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二度目の四天王ライフ  作者: 羅弾浮我
第一作:〜異世界への突入、『聖陽郷』での波乱〜
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番外編②:クリスマス・イヴの夜に(上)

 買い物などを一通り終えた龍翔と晟は、本日の集合場所となる龍翔の家へと帰宅していた。

 時刻は16時を回っているが、約束の時間まで3時間の猶予がある。二人がかりで行えば、たった一室の飾り付けくらい、かなり余裕を持って終わらせることが出来るだろう。


「したら、先ずは上の方から飾り付けちゃおっか。そこにある脚立使って、反対側に付けてくれる?」


「いいよー!」


 そう言って、紐状になっている装飾品を天井の対角線を通るように取り付ける。そしてそれをもう一度繰り返し、真ん中で交差させるようにして初めの装飾が完成。これだけでも、部屋の雰囲気が少しは変わる。

 しかし、龍翔はかなりの派手好きだ。これだけでは到底終わらせない。


「次はこれやな、壁の上の方に付けて、一周させるよ」


「はいはーい!」


 同じく紐状の装飾品を、今度は壁を伝わせて一周させる。谷ができるように角だけを緩く仮止めし、その後Uの字になるように等間隔に固定していく。


「次は風船やなー。……これが一番面倒くさいかもしれん」


「風船膨らませるの得意じゃないなぁ……」


 そう言いながら、買ってきた風船をどんどんと膨らませていく。

 風船を膨らませるのが苦手だと言っていた晟は、たしかに苦戦気味だ。

 膨らませる速度もだが、膨らませることよりも結ぶ方が遅い。晟が風船を一つ完成させる間に、龍翔は三つほど完成させられる。

 いつも大雑把な龍翔だが、意外と手先が器用であり、ある程度なら裁縫も出来る。

 そんな龍翔と比べ、晟は膨らませるのも結ぶのも遅い。頑張って息を吹き込み、顔を赤くしている。


「んー、これ以上は時間もかかりそうだし、あれ使うかー」


 そう言って、龍翔はその場を立ち上がり、一旦廊下に出る。


「ジャーン! 風船膨らませる用の、ヘリウムタンクでーす」


「そんなのあるなら最初からそれで良かったじゃん! 無駄に疲れたんだけど!」


「そー言うなって。少しくらい下にある風船も欲しいだろ? なんだかんだ言って遊べるし」


 ヘリウムガスがあるのにも関わらず風船を膨らませられて、晟は少々ご立腹だ。それでも、龍翔の方が多く作っているのだが。


「まーまー、その代わり晟はヘリウムガス入れるだけでいいからさ。そしたら俺に渡してくれれば、俺が結んであげるから」


「まぁ、それならいいけどさ……」


 そう言って、晟は少しだけ不貞腐れながら渋々と風船を膨らませる。

 そんなこんなで風船を全て膨らませ、他にも色々と貼り付けなどをして、部屋の装飾は一通りが終了する。


「あとはツリーだけど、どこ置く?」


「あれ、龍翔くんツリーなんて買ってたっけ?」


「んや、俺ん家に元々あるやーつ。なんで買ったのかは知らんけど、そーいえばあったなーって」


「ヘリウムタンクもそうだったけど、龍翔くんってあんまり使わなそうなやついっぱい持ってるよね……」


 確かに、龍翔の家には使わなそうなものや買った理由の分からないものが多く存在する。

 大体は龍翔が小さい頃に買ったものだが、龍翔の記憶には印象が薄い。しかし捨てるのも勿体ないと、なんとなしにとっておいてあるのだ。


「今日みたいに使える日が来るかもしれないって考えて残しておいてるの! それより、どこに置くか決めちゃうよ!」


「んー、あんまり真ん中にあっても邪魔になりそうだし、ツリーなら角に置いてても目立つんじゃない?」


「まぁ、たしかにせやな。んじゃ、ちょっとこっち来て。俺はツリー運ぶから、ツリー用の飾り付けが入ってる箱持ってきて」


 そう言って、廊下の反対側にある部屋へと向かう。

 ここは一般的に物置のようになっていて、使わなそうなものなどは大体がここにしまわれている。

 そしてツリーを運び、星や鈴、雪をイメージした綿などを飾り付けて完成だ。


「あんまり時間かからなかったね」


「まぁ、そこまで凝った装飾してもアレだしなー。時間まであと二時間くらいあるけど、どーする?」


「んー……トランプとかってある?」


「あー、あるよ。そだね、トランプやってよっか。飽きたらまた変えればいいし」


 そう言って、ババ抜きやら神経衰弱やらをやって、その後は将棋やオセロなどをやってみる。

 ババ抜きは心理戦で龍翔が勝ち、神経衰弱は二人の暗記力が無さすぎて途中で断念。本将棋はいつの間にか詰みになっていて、ここでも龍翔の勝ち。オセロに至っては晟が駄々を捏ねて、龍翔は角に置けないというハンデで行い案の定晟の勝ち。少し理不尽だが、駄々を捏ねる晟も、勝てて嬉しそうな晟も、ダブルで可愛かったので取り敢えずはそれでいいことにする。

 その後も色々とハンデを付けながらテレビゲームをやったりして、あっという間に二時間が過ぎる。


 ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶


 そんなこんなで遊んでいると、玄関のチャイムが鳴った。龍翔と晟は二人で下に降り、玄関を開ける。


「めりくりー!!」


「おー、めりくりめりくり! いらっしゃーい。みんなまとまって来たんかな? まぁいいや、入って入ってー」


「おじゃましまーす」


 玄関の外にいたのは、ハロウィンの時にも来た優輝や蒼空、蓮の三人と、二年の木村(きむら) 賢人(けんと)佐川(さがわ) (さとし)大野(おおの) (しゅう)。一年の(やなぎ) 幸希(こうき)速水(はやみ) 大地(だいち)赤城(あかぎ) (つばさ)。合計九人が到着し、龍翔と晟を合わせて11人だ。

