83話:明かされ始めた真実
ゼンジの前に立った名無を前に、右腕でアキラをギュッと抱き寄せるリゥ。そのまま暫く二人の睨み合いが続くと、リゥは「はぁ」と嘆息し視線を名無の後ろへと移す。
「あくまでもお前は最後。こいつを倒さない限り、お前は俺と戦う気なんてないか」
ずっと自信満々だったゼンジの顔からは一切の余裕が消え、今では頑なにリゥと戦おうとしない。完全に守りの体勢に入るゼンジの臆病な様子に、リゥは心底呆れる。
しかし、アキラに何回もの侮蔑や恐怖を与えたゼンジは、何としても自分の手で倒さなければ気が済まない。意地でもゼンジを引きずり出すべく、リゥは先ず目の前の名無を倒す。
最終目標とその道筋が決まったリゥは、アキラを隣に抱えるとそのまま戦闘態勢に入った。
「――そのまま戦うのか?」
「ああ、このままだ。不服か?」
「少し強くなった程度で調子に乗らない方がいいぞ? 俺は今みたいな幹部とも、他の初代とも違う」
アキラを抱えたまま戦おうとするリゥに、顔を顰める名無。さっきまでのように一撃で仕留められるならともかく、相手は自我を持って蘇った初代四天王だ。普通に考えれば、アキラをゴウたちに預けて戦うのが最善に決まっている。
しかし――、
「アキラは俺が守る。俺がお前と戦っているうちに、そっちが何をするかも分からねぇからな」
今のリゥは、「守りたい」と言っていただけの今までのリゥとは違う。アキラの前で、アキラの目を見て、堂々と「守る」と宣言した。その誓いを立てたからには、アキラの身はリゥが自分自身で守る。そう決めたのだ。
「そうか。ならば始めよう」
「ああ」
短い言葉の直後、間髪入れずに動き出したリゥと名無。
名無は踏み込みながら拳を矢の如く突き出し、リゥはアキラを庇いながら一旦後退。直後追いかけて追撃しようとした名無の腕を右足で蹴り落とし、今度は左足で名無の頬を蹴りつける。
「――地壊、重力倍増」
態勢を崩した名無の足場を崩し、そこに重力を掛けて地面に突き落とそうとするリゥ。
しかし名無は、重力が掛かる前に崩れた地面の土を足場にしてそこから回避。想術を空振ったリゥの後隙を狙い、追撃の準備をする。
「――波ッ!」
リゥの後隙を突いて攻撃を仕掛けようとした名無に、その攻撃を阻止するべく近付こうとしたリゥ。しかし、そんなリゥが近付く前に開いた手を突き出し、名無は大声で吼えた。
「なっ!? くぁっ……!」
「リゥくん!?」
――瞬間。リゥは、目に見えない衝撃に腹を突かれた。
突然噎せたリゥに顔を上げ、心配そうに名前を叫んだアキラ。そんなアキラを抱え、リゥは慌ててその場から後退。移動と言うよりは転移に近い速度で、名無から数メートル距離をとる。
「――攻撃が、見えなかった……? 風にしては瞬間の衝撃が大きいし、重力にしては方向がおかしい。念力の類いか?」
「ああ、そうだとも。想術としては念力の類い。だが、今のお前らが使う念力とは違う。俺のモノは俺が自分自身で作りだした『波動』だ。今の念力はその派生系。似て非なるものだな」
「なるほど。念力の元になる波動……興味があるな」
「――興味? 何を言っている。今の俺とお前は敵同士だぞ? その敵である俺に教えでも乞う気か?」
見えない攻撃の正体。使い手の少ない念力の大元となる『波動』の存在に、リゥの目がピクリと動いた。
「いや、態々教わる気は無い。今の攻撃で大体仕組みは分かった。――こういうことだろう?」
首を傾げた名無に、首を横に振るリゥ。顔を顰めた名無に平然としているリゥは、離れた場所にいる名無に手を向ける。
「うッ……!?」
「ん、出来た。この基本が分かれば後は想像でどうとでもなる」
完全に初見だった名無の攻撃を、人目見ただけで再現して魅せたリゥ。段違いに早すぎる速度で技術を取り入れるリゥに、名無の顔が変わった。
元々全ての属性に適性を持っていたリゥは、その素質と人並外れた想像力、更には努力に努力を重ねた訓練量で才能を開花。転生してからは龍翔時代に学んだ空手や柔道、プロレスなども取り込み、リゥの戦闘技術は飛躍的に上昇していた。
そしてそんなリゥがたった今、更に新たな技術をものにしたのだ。
「俺の波動を、たった一回見ただけで……?」
「ああ。参考になった。――だから、終わらせる」
「――――」
リゥの圧倒的な学習力に、初めて表情を歪めた名無。ゼンジの余裕が消えても尚自信を無くしていなかった名無が、その頬に冷や汗までもを流している。
「そこから離れろ名無!」
「――ッ! ぐっ、がはァっ……!?」
後ろから鼓膜を劈いたゼンジの声に、驚愕していた名無が慌てて退避。しかし、我を失って驚いていた名無の反応は僅かに遅い。咄嗟に退避しても完全には避けきれず、名無は地面スレスレで吹っ飛ばされる。
「――まだ見捨てたわけじゃ無かったのか。てっきりもう捨て駒にしてたのかと思ってたな」
「くっ……」
名無に向けて退避の指示を出したゼンジに、目を細めながら視線を送るリゥ。そんなリゥに眉間に皺を寄せながら、ゼンジは心底不機嫌そうに声を漏らす。
「何を言っている……?」
