22話:甘えっぱなしを辞めた日
「――なぁ、リゥ」
「なんだ?」
「お前が言ってたあれ、正気……いや、本気なのか?」
ファクトリーのとある通路で、表情を曇らせたゴウがリゥに問いかける。
時は、ゲンが邪陰郷の襲撃を報告に行った直後。リゥにゴウ、そしてアキラとレイの四人で訓練棟に向かっているところだ。
ゴウと話すリゥの左手にはアキラの手が繋がれていて、リゥの右側にゴウとレイがいる。
「あぁ……アイのことか? それなら勿論本気だ」
「そうか……いや、お前とレイの言い分も分からなくはないンだが、どうしてそうまでして奴を助けようとすンだ?」
「困ってる人を、所属する場所で差別するのは好きじゃないんだ。例えそれが邪陰郷だとしても、困ってるのには違いない。あの子の目は、何か大事なものを背負い、無理をしている……そんな目だった」
アイという少年の目を思い出すように、窓から見える空を見上げ、静かに語るリゥ。
リゥ本人も、邪陰郷を救うことの重大さを理解している。もしあれが演技だった場合、聖陽郷に招き入れた時には、内部から壊される可能性も十二分にある。それを分かっていても、リゥはアイの表情を、見過ごすことが出来ない。
「――まぁ、なンだ? お前が本気でそう思うンなら、好きなようにやりゃァいいさ」
「いいのか?」
「俺が反対したってどうせやるンだろ? それなら俺は止めねぇよ」
思いを受け入れてくれるゴウに、優しい笑みを浮かべるリゥ。そんなリゥの微笑みちは、ゴウへの感謝と決意が込められている。
しかしその笑みを見たあとに、ゴウは「但し」と前置きして足を止めた。そしてリゥもまた足を止めたゴウに気づきその場で立ち止まり、ゴウの方に振り返る。
「お前が最優先すべき事はアキラの安全だ。それを怠ってまでそっちを優先したその時は、容赦しねぇ」
そう言って、ゴウはリゥの頬に拳を当てる。
ゆっくりとだが、その重さは決して軽くない。力ではなく思いを乗せたゴウの拳は、いつも感じるものよりも重く感じた。
「言われるまでもねぇ。俺にとって、アキラは最優先で最重要だ。それは、天地がひっくり返ったとしても変わんねぇよ」
ゴウの言葉に、リゥも拳を当て返す。
「とは言え、奴らの今後の行動にもよるよね。近いうちに二度目の襲撃が来るかもしれないし、もう来ない可能性もある」
「たしかに、あいつらの行動は掴めねぇからなぁ……」
今から闘志を燃やす二人の間に、レイが割ってはいる。そんなレイの言葉にリゥは顎に手をやり、その場で考え込む。
「とりあえず、ゲンとヴォルフ待ちだな」
「そうだね。情報と状況が揃わないと、僕たちも行動のしようがない。作戦実行の時期が早まる可能性も考えて、早く訓練棟に向かった方が良いだろう」
「そうだな……」
ゴウとレイが出す結論に、リゥは静かに肯定する。
しかし、その肯定がやけに暗いことに、二人は気づかない。
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ファクトリー内のとある棟の二階部分にある一室。その全貌を目の当たりにして、アキラは驚きに目を丸くする。
「ここが、訓練棟?」
「ああ、そうだよ。ここは二階。上の階に比べても、至って基礎的な物しか置かれてないけどね」
たくさんのトレーニング器具が置かれ、その器具の数に負けないほどの人々が、トレーニングに励んでいる。
『基礎的な物』の言葉に、アキラも納得がいく。しかし、疑問がないことと、驚かないことはイコールではない。
ランニングマシン、エアロバイク、ダンベル、バーベル、サンドバッグ、チェストプレス、ショルダープレス、レッグプレスローマンチェアーなど。形状などは少し違うが、確かに基礎的な物というか、何となく見たことのあるような物ばかりだ。
しかし、その数こそが尋常じゃない。
「これ、どれだけあるの……?」
「んー、物にもよるけど、ダンベルみたいに気軽に運べてそこまで場所を取らないやつなら数百くらい、動かせないように固定してあるものは種類ごとに数十じゃないか?」
十数ではなく、数十。数え方が、一、二、ではなく、十、二十なのだ。