 ちなみに、優也を含めた三年は受験勉強ということで遊びなどの外出を禁止されているらしく、今回は一人も参加できなかった。


「まぁ、受験勉強じゃ仕方ないよねー。優也くんは結構乗り気だったから残念だっただろうけど」


「そう言えば、龍翔くんって大丈夫なの? お昼からずっと遊んでたけど……ぁ」


「あれ、そう言えば晟! もしかして昼から遊んでたのか?」


 龍翔の部屋に行くまでの廊下で、昼から遊んでいたことをサラッと暴露してしまう。

 言い終わってから言ってはいけなかったことだと気づき、晟はその場で立ち止まるが、遅い。何をしていたかまでは言っていないので、セーフと言えばセーフだが。


「まぁまぁ、そんなことより俺の部屋着いたよ」


「あれ、天野先輩の部屋でやるんですか? この人数入ります?」


 龍翔の部屋でやると聞いて、初めて龍翔の家に来る翼が、人数の心配をする。

 たしかに、普通の家ならば一つの部屋に二桁は辛い。龍翔の部屋の仕組みを知らない人からすれば、当たり前の心配だ。


「翼も俺に敬語なんて使わなくていいのに……って、まぁそんなに強制してもあれか。でも大丈夫よ、俺の部屋無駄に広いから」


「そういえば、この前来た時も結構余裕あったしね。この人数くらいなら大丈夫?」


「んー、全然問題ないっしょ。この前なんかクラスの男子集めて一日中ゲームやってたし。二十人越えたから若干暑かったけど」


 クラスメイトの約半分を自分の部屋に招いた、などという弱伝説を聞き、その事実だけで不安は晴れる。

 元はと言えば、親二人はほぼ一階で過ごしているため、物置となっている一室を除いた二階は龍翔の好き放題なのだ。それで改造するかと言えば、それはまた別だが。


「つーことで、全然問題ないから安心してくれや! てことで、ウェルカムトゥマイルーム!!」


「おぉー!!」


「え、すげぇ! めっちゃ綺麗じゃん!」


「昼間っから晟と遊んで、一緒に飾り付けしてたんよー。割と綺麗っしょ?」


 意外と本格的なクリスマス仕様の部屋に、優輝たちは声を上げて感心する。

 派手好きの龍翔がデザインしたため、金や銀などの強めの色が強く、若干目が痛くなるが、それくらいが楽しい。


「さてと、もーちょいで寿司とか届くから、それまでてきとーに遊んでっか。なーにかやるものなーいかなーっと」


「このバラバラになってるトランプって何? なんかやってる途中だった?」


「あー、晟と神経衰弱やってたんだけど、俺も晟もトランプが全然暗記できんくて、文字通り神経衰弱したから諦めた」


「そんなことってある!?」


 予め予約しておいたデリバリーが届くまでの時間潰しに、なにか大人数でも出来そうなものを考える中で、秀が足元に散らばったトランプを発見する。

 それは、2時間ほど前にやっていた神経衰弱の残骸だ。二人の暗記力が皆無だったため、途中で断念した後に放置したままだった。


「そしたら、みんなでこの続きやってみよ? 暗記が苦手? な龍翔くんと晟くんのカードはそのままってハンデ付きで」


「なんなら、龍翔くんと晟は二人一組でもいいんじゃない? 神経衰弱で断念するのは聞いたことないし」


 若干煽り口調の後輩からハンデを貰い、龍翔と晟はペアになった状態で神経衰弱を再開する。

 持っていたカードもそのままで、伏せているカードの場所も変えない。ここまでのハンデを貰ったら、勝つのが当たり前のはずだ。


「えーっと、ダイヤのエース……ん? 前にも見た気がする」


