18話:向かう先には――?
ヴォルフの背に跨り、後ろで落ちないように支えてくれるリゥに軽く体重を預ける。ここ数ヶ月で大分乗り慣れたその位置に、アキラは格段と居心地の良さを感じている。
支えるという名目で腹部に手を回すリゥに時々脇腹を擽られながら移動する時間、二人の会話は「ツバサが思ったよりもごねなかった」「帰った時の成長が楽しみ」「アキラも負けていられない」などといった典型的な当たり障りのない話ばかりだった。
「――そういえば、さ。テルさん……だっけ? その人って、どんな人なの?」
特に理由があったわけではない。しかし、その質問を後回しにしたことは、無意識下に於いても少しばかりの疑問が残る。ただ、これから紹介される存在で、特にアキラの師匠となるかもしれないその人物に対して、不思議と疑問が浮かんでこなかった、というだけ――。
というだけ。――なのだが、何故か、アキラにはその疑問が浮かんだことに対して、逆に疑問が膨らんだ。
何故、テルという人物について気になったのか――。
何故、テルという人物について疑問を抱いたのか――。
そんなこと、これから初めて会うからに決まっている。決まっているのに、何故かおかしな疑問ばかりが脳裏を過る。
意味不明を通り越して気持ち悪いという嫌悪感を感じながら、それでもアキラはまだ知らないテルという人物について、目を合わせることなく前を向いたままリゥの話に耳を傾けた。
「うーん、そうだな……テルは、強いよ。それに優しい。これは俺にとかじゃなくて、皆に優しい。お義父さんにお義母さん――どっちも養父母だけど、二人のことを本当の両親だって言って心の底から慕ってる」
「養父母?」
「そ。五歳くらいまではお父さんもお母さんもいたんだけど、そこに完全武装した山賊が来てね。テルを助けるために二人とも命を張って、俺が着いた時にはもう――」
「――っ」
そんなリゥの話し始めに、アキラは最初、これがなかなか聞き出せなかった原因かとも思った。暗い過去があるこの話に、普段のリゥとの僅かな差異があったのではないか。アキラが気付いていなかっただけで、何となく直感的に聞かない方がいいかもと思っていたのではないか。そんな疑問が、少しアキラの心を苦しめる。
「でも、テルは強かった。テルを庇って両親が命を落とした後、テルは一つ殻を破ったらしくてさ。元々適性者が少ない光ってのもあって、その時より前からテルには目をかけてたんだ。それでたまたま成長の経過観察に行った日が、山賊に襲われていた日だった」
「それでリゥくんが助けたの?」
「いや。俺が行った頃にはもう終わってたよ。テルが、一人で終わらせてた」
未だ顔は見れていないが、その時、リゥの顔が僅かに綻んだ気がした。声のトーンが、ほんの少しだけいつもの調子に戻ったような。
そんなリゥの言葉を聞き、アキラは前を向いたまま、後ろから自分の腰に腕を回しているリゥの表情を悟る。
「みぃたんの話は聞いた? 光の適性者で俺よりも強かった、実質最強の元四天王候補者の一人」
「あ、うん、少しだけ。シム博士から」
「その人ね、光属性の攻撃が得意だったんだよ。光は支援系統の想術が多いのに、当時の俺よりも一撃の火力が高くてさ。本当に、俺が生まれて初めて興味を持った人」
それまで、育て親であるゼンジにも、実の親の行方にも興味を持たなかったリゥが、唯一興味を持って自分から話しかけた相手。最初から最後まで、結局一回も勝てなかった唯一無二の存在だ。
「――テルも、使えたんだ。みぃたんが得意にしてた、光属性の攻撃が。今まで何回か見ててもそんなことなかったのに、あの日を境にテルは覚醒した。大事な人を、もうそれ以上失わないために。――だから、俺はテルを自分の手で育てたかった。今の十二人衆みたいに」
後悔は、感じられる。救えなかった、成し遂げられなかった悔い。リゥの言葉からは、嘗ての自分への戒めの様なものが感じられる。
しかし、リゥの言葉から感じ取れるものは、それだけではなかった。
後悔は確かにある。しかし、それに対する前向きな気持ちを、アキラはしっかりと感じ取っていた。
「俺はみぃたんを助けられなかったし、俺にはみぃたんに出来たことが出来なかった。でも、だからこそ、それが出来る人を育てたい。――って、思ったんだけどさ」