学校などの校庭以上の広さを誇るその部屋に、所狭しと並べられている。器具間の通路も、ガタイのいい大人が二人同時にすれ違うことのできるほどの広さは確保してあるものの、そこまで広いという訳でもない。
「こんな、人たちと……」
「一緒にやる人がいた方がやる気もでるっしょ? 励みにもなるだろうし、外見に見合わず優しい人ばっかりだから大丈夫だよ。そもそも、最初からこんな体の人間なんてそういない。みんな、アキラみたいな体から鍛えてこうなったんだ。恥じることでも、怖がることでもない。自信もって、自分なりに頑張ればいい」
膨大な種類と数を誇る器具。そしてその器具でトレーニングをする屈強な兵たち。目の前の人たちと自分の体を比較し、自分の場違い感に心が押しつぶされそうになるアキラ。しかしそんなアキラを励ますように、リゥはアキラの肩を持ってギュッと抱き寄せる。
リゥの励ましは嬉しいが、それで不安がなくなる訳でもない。たしかに気持ちは楽になるし、安心もする。が、しかし。アキラは、ここ数日で三回ほど、四天王の強さを間近で見てきた。
最初は、会議の日のゴウとゲンの戦い。一瞬の出来事なので、そこまで強い感想はなかった。
そして次は、その会議の翌朝、リゥとゴウの組手。これもまた、寝起きであったし、突然のことなので、よくは覚えていない。
しかし、その後のコロシアムは違う。リゥとゴウの共闘。あれだけの兵を前にして、終始優勢だった二人。ゴウのド迫力の戦いと、リゥの靱やかな体捌き。感想としては、凄いや綺麗など、そんなざっくりとした感じのものが多いが、明らかなものは『強い』ということ。
本気を出さずにあれだけ強かった四天王が警戒する相手。その本拠地に自分も乗り込むとなると、やはり恐怖は絶えない。
目の前の屈強な兵たちすら連れていかれない場所に、自分がついて行く。
もし、そこで何かあったら――、
「――大丈夫だ。お前のことは俺が守る。アキラは、俺から離れなければそれでいい。あとは全部、俺たちに任せろ」
黙って俯くアキラに、リゥが再び声をかける。まるで、心の中にあった心配を読み取ったかのように。
「――リゥ、くん……」
「心配なんていらねぇよ」
――否。読み取ったかのようにではない。リゥは読み取ったのだ。アキラの心配を。
表情、脈拍、鼓動、息遣い、何を頼りにしたかは分からない。が、リゥは確かに読み取った。
だからこそ、安心させるための言葉をかけ、優しく微笑んでくれるのだ。
「俺の手の届くところでは、アキラのことは俺が守る。アキラは、そのための最低限の努力だけしてくれればいい。その最低限の努力の半分を、今ここでしよう」
「最低限の、半分……」
「環境に耐えられるような、体づくりだ。環境に対しては、俺もある程度しか関われない。シロがいれば別だが、今回シロはいない。だから、俺の補えないところを、アキラ自身で補ってもらう必要がある」
「それが、体づくり……?」
さりげなく、環境に対しても少しは関わってくれると、そう伝えられるリゥ。そんな優しさに、アキラはいつも頼ってしまう。
しかし、リゥに甘えっぱなしなのを、アキラは拒む。こっちの世界に来てから、アキラはリゥに甘えっぱなしだ。不安も、心配事も、凡そリゥが解消してくれる。
アキラが甘えてお願いすれば、リゥはほとんどやってくれるだろう。
しかし、それでは駄目なのだ。リゥの優しさに、好意に、厚意に、甘えっぱなしでは駄目なのだ。
それではリゥの足を引っ張り、自分も成長出来なくなる。成長出来なければ、リゥの足を引っ張り続ける。
そんな負の連鎖で、迷惑をかけてはいけない。
――甘えっぱなしは、もうやめる。
「分かった。俺、頑張る。リゥくんの心配事を少しでも減らせるように、頑張る!」
奥歯を噛み締め、グッと手を握ってガッツポーズをするアキラ。
リゥは、アキラの中で何かが動いたことを理解し、アキラを応援するように、無言で頷く。
「――アキラくんの覚悟も決まったみたいだし、そろそろ本格的に取り組もうか」
「ああ、そうだな。リゥとアッキーラのために、俺らも全力でサポートしてやっかンな!」
「ありがとな!」
「ありがとう!」
そうして、リゥの完全復活と、アキラの体づくりをメインとした、訓練棟でのトレーニングが始まる。




