1話:母校再来
「んんーっ、あぁー! 久しぶりに来たぜぇぇ!」
大きく腕を広げて伸びる青年の名は天野龍翔。今年の春に高校に入学し、一学期が終わった今夏休みを利用して中学の頃の友人、佐野優也と母校訪問をするべく、嘗ての学び舎へと足を運んでいた。
正門前に並んだ二人は「ふぅ」と一息付き、服装を正してから懐かしの母校に足を踏み入れる。
「んー、やっぱ数ヶ月じゃ変わんねーよなー。懐かしいっちゃ懐かしいけどー」
「まぁ、数ヶ月で変わられても困るしな。お前の性格だって全然変わんねーし、それと同じだろ」
「うっせーな! 俺だって少しくらい真面目になってますー」
校門をくぐり校舎内の廊下を歩いている途中で、高校に入っても全く大人びる様子のない龍翔を優也が笑う。
卒業してから数ヶ月が過ぎたこの時期でも、当時と同じように喋る二人。そんな二人の足が向かう先は、いつもの教室だった。
「だってよ、「中学の制服と高校の制服どっちがいいんかな?」って! 高校のに決まってるだろ! なんで態々中学の制服着るんだよ!」
「中学に来るなら中学のなんかなって思ったんだよ! いちいちほじくり返すんじゃねぇ!」
「中学に来るなら中学のって! お前、そのまま中学生に戻るつもりか? あー、やめろやめろ、腹が捩れる!」
「んならその腹抉ってやろぉかぁ!?」
そう言って、腹を抱えながら声に出して笑う優也に龍翔は獲物を捕まえる鷲のように爪を丸め、怒りを顕にした顔で睨みつける。
「悪ぃ悪ぃ……でも、さすがに中学の制服は傑作だぜ?」
「わぁーったよ、うっせぇな! もう黙ってろ!」
「へいへい……って、もう目の前だけどな」
話が一段落着いたところで、制服の件に夢中になっていた龍翔と優也はとある教室の前で足を止める。その教室は以前と殆ど変わりなく、嘗ての姿をそのままにしていた。
胸の内から沸々と沸き立つものを感じ、二人の体が微かに震える。懐かしの学び舎にある、懐かしの教室。そんな教室の扉を、二人は同時にノックをする。
「――はい、どうぞ」
ノックをした直後、扉の奥から、聞きなれていた声が返ってくる。返ってきた声に二人は顔を見合せ、同時に頷いてから扉を開ける。
「失礼しまーす」
「よぉ! 久しぶりだな、天野に佐野! よく来てくれたぜ。入れ入れ!」
扉を開けて教室に入った二人を迎えたのは、去年の担任だ。事ある毎に二人を指導していたが、熱血的で優しい一面もある教師だ。そんな嘗ての担任が、今日も笑顔で二人を迎えてくれる。
「あ、ありがとうございまーす。いやー、本当にお久しぶりですね! その後、お変わりありませんか?」
「おいおい、そんな堅っ苦しい挨拶とかやめろよー。調子狂うだろー? なんだ、高校に入ってから大人びたんか?」
「まぁ、流石に高校の成績とかはそこそこ大事ですからね。嫌でも敬語ぐらい学んじゃいますよ……」
そう言って、二人は目を合わせて笑う。
中学の頃の龍翔と優也は、お世辞にも真面目とは言えない生徒だった。警察沙汰になるほどの大きな問題こそは起こしていないが、学校の内外を問わない喧嘩騒動や、教師が呆れるほどの授業中の私語、静かな時などほとんどなく、偶に静かだと思えば机に突っ伏し熟睡。それでも学校行事などではクラスの中心となるのだから、担任も憎むに憎めなかった。
とはいえ、就職するにも進学するにも、高校の成績は大事になってくる。それを高校で只管に言われ続け、成績を落とさないようにようやく身に付けたものが敬語だ。
「お前らの行った高校なら授業は大丈夫だと思うが、部活とかはどうだ? お前らは前から部活を頑張ると成績が落ちるし、勉強を頑張ろうとすると部活の成績が落ちてただろ。両立出来てるか?」
少し真面目な担任の話に、二人は「意外と気にしてくれてるんだなぁ」と思いつつ笑顔で答えた。
「俺が行ってる高校は宿題が少ないし、今のところは中学の復習とかがメインな授業も多いっすから。両立はできてるかなーっと」
「俺も大丈夫っすかね。龍翔と似たような感じだし、まだ大会とかもあんまりないんで」
「そうか! それなら良かったな」
二人の話を聞いて安心したのか、担任も声のトーンを上げて答える。
そのあとも少し談笑をして、会話に区切りがつく。
