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・・・ガチャッ・・・
―――夕方。
部屋に戻ったあたしは朝早くトラブルで呼び出され、
たいして遅くもない時間なのに疲れていた。
体は疲れてないけど精神的に疲れた・・・。
「はぁ・・・」
溜息をつきながら部屋の灯りを点けようとして、
すでに灯りが点いている事に気がついた。
・・・あれ?
あたし、今朝点けっぱなしで出掛けたのかな?
・・・そして・・・
部屋の中にいる見慣れない“何か”が視界に入ってきた。
「あ、おかえり。」
その“何か”はあたしの姿を認めるとにっこりと笑った。
「・・・た、ただいま・・・て、あなた誰っ!?」
「あ、俺?俺は河合綺羅人。」
どこからどう見ても20代前半の男性・・・その“何か”は
河合綺羅人と名乗った。
「な、なんで・・・ここにいるの・・・?」
「なんでだろ?俺も目が覚めたらここにいたからわかんない。」
河合綺羅人は不思議そうな顔をしながら答えた。
「目が覚めたら・・・て・・・あっ!」
あたしは昨夜、酔いつぶれた“仔猫みたいな彼”を
拾って帰ったのを思い出した。
・・・で、今朝慌てて出掛けたからベッドの中にいた彼に気付かずに
行っちゃったのか・・・。
しかも、彼は鍵がないから出るに出れなくてここにいた・・・?
ど、どうしよう・・・。
「ご、ごめんなさい・・・。」
「ん?なんで凌子さんが謝るの?」
「だって・・・て、なんであたしの名前知ってるの?」
「あ、お昼に宅配来たから受け取っておいたんだよ。
その宛名に“一ノ瀬凌子”様って書いてあったから。」
「な、なるほど・・・。」
「で?なんで凌子さんが謝ってるの?」
「だって・・・あたしが鍵かけて出掛けちゃったから・・・
帰るに帰れなかったのかな・・・と。」
「まぁ、確かに。」
「だから・・・ごめんなさい。」
「別にいいよ。俺、帰るトコなんてないし。」
「えっ!?」
帰る所がないって・・・
「あ、そーだ。言い忘れてたけど・・・
宅配で来た物、中身に食品って書いてあったから
勝手に冷蔵庫に入れさせてもらったよ。」
「え、あ、ありがとう。」
いやいや、今はそんな話じゃなくてっ。
「あの・・・ところで、帰るトコがないって・・・
どーゆー・・・」
「ん?そのまんまの意味だけど?」
「・・・。」
「そんな事より、凌子さん。」
「な、に・・・?」
「おなかすいた・・・。」
あ・・・そういえば・・・ここにずっと軟禁してたから
ごはんも食べに行けなかったのか・・・。
「じゃあ・・・閉じ込めちゃったお詫びにご飯作る。」
「やった♪」
彼はそう言うとニカッと笑った。
あたしはその笑顔がすごくかわいくて思わずクスッと笑ってしまった。
「あ、でも有り合せの物になりそうだけどいいかな?」
「全然OK!」
「んー、じゃあ何ができるかなぁ・・・?」
あたしは冷蔵庫を開けて残っている物を確認した。
すると彼が受け取って置いてくれた宅配の荷物が目に入った。
そういえば何が送られて来たんだろ?
荷物を出して送り主を見ると実家からだった。
あたしの実家は北海道で、よく野菜や魚介類を送ってくれる。
今回も野菜を送ってくれていた。
ちょうどこれで野菜スープが作れそうだ。
―――常備してあるパスタとミートソース、でミートスパゲティ、
あとは野菜スープを作った。
「うわぁーっ、うまそーっ!」
出来上がったパスタとスープを見て彼は嬉しそうな顔をした。
「なんかほとんど手抜きな感じになっちゃったけど、どうぞ。」
あたしがちょっと苦笑いしながら言うと彼は
「そんな事ないよ、頂きまーす。」
と、さっそくミートパスタに手をつけた。
よっぽどおなかがすいてたのかな?
そりゃそうだよね?
だって、朝からこんな夕方まで軟禁されてちゃね・・・?
なんか悪い事しちゃったな。
「おいしい♪」
彼はそう言うとにんまりと笑った。
まるで子供みたい。
あたしがクスリと笑うと彼は不思議そうな顔であたしを見た。
猫みたいに目をくるくると輝かせながら。
「なんか俺の顔に付いてる?」
「ううん、なんか猫みたいだなって思って。」
「猫?」
「うん。」
「どのへんが?」
「全体的に。」
「えー、初めて言われた。」
そう言ってアハハッと笑った姿もどこか仔猫みたいで
年下の男の子と言うより、ペットの猫が餌貰って喜んでる感じ。
「ねぇ、凌子さんさ、ペット飼う気ない?」
「ペット?」
「うん。」
「ペットかぁ・・・犬とか猫とか好きだし、
飼いたいとは思うけど・・・今は仕事が忙しい時もあるから
ちゃんと面倒見てあげられないし・・・。」
「ふーん・・・じゃあさ、放っておいても文句も言わないし、
拗ねないし、面倒見なくてもいいし、それでいて癒してくれるペットなら?」
「あはは、そんなペットなら是非飼いたいけど、そんなのどこに・・・」
「ここにいるよ。」
あたしが笑いながら言うと彼は自分を指してにんまりと笑った。
「・・・へ?」
「だから、俺。」
「・・・。」
またまた。
「俺を飼う気ない?」
「なんで?」
「さっき猫みたいって言ったから。」
え・・・。
「凌子さんなら俺、飼われたいなー。」
彼はそう言うとまた大きな目を猫みたいにくるくると輝かせて
あたしを見つめた。
う・・・そんな可愛い瞳で見つめられると・・・
「あたしと居ても何もいい事ないよ?」
「ペットだからそんなの気にしなーい。」
「・・・。」
「それとも凌子さん、彼氏とかいたりして俺が居ちゃ、やっぱマズい?」
「いや、今は彼氏なんて居ないけど?」
“今は”・・・
「俺、凌子さんが疲れてる時は全力で癒すから。」
やばい・・・なんか、このまま彼に流されてしまいそう・・・。
「ダメ?」
彼はそう言うとあたしの顔を覗き込んだ。
その表情がまた捨てられて拾って欲しそうな仔猫みたいで
可愛くて・・・
帰るトコないって言ってたしな・・・
「あたしホントに構ってあげられないよ?」
「凌子さんが俺に構いたい時に構ってくれたらいいよ。」
「ご飯だって不規則だし。」
「凌子さんが帰ってくるの待ってる。」
「・・・。」
やばいな・・・ホントに流されてる・・・。
でも・・・
「じゃあ・・・あなたの新しい家が見つかるまで・・・なら。」
「ホント?」
「う、うん・・・あと・・・あなたが出て行きたくなるまで・・・。」
「そんな事有り得ないよ。」
彼はそう言うとあははっと笑った。
「じゃ、よろしくね。凌子さん。」
「う、うん。よろしく。」
「あ、俺の事は綺羅人って呼んでね。」
こうしてあたしは“仔猫”のような彼・・・河合綺羅人くんをペットとして
飼うことになった。