39話:2層での人選
邪陰郷第6支部。5層を全員でクリアし、4層はゲン率いる第二特戦隊と治癒隊の数名が、3層はゴウが一人で、戦っている。
そして残るは、リゥ率いる十二人衆と第一特戦隊、そして治癒隊の数名。ドタドタという足音を立て、リゥたちは2層へと向かう。
太陽は空の頂上にさしかかり、塔にある無数の窓からは太陽光がジリジリと照り付ける。そしてそれは、何にも遮られることはない。
「そろそろ、酸素濃度が薄くなってくる頃か……アキラ、大丈夫か?」
額に流れる汗を手で拭いながら、リゥはすぐ後ろにいるアキラの方に振り返る。
そしてその心配は、長時間走り続けることによるものではない。今のリゥが心配しているのは、自分たちの立つ場所。第6支部の3層と2層を繋ぐ階段が存在している場所。つまりは、雲の上という場所だ。
「ん、だい、じょぶ……じゃ、ないかも……」
「かもじゃねぇよ! 全然ダメじゃねぇか! もっと早く言えって!」
「いや、いま気付いた……そういえば、辛いな、って……」
「おっそ!? 鈍感にも程があるだろ! ネイ、頼む!」
「あっ、はい! 分かりましたです!」
リゥに声をかけられて、アキラは漸く体調の変化に気付く。息を切らし、顔を赤く染め、顔一面に汗をかく。
足をふらつけせるアキラを支え、後ろにいる少年ーーネイに声をかける。そんなリゥの声に反応し、ネイは直ぐに駆けつける。
「――もう、リーにに感謝するですよー?」
「え? ――あ、んっ……」
「そのまま吸うです。大丈夫、変なものじゃないですから」
リゥからアキラを渡され、ネイはアキラの肩を持って支える。そして懐から一枚の葉っぱを取り出し、それをアキラの口に当てる。
そんなネイの行動に目を丸くし、リゥの方を見るアキラ。しかしリゥは、いつもと何ら変わらない表情でいる。その表情に何処か安心感を覚え、ネイに言われた通り息を吸う。
僅かに苦味はあるが、どこか落ち着くような感覚。草原に身を投げ出したような感覚に陥り、心の底からリラックスできる。
「落ち着いたですか?」
「あ、うん……これって?」
「これ……あ、サン葉ですか? 酸素を大量に含んだ葉っぱです。太陽光があれば、それだけで光合成が出来るですよ。何を隠そう、これもリーにが見つけたものです! 酸素の酸と、太陽のサンをかけたんですよね!」
「おうとも! 結構いいだろ? 太陽光だけで光合成してくれっから、こういう雲の上まで行く時には持ってこいだぜ?」
不思議な葉っぱにアキラは首を傾げ、ネイの方を見る。するとネイはリゥの方を見て微笑み、リゥもニカッと笑う。名前にダジャレを付けている辺り、たしかにリゥがつけた名で間違いないだろう。
その確信を得ると同時に、リゥの凄さにも感心する。それを見つけたこともだが、ネイがそれを持っていることも把握していることにも感心する。
「そうなんだ……まぁ、名前からして疑わないけど。ありがとね! ネイくんも、ありがとう!」
「いえいえ、自分はリーにから持たされているものをあげただけですから。気にする事はないです」
「名前からしてってのには引っかかるけど、暫くは持ってな。太陽に当てりゃいつでも使えっから」
「ん、分かった。ありがと!」
そう言ってアキラはサン葉をギュッと握り、ニコッと笑う。
そして再び走り出し、リゥたちは2層への階段をどんどんと上って行く。
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「やっとこさ……ってとこやな」
「え? あ、着いた……? よかった……もう疲れたぁ……」
「だから途中でおんぶしよかって聞いたのに……無理するから」
階段を上り切り、待人がいると思われる2層の扉を見つける。そんなリゥの後ろで、アキラは汗だくになって呼吸を乱す。四つん這いになるように倒れ込むアキラを見て、リゥはため息をつきながらアキラの背中を摩る。
階段を上っている最中、リゥは何度もアキラの体調を気にした。定期的に休憩を挟み、その都度サン葉を吸わせた。そしてアキラを背負おうともしたが、それだけはアキラが拒否――アキラの性格上、遠慮と言った方が正しいだろう。
