9話:不完全な作戦
「ふぁ、ぁぁ……」
カプセルが開き、リゥとアキラはゆっくりと意識を覚醒させる。
「無事に終わったみたいだね。思ったより早く終わって助かったよ」
「レイ、か」
そう言って起きた二人に声をかけるのは、シムと一緒にずっと特別室にいたレイだ。
「無事に終わり何よりです。リゥ様もアキラくんも」
「ああ。でも少し、身体に違和感があるな……」
「え、そう? 俺はそうでもないのに」
そう言ってリゥは軽く飛んだり腕を回したりして身体を解す。
そんなリゥと違いアキラは全然違和感はないようだ。
「まぁ、リゥ様とアキラくんではやっていることが違いますからね。リゥ様も、すぐに慣れると思いますよ」
「そうだな。それで、他の四人はどうしたんだ?」
リゥとアキラを出迎えたのはレイとシムの二人。ゴウとゲン、クロ、シロの四人が見当たらない。
まぁ、約一日も掛かるとなれば外に出ていても分からなくはないが、それならレイも同様だ。他の四人がいないことより、その状態でレイだけが残っていることに違和感を覚える。
そんなリゥの問いかけに、レイは少し目を落とす。
「――その事なんだが、リゥ。一先ずは宮廷に行こう。大事な会議がある。二人が目覚めたら一緒に連れてくるようにと、そう言われている。他の四人は先に向かっているよ」
「会議の内容は?」
「向こうに着けば分かる。それではダメかい?」
レイは内容の発言を頑なに拒む。
しかし、そんなレイを問い詰めるほど、リゥも頭が回らない訳では無い。何か重要なことなのかと、そう予想してそれ以上の詮索はしない。
「分かった。本当ならシム博士ともゆっくり話したいところではあったが、急ぎなら仕方ない。博士、そういう事だから話はまた別の機会に。それと今日はありがとう。また何かあったら頼むよ」
「ええ。私に協力できることでしたら、是非とも協力させていただきます。――あぁ、最後に一つだけ。リゥ様の核はまだ完璧に馴染めてはいません。暫くの間は、過度な戦闘などの無理を控えてください」
「ああ、分かった。本当にありがとうな。――それじゃ、アキラも行くぞ」
「あ、うん!」
「お二人とも、息災で」
最後まで二人の身体を気にかけてくれるシムに、三人は深々と頭を下げる。
そして研究施設を出て、それぞれの相棒に乗りリゥたちは宮廷へと向かった。
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「お待ちしておりました。それでは会議室へご案内します」
研究施設を出た三人は、宮廷の前で三人を待っていたクロと合流し、会議室へと向かう。
そして会議室の前に着き、その大きな扉を開いた。
「お待ちしておりました。そのご様子ですと、無事に終わったようですね。それでは席の方へご着席ください」
会議室の中には二十人ほどの人が座っていて、その中には、ゴウやゲン、シロもいる。
そしてその会議室の最奥に座っている老人、大全師が声を掛けると、その指示に無言で従いリゥたちは自分の席に座る。
「皆さんお集まりになられましたね。それでは、会議の方を始めます。もう既に知っておられる方もいますが、議題は『邪陰郷』の活動です」
その大全師の言葉に、会議室がザワつく。
ザワついていないのは、レイとゲンとゴウ、それからシロとクロだけだ。レイは会議の内容を知っていたようなので、ほかの四人も知らされていたのだろう。
しかし、リゥとアキラは聞いていない。それどころか――、
「『邪陰郷』って、なんだ?」
「え? リゥくんも知らないの?」
アキラはともかく、リゥですらその単語は知らない。忘れている野ではなく、全く聞き覚えさえないのだ。
「それも無理はありません。邪陰郷はつい最近から急激に勢力を拡大させている、対聖陽郷の連中です」
「つまり、俺たちの敵ということですか?」
大全師の説明に対し、リゥが短く纏める。その問いに、大全師は無言で頷く。
