84話:余韻に見えた光
目の前の男から聞き出せたことは、量も質もかなりの物だ。
先ず、直近で使えそうな情報。
邪陰郷は仮の組織で、本拠地は裏世界。男は本組織に七人いる幹部の一人で、幹部は上から三つ目の立場。つまり、嘘をついていない限りかなり参考になる情報だ。
次に、リゥを本拠地に連れ帰らなかったのはリゥの能力を危惧してのことらしい。
『能力』とは、全ての存在に持てる可能性のある個人特有の力。それを開花させられるかどうかはその者の生き方次第だが、その能力を開花させられるものごく一部だけ。
例えば、ギルやアリスが持っていた痛覚麻痺。これは文字通り痛覚を麻痺させて脳で痛みを感じなくする能力。また、場を司るシロは任意の空間を切り取りその後任意の場所にその空間を移す空間の借用や、自分や周囲の人、物を任意の場所に移す転移を持っている。
その他にも、レイは精霊の力を精霊以上に引き出せる誘霊力、セトは虫と心を通わせ対話や共闘を可能にする親虫心などを持っていて、人によってその能力は様々。そして能力はそのまま戦闘に使えることも多いため、戦闘力の高い者は基本その能力を開花させている。
そんな中、リゥは未だにその能力が開花していない。毎回、あと一歩で開花しそうという所まで踏み込んではその一歩が足らずに終わってしまうのだ。
しかし、開花しそうな条件は毎回同じ。
リゥが自分の能力に目覚めそうな時は、毎度のこと『リゥの大切な人のピンチ』に限られる。
今までの例では、十二人衆のピンチが多い。誰かのピンチに合わせリゥの力が一時的に膨れ上がり、ピンチが去ると収まってしまう。つまり、ピンチが去っても収まらない『何か』が必要なのだ。
「――だから、邪陰郷なる存在を作り時空の歪みを生み出し、そこの修復にお前が行くように仕向けた。案の定お前は自ら名乗りを上げ、命を落として別の世界に転生した」
「つまり、俺を転生させて新しく大切な存在を作らせることが目的だったのか……?」
「まぁ、正直そのまま死んでくれても構わなかったな。お前の能力の開花には時間が掛かり、上もそろそろ潮時だと諦めていた。だが十二人衆やら四天王やらシムまでもがリゥの発見に名乗りを上げたから、前々から出ていた目的に変更した」
男の話からは、嘘の気配がしない。話を通せばその内容にはしっかりとした整合性があり、辻褄も合う。余程綿密に考えなければ、ここまでの嘘はつけないだろう。
しかし、だからこそ釈然としない。いくら馬鹿とはいえ、ここまでポンポンと情報を出す者などそういるものではない。この情報提示にも、なにか意味があるのだろう。
「何でそこまで俺らに情報を渡す? 初めは情報を聞き出すための話をしていたが、流石に話し過ぎだ。そこまでの情報は俺も意図していなかった」
「簡単なことだ。初代四天王が敗れ、邪陰郷はほぼ壊滅。ならば俺一人では相手に出来ねぇ。んならここは一旦本拠地に引いて、お前らが来るように仕向ける。そのために必要な情報と、そう仕向ける情報ならいくらでもくれてやるさ。如何せん、ウチのボスもかなりの戦闘狂だからなぁ」
「俺たちが行かないとしたら?」
「有り得るのか? 俺はこの場で死ぬことなんてねぇ。両親を殺され、育ての親を乗っ取り成りすまし、お前にとって大切な人間を危険な目に合わせた俺をこのまま殺さずに許せるのか?」
男の言葉に、その場で黙り込むリゥ。
少し前に言ったことだが、その前言を撤回。流れに乗せやすく、乗せればそのまま流れていく――それは、目の前の男ではない。真に話に流されていたのは、リゥ自身の方だった。
リゥが邪陰郷に入らないと分かった時点で、その時から男の目的はリゥを本拠地に誘い出すこと。その為に必要な情報を与えられ、より確実にリゥを本拠地に導く準備をしていたのだ。
