48話:移りゆく戦う理由
リゥとアリハルの戦闘が始まった頃。時を同じくして、角層の戦闘も激化していた。
アリハルのいなくなった4層では、既に戦闘も終盤。アリハルのいなくなったことに気付いていたゲンは、それを放置。この場にいる誰が相手でも負けないと踏んだ。
そして、次々と湧き出てくる人影や武器の対処だけに目を向けた。
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時は僅かに遡り、場所はゴウとアリスの残る3層。炎に包まれるこの階層では、ゴウ対アリスの第二ラウンドが開始されていた。
「直接的な攻撃はともかくとして、炎で焼き尽くすってのはダメみたいだな。こンなことなら俺が4層に残って、この場はゲンに任せた方が良かったぜ……」
アリスの能力がある以上、炎で焼き尽くすことは不可能。素手で肉弾戦を行うか、想術で直接的にダメージを与えるしか方法がない。
そうなった時、肉弾戦に特化しているゲンが最も適している上に、ゴウの想術であれば数に押されることは少ない。
今回の人選は、明らかにゴウとゲンが逆になった方が有利だった。
そんなことを思いながらため息をつき、ゴウは気怠げに頭を搔く。
「でも、そのおかげでアタシと出会えたんじゃなぁい? どう? アタシと人生を共にしてみる気はない?」
「生憎、俺は邪陰郷の味方をするつもりはないからな」
「でも黒髪の子は、アイくんを助けるとかって言ってるんでしょぉ? 結構有名よ、アレ」
「それとこれは別だな。あのアイってやつはリゥの性癖に引っかかってるし、リゥ曰く邪陰郷に囚われてるみたいな感じなンだろ? お前は俺の性癖に引っかからない上に、アイとは根本的に違う」
アイの場合は、入りたいと思って入ったわけではない。自分の母親を守るためには、邪陰郷に入るという選択肢しかなかった。
それがリゥの主張であり、聖陽郷の四天王としての主張にもなった。
ゴウがリゥの目的を否定しなくなった理由。それは、アイが邪陰郷に囚われているだけと理解したからだ。邪陰郷に入り、自らがその構成員となったわけではない。入らざるを得ない状態に陥って、やむなくその手段を選んだのだ。
そんなリゥの主張に納得し、ゴウを含めた四天王全員がそれを認めた。
「それなら、アタシが邪陰郷じゃなければ少しは考えてくれるってことかしら?」
「なに言ってンだ?」
「アタシも元々、ここに入りたいという意思があったわけじゃないわ」
ゴウの主張を聞いての嘘なのか、本当の話なのか。アリスの言葉の本意を、全くもって理解できないゴウ。
悠然と言ってのけるその姿からは、苦し紛れの嘘とは思えない。さらに言えば、嘘をついてまでゴウへの執着が強いとも思えない。
今の言葉が、本意なのか否か。その判断材料が揃わず、ゴウは反応に困る。
「アタシが想像そのものを扱えるようになったのは十の時。アタシは物心ついた時からオネエでネェ……自分自身を女だと思い、男を好んだのよ。その所為で親はアタシを捨て、五歳でアタシは独りになったわ。それで十の時、アタシが独りで雨風を凌いでいた所……家とは言えないけれど、唯一アタシの心休まる場所。そこに、火をつけられたの。アタシが眠った夜に火をつけ、体に走る痛みと共に目を覚ました。すると辺り一面に炎が広がっていて、既に逃げ場はなかったわ。でも、その時ね。自分に痛みを齎す炎が、気持ちよく思えたの。今まで本当につまらなかったアタシの人生に、あの夜の炎は刺激を与えてくれた。その時にアタシは思った。この刺激から離れたくない、と。――でも、そのまま離れずにいたら、アタシは死んでしまうのよネェ……」
右頬に手を当て、その時の刺激を思い出すかのように体を曲げるアリス。そんな思い出に頬を赤くし、アリスの体が火照る。
オネエであり、マゾでもある。傍から見れば明らかに蔑まれる性癖だが、話を聞けば不思議と頷いてしまう。
普段から他人の話に興味を持つような性格ではないが、今のゴウはアリスの話に聞き入ってしまっている。
「死んでしまえば、漸く出会った刺激を二度と味わえない。十年生きて漸く出会えた刺激と数分でお別れなんて、あの時のアタシには耐え切れない。だから、アタシは必死に火を消そうとした」
「――その時に、開花したと?」
「そうでしょうネェ……今まで、そんなことが出来たことはなかったはずだもの」
「でも、だからなンだよ? それが邪陰郷じゃないことの理由にはなンねぇだろ」
