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黙示録の結末  作者: 瀬川弘毅
1/1

前編

 時刻は午前零時を回っていた。コロニー上部に設置された、巨大空調装置から放出された冷たい風が、そっと地表を撫でる。

 夜空には三日月が美しく光り、その無機質な建物群を照らしている。

 静寂を破り、そこへ近づく者たちがいた。静かに停車した大型車から次々に降り、隊列を組んで歩き出す。たちまち、ただ事ではない雰囲気が周囲に満ちた。

二十代から四十代くらいの男女が、五十人ほど。皆ダークグレーのスーツに身を包み、まっすぐに目的の建物を目指し歩いている。

「ターゲットは、B棟四階の西側の部屋にいる…最終確認だ、繰り返す。ターゲットはB棟四階の西側だ」

 先頭に立つ背の高い白人男性が他の面々を振り返り、声を落として言った。外見は欧米人にしか見えないが、なかなか流暢な日本語である。仲間たちが無言で頷き了解したのを確認すると、男はスーツの上着の中へ手を突っ込み、黒い石板のような物体を取り出した。彼の同志たちもそれに倣う。

 男がそれを左腕に押し当てると、その上下から二本の固定バンドが伸びた。ガチャリ、と鈍い音がし、バイザーが装着される。

「『インストール』」

 男の後に一拍遅れて、後ろについてきている者たちもそのコードを唱えた。彼らの体が茶色の光に包まれ、全身に迷彩柄の装甲が装着される。横に長い台形のアイレンズ群が、目標の建造物を見上げた。

「―作戦開始!」

 白人の男の合図とともに、アーマーソルジャーの部隊は武装を手にし走り出した。


 刑務所の警備員らは突如現れた襲撃者に気づき、勇敢にもそれを迎え撃とうとした。

 しかしその抵抗はあまりにも無意味で、時間稼ぎにすらなったかどうか怪しい。

 警備員の拳銃から放たれる銃弾は、アーマーソルジャーに命中しても少量の火花を散らすのみで何のダメージも与えられていない。特殊強化金属のアーマーには、傷一つつかなかった。警棒による打撃も、何の効果もなかった。

一方、襲撃者が専用武器パワードガンから放つエネルギー弾は、一撃で警備の男たちを無力化していく。戦場は、ほぼ完全なワンサイドゲームと化していた。

通常の装備では、パワードスーツを着た人間を倒すのはきわめて困難である。それが、かつてワールドオーバーがパワードスーツを軍事兵器として量産し、世界を手中に収めようとした所以だ―そして、今もその野望は消えていない。

警備員の反撃をものともせず繰り出された一斉掃射が、勝敗を決した。正面入り口から堂々と忍び込んだ武装集団は警備を容易く突破し、目指すべきB棟へ向かった。階段を駆け上がる彼らの背景には、血を流しぐったりと倒れた男たちの姿があった。深い青色の制服が、血に染まっている。

 スーツの効果で強化された脚力をもってすれば、この程度の運動は運動のうちに入らない。息も切らさず四階に到達すると、兵士たちは二手に分かれた。一組はターゲットの保護に向かい、もう一組は逃走ルートの確保を担う。前者は通路を進み、後者はその場にとどまった。

「…お迎えに上がりました」

 見回りをしていた看守を銃の一撃で吹き飛ばし、目的の独房に辿り着き声を掛ける。その中で簡易的なベッドに横になっていた人影に、奥に下がるよう言う。そして、アーマーソルジャーらは腰のベルトに下がるパワードナイフに武器を持ち替えた。

「『アサルト』!」

 独房の中の人物が後ろに下がったのを確認し、先頭の二人が勢いよくナイフを振り下ろす。迷彩色の光を纏い輝く刃が、鉄格子を容易く切断した。カラン、と乾いた音を立て金属製の棒が床に転がる。

「―ありがとう、諸君。おかげで助かりました」

 囚人服を着た男は切断された鉄格子の隙間から体を外に出し、独房から出た。ゴキゴキと首を鳴らし、少しだるそうに肩を回す。

「ここでの劣悪な生活環境には飽き飽きしていたところです。…さあ、私たちの理想郷をもう一度実現させに行きましょうか」

 男の言葉に、襲撃者の間で歓喜の声が上がった。さっきからうるさく鳴り響いている警報を、かき消すほどの声量だった。

「…では、さっそく参りましょう。警察が到着する前にこの場を離れなくては…ついてきてください」

彼らの先導で難なく刑務所から脱出し、刑務所から少し離れた位置に停めておいた三台の車に分かれて乗り込む。アーマーソルジャーの装着を解きスーツ姿に戻った一同は、男の乗った車を先頭にして出発した。

男は顔を見られないよう、後部座席の真ん中に座っていた。さらに仲間から渡されたパーカーを羽織り、フードを被って顔を隠すという徹底ぶりである。

 けれども男には、何かを恐れているような気配は微塵もなかった。口元にはうっすらと笑みを浮かべてすらいて、この時を待っていたとばかりに喜びに打ち震えているかのようだった。

