4話:四天王と准天使の誕生
明るく部屋を照らす朝日を受け、鳥たちの囀りと共に青年は目を覚ます。
「ん、はぁぁ……」
むくりとベッドの上で体を起こし、大きな欠伸をして腕を伸ばす。乱れた黒髪を手櫛でササッと整える青年――龍翔の起床だ。少し眠たそうに目を擦り、龍翔は自分の左側に目を向ける。
「晟……」
自分の隣でまだぐっすりと寝ている晟を見ながら、穏やかに微笑む龍翔。今までとは完全に違う朝を迎えた龍翔は、昨日、晟を連れて約十六年ぶりにこの地へ戻ってきたのだ。
寝ている晟を起こさないように静かに部屋を出て、そのまま迷うことも無く洗面所へ向かう龍翔。顔を洗い歯を磨いてから服を着替え再び寝室に戻るその一連の流れは、十六年ぶりに帰ってきたという事を全く感じさせないほど自然且つ迅速な行動だった。
寝室に戻った龍翔はベッドで寝ている晟の傍らに寄り、乱れた布団を掛け直してからベッド横に座り込む。そしてその寝顔をまじまじと見つめ、頬をつんつんとつつく。柔らかくも程よく弾力のある、正に至高の頬を十分に堪能した龍翔は、満足気に深呼吸をしてからリビングへと向かう。
リビングへ戻った直後にそのままキッチンへ向かい、朝食の用意をする龍翔。昨日買っておいた野菜などを次々と冷蔵庫から出して朝食を作っていると、ゆっくりとリビングの扉が開く。まだ慣れていないのか手探り感のある様子で扉を開けて入ってきたのは、少し眠そうに片目を擦っている晟だ。
「おはよう、晟。あと少しで朝飯作り終わるから、先に顔とか洗って来な。そこら辺にあるもんてきとーに使っていいからー」
「おはよ。ん、分かったー」
そう言って部屋を出てから晟が戻って来た時間はおよそ五分。その間に龍翔も朝食を作り終え、しっかり盛り付けと配膳を済ませていた。
「いただきまーす!」
そう声を合わせて、一緒に朝食を摂る龍翔と晟。食事中に「起きるの早いんだねー」などのたわいのない会話を挟みつつ、早朝から二人の自然体を感じられる食事となった。
「今日って、この後どうするの?」
朝食を食べ終え、晟は食器を片付けながら龍翔の方を見る。
「今日はもう一回宮廷に行くよ。俺が戻って来てから正式に四天王戻りをするのと、晟の立場も決める。それから午後はこの街をぐるっと回って買い出しかな」
「ん、分かったー」
そして二人は準備を整え、宮廷に向かうために玄関を出る。
広大な庭に出て、晟が靴を履いている前で指笛を吹く龍翔。
するとその指笛の音に従うように、大きな狼のような動物が姿を現す。サイズ的には、向こうの世界の馬より二回りほど大きいくらいだろうか。
昨日からこの街では大きいものしか見ていない。そんなことを思いながら、晟は目の前の動物をじっと見つめる。
「こいつは機動力に優れた狼だ。俺の大事な相棒で戦闘力もあるし、サイズもかなり大きいから、大人でも五、六人は乗れるな」
狼を指笛で呼んだ龍翔は、慣れた手つきでその体を撫でる。
「この国には基本的に車的なのがないから、大体の移動手段は動物たちに協力してもらうんだよ。動物じゃなくて恐竜みたいなのもわんさかいるしな。因みにこいつの名前は『ヴォルフ』だ。毛並みがシルクみたいで気持ちいいぞ。あ、自慢の毛が汚れるのは嫌だから、土足は厳禁な。――それっ」
「え? あ、ちょ! うわぁっ!」
説明を終えた瞬間に晟を抱えあげ、そのままヴォルフに飛び乗る龍翔。靴を履いたままの晟に気を遣い、お姫様抱っこのように抱えて跨る。
「ほい、靴脱いで。俺の前に座っていいよ」
そう言って靴を脱がせてから、龍翔は晟を自分の前に座らせる。そして後ろから手を回し、晟の体をしっかりと掴んだ。
「よし、行こうぜヴォルフ。宮廷に向かってくれ。スピードはかなり抑えてな」
龍翔がそう言うとヴォルフは高らかに吠え、そのまま門まで走り出す。全身に涼しい風を浴びる様子は、傍から見ても気持ちがいい。速度にして時速五十〜六十キロと言ったところだろうか。振り落とされそうな速さで少し不安になる晟だが、そんな晟を龍翔はしっかりと支える。
