37話:3層に残された二人
ゲンたちと別れた直後、リゥたちは足早に3層へと向かっていた。
「ゲンなら問題は無い、安心して任せられる。気にせず急ぐぞ」
「次は、俺の出番になるンだろ? おっしゃァ! 行くぞオラァ!!」
階段を上る途中で、先頭がリゥからゴウへと変わる。リゥを抜かすその様子は、遠足ではしゃいでる小学生のように清々しい顔をしていた。
一人だけ明らかにテンションが違うゴウにリゥたちは一瞬戸惑うが、それも一瞬のこと。嫌でも気が滅入ることの多いこの場で、ゴウのような存在は精神的に強い味方だ。その場にいる全員のモチベーションが高まることはもちろん、一切の疑いを持たずにゴウという存在を肯定できる。
「邪魔するぜぇー!」
「おい! いきなりドアぶっ壊してんじゃねぇよ!」
「あら、外が賑やかになったと思ったら……アナタたちがようやく来てくれたのネェ? 待ってたワよぉ」
勢いに任せて扉を蹴り壊し、堂々と中に入るゴウ。そしてその後ろにいたリゥは、ゴウの行動にツッコミながら穴の隙間を通り抜ける。
ゴウの行動を指摘するならそれ相応の行動をして欲しいが、リゥの言動に矛盾が生じるのはいつもの事。アキラたちはそう割り切り、ため息をつきながら壊れた扉を開ける。
そして、3層に踏み込んだ全員の目に映る人影。
それを見た瞬間、
″心は驚愕、顔はドン引き、そして脳には険悪感″
その三拍子が揃う。
「――爺さンと幼女の次はオカマかよ……」
「いや、オネエじゃね?」
「そ、黒髪くんが正解。アタシの名前はアリス。黒髪くんの言う通り、アタシはオネエよ。格好や気持ちは女でも、こっちは付いてるんだから!」
3層で待っていたアリスと名乗る女……ではなく男。アリスを見て、思わずボヤいてしまったゴウの言葉をリゥが訂正。
ゴウの言葉を訂正したリゥに、アリスはウインクをする。そして女性らしくウインクを決めた後に、下半身をパンパンと叩いて笑う。
「アリスのオネエとか、夢の国大好き集団に怒られるぞおまえ……」
「あら、夢の国なんていい響きネェ。それどこにあるの? 今度アタシと一緒に行きましょ?」
「悪いけど、おまえと一緒に行ったら俺まで叩かれそうだからやめとくよ。それに、そういう所に行くときはアキラと行くからな」
「つれないわネェ……そこの黒髪くんはそっちの男の子にご執心ってワケネェ? ――でも、それでこそオトし甲斐があるってものよぉ?」
リゥの発した夢の国という単語もアリスとの関係も、リゥとアキラにしか分からない。が、ここでのリゥのツッコミはただの自己満足に過ぎない。それについても深く説明することを避け、リゥは明らかな塩対応をとる。
そんなリゥの態度を受け、僅かに語尾を伸ばし、ねちっこい喋り方をするアリス。腕を組みながら右の人差し指を口元に当て、体をクネクネと動かすアリスの姿は、正しくオネエそのものだ。
「言っとくけど、おまえは俺の性癖に引っかからない。んでもっておまえの相手はこっちのゴウだ。俺は2層に進むから、後は頼むぜ」
「いや、俺もこンなンが来るとは思ってなくてよ……十二人衆と変わってくンねぇか?」
「はぁ? あんなオネエ野郎に十二人衆を近づけられるわけねぇだろ! ここはおまえの仕事だ! 頑張りやがれ!」
「あら、赤髪くんがアタシのお相手をしてくれるのネェ? イイわよぉ……アタシと二人きり、水入らずで楽しみましょ?」
アリスと相対しているうちに、どんどんと早口になるリゥ。早口のまま2層に向かおうとして、それを引き止めるゴウに早口で言い返す。そんなリゥの勢いに押され、アリスに引かれるゴウ。
2層へ向かおうとするリゥを引き止めない、アリハルと真逆の対応をとるアリス。アリスの性格がそうしていることは一目瞭然だが、今はそれに助けられる。――ゴウ以外は、という条件付きだが。
「悪いな! お前だけは必要な犠牲だった! 幸せになれよ! あ、結婚式は呼ばなくていい!」
「はぁ!? 誰がこンなンと結婚なんてするか! おいこら逃げんな、薄情者がッ! ――うぉっ!?」
「いつまでも向こうを向いてないで。アタシだって嫉妬するのよぉ? ほら、アタシだけを見て頂戴」
「誰がオネエ野郎なんか……って力強っ!? は? おまえそれでも女……いや男か! クソッ!」
これまでにないほど猛スピードでダッシュするリゥたちを、ゴウは叫びながら追おうとする。しかしアリスに腕を掴まれ、リゥたちは2層へと消える。
そしてややこしい性格に悩まされながらも、ゴウは掴まれた腕を強引に引き剥がす。
「クソが……絶対に許さねぇ……! ――おいいいか、カマ野郎! こうなっちまったもンは仕方ねぇから相手してやる! 但し、俺がやってやンのは戦いだ。それを踏まえた上で、かかってこいやァ!」
「若いわネェ……でも、そこが味かしら? いいわ、戦いは肌が触れ合うから、アタシも嫌いじゃないの。それで、アナタが受けなのね?」
「ごちゃごちゃ言ってねェで、かかってこいやオラァッ!」