そうしてアキラは無理を重ね、到着した瞬間にダウンしてしまった。
「まぁ、仕方ないですね。たしかに高所では辛いものがありますし」
「そうだな。こんだけ高い割には妙に暑いし、環境としては辛いのがあるな……アキラも、本当に無理すんなよ?」
「あ、うん。ごめんね……」
アキラの背中を摩るリゥに、ま後ろにいたシロが話しかける。そのままアキラの前に屈み、アキラの口に飲料水の入った容器を当てる。リゥやネイ、シロなど。多くの人に助けられ、足を引っ張ってしまう申し訳なさで胸が痛くなる。
実際、アキラも気づいていたのだ。自分が無理をしても、後々に迷惑がかかることは分かっていた。しかし、これから戦うであろうリゥたちの体力を、奪いたくなかったのだ。
そんなアキラを見て、リゥは背中を摩っていた手を頭へと移す。そして髪を整えるように、アキラの頭を優しく撫でる。
「いやいや、謝らなくてもいいって。とりあえず、アキラは俺に甘えること。んでもって俺の傍から離れないで。それだけしてくれれば、後はなんでもやってやるから! あーゆーおーけー?」
リゥは声のトーンを上げ、不安や自責に頭を悩ませるアキラを励ますように明るく振る舞う。
勿論、この場にアキラを責める者などいない。
核が未発達で、戦闘などにもとことん疎いアキラ。自分が傍にいたいという気持ちもあるが、リゥの力になりたいとも思っている。その為に、この2ヶ月しっかり体を鍛えたのだ。
だから、ここでも弱音を吐かない。ここから逃げたいなど、一ミリも思わない。たしかに、ここの環境は辛い。酸素も薄い上に、何故か暑い。息が切れて、汗が流れて、足も疲れる。
それでも、リゥがいる。リゥがいて、助けてくれる。今いる場所が辛くても、今いるポジションは最高なのだ。
それに、ここで負けたら迷惑がかかる。ずっと気にかけてくれていたリゥには勿論。アキラに期待を寄せて、ゼンジに向かって強く言いきってくれた他の四天王にも。
「――アキラ? 大丈夫か?」
「うん! もう大丈夫! 全っ然平気! 行くよ!」
「お、おう? なんでいきなり元気になったか知らんけど、大丈夫なら良きやな!」
リゥを初めとした、レイ、ゴウ、ゲンの四人。聖陽郷の最重要戦力である四天王の彼らが、主郷の立場であるゼンジに、声を揃えて啖呵を切ってくれたのだ。
ここでの任務を完遂し、リゥたちの期待に応える。その為に、今は頑張らなければならないのだ。
リゥたちのお陰で戻った体力、脚力、そしてなにより気力を頼りに、アキラはグイッと立ち上がる。
そして全員の士気が高まり、リゥは2層の扉へ手をかける。
「――ようこそ、お待ちしておりましたよ」
「ういうい、てんきゅてんきゅ。おまえが2層の待人ってことでおけ?」
「あなたは……ああ、四天王のリゥさんですね。ええ、私が2層の待人。アリトと申します」
扉の奥、ピンと背筋を伸ばし、足を綺麗に揃えた青年――アリト。体の前で両手を重ね丁寧に頭を下げるその仕草は、天使であるシロやクロにも引けを取らないほど洗練されている。
「またかよ……」
「はい?」
「いや、この第6支部って、アリなんたら多くねぇか? アリウムってやつに迎えられて、モーサは違ったけど、その上はアリハルとアリスだろ?」
「ああ、なるほど。そういうことですか。確かにそうですね……アリと付くのは、ここだけで五人いますので」
アリトと名乗った2層の待人。その名前にため息をつくリゥは右手で頭を抱え、左右に首を降る。
そんなリゥの失礼極まりない態度にも、優しく微笑むアリト。その表情には、負の感情が一切存在しない。
「ここにいるのは、お前一人なのか?」
「ええ、そうですね。ここは私一人です。前回までと同様、私と手合わせして頂けれる方がいれば最上層へ行って頂けますが」
「ん? 上に行く俺たちを止める気はないのか?」
「――? ええ、もちろんですが……これまでの待人もそうして来たのではないのですか?」
理解されると思っていた発言に首を傾げられ、発言者であるアリトも首を傾げる。ゲンといいゴウといい、たしかに残して来たのは事実だ。しかし、それはリゥたちが無理矢理にやって来ていることだと思っていた。
