38話:意外なる純真
床、壁、天井、その全てが赤を主体に染まり、文字通りの紅蓮地獄となった3層。その場にいるのは、全身に炎を宿すゴウと、全身を炎に包まれるアリスだ。
「オラオラオラァ! 熱い炎が好きだって言ったのは誰だオラァ!」
吼えて、辺り一面に炎を撒き散らすゴウ。
炎に包まれた石造りの部屋は、熱を帯びて赤く染まる。夏場のアスファルトよりも遥かに熱くなっている部屋は、常人では素足で立つことなど到底できない。
室温も、湿気も、サウナなどでは比にならない程に高まり、体から落ちる汗は床に着く間もなく一瞬で蒸発する。
「ぅぐ……っ」
「マゾでも痛みは感じる。精神的に興奮できても、痛みを感じて傷つく体はどンどンと脆くなっていくンだぜ?」
「そう、ネェ……たしかにこれは、体が持たないわ……」
今のところ、ゴウは燃える炎は使っていない。部屋中に撒き散らされた熱いだけの炎は、アリスの身体と体力をどんどんと蝕んでいく。
そんな炎を受け、アリスは自分の体を確認。そして自分の両腕を大切そうに抱え、目を閉じ、摩る。
「そろそろ、自分の体も大切にした方が良さそうね」
静かにそう呟くアリスは、しばらく腕を摩り続け、ゆっくりと目を開ける。
「あン? なにしやがるってンだ?」
「アタシも、妄想は得意なのよ。ってね!」
摩っていた腕を止め、手のひらを外側に向けたアリスを見て、ゴウは目を細める。攻撃の手を止めたゴウに、アリスはニッコリと笑う。
「そうね、とりあえず……消火。ってとこでいいかしら」
少し迷ったような顔をした直後に、納得したような顔で頷くアリス。そして、体を覆っていた炎を一瞬にして消した。
「――は? おまえ、それは……」
「アタシはマゾだからネェ……自分を傷つけてくれるモノは、細かく把握できるのよ」
「今のは、まさか……」
体を覆う炎を一瞬にして消したアリスは、目を見開いて驚愕するゴウに、ニヤけたような顔で笑う。
アリスが消したのは、自分の体の周りだけ。まだ部屋中には炎が残っていて、とても逆転できたとは思えない状況。
それでも、ゴウの顔つきはかなり動揺している。その理由は、至って簡単。ゴウの動揺は、火を消されたことによるものでは無いからだ。
「ええ、そうよ。あれだけの想術を扱えるアナタなら、やはり分かるでしょう?」
目の前で起こった出来事――消火に対し、顔を強ばらせるゴウ。その元凶であるアリスは、ゴウの思考を読み取ったように頷く。
事実、ゴウが考えたことと、アリスが行ったことは同じことだ。
想術で火を消す方法は、色々ある。
火属性なら、対象と同等以上の火を放てば打ち消すことが出来る。
水属性なら、対象を覆えるほどの水を放てば消火出来る。
風属性なら、対象を超えるほどの風を吹かせれば吹き飛ばすことが出来る。
他にも、地属性ならば土を被せる、氷属性ならば炎を凍らせるなどで可能だ。
しかし、アリスは何も放っていない。それに対して、ゴウは驚愕をしている。
アリスが平然としてやってのけ、ゴウが驚愕した事実。それは――、
「想術で打ち消すンじゃなく、想像そのもので、火を消しやがったってのか?」
「ピンポンピンポーン! せいかぁーい! そうよ、それくらいわかるわよネェ?」
――それは、自分の周りにある炎が消化されること。それを想像し、実現させたのだ。
想像で練り上げた想術を放ったのではなく、想像そのものを放ったのだ。
「想像そのものを放つ……それは、リゥも挑戦していた。それでも、リゥでさえ出来なかった技だ……」
「リゥと言うと、あの黒髪くんのことね? たしかにあの子からもオーラを感じた。そう……あの子も想術が得意だったのネェ……」
アリスが行ったことは、リゥが挑戦したもの。
想術や想技を、巧みに使いこなすリゥ。今の状態ではまだまだだが、全盛期――つまり前世のときは、他の追随を許さないほどの独走状態だった。そんな全盛期でさえ、リゥはそれを成功させられなかったのだ。
その事実を、ゴウは目の前で見てきた。だからこそ、目前の事実に納得出来ない。
四天王の座に就いてから、リゥは百年以上も生きている。しかしそれでも、百年以上の年月を経ても、それを会得することが出来なかった。
「リゥは、数十年かけてもそれが出来なかったンだ……なのに、おまえは、何年で……!」
「そうネェ……アタシが出来るようになったのは、十の時だったかしらね。でも、黒髪くんが出来ないのも仕方ないと思うわよ?」