「――そいつは、お前のことなんか捨て駒くらいにしか思ってない。何故なら、禁術を行使した側も行使された側も半日で命を落とす。何でこの場面で自分の命と引き換えにしたのかは分からないが、あと数時間で結局ゼンジもお前も死ぬ。禁術ってのは、そういうもんだ」
ゼンジが、初代四天王を甦らせるために行使した禁術。その代償に、名無はバッとゼンジに振り返る。
「なんだと!? どういうことだ!」
「――フッ。はぁーあ……ここに来て態々バラすか。まぁ、名無であっても今のお前には勝てそうにない。もうそろそろ潮時だな」
リゥの言葉を聞き、後ろに控えているゼンジに怒鳴った名無。そんな名無の怒声にフッと嘲笑し、わざとらしい溜め息の後にゼンジは開き直る。そして徐ろに歩を進めると、西に傾きつつある太陽を眺めながら微笑。
「何故、俺が自分の命を落とす禁術を使ったか。それは簡単だ。この体が死んでも、俺は痛くも痒くもない。――この仮初の体は、俺にとってどーーーーーーーーでもいい事だからなァ……」
「――。――――――!」
ゼンジの突然の口調の変化に、一瞬眉を顰めたリゥ。しかし、次の瞬間。何かに気付いたリゥは、両目を大きく見開いた。
「――ッ、テメェの、その口調……ッ!」
――『仮初の体』
そんな意味深過ぎる言葉を無視してまで、リゥの気を引いたもの。それは、突然変わったゼンジの口調だ。
余裕をなくしていたはずだったゼンジの、開き直れるほど余裕に満ちた口調――否。そんなことは、この際どうでもいいのだ。リゥの気を引いた口調の変化は、その独特な喋り方。不快に思うことを余儀なくされるその胸糞悪い喋り方に、リゥは目を剥いた。
「そうだ。第6支部でモーサに見せて貰っただろう? お前の両親を襲い、返り討ちにあった男だ」
「何で、あの時死んだはずのあいつの口調が……! あれは作り物じゃない本当の過去のはずだ! その過去で、あいつは確かに死んでいた! 父さんと母さんに、殺されていたはずだ!」
邪陰郷第6支部の第5層。迷い森にあった塔の最下層で、待人としてリゥたちの前に立ちはだかっていたモーサ。そんなモーサに、リゥは生まれてまもない頃の過去を見せられた。
しかし、その過去がリゥに何を伝えたいのかわからず、リゥ自身仕方の無いことだと割り切っていた。なのに、今になってゼンジの口調があの時の男と重なる。
「確かに、その戦いであの体は死んだ。でも、あれは俺の本当の体じゃァない。俺は他人の体に取り憑いてその体を操作する――人格憑依ってぇ能力持ちだ」
目の前の、既にゼンジではない男。その男は完全に本来の口調に戻り、人格も自分のものに戻した。
「他人に自分の人格を上書きして、その時に記憶から何まで全て奪う。ここでこの体を殺しても俺の人格は元の体に戻るだけ。この体が死ぬだけだぜ?」
「最初からテメェにはリスクの無ぇ戦いだったってわけか。周りが死んでも構わねぇ、人格を放置してもいいところに本体がある。――邪陰郷ってのは、仮の組織か?」
「よく分かったじゃねぇか。頭が回るのはレイとゲンくらいかと思ってたが、よもやこんな早く真実に気付くたぁな。――成長したじゃねぇか、リゥ。育て親として嬉しいぜぇ?」
「黙れ、死ね。言ったはずだ。テメェなんざ、とっくに親だなんて思ってねぇ。親ヅラは勿論、気安く名前も呼ぶんじゃねぇ」
目の前のゼンジでも親でもない男に、腸が煮えくりかえる思いで話を続けるリゥ。しかし、男の話が本当なら今倒したとしても死ぬのはゼンジだった体だけ。リゥにとっては、憂さ晴らしにもならない。
よって、リゥのやるべきことは二つ。一つは、言うまでもなく奇襲を警戒しアキラを守ること。そしてもう一つは、出来る限りの情報を引き出すことだ。
「――テメェの目的は、最初から俺だった。なのに、何で態々ゼンジに乗り移った?」
「そんなんは簡単だ。俺が別の体でお前の両親を殺すのに失敗し、あのまま俺の魂は元の体に戻った。その後、目的を果たせなかった俺は本拠地で滅多打ち。その間にお前の両親を別のヤツが殺したが、狼と一緒に逃げたお前は既に当時の大全師のところで生活していた。――流石に、大全師は手強いな。こんな老体でも俺の動きについてくるし、当時は何人も殺られてた。だから俺がもう一度チャンスを貰い、大全師の体に取り憑いた」
「その時点で俺を連れされば良かったんじゃねぇか?」
「もちろんそのつもりでいたさ。というか、当初の俺の目的はお前を殺すことだった。龍神族と鬼神族の混血なんて、生かしておいたら絶対に強くなるからな。だが、上はその力を利用するべく「強くしろ」って命令に変わったんだ」
「本拠地とやらに連れ帰って鍛えれば良かっただろ」
「ああ……! ジレってぇな! 全部話してやっから、黙って聞いてろ!」
次から次へと質問を畳み掛けるリゥに、頭を乱暴に掻き毟る男。そんな男の言動に、リゥは誰にも気付かれないほど微妙に口角を上げた。
きっと、今目の前にいるこの男はそれほど頭の切れる人間ではない。流れに乗せやすく、乗せればそのまま流れていく。
そしてリゥはそのまま、巧みな話術で不信感を持たせずに次々と情報を聞き出していった。