アリスの話にも、漸く理解が追いついてきたゴウ。決して納得して共感できるような話ではないが、対面した直後のような険悪感はなくなった。
しかし、今の話では最初の言葉と繋がらない。今の話はアリスの過去話であって、邪陰郷については語らていないのだ。
「ここについては、これからよ。火を消そうとしたアタシが、想像だけで体に燃え移る火から逃れられたのは言うまでもないわね。でも、本題はここから。アタシのその行動を、たまたま見ていた人物がいたの。全身に黒い衣装を纏っていて顔までは分からなかったけれど、彼は邪陰郷の設立者だと名乗った。そしてアリウムさんの元に、アタシを付けたのよ。アタシも行き場が無かったからここに居るだけで、心からの忠誠心があるわけではないわ」
「――ン? ちょっと待て。お前が十の時にアリウムがいるって……あいつは当時何歳だ?」
「アリウムさんは今年で三十くらいだから……当時はそうね、十六とかじゃないかしら? 因みにアタシは二十四歳よ」
「あいつが今三十でお前が二十四か!? 外見年齢とか精神年齢とか、色々わけ分かンねぇな……」
今まで、ゴウたちの目に映るアリウムは完全に十代だった。それだけの外見と、それ以下の精神年齢がゴウたちの目に映っていたのだ。
そしてそれはアリスにも同様。大凡の外見からは、三十路過ぎほどと予想していたのだ。
「まぁ、それは仕方ないわね。それでも、これはあなたにも言えることじゃないの? あなたも、黒髪の子も。四天王の噂は兼兼聞いているけれど、実際のところは何歳なの?」
「そンなン数えてねぇなぁ……」
実際、四天王が何歳なのかはよく分かっていない。唯一明確に言えるとすれば、外見年齢とはかけ離れている。それだけだろう。
しかし、何も四天王だけがその状態なわけではない。
主郷である大全師及びゼンジは、聖陽郷の成立以来延々と生きている。つまり聖陽郷の歴史からすれば、千を優に超えるほどの年齢だ。
そして天使であるクロとシロ。彼女らもまた、初代の四天王から仕えている。四天王という存在が明確になったのが聖陽郷成立から数十年。よって彼女らも千を優に超えるということだ。
そんな存在に比べれば、三桁程しか生きていない四天王はまだまだ子どもだ。
「まぁ、それはいいわ。肝心な話、本題に戻りましょ? ――アタシが邪陰郷を辞めたら、あなたは少し考えてくれるかしら?」
明確にならない四天王の年齢はさて置き、アリスとしてはそれ以上に優先したいことがある。
そんなアリスはゴウとの距離を詰め、グイッと顔を近づける。
「なンでお前は俺に拘るンだ?」
「ここでは、刺激的な生活を送れるということを条件に引き込まれたの。でも、そんなことは無かった。あなたに出会うまで、そんな刺激的な生活はなかったわ。だから、あなたといた方がアタシにとっては刺激的だと思うの」
何の刺激もなく、生きること自体に飽きていた十四年前のアリス。全身に火を纏ったあの夜に刺激的な生活を約束されたものの、それを果たされることは無かった。
ただ自分が利用されているだけだと気付いていても、外にもアリスの居場所はない。だからアリスは、仕方なくこの場所にいたのだ。
しかし、そうして何の刺激も無かった生活に、突如として現れた人物。聖陽郷の四天王、ゴウ。
今目の前にいる人物こそが、自分の何も無い生活に終止符を打ってくれるのではないか。アリスはそう思ったのだ。
「刺激の無い人生。それは確かにつまらねぇわな。いいぜ。それなら俺と一緒に来いよ」
「――本当!?」
「――但し、俺と戦って俺を満足させられたらだ。それが出来たら、俺と一緒についてきてもいいぜ?」
ゴウの言葉を聞き、食い気味でゴウの服を掴むアリス。そんなアリスの手を解き、ゴウはアリスを一歩下がらせる。そしてニカッと笑い、ゴウは右手に炎を浮かび上がらせる。
「でもアタシ、想術はからっきしなのよ?」
「そンなら、体術で戦って見せろよ。戦いの系統は問わねぇ。今まで通り想像そのものを使ってもいい。――そうだな。想像そのものってのも気持ち悪ぃから、俺と一緒に来ることになったらその能力の名前も考えてやるよ」
「あら、それは嬉しいわネェ……分かったわ、やりましょ。あなたを満足させて、アタシはあなたについて行くわ!」
ノリノリで未来予想図を建て、お互いに笑い合うゴウとアリス。そしてここからは敵同士としてではなく、仲間になるための戦いが始まる――。