走り出したヴォルフは軽々と門を飛び越えてぐんぐんと進む。そして規格外の跳躍力で住宅地を飛び越えるヴォルフに、龍翔は「ひゃっほー!」と叫びながらテンションを上げている。すぐ後ろでハイテンションな声を聞き、晟も自然とテンションが上がる。
そしてあっという間に宮廷に到着し、二人はヴォルフから降りた。
「ちょっと時間かかるから、そこら辺で適当に時間潰しといていいぜ。それじゃ、また後でなー!」
そう言ってヴォルフに手を振り、宮廷に入る龍翔と晟。
そこではクロが二人のことを待っていて、クロの案内で奥の部屋へと案内される。
「ここから先は王室で、許可を得ている者しか入ることが出来ません。今回許可を得ているのは四天王の方々と晟さんだけなので、私はここで待機です。それでは行ってらっしゃいませ」
天使と言う存在でさえ入れない場所という事実に、少し不安を覚える晟。しかし、またもやその不安に素早く気付いた龍翔が不安そうな晟の手を握ると、晟の不安も自然と解消され、次第にリラックスしていく。そして晟の表情が柔らかくなってから龍翔は『王室』と書かれた扉を開け、二人はゆっくりとその中に入る。
部屋の奥には昨日の立食会で乾杯の挨拶をした老人が座っていて、左右に分かれて四天王の三人が座っている。そして右側の手前の席は空白。おそらくそこが龍翔の席なのだろう。
そして部屋に入り、繋いでいた手を一旦離すとその場で二人は立ち止まる。
「――それでは早速ですが、今から四天王再入式を開式します。『元』四天王、リゥ。こちらへ」
「はっ」
老人の言葉に短く返事をして、ゆっくりと奥へ向かう龍翔。そしてその老人の前で膝をつき、そのまま深く頭を下げる。
「只今を以て、『元』四天王であるリゥに、四天王の存在を再任する。主郷、大全師」
そう言って大全師と名乗った老人は目の前の青年に近付き、その右手首にブレスレットのようなものを嵌める。
「『四天王』リゥ、謹んでお受け致します」
その宣言に伴い、四天王『リゥ』が誕生する。
この時を以て、天野龍翔という存在は、四天王『リゥ』という絶対の存在になったのだ。
そんなリゥの宣言の直後、四天王や主郷、そして後ろにいる晟から盛大な拍手が送られる。
そしてリゥはゆっくりと立ち上がり、誰も座っていなかった席に腰を下ろす。
リゥの再任が確認された後、四天王と主郷の五人の視線は自然と晟へ移る。その視線に再び緊張を抱いた晟だが、その中の一つの視線、リゥの視線だけは何故か落ち着く。そしてその場で深呼吸をして、真っ直ぐ前を見る。
「それでは続いて、紅月晟。ここに」
そう言われ、晟はゆっくりと前に出る。一歩一歩を意識し、床をしっかりと踏みながら、大全師の前まできて立ち止まる。
「紅月晟……基、アキラ。御身を、リゥを始めとした四天王の補佐役として、『准天使』に任命する。主郷、大全師」
「は、はい!」
慣れない風な少年は少し言葉を詰まらせながらも、思い切ってはっきりと返事をする。
そして主郷はゆっくりと少年に近付き、少年にもブレスレットのようなものを嵌める。
この時を以て、紅月晟という存在は『准天使』アキラという奇跡の存在になる。
そしてアキラはゆっくりと体の向きを変え、安堵の表情を浮かべながらゆっくりと歩き出す。そしていつの間にかリゥの横に席が置いてあり、リゥは静かに手招きする。
「それではこれにて、リゥの再入式及びアキラの新任式を閉式する」
アキラが席に座ったところで、主郷の宣言と伴に式が終わった。
▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶
式が終わり、リゥ、アキラ、ゴウ、レイ、ゲンの五人は王室を退室する。直後、外で待っていたクロと合流し、六人はそのまま宮廷の外へと出て行った。
「ふーっ、やっと終わったな。これでリゥは正式に四天王だし、アッキーラは准天使かー。全く新しい役職だけど、新鮮味が出ていいな。二人ともよろしくなー!」
「おう!」
「うん!」
いつも通りのゴウの言葉に、声を合わせて返事をする二人。