「――そうだ、久しぶりに部活に顔出してやったらどうだ? 特に天野は後輩と仲が良かっただろ。まぁ、三年は引退してるがな」
「そうっすね。久しぶりに顔見れたらいいなーと思ってたので。二年生にも仲良くしてた後輩はいるし、一年生も見てみたいし」
そう。龍翔が来た目的は嘗ての担任との話の他に、部活に顔を出すということもあった。龍翔と優也が所属していたのは卓球部だが、部活へ行くことの方が龍翔の中ではメインと言っても過言ではない。
後輩とやる久しぶりの卓球を楽しみにしている龍翔のバッグの中には、シューズもラケットも、練習着さえも入っている。龍翔にとって卓球部での生活は、中学校生活一番の思い出なのだから。
「てか、龍翔にとってはそっちの方がメインだったんじゃねーの?」
笑いながらツッコミを入れる優也に、図星を突かれ否定出来ない龍翔。しかし目の前に教師もいるため、素直に頷くこともしなかった。笑いながら出来る限り誤魔化したが、まぁ勘づかれていただろう。
「まぁ話すこともあんまりないし、部活に行ってやりな。三年がいなくなって、二年だけじゃ回せないところもあるだろうしな」
「そッスね。ありがとうございまーす。さよならー!」
龍翔は分かりやすく声の調子を上げて挨拶をし、スキップをしながら笑顔で部活に向かった。優也も「さよなら」とお辞儀をして龍翔の後を追う。
そして二人は意気揚々と、かつての部室へ保を進めた。
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「――はろー!!!」
久々に会える喜びを顕にして、思いっきり叫ぶ龍翔。その大きい声に練習をしていた後輩たちの手が止まり、龍輝は一斉に視線を浴びる。
少しの沈黙があり、やらかしたかなという不安が頭に過るも、直後に聞こえた声が龍翔を救った。
「――龍翔、くん?」
龍翔の名前を呼び救いの手を伸べた若干低身長な少年は、龍翔が去年一番仲良くしていた後輩――紅月晟だ。
その反応に安心して、龍翔は満面の笑みを浮かべ親指を立てる。
「やっぱり! 龍翔くんじゃん!!」
「まじ!? 久しぶりー!!」
「優也先輩も!」
「おー! 来たのー?」
晟の声に続き、表情を固めていた後輩たちも次々に声を上げる。
後輩を大切にしていただけあって、龍翔への反応はいい反応ばかりだ。敬語をほとんど使用しない会話をしている辺り、仲の良さも窺える。
「おーう! 来たぜー!」
後輩たちの反応を受け、龍翔もさらにテンションを上げて部活の中に入り込む。自分より少し身長が低めの後輩たちとハイタッチを交わし、その足で部活を見ていた顧問のところまで行く龍翔。
親しさも相まって、転校して嘗ての同級生と久しぶりに会ったような――そんな風にも見える光景に、優也は軽く微笑みながらゆっくりと後を追う。
「おお、天野に佐野! 来たのか! 久しぶりだな」
「っちわー! 母校訪問に来てたんで顔出しに来たんスよー!」
幸いにも顧問は変わっておらず、突然現れた龍翔と優也に笑顔で声をかける。
龍翔の卓球の実力はそこまで強いという訳ではなかったが、他の誰よりも後輩の面倒見が良かった。基本の型やコツなどの技術面はもちろん、試合で役立つ精神論を教えてみたり、大会などでの応援にも人一倍徹していた。
対照的に、優也は誰よりも卓球が好きだった。誰よりも卓球に熱中し、自己の向上に努める。そしてそれは、高校に入った今でも同じだ。
そんな二人は顧問からの評価も高く、それぞれ別方向からの信頼を得ていた。そのため、場合によっては追い返されるような今回の突然の乱入も、それを咎めることも無く顧問は快く歓迎してくれた。
それからすぐに練習も再開し、二人も後輩と一緒に打つことになった。
流石に一年も練習出来ていないと、相手が二つ下であってもかなり強く感じる。現役でもそこまで強くなかった龍翔ならば尚更だ。
その上、この学校の卓球部は本当に強い。本気で試合をすれば、暫く卓球を離れていた龍翔は一セットも取れずにストレート負けをする可能性もある。
――と、そんな後輩たちの成長を感じながら楽しく練習をしていたのも束の間。この後、練習場は一瞬で地獄絵図と化していく……