「――少し、時間を割き過ぎたか。必要な情報はくれてやった。後は好きにしろ」
再び西日に目を向けた男。
太陽の傾き具合から、時刻は凡そ五時といったところだろうか。今日の戦いだけで木や山などがいくつも破壊されて太陽を遮るものも少なくなってはいるが、東の空は暗くなり始めている。
そんな西日に照り付けられる夕暮れの中で、男はリゥに視線を戻して最後の言葉を放つ。
「――裏世界で待つ」
その言葉だけ残すと、男の気配はその場から瞬時に消滅。男の気配が抜けた目の前の体は、そのまま力なくその場に倒れる。
「――終わった、ということでいいのかい?」
「レイ……」
男が倒れると、遠くからそれを見ていたレイが静かにリゥの元まで寄って来た。
「戦った様子は見えなかったのだが……何があったか教えて貰えないかな? 初代四天王も、何故か戦意を失っているようだしね」
「あ、ああ。そうだな。――取り敢えずセントまで戻ろう。シム博士のラボが丁度いいと思う。そこの男も連れて行く」
「大丈夫なのかい? 気を失っているだけで死んではいない。気配は……変わっているが」
「大丈夫だと思う。もしも危なそうだった時は俺が殺す」
既に戦う気が削がれている名無と、男の憑依が解け気を失っているゼンジ。そんな二人を見ながら、リゥとレイは早めのペースで話を進める。
二人が話を急ぐ理由は、やはり禁術の制限時間を危惧してのことだろう。今回、男に憑依されていたゼンジとクロはそれぞれ初代と先代に禁術を使った。
となれば、あと数時間でゼンジとクロ、そして名無と先代四天王の命は尽きる。その残された時間で、やらなければならないことがまだ多く残っているのだ。
「――お前も来たらどうだ、名無」
ゼンジを担ぎ上げてアキラの手を取り、レイと共にシロやゴウたちの所まで戻ろうとするリゥ。しかし、地面を軽く蹴り先に戻ったレイに続く前に、リゥは少し離れたところで立ち尽くしている名無に声をかけた。
「俺はいい。どうせもう死ぬ。今更恐怖も何も無い。ここで静かに、その時を待つ」
「何言ってんだ。戦うのが好きなんじゃなかったのか? 時間か余れば、最後は俺が本気でお前の相手してやる」
「――何?」
「だから早くしろ。時間なくなるぞ」
名無が唯一好きな物。リゥの誘いを拒んだ名無に、リゥはそんな『戦闘』を提案する。
リゥからすれば、名無もまたあの男に利用されただけの存在。他の邪陰郷とは違い、純粋に戦いを好んでいるような様子があった。
自分を助けようとしたレツに蹴りを入れたことは兄として許し難いが、それすらも悪意があったものでは無い。名無は、純粋に使命を全うし戦っていただけだ。
「――――」
「ほら行くぞ」
そう言ってリゥはアキラとゼンジと共にシロの元へ向かい、名無もまたその後を追う。そして転移でシムやアイの待つラボに帰った。
▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶
シロの転移でラボに戻り、未だ意識の戻らないゼンジをベッドに寝かせたリゥ。そしてラボ内に残っていた関係者も全員集め、早速リゥは事後報告に入った。
「――ってのが、あの男の言ってたことだ。だから、ゼンジ本人が腐ってなきゃ意識を戻しても何ら問題はない。それよりも……」
「意識が戻るかどうか、そして戻ったとしてもその後の方が問題か」
「そういうことだ」
ベッドが十数台置かれたラボ内の一室に集められた、今回の聖陽郷対邪陰郷に関わった面々。
今代四天王が四人と、先代四天王のカエ。そこに天使と十二人衆、更にはアキラと優輝たち、また、アイとアリト、アリス、そしてシムを加えた合計二十八人に、名無とゼンジが加わり合計三十人が同席している。
「クロ……」
