82話:始点
「――俺はアキラが好きだ」
優しく照り輝き、風一つない大自然と呼べる空間の中。とある雪原の真ん中で、リゥはアキラに背中を向けて立つ。リゥは凛とした背中を真っ直ぐ伸ばし、今の発言に目を丸くしているアキラに振り向き優しく微笑む。
透き通り、僅かな潤いのある、輝かしい瞳。その瞳を一点に見つめながら、己の心の中で好きだという感情が高まっていくのを自覚する。そしてリゥは、言葉を繋げた。
「俺が今後行動する理由は、全てアキラにある」
しっかりと目を合わせ、視線を逸らすことなく、言うまでもなく瞬きすらもしていない。お互いに見つめ合う二人は、呼吸も忘れて尚見つめ合う。
ふざけた要素など微塵もない。そこには貫くと決めた覚悟と、真っ直ぐな想いがある。
アキラに向かい微笑んでいたリゥの顔は、心情の変化からか、キリッと引き締まりつい今しがたまで笑っていたことを忘れるかのような真顔に変わっている。
しっかりとその存在を確かめるかのように、グッと凝らした目でアキラを見据え『成し遂げる』という覚悟が高まっていくのを感じる。
「アキラが好きで、アキラが大切だから――」
二人の視線は一ミリも動かず、動かないその瞳には、お互いの目がしっかりと映っている。風の音も、戦いの音も、人の声も、虫の声もしない。
二人以外の全てが隔離されている空間で、リゥは一呼吸置いて最後の言葉を放つ。
「――アキラの傍で、アキラを守る」
そう。それは、いつか提言した希望ではなく、その責任と力を持ったかっこよく信頼出来る力強い宣誓であった。
そしてあの時の晟の気持ちを揺るがし、未来をも動かした言葉が、今尚アキラに向かい新たに宣言された。
これが、二人のこれからの、新たな『始点』だ。
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――まるで、外から来る万物を全て拒むかのような風のドーム。外部から見れば、それは地獄と同じにしていいほどの威圧感と恐怖を感じる。
死んでも、痛覚がなくても、死なないという確証があっても、そこには近付きたくない。何千年と生きているシロとクロでさえも、冷や汗を流してそう感じ取っていた。
「――これは、危険ですね」
「時間と座標を操作して作り出した時空の結界でさえも、これだけの出力には耐えられる保証がありません。一旦退避しましょう」
突然巻き起こされた半球状の暴風に、戦いの手を止めざるを得なかったシロとクロ。二人の相手をしていた四人もいつの間にかゼンジの方へ戻っていて、シロとクロは優輝たちを囲った結界ごとその場を離れる。
「あ、あれは……?」
「見ておいた方が宜しいですよ。あれこそが、最強と謳われる存在の真の力。皆様にとっても大切なお方の真の姿――その片鱗です」
結界ごと一緒に風のドームから離れ、少し遠くからそれを眺める天使と優輝たち。唖然とする優輝たちの横でシロとクロはその半球状の暴風をじっと見つめ、そんな二人に倣って優輝たちも目の前の光景とその後に起こる情景をしっかりと目に焼きつける。
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轟々と音を立てて半球を描いていた暴風が静かに消え、神秘的な光を纏った同じく半球を描いている緑色の太い蔓が出現。そして蔓は、蕾が開花するようにゆっくりと開く。
「――――――」
開いた蔓の中から現れた影の姿に、その姿を見た全員が息を呑み絶句する。