「それ、さっき翼が捲ってたやつだよ」


「あれ、そうだっけ!?」


 まだ始まって二分程度で、龍翔は数手前に捲られたカードを1枚目にめくってしまう。一度捲られたカードを一回目に引く行為は、神経衰弱に於いてトップクラスの悪手だ。


「あれ、ダイヤのエースって俺たちがやってる時にも出なかった? 確かあの辺で……」


「いや、ダイヤのエースは一枚しかないぞ? この場合はハートのエースを当てないといけないんだけど、晟って神経衰弱のルール分かってるか?」


「あれ、トランプって同じ種類のカードないんだっけ……ちょっと待ってね、頭使いすぎて分かんなくなってきた」


 今やっている神経衰弱は、同数同色のカードを二枚揃えればカードを貰えるという、至ってオーソドックスなルールだ。なので、ダイヤとハート、クラブとスペードで揃えるのが当たり前だ。

 そのルールすら吹っ飛ぶ晟に、さすがの龍翔も苦笑い。同じく神経衰弱が苦手な龍翔でも、ここまでではない。


「まぁいい! こういうのは勘だ! 勘! ハートのエースはここぉっ!! ――んあ!?」


「あ」


 ハートのエースは、今回やった神経衰弱では未だ出ていない。つまり、暗記力の善し悪しを問わず単純な運勝負。自分の直感を頼りに、龍翔は勢い任せでその目に捕らえたカードを捲りに行く。

 龍翔の手が一枚のトランプをとらえた瞬間、その勢いで生じた風に、隣のトランプが捲れてしまう。


「ちょっ、今のな……し?」


「ハートの、エース……?」


 不慮の事故で捲られてしまったカードの柄は、ハートのエース。先程引いたダイヤのエースと揃えられる、唯一無二のカードだ。


「は……はは、そう! 俺は最初からこっちを狙ってたんだよっ!」


「それは嘘」


 誤って捲ってしまっただけのカード。そんな奇跡の一枚を、恰もそっちが狙いだったかのようにドヤ顔をする龍翔に、晟を含めた全員が声を合わせる。


「で、でもそれしか捲ってないし! まだこっち捲ってないから! ね、いいでしょ!? お願いだからっ!」


「えー、どーしよっかなー」


「お願いだからぁぁぁぁぁ」


 たった一枚のカードの為に、広げたトランプを跨いで、龍翔は目をうるうるさせながら優輝に強請る。

 ここは龍翔の部屋で、トランプも龍翔のもの。そして何より龍翔の方が年上だが、もうどちらが先輩なのかすら分からなくなってくる。

 そんな龍翔と優輝のやり取りを、どこか腑に落ちなそうな顔で見ている晟。そんな晟の表情に、隣に座っている蒼空が反応する。


「晟、どーかしたん?」


「いや、優輝くんと俺で態度違うなーって」


「ああ、龍翔くんね。なんか分からないけど、優輝が相手だと頭上がらないみたいよ。去年なんか、優也くんすら止められなかった龍翔くんと近藤先輩の喧嘩を、優輝が止めたくらいだしね」


「え、そんなことあったの!? てか、龍翔くんってやっぱりその時から喧嘩とかしてたんだね」


 未だに続いている二人のやり取りを見ながら、晟と蒼空は今と昔の龍翔を比べる。

 龍翔と喧嘩をした近藤とは、近藤(こんどう) 駿(しゅん)という、龍翔と同学年の元卓球部員の一人だ。

 駿はかなり気性が荒く、自分の納得のいかないことが起きた場合に、よく八つ当たりをしていた。


 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 当時、大会等の戦績を伸ばせていなかった駿は、その事を全て後輩の所為にしようとしていた。