「その、一つ提案があります。邪陰郷がいる間、私も大全師として話すのではなく、ゼンジとさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。そちらの方が僕たちとしてもやりやすいです。大全師様さえ良ければ、僕たちはそれを望みます」
大全師の意味深な発言に対し、レイがそれを肯定する。その言葉を聞き、大全師は「それでは」と前置きをしてコホンと咳払いをする。
「奴らが動き出したのは、リゥが時空の歪みに身を落とした後だ。当時、リゥが死の間際で時空の歪みを直し、リゥの核を回収することが出来た。その後時空の歪みが起こった原因を探る班と、リゥの生まれ変わりを探す班とに分かれ、我々は捜査をしてきた。しかし、リゥの生まれ変わりは見つかることはなく、数年が経った時、とある集団がリゥたちを探している我々を襲った」
大きく張った声で話すのは大全師――改めゼンジだ。
ゼンジの口調は、今までの落ち着いた話し方から一転。敬語や固い言葉などを使わない、かなり聞きやすい話し方だ。
大全師と言うのは、元々この聖陽郷を取り纏めるための主郷としての顔。しかし今回のような敵勢力に対する勢力を組織する際には、それだけ圧のある態度を取る。大全師とゼンジ。その二つの顔を持つのが、聖陽郷のトップである彼だ。
そしてゼンジが話したとある集団と言うのが、『邪陰郷』のことだろう。
「我々を襲ったその集団の数は、千を優に越えていたらしい。そんな大勢の襲撃に、多くの死傷者を出した。そこで得た情報が、『邪陰郷』と名乗る対聖陽郷の集団だということと、時空の歪みが彼らの手によるもの、そしてその目的は、四天王を時空の歪みに落とし、別世界に転生させること、その三つだ」
今までに聞いたことのない事実。それを今この場で知り、リゥとアキラは驚愕で声が出ない。
「その犠牲となったのがリゥだ。そしてそのリゥがいなくなり、戦力ダウンした我々はさらにそれをに分割してしまった。まんまと向こうの罠に嵌ってしまったのだ。そしてそこを狙われ、ヤツらは今も戦力を上げてきている」
「それは、嘗て俺がまだいた頃の『闇集団』や『暗黒會』の連中とは別ですか?」
話の内容と事実を理解したリゥが質問を切り出す。リゥの発言から、そう言った悪行集団が過去からいた事が分かる。
「同じとも違うとも言えないが、それらの集団は奴らが出てきた時期を境に全く出てきていない。もしかしたら、やつらが結託した集団が『邪陰郷』なのかもしれないという説もある」
「なるほど。それで、奴らの目的は俺たちを滅ぼすことなのでしょうか?」
「いや、確かにそれもあるだろうがーー」
語尾に重い雰囲気を纏わせ、少し間を置く。
そして覚悟を決めたかのように目を開くと、声のトーンを落としてゼンジが再び言葉を発した。
「――奴らは、『裏世界』に入ろうとしている」
「なっ!? 『裏世界』だと……? なぜ、奴らが裏世界の存在を知っているんですか?」
「そンなの簡単だろ。『裏世界』は元々俺たちしか知らねーモンだ。それを知ってンなら、考えられる理由は一つ……」
突然出た『裏世界』の単語。
そしてゴウが久しぶりに口を開くと、その言葉にはこれまでのような明るさはなく、低く重い声だった。
そんなゴウの言葉に、会場にいる全員が息を呑む。
「――この中に、情報を流した奴がいるってこったろ」
「――ッ!?」
ゴウの言葉に、会議室全体に緊張が走る。今まで味方だと思っていた中に敵がいる。それは、たとえ本当であっても信じ難い事実だ。
「ゴウ様、そんなこと……まさか、私たちの中にいるなんて……」
「ないと、言いきれるか?」
ゴウの出した可能性に、クロが口を挟む。その根拠の無いクロの否定に、ゴウはクロをキッと睨みつける。
『邪陰郷』が中にいるかもという疑いから、会議室にいる人々が疑心暗鬼になり、根拠の無い疑いの眼差しから犯人探しが始まり、場の雰囲気がかなり悪くなる。
「ゴウ様、私に心当たりが……いえ、落ち着いて考えれば、それは全員の心当たりになるはずです」
「ン? 『十二人衆』のスイか。何か分かるのか?」
「はい。恐れながら、私から発言してもよろしいでしょうか?」
