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―――翌日。
あたしは綺羅人と一緒にショッピングモールに
買い物に来ていた。
綺羅人用の食器とか生活雑貨を揃える為。
“綺羅人の新しい部屋が見つかるまで”
後は・・・
“綺羅人が出て行きたくなるまで”
という約束だけど、いつになるかわからないし、
一応ペットだしね。
4階でだいたいの食器買った後、お風呂で使うシャンプーを買う為
2階の売り場に向かった。
別にあたしのシャンプーを一緒に使ってもいいんだけど、
綺羅人は癖毛で猫っ毛だからかシャンプーには拘っているらしい。
昨夜はあたしのシャンプーをとりあえず使ったから
思うようにヘアスタイルが決まらなかったらしい。
今日は髪の毛を隠すように深くキャップを被っている。
下りのエスカレーターに乗ろうと、とあるお店の前を通った時、
ちらりと碧い石があしらわれたチョーカーが目に入った。
天然石を使ったアクセサリーや雑貨のお店だ。
綺麗な石・・・ラピスラズリかな?
「これ、綺麗だね。」
綺羅人もそのチョーカーが目に入ったのか、
あたしが何も言わなくても二人ともそのお店に入っていた。
黒い革紐の先にシルバーのパーツ、そしてそのパーツの中に
ラピスラズリが入っている。
「綺羅人、コレ気に入った?」
「うん、綺麗だし可愛い。」
「じゃあ、プレゼントしてあげる。」
「えっ!?ホント?いいの?」
「うん、飼い猫には首輪がいるでしょ?」
あたしがそう言ってにやりと笑うと、
綺羅人は可愛らしい笑顔を返してきた。
綺羅人のシャンプーを買って、時計を見るとちょうど3時だった。
1階にあるカフェで3時のおやつがてら休んでいこうと
お店に入ると、よく知った顔があった。
・・・克彦さん・・・。
その人は3ヶ月前に別れたあたしの元不倫相手・三浦克彦さんだった。
5歳年上であたしの会社と取引がある大手の家具メーカーの営業マン。
おなかがふっくらした奥さんと一緒にいる。
「・・・。」
なるべく目を合わさないように、顔を見られないようにしながら
目の前を通り過ぎた。
そして、ウェイトレスに案内されたテーブルにつき、
ちらりと克彦さんを見ると・・・
まったくあたしには気がついていない様子だった。
・・・よかった・・・。
あたしは少しホッとしながら、克彦さんと奥さんの
幸せそうな笑顔に胸が痛んだ。
3ヶ月前―――。
突然、彼・克彦さんから急に呼び出された。
あたしは嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は見事に当たった。
『別れて欲しい。』
克彦さんの口から出てきた言葉はあたしが予想していた通りの言葉だった。
子供が出来ないと思い込んでいた奥さんに子供ができた。
だから、別れて欲しいと言われた。
あたしも奥さんから克彦さんを奪い取るつもりもなかったし、
克彦さんとは結婚なんて事も考えていなかった。
いつまでもこんな事続けてちゃいけない・・・
そう思っていたからすんなり別れる事に決めた。
それに自分では克彦さんの事はそんなに“愛してる”とは思っていなかった。
けど・・・
“愛してはいなかった”けど、“好き”だった。
だから、克彦さんが帰った後、一人で自棄酒してたんだよねー。
「凌子さん、首輪つけてー。」
しばし物思いにふけっていると綺羅人が目をくるくる輝かせて言った。
「・・・ん?・・・うん。」
その声に現実に引き戻され、慌てて返事をした。
さっき買ったばかりの“首輪”を綺羅人につけてあげていると
「凌子さん、いい匂いする。」
と、あたしの首元に鼻を近づけた。
綺羅人の鼻先があたしの首筋に当たった。
「あはは、くすぐったい。」
「なんの香水?」
「ミントをベースにしたあたしのオリジナル。」
「オリジナル?」
「うん、前にねイタリアに出張に行ったときに自分だけの
香水を作ってくれるお店を見つけてね、作ってもらったの。」
「へぇー。」
「で、その香水が気に入っちゃったから、なくなったらそのお店から
送ってもらってるの。」
「凌子さんらしい優しい香りだね。」
「そう?」
「うん、俺、この匂い好き。」
「・・・そういえば、綺羅人は香水つけてないんだね。」
「うん、俺は何もつけないかな。」
克彦さんはいつもシャネルのエゴイストをつけていた。
その香りに包まれる事に慣れていたあたしは綺羅人から微かに香る
ボディーシャンプーの匂いが新鮮だった。
「そういえば、凌子さんていくつ?」
「28歳。」
「意外にすんなり答えるんだね。もっと言い渋るかと思った。」
綺羅人はあたしがさらりと答えたのが意外だったらしい。
「言い渋ったところで若返るワケじゃないしねー。」
あたしがそう言うと綺羅人はプーッと吹き出した。
「まぁ、そりゃそうだけど。・・・てか、凌子さんて
俺と同じ年くらいかと思ってた。」
「綺羅人は?何歳?」
「25。」
「えっ!?」
うそぉ〜っ?
「む?その反応は・・・凌子さん、俺の事いくつだと思ってたの?」
「22,3かと・・・。」
「えーっ、それって俺がガキっぽいってコト?」
「べ、別にそういうワケじゃ・・・」
「はぁ・・・、傷つくなぁ・・・。」
「いや、でもほらっ、若く見られるのはいい事じゃない?」
「俺は年相応に見られたいけどな。」
そう言って口を少し尖らせた綺羅人の顔はやっぱり“可愛い仔猫ちゃん”だった。