「おまえらがグダついてるから練習の質が下がるんだよ! 上手くねぇヤツらは帰れ! 邪魔なんだよ!」


「おい、駿。それは言い過ぎだろ。一年はまだ入ったばっかで分からないことだらけなんだし、仕方ないことだろ」


 ストレスが溜まり気が立っている駿は、後輩に向かって不満を怒鳴り散らす。

 そんな駿を、後ろから肩に手をかけ優也が止めに入る。


「仕方ないで済ませてたら埒があかねぇだろ。練習の邪魔になるヤツらは、全員帰ればいいんだよ」


 とてつもなく自己中心的な考え方に、呆れてものも言えない優也。どうしたものかと苦い顔で首を傾げていると、優也の後ろから第三者の声が聞こえる。


「――それならよ、おまえも帰ってくれるか? 駿」


 卓球場の端から聞こえた声に、全員の視線が移る。視線の先にいるのは、ロッカーに鞄を置いて部活の準備をする龍翔だ。

 練習着に着替え、シューズを履きながらラケットの用意をする龍翔は、靴をトントンと床に当てながら駿の方へと歩く。


「ちょっと掃除が長引いて急いで来てみたら、一階からでも聞こえるくらいのものすんげぇ怒鳴り声が聞こえんだもんなぁ。なになに、後輩いびり? 性格悪ぃなぁ……」


「は? 遅刻してきたヤツが偉そうに言ってんじゃねぇよ」


「遅刻してきたんは掃除が長引いたんやから仕方ないやろってーの。てか、どーせおまえも後輩いびって打ってねぇんだろ? 同じじゃねーか」


 頭に血が上っている駿に対し、龍翔は至って冷静。そんな冷静な対応が気に入らないのか、駿の目つきは更に鋭くなる。


「いちいちうるせぇな。なんなんだよおまえ。てか、元はと言えばこいつらがな……」


「はいはーい。なーんか長くなりそうだから、一年生諸君は先に部活始めちゃっててどうぞー」


「あ……はい!」


「はぁ? おい、なんでおまえらが始めんだよ。途中でこいつが入ってきただけで、まだ話は終わってねぇだろうが。おまえらは後輩なんだから、先輩の話が終わるまで待ってるのが普通だろ!」


「あのさ、練習を始めるタイミングに、先輩とか後輩とか関係ねーから。三年が修学旅行に行った途端威張り出すのなんなん? 三年がいるときは影でグチグチ言ってるだけだったのによ」


 後輩に向かって意味不明な理不尽を叩きつける駿に、龍翔のトーンが少しだけ下がり、口調も若干荒くなる。怒鳴りつける駿とは対照的に、静かな龍翔からは滲み出る鬼気のようなものが感じられる。


「だからいちいちうるせぇんだよ! 三年がいるときの俺の話なんかどうでもいいだろうが! グダついている一年が邪魔! だから邪魔になるやつは帰れって言ってるだけだろ!」


「だったらおまえも邪魔なんだよ。大会で成績残せないからって関係ない後輩に八つ当たりして、何様だよ? そんなに後輩が邪魔だってんなら、おまえが違う場所に行けばいいだろ。自分勝手な怒りに後輩巻き込んでんじゃねぇよ」


「んだとテメェ!」


「龍翔っ!?」


 龍翔に図星を突かれた駿は、握った拳を大きく後ろに引き、龍翔を目掛けて勢いよく振り上げる。

 その瞬間、それを見ていた一年が声を荒らげ、そこにいた全員が息を呑む。――優也たち二年を除き。


「……ぐっ」


「あ、天野先輩!?」


「いい、来るな。ちゃんと抑えたし、溝からもズラしてる」


 手加減を一切感じなかった駿の一撃を、避ける素振りすら見せずに真っ向から食らう龍翔。慌てて一年が近付こうとするが、右手を出して待ったをかける。

 そしてもう片方の左手は、駿の拳と龍翔の腹に入っている。拳が到着する寸前に手を出し、直に食らうのを防いでいたのだ。

 そしてゆっくりと顔を上げ、龍翔は不気味な笑みを浮かべる。


「先に手を出したのは、そっちだからな……?」


「は……? おまえ、何言って……あぁ? おい、手ぇ離せ……って、おぁ!?」


 そんな龍翔の意味深な発言に、駿は殴った右手を引こうとする。しかし、龍翔の両手がそうさせない。両手で右腕を掴まれた腕を強引に引っ張ろうとするが、その瞬間に龍翔が反対側に引っ張る。