「気にしないでください。何千年と生きた今、死への恐怖や悔いはありません。まぁ、今後の皆様の御成長と御活躍が見れないのは残念ですけれど」
そう言って、にこやかに微笑むクロ。その笑顔は、決して楽しくて笑っているわけではない。クロが禁術を使い命を落とすことに、リゥたちが責任を感じないようにするための作り笑いだ。
しかし、ここでクロの作り笑いに触れてしまっては、クロの配慮を無下にするだけ。そこにいる誰もがそう判断し、話を先に進めようとする。
「――ぅ、く……」
「――!」
次の話に切って出ようとした瞬間、ベッドの上から聞こえた微かな呻き声のようなものに全員の視線と意識が集中する。
「こ……こは? 私は……」
「起きたばかりで悪いが、自分の名前を言え。怪しいと判断すれば俺の独断と偏見で殺す」
「――! おま……! こ、ここは……いや、それより……!」
うっすらと目を開け、顳顬に手を回す男――つい先刻まで憑依されていたゼンジの体が、その意識を覚醒させた。
しかし、そんな目を覚ました直後で困惑している男にもリゥは容赦なく鋭い言葉を放つ。
「名前だ。言え」
「――大全師」
「――」
リゥの詰問に、一言、静かに言葉を発した男。そんな男の声に目を細め、リゥは部屋の端にアリトと並んで座るアイに目を向ける。
「嘘じゃないです。気配も違うし、本当のことです」
「――わお。俺の音探知要らないじゃん。魔眼すご……」
リゥからの視線に気付き、リゥの無言の問いかけに返答するアイ。
本来なら、ここで嘘かどうかを判断するのはサドの音探知だった。心音や僅かに動く体の音から嘘を発見するサドの役目が、アイの魔眼――その内の真眼の能力にサドはただただ感服する。
「大全師ってことは、今までのこと全て覚えてねぇのか? だったら俺らのことは何にも……いや、最初の頃は覚えてる? ――あァッ! ダメだ、訳分かんなくなる……」
抱えた頭を掻き回し、その後再び頭を抱えるリゥ。
もしも目の前の男――大全師に憑依されていた時の記憶がないのなら、リゥのことは赤ん坊の頃から何も知らないことになる。
師であり親であったはずの存在が、ずっと敵対する組織の一員だった。そして、その慕うべき存在に今までの思い出がなく一切知らないのだとすれば、リゥの思いと過去は全て一方通行。分かち合うことも出来ず、一からゆっくり話すことも出来ず、これから先新たに作ることも出来ない。
今更、リゥは目の前の男に何をいえばいいのだろうか――。どんな顔で、どんな言葉を掛け、どう話せばいいのか。今の男――大全師を前に、リゥの脳内で回る数多の言葉は喉から先に出ない。或いは、まだ憑依していた男の方が話しやすかったのかもしれない。
「――リゥは、一旦席を外すといい。僕たちに比べ、君は思うことが多いだろう。慕いたい存在に慕うべき過去の記憶がないなど、それほど悲痛なことはそうあったものじゃない。誰か大切な人に忘れられるのは、誰もが辛いと思うことだ」
あちこちに目が泳ぎ、瞬きの回数も多くなったリゥ。額から口まで悲痛に顔を歪めるリゥを見て、レイはこれ以上リゥを会話に参加させるのは酷なことだと判断。
「――――」
「俺たちが一緒に行きます」
震えるリゥの肩に手を回し、一旦退室させようとするレイ。ふらつく足でふらふらとドアへ向かうリゥを慌ててアキラが支え、その後に優輝たちが続く。
「――リゥ。覚えて、いますよ。憑依される前、私が自ら御身を拾ったことも、憑依され、傀儡となった後のことも。私は、その全てを覚えています」
「――! な、に……?」
アキラに支えられ、優輝がドアを開けようとドアノブに手を掛けた瞬間。弱々しくも何処か温かみのある、何とも形容しにくい不思議な男の声音が、リゥの心を揺さぶった。