戦いに、傾いた期待を抱くアリス。
そんなアリスに、ゴウは足を大きく開き腰を落とす。そして開いた両腕をガシッと構え、開き直ったように叫ぶ。
「それじゃぁお言葉に甘えて――」
「あー、そういえば言い忘れてた。俺は、火を司る『四天王』のゴウだ。肉弾戦を期待してたんなら、ドンマイだ……なッ!」
「なんっ――!?」
堂々と構えるゴウに、アリスは無駄に長い足を高速で回し詰め寄る。そんなアリスを見てゴウはその場をサッと後ろへ飛び退き、落ち着いて並べた言葉の最後に合わせ、詠唱なしで想術を話す。
猛スピードで近づくアリスは、反応こそしたものの止まれず。そのままゴウの放つ炎に飲み込まれる。
「ほら、さっさと出てこいよ。どうせこンなンでくたばらねェンだろ?」
「はぁ……突然の不意打ちにアッツアツの炎ネェ……イイわ、ホントにイイ!」
「オネエでマゾとか……変態ここに極まれりじゃねェかよ……」
アリスを包み轟々と燃え盛る炎を見て、その中にいるであろうアリスにゴウは冷たい視線と言葉を送る。そんなゴウの言葉に直接的な返事をせず、しかしゴウの言葉に応えるべく、アリスはヒョイと飛び出る。
飛び出てきたアリスは頬に手を当てながら、またしても体をクネクネと動かす。
熱いはずの炎をものともせず、その痛みを味わっているようにも見えるアリス。そして再び炎に近づくアリスに、ゴウは呆れたような顔でため息をつく。
「それにしても、この炎は燃えないのネェ。イイ感じに服を燃やしてセクシーに出てあげようと思ったのに、熱いだけだったわよぉ?」
「おまえが全裸で飛び出てこられても困るかンな。今回のは偽炎だ」
「あら、アタシだってイイ体してると思うけどぉ?」
「興味ねェな。俺の性癖はリゥみたいに拗れてねェ。肉体的にも女じゃねェと興味持たねェンだよ」
自分の性癖がシンプルだと、いっその事堂々と言い切るゴウ。そんなゴウにアリスも少々不満げな顔をするが、マゾも入っているアリスの興味は炎に向いている。
先程ゴウが放った、熱いだけの炎。熱さという痛みは感じるが、炎が燃え移ることは無い。言わば、炎の形をしたIHのようなものだ。
「まったく……アナタといい黒髪の子といい、つれないわネェ」
「リゥの場合は性癖が特殊だが、俺の場合はシンプルなンだ。おまえに興味を持つやつはなかなかいねェンじゃねェか?」
「たしかに、アタシに魅了されるヒトが少ないのは事実ね。でも、魅了されてくれる子は何かが足りないのよネェ……やっぱりアタシの好みは、黒髪くんやアナタみたいに、自分の考えを持って曲げなかったり、一途な子かしらね」
自分が目を付けたリゥとゴウ、そのどちらともにフラれたアリスは、未だに炎を眺めてため息をつく。
自分が気に入った人物と自分を気に入ってくれた人物を照らし合わせながら、自分の理想を語っているアリスに、ゴウは攻撃の手を加えない。そしてアリスの後ろで鼻を鳴らし、頭を掻きながら片目を瞑ったゴウは、少し気怠げに口を開く。
「あー……言っとくけどよ、リゥは別に一途じゃねェぞ? そりゃまァアキラが一番だろうけど、後ろにいた十二人のガキ……十二人の子どもがいただろ。アイツらのこともリゥは大好きだぜ」
現に、リゥの性癖は極端に傾いている。年下であり、幼く純粋な心を持っている少年には目がない。そんなショタ属性のリゥが一途なわけがないと、ゴウはそう断言する。
そんなゴウの話を聞いて、少しだけ目を見開くアリス。そんなアリスはリゥが向かった階段に目を向け、その後直ぐに納得したような笑みを浮かべる。
「でも、それをアナタが断言できるのはどうしてかしら? 普通の人なら、アナタのように断言出来ないと思うのよネェ。例えば、後ろにいた騎士さんたちみたいな人には……ンね?」
言葉の最後で、薄気味悪くウインクをしてくるアリス。しかし、ゴウが気にしているのはそこではない。最後のウインクで全て無くなりかけたが、ゴウはそれを無かったことにはしない。
アリスに問いかけられた質問が、ゴウの中で谺する。
「リゥはそういうやつだ。気に入った子ども……アイツはショタって言葉に拘るから、そう言うか。アイツは気に入ったショタを全員好んで全員守る。その中でアキラへの想いが強いが、守る時は全員だ」
「そう……たしかに、アナタが十二人の子を引き合いに出した時は顔を変えていたわネェ。イイわ、黒髪くんが一途じゃないのは分かった。――それなら尚のこと、アタシはアナタだけに集中出来るわ」
「あーあ、悪ぃけど、集中されても困ンだわ。それに、俺が楽しみにしてンのは戦いだ」
「ええ、そうね。想術がメインの戦い方は残念だけど、アタシも戦いは嫌いじゃない。一緒に戦いましょ」
アリスの問いかけが、ゴウの何かに触れる。そして、引き金を引かれたゴウは闘争心を燃やす。
その火はアリスにも燃え移り、二人の闘争心が高まり、次第に大きくなる火が、今、この場で、ぶつかる。




