18話:闇夜に紛れる影
広大な敷地を誇る『ファクトリー』の面積は、およそ百平方キロメートル。
その規格外の敷地の中には、座学で使う為の教室が集まっている学習棟、実技などの授業で使う為の実技棟、自主トレ用のトレーニング器具などが完備されている訓練棟、実験の為の実験室が集まっている研究棟、ファクトリーでの負傷者などをすぐに治療できるように治癒員があっ待っている治療棟、調べ物をする際に使うための本などが集まっている資料棟、寝泊まりなど自分のスペースを保つことの出来る部屋が集まっている個人棟、他にも息抜きとして体を動かす運動場やコロシアム、グラウンド、温泉にプール、食堂など、大体のものが完備されている。
会議があった前日は、リゥとゴウがコロシアムで暴れただけでほとんど内部を見学せずに終わった。そのため、二日目の今日は丸一日かけてファクトリー内を見て回った。
こんな広くて複雑なところを一回で理解出来る訳もなく、その為ファクトリーには色々なところに地図が貼ってある。
因みに、この日は朝の八時から見学を始めて、今は夕方の五時を回るところだ。
「あーあ、ここって中を見学するだけでも疲れるよなぁ……」
「でも、色んなところが見れて面白かったよ!」
「そうか? まぁ、アキラの笑顔が見れたんならそれでいいか! 回った甲斐があったってもんだな」
ついさっきまで「疲れたー」だの「もう帰ろうぜー?」だのとボヤいていたリゥも、アキラの笑顔を見た途端に活力を取り戻す。リゥに対してアキラの笑顔がどれほどの効力を持つのかは未だに未知数だが、この七人の中ではそんなやり取りが当たり前になってしまっていた。
「あ、そういえばよ! リゥたちが向こうで言ってた『タッキュー』ってやつも、ここで出来るようにしたらどーよ? それに、お前らだったら他にも色々知ってンだろ? 『カクレンボ』とかいうやつもまだやってねーしさ!」
「あぁ! 確かに卓球やりたい! リゥくん、出来たりしない?」
「アキラがやりたいって言ったら無理でも不可でも出来るようにしてやるよって」
唐突に出たゴウの提案に、アキラも大賛成のようだ。しばらくやっていない卓球が出来るとなれば、テンションが上がっていても不思議なことなどない。寧ろ必然だろう。
そして、テンションが上がっているアキラの願いをリゥが無下にするはずもなく、リゥは袖を捲りながらガッツポーズのように腕を曲げ、握りこぶしを作り、グッと力を込めて笑顔で応える。
「もし造るとしたら運動場とかになるだろうな。あそこら辺は息抜きとして使うことが多いから、そういうのがあっても問題ないだろうし、スペースも十分にあるだろ」
アキラの笑顔と久しぶりに卓球ができることへの嬉しさから、リゥは声のトーンを上げて話す。
「それでは、この後私がロビーの方で申請を出してみます。明朝にお知らせしますので、吉報を待っていてください」
そう言って珍しく声のトーンを変えて話すのは、卓球台などを預かっているクロだ。
やはりこういうものは天使の仕事なのか、それともリゥやゴウには任せられないという考えなのか。前者も後者も五分五分だが、やはりこの手の仕事は天使に任せた方が良いのだろう。
クロの提案に、アキラは勿論、リゥもゴウも瞬時に賛成する。
「分かってないのは、僕たちだけみたいだね」
少しだけ残念そうに笑って話すレイ。その言葉に、ゲンは表情を変えずに首を縦に振り、シロは微笑しながら少しだけ首を傾ける。
そしてその日は何事もなく、穏やかに二日目が終わる。
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リゥたち七人がそれぞれの部屋に分かれて夜を迎え、個人棟の明かりが大方消えた頃。ファクトリーのそばにあるビルの屋上に、二つの黒い影が揺れる。
「――あそこがファクトリーだな?」
「は、はい。その通りです」
ビルの屋上に立つのは、黒コートのフードを顔が見えないくらいに深く被る、ダミ声の男。そしてその男の声に答えるのが、同じ服を着た少し身長が低めの男だ。
「なんだ、お前。まだそんなんかよ? ったく、本当にこんな奴で大丈夫なのか?」
「す、すいません……」
「はぁ、もういいわ。どっか隅で小さくなってろ。とりあえず邪魔だけはすんなよ」
そう言って、ダミ声の男は横に立っていた男――声の高さからして年はかなり若いのだろう。少年と、そう言っていいほどだ。そんな少年を、軽くあしらうようにして手を払う。
そんな男の行動に、少年は何も言わないまま屋上の隅へと移動して身を小さく丸めた。
「明日、奴らが出てきた瞬間に仕事を開始する。しかし、敵は四天王に加えて天使の奴らもいやがる。油断せずに仕事に取り組め。――分かったか? お前ら」
ダミ声の男の声に、夜の影に隠れていた集団が姿を現す。
ビルの屋上にいたのは二人ではなく、もっと大勢の人数。そして、そんなヤツらがいるビルは、たった一つなどではなかった。
「待っててね……」
影の集団の中で、誰にも聞こえないほど小さい声で呟く小さく丸まった影が一つ、小刻みに震えている。