額の右上から生える一本の角。斜めに生えている角はその真ん中で一度折れ、角先は真っ直ぐ天を刺す。大きさで言えば人間の手とあまり変わらないほどだが、その存在感は圧倒的。赤紫を主に赤や青、紫の色が波打つ様に流れている角は、禍々しくもどこか惹かれるもののある存在だ。
しかし、そんな角よりも目立つのが、両肩から生える大きな純白の翼である。色は白のみの単色でシンプルなものだが、足まで伸びるその大きな両翼の上端からも、白い角のようなものが生えている。そしてそんな大きい翼から落ちる小さい羽根も、翼から離れて尚その魅力を衰えさせない。
「――これは、想定よりずっと美しいですね」
「ええ。鬼神族より、龍神族の血の方が強く出ているようで」
角と翼の生えた影――正しく聖陽郷の希望となるリゥの新たな姿に、目を見開いて僅かに口角の上がるシロとクロ。震えながら引き攣ったように持ち上がる口角は、目の前のあまりの絶景に堪えられずにいる様だ。
「ヒャッハァァッ! あんな虚仮威しの変身で何が変わるってんだ!? 俺が倒してくるぜボス!」
龍神族のもう一つの象徴である尾は見られず、鬼神族の気というのも分からないが、角と翼という二種族の大きな象徴二つを体現させたリゥの変貌。その姿にシロたち聖陽郷サイドが見惚れる一方で、邪陰郷の幹部たちは余裕を見せた高笑い。その中でシロを足止めしていた幹部の一人が、笑いながらリゥに向かって突っ込む。
「龍神族とやらの尻尾がねぇぞ!? そんな中途半端な変貌で何が――」
瞬間、目を剥いて嘲笑いながらリゥに突っ込んだ幹部の体は、標的としていたリゥに到達する前に霧散。原型どころか、肉片すら残らず風に吹かれて塵となった。
「――まさか、二人掛かりでアキラ様たちを守りながらだったとはいえ、私たちが全然倒せなかった邪陰郷の幹部をたった一撃で……」
「これが……段々と取り戻しつつある、リゥ様本来のお力……全く動きが見えなかった……」
目の前の一瞬の出来事に、同時に目を見張るシロとクロ。何をしたかも把握出来ないその光景に、天使である二人もただただ唖然とするばかりだ。
「――馬鹿め。断片的とはいえ、龍神族本来の力に目醒めつつあるリゥの間合いに無防備で突っ込むなど……無策もいいところだ」
リゥに近づいた瞬間、突然塵となった幹部に目を細めて冷たい視線を送るゼンジ。やはり、ゼンジは今のリゥの力を知っている。ともなれば、当然対策も知っているのだろう。
リゥが変化したとはいえ、やはり戦いの勝敗を分けるのはリゥがどれほどまでに強くなったか。結局はそこに落ち着いてしまう。
しかし――、
「邪陰郷幹部、総員に告ぐ! 今目の前にいる相手、そして戦いを放棄し、一丸となって直ちに四天王リゥを抹殺せよ! 万が一にも倒せたなら、戦いに参加した者全員に望むだけの褒美をくれてやる!」
変貌を遂げたリゥを前に、ゼンジは自ら動かない。ノーマントに散った幹部全員に聞こえるように鼓膜が破れそうなほどの大声を出し、瞬時に招集をかけた。
そしてそんなゼンジの招集に反応した幹部が四天王や十二人衆との戦闘を放棄し、ものの数秒でリゥの周りに集まった。
「――なンだ! なンで名無までリゥに集まりやが……る?」
「――!? あれはリゥか!?」
「姿も雰囲気も、流れる気でさえもまるで別物だ……」
相手にしていた邪陰郷が全員揃って戦いを放棄した現状に、慌ててその後を追って来たゴウ、レイ、ゲンの三人。そして目の前で十数人の幹部に囲まれるリゥを目にすると、三人はピタリと動きを止めて目を丸くした。
「――おい、シロ! どうなってンだ!? リゥのあの姿は何だ!」
「リゥ様は、龍神族と鬼神族の力に目醒めつつあります。今はまだかなり断片的ではありますが、あれが龍神族と鬼神族の血を引くリゥ様の本来のお姿です」