「クソだらァっ!!」


「――は!?」


 単純に力負けして、駿はそのまま体勢を崩し、足を取られる。体勢を崩されて片足しかついていなかった駿は、唯一の支えをなくして一瞬だけ宙に浮く。

 かなり微妙な、僅かすぎるほどの浮遊。それでも、完全にキレた龍翔はそれを見逃すほど甘くない。

 その場で自らの腰を落とし、体が浮いた駿の下に素早く入り込む。そして背負うような形にしてから、更に頭を低く沈める。

 動作は多少異なるが、これで一本背負いと似たような行動が取れる。

 つまり――、


「かはっ」


 受け身も取れないまま地面に背中を強打し、仰向けで悶える駿。

 そんな駿を更に追い込む形で、龍翔はすかさずマウントをとろうとする。


「おい龍翔! その辺でやめとけ! 先生来たら面倒だし、それ以上は駿がヤバい! お前だってわかってんだろ!」


「こいつは……なんの罪もない一年を攻め立てたんだぞ!? それに、あいつに突き飛ばされたやつだっている! 何も言わないから様子を見といたけど、何も言わないんじゃねぇ! 言えなかったんだよ! 言ったら何されるか分からないって、そんなことだけ考えて、ずっと一人で悩んでた! それでもめげずに部活来てるのに、帰れだと!? ふざけんな!」


 今まで冷静に見えた龍翔が、一瞬で一転。静かに煮え滾る鬼気は、激しく燃え上がる殺気へと豹変した。

 腕を掴んで止めに入った優也を貫くその視線に移るのは、駿に対する怒りだけではない。それは様子を見ようとした自分に対する怒りでもあり、後輩を早く助けてあげられなかった悲しみでもあり、必死で痛みに耐えようとした後輩を想う哀しみでもある。

 そんなありとあらゆる感情が混ざり合い、龍翔の中で激情と化した。そしてその表れが、今の現状。龍翔の行動だ。


「あいつらは! 言葉に出せない助けをいつも心の中で叫んでいたはずだ! 人が来ない体育館裏で、助けも呼べず、相談することすら出来ないで! 一人で苦しんで、一人で悩んで、一人でどうにかしようと思ってた! それでも、助けて欲しかったはずだ。そんな望みに、誰も応えてやれなかった! それを知ってた俺が! 何もしてやれなかった!」


「それでも、今ここでそいつを必要以上に痛めつけたって、何も変わらないだろ! そいつはお前が今まで()って来たやつと違ぇんだ! 加減しろ!」


「必要以上に……加減だと!? こいつが!何人に!どれだけの!痛みや苦しみを与えたと思ってんだ! たったこれだけで、最低限すら満たされるわけねぇだろうが! ――俺が、俺が早く、助けてやってれば……!」