「ンで、そう言えるンだ……! リゥに才能が無いとでも言うのか?」
「いいえ、違うわ。アタシもね、やろうと思って出来たことじゃないのよ。何故か突然、出来たの」
またもや、絶句した。リゥに出来ないのが、仕方ないというアリス。そんなアリスを問い詰めるように、ゴウはアリスを睨みつける。
しかしアリスは、ゴウの想像を絶する答えを出した。
自分の方が努力をした、リゥよりも自分の方が才能がある。そんなことを言い出すと思っていたゴウだが、アリスの答えは全くの別物。
何故か突然、出来た。何故か分からず、努力もしていないのに突然、出来た。そう言ったのだ。
「でも、アタシに才能があるわけでもないわ。アタシ、他の想術はほとんど使えないのよ。自分の体に関わるものは、たしかに想像で消すことが出来る。でも、想術はからっきしなのよネェ……」
「なンでそれを教えンだ?」
想像の実現が出来ても、想術は使えない。何も隠さず正直に暴露するアリスの行動に、ゴウは眉間に皺を寄せる。
たしかに、隠しても意味が無いと言えばそこまでだ。しかし、想像を実現させることはリゥでさえ出来ていない。何も言わなければ、想術も得意なのかと思わせるには十分だった。
「だって、そっちの方がフェアでしょ? それに、勝ち負けは興味ないの。ただ、刺激が欲しいだけ。アナタと戦って、ゾクゾクしたい。それだけよ」
「勝ち負けに、興味はないだと? でも、おまえは勝たねぇとダメなンじゃねぇのか?」
「勝たないとダメ? そんなことないわよ。アタシたちは勝たないとダメなんじゃない。負けてもいいし、上に行かせてもいい。怒られたりもしないわ」
フェア、刺激が欲しいだけ、負けてもいい。二つ目はともかく、予期していない言葉が次々と飛び出す。
今までの邪陰郷の行動からして、『フェア』という言葉など予想できるはずがない。時空を曲げ、結果的にリゥを殺した。そしてリゥがいない時期を狙い、聖陽郷を襲った。さらに最近では、ベイやギルの行動。彼らの行動には、フェアのフの字すら見当たらなかった。
また、『負けてもいい』という発言。モーサはともかく、アリハルは勝つ気でいたはず。少なくとも、負けてもいいと思っている様子はなかった。
「なら、なンのためにいるンだ? おまえら待人は、俺らを上層階に行かせないためにいるンじゃねぇのか?」
「ええそうよ。でも、アタシたちはここに来るヒトたちの実力を見ているだけ」
「なンのためにそンなことしてンだ?」
「何も考えずに聞くだけって言うのは、感心しないわネェ……でも、教えてあげるわ。それに、簡単なことだもの。素人が来ても、面白くないでしょう? それだけよ」
負けてもいいという言葉には理解できなかったが、理由を聞けばなんということはない。つまり、この支部はリゥたちを倒そうという考えで動いていないのだ。
もちろん、戦って勝つ。それによって倒すという目的もあるだろう。しかし一番は、アリウムに強者を送ること。リゥたちが強いとわかった今、アリスは自分の好みで戦っていいのだ。
「だから、リゥたちを先に行かせたのか。でも全員上に行かせては、自分がつまらない。それで、刺激が欲しいおまえは俺を残したと」
「ええ、そうね。引き止める相手はある程度自分で決めていいことになってるの。さすがに、素人だけを残したら怒られるでしょうけどね」
「でも、アリハルとかいうやつは全員を引き止めようとしてたぞ?」
「あぁ、あの子は別よ。全員倒すつもりでいるわ。けど、あの子にはその実力がない。現に、アナタたちも来れたでしょう?」
そう言って、アリスは笑ってみせる。やはりアリスからは、殺意や敵意などが感じられない。
それは、アリスが純粋に戦いを楽しんでいるという事の表れだろう。
「そっか、なら悪かったな」
「なにが?」
「おまえは純粋に戦いを楽しンでンだろ? なら、俺もそれに応えてやるよ」
「あら、それは嬉しいわぁ……アタシも本気でやりたいもの」
アリスの、見た目に反した純粋な思考。それにゴウも考え方を改め、険悪感を一掃する。
もちろん、アリスを仲間として見たわけではない。邪陰郷が敵で、それを倒すということは変わらない。
ただ、アリスとの戦いに誠心誠意尽くそうと思っただけだ。
「ンじゃ、第二ラウンド開始ってとこだな」
「ええ、仕切り直しね。それじゃ、行くわよ」
言い切り、アリスは地面を蹴る。そのまま真っ直ぐゴウに突っ込む。
そうして、邪陰郷第6支部3層、ゴウ対アリスの第二ラウンドが始まる。




