10話:幼い子が好きな幼い人
「――リゥ様。先程は、アキラさんを疑うような真似をしてしまいすみませんでした……」
そう言ってリゥの前に出て深々と頭を下げるのは、つい先刻の会議でアキラを『邪陰郷』として疑ったスイだ。
ゴウに対する制裁から約十分、会議も一段落ついたところでリゥとアキラ、そしてその二人の後を追って来たスイは中庭へと出てきていた。
「もう気にするなよ。俺も、アキラのことになって少し熱くなってた。ごめんな、スイ。あと、会議も終わったし呼び方も話し方も戻していいよ?」
リゥの前に出て頭を下げ、素直に謝罪をしたスイ。そんなスイを見てリゥもまた謝罪をする。その謝罪は形だけのものではなく、お互いに本心からのものであった。
「あぁ、はい。それじゃ……お帰りなさい! ――お兄ちゃん!」
「――え?」
リゥの呼び方と発言を戻すという言葉に対し、さっきまでの律儀な立ち振る舞いを跡形もなく消し去るスイ。それはまるで、兄の帰りを待っていた弟のような態度だ。
そんな二人のやり取りに、すぐ近くにいるアキラだけが理解出来ていない。お兄ちゃんとはなんなのだろうか。先程までの態度と、今の態度の違いはなんなのだろうか。そしてやはり、お兄ちゃんとは、なんなのだろうか。
そして、アキラの頭にいくつもの疑問が浮かぶ中、四天王、アキラ、天使、ゼンジの他に座っていた十二人の少年たちがリゥを取り囲み、その中心にいるリゥはにこやかに笑っている。
今のリゥの笑顔は、つい先日、久々に部活に来て後輩と戯れていた、龍翔の笑顔にそっくりだ。
「――あの子たちはね、全員リゥに拾われた子なんだよ」
「――っ」
突然後ろから話しかけられ、アキラは驚き、息を飲んで咄嗟に後ろへ振り向く。振り向いた目の前には、優しい表情でリゥを見ているレイがいた。
「レイ、さん……」
「やぁ。リゥが取られて寂しかったかな? リゥたちも久々の再会だから、少しの間僕で我慢してくれないかい?」
そうくすくすと笑いながら話すレイの言葉に、目を丸くして顔を赤くするアキラ。そして少し顔を伏せ考え込む。
――これは、寂しいのだろうか。自分は、リゥが今隣にいないことが寂しいのだろうか。だとしたら、ついこの前までは全然会っていなくても平気だったのに、何故――
「あ、あの……」
「リゥは本当に、幼い男の子に好まれるね。限られた人たちにでも、そうやって心から好まれて慕われる性格は羨ましいよ」
幼い男の子に、好まれる……
そう言えば、龍翔もたくさんの後輩に好まれていた。後輩を好み、慕い、優しく包み込み、その優しさに魅了される後輩は全く少なくなかった。
だとしたら、今自分が好まれているのも後輩だからなのだろうか。リゥはアキラを好んでいたのではなく、後輩を好んでいただけ。アキラという一人の人間ではなく、後輩の一人として――
いや。そもそも、本当に自分は好まれていたのかすら不安になる。自分は、アキラは、リゥにとって、必要な存在なのだろうか……
アキラの心の中は、一瞬にしてそうした不安で埋め尽くされた。
「アキラくん。リゥは確かに幼い少年を好むが、君が幼い少年だからという理由だけで好んだわけではないと思うよ。あの子たちと同じように、アキラくんも、リゥにとって大切な存在だよ」
「あ、そう言えば、あの子たちって……?」
「あぁ、そう言えばあの子たちの話をしようと思って来たんだった。ちょっとそこに座ろうか」
そう言って、レイとアキラは近くの岩に腰をかける。そして視線を伸ばした先には、仲良く戯れているリゥと少年たちが見えた。