 爆発していた怒りを超え、燃え上がった炎を覆い尽くすほどの、悲嘆という激情が龍翔を飲み込む。込み上げてきていた悲しみは、ついに怒りを凌駕し、龍翔の心を支配する。

 自分の失敗を嘆き、悔い、恥じ、新たな怒りの、着火剤となる。


「だから! ここで終わりにさせてやらねぇと……」


「そんなことで何かあったら、おまえがこの部活にいられなくなるかもしれねぇんだぞ!」


「それでも! それでも、俺は……!」


「――天野先輩っ!!」


 悲しみと怒りが絡み合い、自分でも理解できない感情に覆い尽くされ、涙ながらに叫ぶ龍翔。

 そんな龍翔の心を、たった一人の声が突き刺す。


「ゆう、き……」


 声のした方へ視線を移すと、そこには、涙ぐみながら強く拳を握っている、優輝の姿がある。

 顔を真っ赤に染め、優輝はじっと龍翔のことを見つめている。


「天野先輩、そこまで俺たちのことを思っててくれたんですね……」


「あ、いや、俺はただ……」


「天野先輩が、俺たちのためにそこまで怒ってくれて、悲しんでくれて、本当に嬉しいんです。でも――」


 ハッキリとした言葉の直後に、俯いて口篭る優輝。視線が下を向き、悲しみに溢れたような暗い表情がうっすらと分かる。

 しかし、目をギュッと瞑り首を振ると、そんな俯いた顔を勢いよくに持ち上げる。


「俺たちが原因で、天野先輩と練習出来なくなるのは嫌です! 近藤先輩が言ったように、たしかに俺らは足を引っ張っちゃうかもしれないけど、それでも天野先輩と練習がしたいんです! 朝来た時にはおはようって言ってくれて、練習が終わればお疲れ様って言ってくれて、細かいところまでしっかりと教えてくれて、いつでも笑顔で接してくれる。それでも、なにか間違ったことをすればそれはしっかりと指摘してくれるし、そうした上でそれ以上は何も言わないでいてくれて、それ以上を周りにも言わせないように、しっかりと庇ってもくれる。何か困って先輩を呼ぼうとしたときに、それが分かっていたみたいにそばにいてくれてる。そんな天野先輩と練習がしたいから、俺らは部活に来れてたんです!」


 込み上がっていた感情を今までの間ずっと抑えていたのか、龍翔に対する想いを一気に発する優輝。その言葉には、心の底から龍翔想っている気持ちと、ずっと見てきたからこそ分かる龍翔の姿が、はっきりと言い表されている。


「優輝、おまえ……」


「だから、もう大丈夫です。天野先輩がどれだけ想ってくれてたかが分かって、天野先輩が俺たちのために怒ってくれて、天野先輩が俺たちのために悲しんでくれて、それだけで嬉しいです! ――だからもう、大丈夫なんです! また卓球、教えてください!」


「――っ、優輝……」


「天野先輩。本当に、本当に、ありがとうございます……!」


 優輝の言葉を聞き、ただただ立ち尽くすだけの龍翔を、優輝がそっと抱き寄せる。優輝の肩に龍翔の顔が乗り、龍翔は呆然とする。

 その後、優輝の胸に顔を押し当て、龍翔そのまま嗚咽を伴いながら涙を流す。


 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


「――おい! 気が付いたらなんでそんな話してんだよ!」


「もー、別にいいでしょー。龍翔くんが後輩を想ってるのは、なにも今に始まったことじゃないんだよーって教えてあげてただけだってー」


「そーそー! その頃から喧嘩強かったのもビックリだけど、龍翔くんが泣くところとか、俺も見てみたいなーって思ったー! 龍翔くんっていっつもいじってくるけど、意外と可愛いところあるんだねー?」


「ほらこうなる! こうなるのが分かってたからその話だけは絶対にしてなかったのに! これで晟が俺を見る目変わってくるぞ! 俺が晟のこといじれなくなったら、今度はまた蒼空をいじりにいくからな!」


 思いがけない龍翔の過去を聞いて、晟の龍翔を見る目が明らかに変わる。そして若干ニヤニヤしながら、いつものお返しとばかりに完全な煽り口調で話す。

 そんな晟を見て、龍翔の次なるいじり相手が蒼空へと確定される。


「それは嫌だ! 晟、頼むからこのままずっといじられててくれ! 晟が来てからやっと解放されたんだよ! もういじられ倒される日々は嫌だ! 頼むからずっといじられててくれ!」


「あ、俺が来る前は蒼空くんだったんだ。分かった、また頑張ってね!」


「おいこら! 薄情者! 待てっ!!」


「はいはい、待つのは蒼空だよー。久しぶりに心ゆくまでいじってやろー!!」


「あっ、ちょっと! 待って、まだ心の準備が、ちょちょちょちょちょ、やめやめやめ、やめてって、ちょっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 一年ほど前まで龍翔のいじられ対象だった蒼空は、晟が来てからいじられることが格段と少なくなり、平和な日々を過ごして来れていた。しかし、晟が龍翔の過去を知り、龍翔への対応が変わったために再びいじられ対象となる。

 自分から狙いが外れ、晟は直ぐにその場から退避。逃げる晟を追おうとするが、そこを龍翔に捕えられ、蒼空はベッドの方へと運ばれる。

 先程の話にも出ていたが、龍翔はこれで意外と力が強い。

 そんな龍翔を跳ね除けることは難しく、抵抗虚しく龍翔の餌食になる。そのまま蒼空は、いじりの原点にて最高峰である『こちょこちょの刑』に処され、夕飯が届くまでの数分間、休むことなくひたすらにくすぐり続けられることとなった。

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