことは、縁を切ることに、する、わ……ぁ」
言いながら、がたつく体で壁伝いに無理矢理立とうとするアリス。そんなアリスの右手を取り、ゴウはグッと引っ張り上げる。
「やっぱり、紳士なのネェ……そこに惚れたのだけれど」
「俺が紳士、か。笑わせンなよ。自分を好ンでくれた相手に攻撃するようなやつだぜ? その面でいえば、あいつの方がよっぽど紳士だぜ」
「でも、アタシはあなたのそういう所が好きだわ」
「これから俺は、リゥたちを追う。俺がリゥに追いつくときには、あいつはアイを救ってるだろうな。救うと決めたやつは絶対に救うし、あいつが言うショタってやつとの約束は絶対に守る。そういう意味じゃ、あいつはかなりの紳士なのかもな。普段の行動を除けば……」
リゥは、四天王になって以来救うと決めた相手を絶対に救う。その上、約束も全てを守る。それは、前世でも龍翔でも今でも、等しく言えることだ。
たしかに『ショタ』という条件付きではあるが、その条件があるからこその絶対だ。多くを望もうとせず、多くに臨もうとしない。
もちろん『ショタ』以外を割り切って犠牲とする訳では無いが、リゥにとっての絶対はゆるがないのだ。
「でも、アタシは……」
「別に、自らを卑下してるわけじゃねぇよ。ただ、今回くらいは紳士ってのをやってもいいンじゃねぇかってな。これで紳士になるかなンて分からねぇけど」
「あなたは、何を言って……」
話が見えないアリスは、隣で体を支えてくれているゴウに目を向ける。そして顔を覗き込むように首を傾げると、そこにはなにやら難しそうな顔をしているゴウがいた。
難しいと思う前に、大凡を解決し大凡を切り捨てるゴウ。多くのことを解決する実力を持っていて、それでも不可能だった場合には考えることを辞めるのがゴウのスタンスだ。
とはいえ、アリスはそんな普段を知らない。よって、アリスはそれ以上何も言わなかった。
するとゴウは一呼吸置き、そのままアリスに視線を合わせる。
「――アリス、俺と一緒に来いよ」
「――っ!? で、でも、アタシはあなたに負けて……」
「俺との約束、忘れたのか? お前に課した俺からの条件は、今回の戦いで俺を満足させられたらだ。別に、勝てなンて言ってねぇよ。あの短い戦いで、よく俺を満足させたな」
――その瞬間、アリスは絶句した。
口から言葉を発することが出来ず、その言葉すら考えられないほどに頭が紅で染った。まるで、脳内全てをゴウが浸食したかのように。
「刺激のない人生なンて、つまンねぇだろ。だから、俺と一緒に来いよ。四天王なんて、生きてるだけで刺激的だぜ」
「本当に、いいの……?」
「今更ひっくり返さねぇよ。言ったろ、今の俺は紳士だ!」
「――ええ、そうね。今のあなたは、確かに紳士っぽいわ。ありがとう」
言い切る同時に、ニカッと歯を出して笑ってみせるゴウ。そんなゴウに対し、それを見たアリスもニコッと微笑む。
「おし、そうと決まればリゥと合流だ。あ、待て。やっぱ疲れたから、ゲンを待ちながら一旦休憩だ」
「戦いが終われば、直ぐにでも追うんじゃなかったの?」
「あいつなら平気だよ。まぁ、こンなことバレたら十二人衆たちに怒られそうだけどな」
普段は大人しかったりバッサリとしている十二人衆だが、リゥのこととなると血相を変えることが多い。今の状態のリゥを過度に信用して今ゴウがのんびりとしていることが分かれば、誰かしらに怒られる可能性はある。
そんな一人一人の怒り顔を想像しながら、ゴウはカッカと笑う。
「あなたたちは、上下関係がハッキリしていなさそうね。本当に楽しそうだわ……」
「これが終われば、お前もその中の一人だよ。楽しみにしてな」
「ええ、そうね。本当に心の底から、楽しみだわ」
窓の外に目を向けながら、清々しい微笑みをみせるアリス。そんな笑顔に悪巧みなどの気持ちは一切見えず、本当に心の底からゴウを好んだのだろう。
そしてこれからの刺激的な生活に期待を寄せて、胸を踊らせている。