スイと名乗った、青い短髪の少年。白の服で身を包み清潔感のある人物で、年は外見からしてゴウやリゥよりも年下だろうか。『十二人衆』というのは、『四天王』の様な立場を示すものだろう。そしてその少年は、アキラと同じような異様を放つ――訳では無い。
そもそも、この会議には大人と呼べるような存在が少ない。まとめ役のゼンジと、四天王の中でも風格のあるゲン、それからリゥやゴウより少し年上気味のレイ。その他はシロとクロを除けば、リゥやゴウと同年代かそれ以下だ。そんな会議の場にも関わらず、何事もないかのように会議が進んでいる。
そんな不思議な空気を放つ会議で、スイの発言にゴウが「ああ」と首を縦に振る。
「今この状況で、皆さんは犯人探しをしています。これまでに不審な行動があった人物がいたか思い出す方や、片っ端から疑いの目をかける方、一人に固執する方もいますが、皆さんは一番怪しい人物を忘れています。過去を思い出しても意味はありません。なぜなら、その人物はつい最近に現れた者だからです。ここで、皆さんが犯人探しをしている今この場で、考えている様子もなく、無言で動揺している人物が、そこに」
そう言ってスイが目を向ける先、そこにはたしかに動揺している人物がいる。
明らかに目が泳ぎ、身体が小刻みに震えている人物、それは――、
「――アキラ、か?」
そう。スイの視線を辿った先にいた人物、それはアキラだ。そしてゴウがアキラの名を言葉にすると、今まで目を瞑ったまま無言でいたゲンも目を開きアキラの方に目を向ける。
「スイ、口に気をつけろ。いくらスイの意見とはいえ、アキラは俺が連れてきたんだ。そんなアキラに向かって、その疑いをかけるのは流石の俺でも許せはしない。そもそも、アキラは初日からずっと俺と一緒にいた。そしてなにより、アキラの動揺は無理解から来るものだ」
アキラに疑いの視線が集中する中、それを否定したのは他でもないリゥだ。声を低くして強く言い放つリゥの目付きは刃物のように鋭く、睨みつける瞳の奥には心の底からの怒りと、アキラへの信頼がある。
「リゥの言う通りだ。アキラはそのような少年では断じてない」
「そうだね。現に、アキラくんが来たのはほんの数日前だ。その間にヤツらの存在を知り、そこへ介入することは文字通りの無理だ」
「ですが、それならば他に誰が……」
リゥの否定に続き、無言を貫いていたゲンとレイも否定を重ねる。たった三人の否定だが、四天王三人の否定という効力はかなり大きい。
実際、さっきまでほぼ全員が疑いの目を向けていたのに対し、今では「三人の言う通り」「やはり有り得ない」などと言った否定の内容の声がポツポツと聞こえる。
「お前の今の推測、消去法だったのか? こンな大事な会議の最中で、よく消去法なンて方法を取ったな。愚行極まりない行為だぜ、慎め」
「う……ですが……!」
「スイ、下がれ。お前は自分の誤ちを受け入れることが出来ない人間ではなかろう。――それとも、ここで四天王を四人纏めて相手にするのか? 一人は手を抜いてくれるかもしれんが、それでも勝ち目がないことくらい分かるだろう」
最後の四天王、ゴウにまで強く否定され、言葉を詰まらせるスイ。それでも引こうとしない態度に、最奥に座るゼンジが待ったをかける。四天王全員を相手に……言葉を聞いただけでもゾッとする。手を抜くと思われた存在についてスイも心当たりがあるが、それでも残る三人のうち一人と戦ったとしても勝てる見込みはない。ゼンジの言葉を聞き、スイは漸く引き下がる。
「――アキラ、さんと言いましたか。消去法などという方法で疑いをかけてしまい、申し訳ありませんでした。そしてリゥ様も、申し訳ありません」
「え? あ、いえ。大丈夫です……」
「アキラが大丈夫なら俺もそこまで責めたりはしない。アキラが許したのにそれを俺が許さないと言うのは、アキラへの否定にもなるからな」
まだ状況の整理がつかないアキラは未だに戸惑っているが、それに対してアキラの疑いが晴れた事に一番満足しているリゥは堂々としている。
「あ、えっと……今どういう話?」