「――あの子たちはね、今からずっと前……リゥがまだ命を落とすずっと前だから、だいたい五十年くらい前になるかな。それくらい前にリゥに拾われて、そのままリゥに育てられた子たちだよ。昔のリゥの仕事は、被災地や貧民街での人民救助、その地域の支援がメインでね。そこで災害や紛争などで親を失った子や、家が貧しく親に捨てられた子たちと触れ合うことが多かった。そして、その子どもたちの大半がその後に児童施設などに入る。だけど中には、リゥと離れたくないと言う子どもたちも少なくなかったんだ。物心つく前から孤児だった子どもたちなんかはリゥが親みたいなものだし、そういう子は特にね。そういう子どもたちを放っておけなかったリゥは、その子たちを自らの家に招き入れた。そして四天王に憧れた子供たちは、大体似たような仕事に就くことを望むんだ」
「それが、あの十二人の人たちですか?」
「いや、あんな子たちはそういない。あの子たちはリゥが自ら目を掛けて、選抜された子たちだ。無論、リゥはそういう才能の有無などの区別で贔屓をしたりはしないが、彼らは生まれながらにクラフトの所有量が遥かに多く、それを有する器も優れていて、各々がそれぞれの分野に於いて適性を持っていた。他の子たちは成長した後防衛隊などに入隊するが、あの子たちの才能に目をつけたリゥは直々に教育を施した。オールラウンダーの称号を持つリゥが直々に技術を教え、その子らで構成されたのがあの十二人衆だ。彼らのような存在は、二十年くらい前まで増え続けていた。最初は一人、そしてもう一人加わりペアになる。その後に三人組、四人組となり、いつしかグループができて、二十年くらい前に新たな存在となった。それが、彼ら十二人衆だ」
知られざるリゥの過去。そんな過去があったのだとすれば、あれだけ仲が良くても不思議ではない。不思議では、ない。仲の良さは、不思議ではないのだが……
「そう言えば、そんなに昔の話なのになんで年を取ってないんですか? レイさんも、あの人たちも……」
「あぁ、外見の話ね。それはクロの脳力だよ。リゥを含め、僕たちは特別な存在だ。特に『四天王』と呼ばれる程の強さを誇る人間はそうそういない。だから次の候補が挙がり、そしてその候補生が僕たちを超えるまで、僕たちはいなくなってはいけない。だからこのブレスレットには、肉体の状態を一定に保つ肉体保存の術式が編み込まれている。前のリゥもあのくらいの外見でね。リゥとゴウはあのくらいが一番夢があるって理由で、僕は少し大人びたいって理由で、ゲンは風格こそ重要って理由で、それぞれの肉体を一定時期に保ってある。そして彼ら十二人衆は、リゥの望みだね。あのくらいの歳が良いって理由であの調子さ。まぁ、拒む理由も彼らにはないようだから、皆受け入れてるけど」
そう言ってレイが笑い、アキラもそれにつられて笑ってしまう。リゥといる時もこれ以上ないほどに楽しいと思えるが、レイと話す時は毎回知識が増える。十二人衆の存在に、体が衰えない事実、リゥの磨かれたショタコンさ。それから、リゥを疑う必要が無いということ。
ここに来れて、ここの人々に会えて、そして何より、リゥに、龍翔に、出会えたこと。思ってはいけないとわかっていても、どうしても思ってしまう。前世のリゥが死んでしまい、その生まれ変わりとして龍翔という存在が産まれ、その存在と出会えた事が、本当に心の底から嬉しい。
「――あー! 俺がいない間になんか二人で仲良くなってるし! ずりぃ! アキラは俺の! 俺のだから!」
アキラとレイが笑っていると、それに気付いたリゥが頬をふくらませて走ってくる。
そんなリゥの反応に二人は目を合わせ、プッと笑ってしまう。
「なぁー! またっ! アキラは俺のー!」
そう言ってリゥはアキラに飛び込みそのまま抱きつく。そして抱きつかれたアキラは、また一つ新たなことに気付いた。
――あぁ、誰よりも幼かったのは、リゥくんだったんだ。