それをここではアリトの方から伝えられ、リゥたちは少し調子が狂う。とはいえ、相手からそれを伝えられることは良い誤算だ。
1層という最終目標を前にして、これほどに嬉しい誤算はそうあったものでは無い。
「あー、たしかにそうして来たわ。悪ぃな、んじゃ、ここに残っておまえの相手をしてやれる人材か……」
「はーい! 兄貴! やっぱし俺様たちじゃね! そろそろ俺様も戦いてー!」
「――んや、レツ含めた十二人衆には頼みたいことが増えた。悪いけど、もう少し待ってくれ。因みにこれ、命令じゃなくてお願いな」
アリトと戦う相手として2層に残る者の人選。それに自ら立候補するのは、メラメラと闘志を燃やすレツだ。手を挙げてリゥを呼び、堂々と自分に親指を向ける、最後に願望を言って終わるレツ。
そんなレツの立候補を、検討するかのように考え込むリゥ。しかし直ぐに顔を上げ、レツの頭に手を置く。
その表情が甚だ真剣に見えて、レツはそれ以上の無理を言わない。
「んー……まぁ、兄貴の頼みなら仕方ないけどぉ……でも、この後で戦えんだろ? それは約束っしょ?」
「ああ、それは保証したるよ。俺がレツに嘘ついたことなんて……あるか」
「うん、ある。めっちゃある」
「ですよねー……でも、約束は守ってやるから。ちゃんと、ここにも帰ってきたしな」
嘘をつかないという発言の途中で、完全に自信をなくしたリゥ。本来ならば自信を持って断言した方が格好がつくが、それをすればそれこそが嘘になってしまう。
リゥとレツのやり取りから、リゥが嘘をつくのは少なくなかったようだ。しかし、″約束は守る″と言った時のリゥの表情は、明らかに説得力があった。依ってレツは、それ以上何も言わない。
「ええと、お決まりになりましたか?」
「ああ、待たせたな。ここには、シロと第一特戦隊、それから残りの治癒隊に残ってもらう」
僅かに逸れた話を、綺麗な姿勢で待つアリトが戻す。リゥたちの話を待っている間も全く姿勢を崩さないその姿は、目を見張るものがあった。
アキラと十二人衆を残し、リゥはシロたちを選出する。あと1層で十二人衆を全て残す意図は、誰にも分からない。が、それでも反論するつもりはない。
全員が納得したように頷き、選出されたメンバーは一歩前に出る。そこで一人、シロだけがリゥの方を振り返る。
「私でよろしいのですか? いえ、ご命令とあれば従いますが。リゥ様の補佐は?」
「アキラと十二人衆がいれば、問題ねぇっしょ。シロはここで、頑張ってくれ」
「そうですか。そんな口調も、リゥ様の言葉であれば自然と納得できますね。どうかお気をつけて、ご武運を」
「ああ、任せとけ。アキラ含め上に行く全員は、俺が守る!」
自分が2層に残り、リゥの補佐を行えなくなることに僅かな心配を抱くシロ。ゲンやゴウのときには見せなかった対応だが、十数年のブランクを気にしてのことだろう。つまりシロは、ゴウやゲンがいなくてもリゥを補佐するだけの力があると自負していたのだ。しかし今は、シロのその力が必要だ。全ての層で負けないためには、今ここでシロを待人に当て、十二人衆を全て残す必要がある。リゥはそう判断したのだ。
「てことで、今話した通りだ。ここにはシロたちを残す。それでいいよな?」
「やはり、あなたは残らないのですね。まぁ、私としてもそれを望みますので。勝手ながら、よろしく頼みます」
「なにを頼まれたのか……ってのは、奥に行きゃ分かるか?」
「はい。あなたがあなたであるなら、わかるはずです」
「ん、なら分かった。俺はいつでも俺だ。ってわけで了承も得たから、俺らは素直に上行くぞ。――シロ、頼んだぞ」
最後に、アリトと意味ありげな会話を交わしたリゥ。その会話の意味は二人以外に分かっていない。そしてその内の一人であるリゥも、完全にはわかっていない。
つまり、全てを理解しているのはアリトだけ。そんな相手との戦いを頼まれ、シロの目付きが変わる。
そして奥に走っていくリゥたちを見届け、再びアリトに向き直る。
そして愈々、1層を残した全ての層に戦いの火蓋が切られる。