「あぁ、先ずは、『邪陰郷』って奴らがいるってのは分かるだろ? んで、そいつらが『裏世界』を知っているのはなんでかって話だ。裏世界ってのは、文字通りこの世の裏側にあるとされる世界。俺らのいた世界は『別世界』で、それとは別にもう一つ、『裏世界』って呼ばれる世界があるんだ。それは、今この場にいる人間しか知らない。ゼンジさんと、俺ら四天王に天使、それからさっきの十二人衆の十九人。そして今アキラが知ったから、合計で二十人だな」
今までの長いやり取りを最短に纏めて、アキラにできる限り分かりやすく説明するリゥ。
たった十九人しか知らなかったことを知ってしまったということを知り、アキラは再び動揺するが、そんなアキラにリゥはふぅと息を吐くと自分の椅子を少し後ろに下げる。
「――ほら、こっち座りな。ギュッて、落ち着くよ」
「え、でも……」
「いーからいーから」
そう言ってリゥは膝の上にアキラを座らせるとギュッと抱きしめる。
「大丈夫だから。アキラは、何も心配しなくていい。アキラは間違ってないし、俺が守るから」
そしてリゥはアキラにしか聞えないほど小さく呟き、それを聞いたアキラは心の底からの安心する。これから何があろうと、リゥが自分の敵になることなどないと、そう思えるほどに。
「それでは振り出しに戻ったわけですが、どう致しましょうか?」
「バレてしまったものは仕方がない。今もしもこの場で犯人探しを続けるのなら、さっきのように意図せぬ形で傷付く者が出る。今更犯人探しをしてもバレた事実は変わらない。秘密というのは、バレてしまった時点で秘密ではなくなる。だから、そうなった今は奴らをどうにかするしかない」
「その前に一つよろしいですか? ゼンジさん」
そう言って椅子から立ち上がり、ゼンジの結論に待ったをかけるのは先程一回だけ口を開いたゲンだ。
「なにか?」
「――ハァァァッ!」
突然、ゲンが咆哮し跳躍。そして空中で体を横にして、そのまま天井に回し蹴りを放つ。鈍い音と共に天井が崩れ、瓦礫が降りかかったその瞬間、リゥは咄嗟にアキラを抱え、その場にいる全員が一斉に飛び退ける。
ゲンと、たった一人を除いて――、
「ゴウ!」
「おうとも!」
ゲンの合図にゴウが飛び上がり、瓦礫の中で何かを掴む。
それは、瓦礫と共に屋根から落ちて来た、二人の人影だ。片方をゲンが、片方をゴウが掴む。
「オォ、ラァ!」
二人は落ちてくる人影をオクラホマ・スタンピードの形でテーブルの上に投げつける。テーブルは簡単に砕け、そのまま床に激突。
「ぐ、はぁ……っ!」
叩きつけられた二人はその衝撃に悶絶し、血反吐を吐いて気絶。
今の一瞬の一撃で、二人は的確に攻撃を極めた。一撃で、しかも殺さずに動けないほどのダメージを負わせる。それは、アキラが初めて見た、四天王の強さだ。
「――こいつらが、情報を『邪陰郷』に運んでいた奴らだ。仲間と考えて間違いはないだろう」
そう言って説明するのは、空中から静かに着地したゲンだ。
「なんだ、どういうことだ!?」
「早い話、かなり前から来ていた俺らは、こいつらが宮廷の屋根裏に隠れていたのを会議の前から知ってたンだよ。だからゲンと作戦を立てて、奴らが油断するであろう会議の終了間際を狙った。案の定簡単に落ちてきたしな」
「だがゴウは、犯人は俺らの中の誰かだって言わなかったか?」
「ン? 誰がそンなこと言ったよ? この中に情報を流した情報を流した奴がいるとは言ったが、俺たちの誰かだとは言ってないぞ」
そう言ってしてやった感を出し、ケラケラと笑っているゴウ。そんなゴウにリゥもまたにこやかに笑みを浮かべるが、その笑みは単なる笑顔ではない。
「――ゴウ、覚悟は出来てるよな?」
「ン?」
「おまえがややこしいこと言わなけりゃ、アキラは疑われなかったんだよォッ!」
「えぇ!?」
「ほぐラはッ!?」
ゴウの紛らわしい言葉のせいで疑われたアキラ。
リゥがアキラの脇の下に手を入れ、そのままアキラを振り回す。遠心力で威力が高まったアキラの脚がゴウの顔面に直撃。その一撃で、ゴウの罪は罰された。




