続編 -ペット以上、恋人以上・1-
綺羅人がこの部屋に帰ってきた夜―――。
久しぶりに一緒に夕食を食べた後、
「凌子さん、見て見て♪」
綺羅人はあたしの目の前に金と銀のメダルを並べた。
「銀賞が去年獲ったヤツで、金賞が今年獲ったヤツなんだ。」
それは綺羅人がイタリアの国際料理コンクールで獲った
金賞と銀賞の証のメダルだった。
「・・・すごい・・・おめでとうっ!」
あたしは思わず綺羅人に抱きついた。
「このコンクールで金賞獲ったら帰ろうって決めてて、
去年に賭けてたんだけど銀賞だったから、
今年もう一回挑戦してみたんだ。
そしたら金賞獲っちゃった♪」
「銀賞でも十分すごいのにーっ!」
「ホントは早く凌子さんの所に帰りたかったんだけど
でも、凌子さんの事待たせてるって思ったら、
やっぱり一番輝いてるメダルをお土産にしたかったから。」
綺羅人はそう言うと金と銀のメダルを持ってあたしに
にこっっと笑いかけた。
その笑顔はものすごくキラキラしていて・・・
“もう一度、ちゃんとイタリアで料理の勉強して、
ちゃんと自分に自信が持てるようになったら帰ってくる。”
あたしは3年前、綺羅人がここを出て行く時に言った言葉を思い出していた。
「すごい、すごい、すごーいっ!
すごいよ、綺羅人っ。」
綺羅人は約束通り、ここにちゃんと帰って来てくれた。
「でも、凌子さんが待っててくれて、よかった・・・。
この部屋に帰って来る時、凌子さんがもう引っ越してて
別の人の部屋になってたらどうしようとか、
誰かと同棲してたりしたらどうしようとか・・・
ちょっと不安だったんだ。」
「それなら連絡の一つでもくれればよかったのにー。」
「ごめん・・・だって、なんか凌子さんの声とか
聞いちゃうと、つい甘えちゃって弱音とか吐きそうだったから。」
「弱音くらい全然吐いたっていいのに。」
「ダメ、それじゃあ俺全然頑張ってない事になるじゃん。」
綺羅人はそう言って笑ったけれど・・・、きっと
この二つのメダルを獲るのにものすごく頑張ったんだろうな。
去年銀賞でそれで悔しくて、今年もう一度挑戦して・・・
多分、あたしが想像している以上に
ずっとずっと一人で頑張って・・・。
―――それから日が経つにつれ、
綺羅人は徐々に外に出掛ける事が多くなり、
帰りも遅くなり始めた。
綺羅人が金賞と銀賞を獲った国際コンクールは
料理人の世界ではとても有名な大きなコンクールで
いろんなグルメ番組や雑誌などから取材のオファーが殺到した。
今も仕事から帰ってテレビをつけてみると、
ちょうど綺羅人が出ている番組だった。
私はテレビ画面に映る“料理人”の綺羅人の姿に
ドキリとした。
初めて見る“料理人”としての綺羅人。
コックコートを着て料理している姿。
真剣な顔。
テレビの中の綺羅人はあたしが知っている綺羅人とは
まるで別人だった。
なんだか急に綺羅人が遠くへ行った気がした・・・。
それに加えて、綺羅人は自分で新しくお店を始めるらしく、
その物件やスタッフなんかも探している。
今夜もとりあえずご飯は作ったものの、
綺羅人はまだ帰ってきていない。
一緒に食事がしたくて、話がしたくて
ずっと待っているけれど
結局、あたし一人で先に食べている・・・
そんなのがもう二週間も続いていた。
「ハァ・・・。」
溜め息をついて、ダイニングテーブルに顔を伏せた。
綺羅人、遅いなぁー。
顔をあげて部屋の時計を見ると、もう9時を回っていた。
先に食べちゃおうかなぁー・・・。
「もぉ・・・、ばか・・・。」
テレビの中の綺羅人にポツリと言ってはみたけれど・・・、
本人が目の前にいないから、寂しい気持ちはちっとも晴れなかった―――。