「龍神族と、鬼神族……まさか生ける伝説とも呼ばれる神聖種の血がリゥに……? しかも混血とは……」
「あれが、本当の兄貴なのか……?」
目の前のリゥの姿に気劣りしたゴウは、そこから少し離れた場所にいるシロたちを発見。直後急いでシロたちの方へ向かい、十二人衆を含めた聖陽郷の面々が再び集結した。
「おいおい、どうしていっつもあいつだけ特別強くなりやがるンだ……? 今のリゥから感じられるこの気配……どう考えても全盛期より強ぇじゃねぇかよ……」
龍神族と鬼神族。それは、四天王であるゴウたちですら会ったことのない種族。そんな双方の種族の血を引くリゥの真の力とやらに、顔を引き攣らせながらゴウはよろよろと後退り。測り知れない力の差を前に、味方ながらゴウはその存在に圧倒される。
「強くなっても相手は一人だ! 全員で囲め!!」
「遠くから想術撃ちまくって蜂の巣にしてやれ!!」
リゥ一人を相手に、全方位から各々最大火力の想術を放とうとする幹部。例え最初の初撃を防いでも、普通ならば人数と火力に押されてジリ貧になる可能性が大きい。
しかし、そんな状況でもゼンジの頬は緩まない。すぐに大口を開けて笑うことの多かったゼンジの顔に、笑みと呼べるものは一切浮かんでいない。
「――アキラ」
「うん」
リゥに向けて想術の準備をする幹部たちを見て、自分のすぐ後ろにいたアキラを軽く抱え上げるリゥ。そんなリゥにアキラも力いっぱいしがみつき、二人とも戦う準備は万端。信頼するリゥに守ると言われたアキラの心には、不安も恐怖も一切ない。事の行く末をリゥに一任し、アキラは完全に身を委ねた。
「――今だ! 撃てェッ!!」
一人の合図に合わせ、一斉に想術を放つ邪陰郷幹部。そんな邪陰郷の動きを見て、アキラを抱いたリゥはその場で膝を曲げてしゃがみ込む。
「目、瞑ってて。すぐに終わらせる」
「うん、分かった」
リゥの言葉に、二つ返事で顔をリゥの胸に押し当てるアキラ。そんなアキラの頭と腰に腕を回し、リゥは屈んだ膝に力を集中させて勢いよく飛翔。新しく背中に備えた両翼を羽ばたかせ、リゥは今までよりも自由且つ繊細に空を駆け抜ける。
「――想技、刺茨」
一斉に放たれた想術をするすると躱し、滑らかな飛行で上空に昇ったリゥ。そんな素早いリゥの飛翔に幹部も瞬時に想術の軌道を変更できず、リゥはその隙を突いて空中で一旦停止。
そしてそのまま目を瞑り静かに呟くと、リゥから茨のような無数の棘が放たれる。
「――あれが、刺茨なのか? 今までのあいつの刺茨じゃ、全身から十センチくらいの針を出すのが限界だっただろ……」
息を呑むゴウたちの目の前に広がった、想像を絶するほどの光景。それは、リゥから放たれた無数の細い針がリゥを中心に円状に伸び、邪陰郷の幹部を一人残らず刺し貫いているという目を疑うほどの光景だ。
リゥのいる空中からの距離は、およそ数十メートル。覚醒前までとは比べ物にならないほど大規模過ぎる攻撃に、四天王も天使も十二人衆も、ただただ呆然と立ち尽くすばかりだ。
「――さぁ、雑兵は片付けた。次はお前の番だ」
リゥから伸びる針が霧散し、塵となって空に舞った直後。リゥはアキラを抱えてゆっくりと地面に降り、伸ばした人差し指をゼンジに向けた。
「――残念だが、次もお前の相手は俺じゃない」
リゥの言葉に目を瞑り、幹部がやられてもまだその場から動かないゼンジ。そんなゼンジの代わりに動いたのは、唯一残った初代四天王――名無だ。
そして今ここに、初代と今代の四天王――その中の最強と呼ばれる名無とリゥの戦いの火蓋が切って落とされる。