「――?」
「断られちったわ。あの村で大切な人を守りたいから、俺のところには来れないって。本当に、優しいんだよね。すげぇ優しい。だから十二人衆は副属性の二人がいなくて、十二人止まり。時々あの村に行って、たまに組手とかやってたんだ。みぃたんほどではないし、独学な文 分十二人衆たちよりも強くはないけど、それでも絶対にアキラの力にはなるよ。――それだけ、俺は信頼してる」
「じゃあ、俺もその人に会ったら出来るようになるかな?」
「ああ。きっとな」
そう言って、結局一度も顔を合わせることなくテルの話を終えた二人。
話が終わると同時にアキラの肩に顎を乗せ、リゥは無言でアキラの耳元にピトッと頬を付ける。そしてそのままゆっくりと息を吐きながら目を瞑り、ギュッとその体を抱き寄せた。
「――リゥくん、寂しくなったんでしょ」
「え……」
「俺、リゥくんの行動で大体リゥくんが今どんな状態なのか分かるようになってる。今、リゥくん絶対に懐かしい話してちょっと寂しくなった」
どや顔でリゥの心情を言い当て、更にはどの程度理解出来るかという内容にまで踏み込んだアキラ。少し前までならこんなことを言えば揶揄われるだけだったアキラが、珍しくそれを気にせずに堂々としている。そんなアキラの姿勢にリゥも揶揄おうにも揶揄えず、こちらも珍しく無言でむぅっと頬を膨らませた。
「なんか、今日のアキラいつもと違う……」
そんなことをボヤきながらもリゥはリゥでアキラの背中を満喫し、あと僅かな道のりをゆったりと進んでいた。
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時は少々遡り、宮廷から全員が完全に別れる直前。リゥたちがそれぞれの場所に向かった後、レイとゴウはそれぞれレツとクラに場所を伝えて先に向かわせ、二人きりで宮殿に残っていた。
「――貸の分だけ利子、ね」
「なンだよ」
「いや、別に」
助けられてばかり――そんなリゥの甚だおかしな勘違いに、二人は内心やきもきとしていた。
今回の戦い――特にゼンジとの戦いは、リゥの覚醒無くしては成し得なかった勝利だ。
そして二人が牙狗と華依とそれぞれ戦い、ゲンが名無を抑えていた時。残る一人、砕鬼を相手にしていた十二人衆。全員揃ってもリゥに勝てていなかった彼らが、二人が先代の四天王と二人がかりで倒した初代相手に勝利を収めていた。それは即ち、十二人衆の力量が六人で一人分になっていることを表す。勿論これは単純計算であり、六人の組み合わせや相手との相性にもよる。
しかし、聖陽郷と邪陰郷との戦いでリゥや十二人衆が大きな戦力となっていたことには違いない。
「それにしても、本当に言わなくて良かったのかい?」
「仕方ねぇだろ。今ここで言ったら、どうせあいつまた信じられないって言ってアキラ置いて突っ走るぞ。二人の能力の代償――距離に応じて死ぬってやつがどのくらいなのか、全くわかってねぇンだ。ここから相当距離あるあそこまで今のリゥが本気で突っ走ったら、俺らだって止めらンねぇ」
「それはそうだけど、二人だけではやはり暴走の心配も……」
「それはアキラが何とかするンだ。これから先、あの二人に何があるか分からねぇ。今からそンなこと考えてたら、キリがなくなンだろ」
威圧的な態度の奥に隠された、重苦しく唇を噛む様な思い。そんなゴウの本心を悟り、レイも押し黙る。
何も出来ない悔しさと、どうしようもない罪悪感。そしてそれを盾に自分自身に言い訳を重ね続ける憤り。
二人が抱えていた、本来であれば一刻も早くリゥに伝えなくてはいけなかった事実。それをひた隠しにして、傷付くと分かっている今の現実から目を逸らす。引き返せなくなるまでただただ只管にどうしようもない程の言葉にできない感情を、二人は押し殺すしかない。
「――リゥが、乗り越えてくれるまで……か」
「そうだよ。俺らの口からは、死ンでも言えねぇ」
「――テルが、もう――――」
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「――いない?」
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「――なんて、な」