「それにしても、准天使ですか。大全師様も面白いことをお考えになられますね。私やシロと同じ天使の名が付く存在が新しく現れるとは、思いもしませんでした」
と、クロが優しく微笑む。クロの力は時を操る能力で、常人離れした力を持つ。己の目でしっかりと見た、時間操作の能力。そんな能力を持つ存在が天使なのに、なんの能力もない自分もその天使という名を名乗っていいのかと、アキラは心配になり俯く。
「大丈夫だよ。気にすんな、アキラ。お前にはお前のいい所があるし、可愛いだけでもそりゃ天使だ。その面でいえば、アキラの右に出る天使はいねーよ」
そう笑いながら、リゥはアキラの肩を叩く。そんないつもと変わらないリゥの言葉が、今はとても落ち着く。突然の事で戸惑っているが、それを否定する者はこの場にはいない。それをリゥが教えてくれたのだ。
「――リゥ、くん……」
「……アキラにそうやって呼ばれるのい新鮮でいな!? もっかい! もーいっかい!」
「ちょいちょい、二人で盛り上がンのもそこら辺にしてくれよ。こちとら置いてけぼりなンだぜって」
アキラにリゥと呼ばれたその新鮮さに、何故かテンションを上げて喜ぶリゥ。そんなリゥにゴウがツッコミを入れ、我に返ったリゥは「ごめんごめん」と笑いながら謝る。
「さて、この後はどうするんだい? 何処か、御祝いとして食事でも?」
「ンー、そうだな。どっか食いにでも行くかー」
「おー、それいいな。俺もアキラもまぁ急ぎの用事はないし、このメンツで食うのも久々だしな」
「俺も大丈夫だ」
レイの提案に、四天王の全員が賛成する。
勿論、アキラも全くもって否定などしない。
「クロはどうする? シロも来れるならシロも呼んでほしいところなのだが……」
「分かりました。今連絡をしてみます」
そうするとステッキを持ち直して連絡を取る。
「大丈夫だそうです。場所さえ教えて頂ければ、今の場所から直行すると」
「そうだなー、したらゲアノの店にするか。あそこなら色んな飯食えるし、祝いの席にゃぴったりだろ」
「分かりました。――これから向かうそうです」
そう言ってクロはステッキを下ろすと、軽く手を叩く。するとそのクロの合図で空に黒い大きな鳥が現れる。
「私の新しい相棒、『クロネ』です」
「クロは毎回、相棒も黒。分かりやすいことよなー」
己が名前に沿った相棒。名前も語尾にネを付けただけで、かなりわかりやすい。
そんなクロに続き、他の四天王も各々の合図を出す。その方法は様々で、指笛であったり指パッチンであったり多少の違いはあるが、どれもその合図からほとんど時間をかけず宮廷の広場にそれぞれの相棒が集結する。
「俺が今日連れてきたのは『豪虎』だ。機動力抜群で移動が楽だかンな」
ゴウの合図でやってきたのは、黄色と黒の縞模様が目立つ、なんとも勇ましい虎だ。その大きさは、リゥのヴォルフにも引けを取らない。迫力のあるその顔は、豪の文字に相応しい相貌だ。
「ゴウは飼っているペットの殆どに『ゴウ』って単語付けてるんだよ。それぞれ漢字は違うけどね。――因みに、僕の相棒は『シェル』だ。かなりスタイリッシュじゃないかな? 自慢の相棒なんだ」
そう言って紹介するレイの相棒は、立派な角を生やしたかなり細身の白馬だ。向こうの世界では幻とされていたユニコーンのような風貌だ。
「俺は『ゼント』だ」
そう短く紹介したのは、普段からあまり多くを語らないゲンだ。そんなゲンが手をかけるのは、羽が生えた茶色の馬。こちらもまた、幻とされていた幻獣。ペガサスと言ったところだろうか。
「んで最後が俺の相棒『ヴォルフ』だな」
「よし、それぞれの移動手段は確保出来てるみたいだし、それぞれ出発やな。ゲアノの店集合で」
そう言って、全員の相棒が一通り紹介されたところで各々相棒に乗り、目的地へ向かうリゥら六人。クロはそのまま空を飛び、ゴウは豪快に突っ切る。レイは平坦な道を選びながら走り、ゲンは飛びながら途中で地面を蹴って加速する。そしてリゥとアキラは来た時と同じように跳びながら走り、そのままバラバラに目的地を目指す。
これからは龍翔がリゥ、晟がアキラです。
ややこしくやってしまいますがすみません。