「我々の夢は終わらない…今こそ、革命の時だ」

 聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟き、男はくっくっと小さく笑い声を上げた。仲間から渡された一台のバイザーの表面を、愛おしそうに撫でる。


「瀬川君ー、起きてー」

「今日日曜日だろ…もうちょっと寝かせてくれよ。朝のヒーロー番組を楽しみにしてる子供じゃあるまいし…」

 もう起きて着替えを済ませているらしく、肩をゆさゆさと揺すってくる二宮に、ベッドの中で瀬川弘毅は苦言を呈した。昨夜は筆が進み、ワールドオーバーとの戦いの記録をまとめたノンフィクションの執筆が大いにはかどった。そのせいで今は猛烈な睡魔に襲われており、同棲を始めて半年が経過しようとしているパートナーに催促されても、そう簡単に起き上がる瀬川ではなかった。

「起きてよー…鈴村さんから電話があったの!至急、元パワードスーツ装着者だった人たちに集まってほしいんだって」

 だが、次の二宮の一言に彼の眠気は吹き飛ばされた。

「…鈴村さんが?何で?」

 布団をはねのけてがばっと上体を起こし、瀬川は聞いた。二宮が困ったように首を傾げる。

「えっとね、詳しいことは後で話すって。とにかく、研究所に来てほしいみたい…エナジーコア平和利用の研究所に」

「―分かった、すぐ行こう」

 手早く身支度を済ませ、電話をかけアパートの前にタクシーを呼びつける。朝食抜きになってしまうのが悔やまれるが、この際仕方がない。

 瀬川は二宮と到着したタクシーに乗り込み、研究所へ急いで向かった。


 研究所の前で降車し、手早く料金の支払いを済ませる。コンクリートの塀で周囲を囲まれ、厳重に警備がなされていそうなその建物には、正面に大きな門があった。

「元パワードスーツ被験者の瀬川です」

「同じく二宮です。研究員の鈴村さんに連絡をもらって来ました」

 身分証を見せながら言うと、守衛は二人に軽く頷いて了承の意を示した。そして、ゆっくりと門を開いた。

 八階建てほどの真新しいビル。門を入ってまっすぐ進んだところにあるその入り口に、鈴村はパンツスーツ姿で立って瀬川と二宮を出迎えた。二宮は嬉しそうにぶんぶん手を振っているが、瀬川は素直に再会を喜べそうになかった―わざわざ自分たちが来るのを外で待っていたということは、それだけ事態が切迫している証拠とも考えられるのである。

「鈴村さーん!」

「千咲ちゃん、久しぶり」

 穏やかに笑みを浮かべて二人を迎えた彼女に、瀬川は笑顔で会釈した。何はともあれ、話を聞く必要がありそうだ。

「君たちが最初ね。他の皆はまだかしら…」

 鈴村が言い終わるか終わらないかのうちに、門の方から駆けてくる足音があった。

「瀬川!二宮さんと鈴村さんも、お久しぶりです!」

 やや息を切らして、藤田がやって来た。おそらく、瀬川らのようにタクシーを利用したのではなく、最寄りのバス停から走って来たのだろう。

「…藤田!」

 半年ぶりの相棒との再会に、瀬川は懐かしさがこみ上げてくるのを感じた。思えば二人で基礎プログラムからクレアシオンを作り上げ、ともに戦い―随分と長い時間を一緒に過ごしたものだ。

「おお、藤田も来たか…では、詳しい話は残りの面子も揃ってからにしよう。何故君たちをまた召集したかについても、その時に話す」

 鈴村がそう言って、一旦その件についての話は保留された。

 三人は談笑し、近況報告をし合って時折笑いが起こった。

藤田は、自分の知識を活かして仕事に打ち込んでいる様子だ。鈴村も、エナジーコアを使って大気中の二酸化炭素濃度を下げる研究を進めており、開発中の装置が実用化すれば将来的に人類はコロニーの中で生活する必要がなくなるかもしれないとのことだ。職場に気になる人もいるとの情報を何故か付け加えてきたのが少し気になったが、瀬川はあまり深く追求せずスルーすることにした。

瀬川と二宮はといえば、瀬川はフリーライター兼作家として活躍し、そこそこの収入を得ている。二宮は憧れだった有名カフェで働いていて、毎日が幸せそうに見える。

かつて一緒に戦ったかけがえのないメンバーと楽しいひと時を過ごしつつ、瀬川の中にあった、突然召集されたことへの嫌な予感は薄れてきていた。

いずれ告げられる事実を考慮すれば、その平穏は平穏と呼べるものではなかったのであるが。


結局、今田が到着したのは二十分ほどしてからだった。それも藤田のように走ってくるのではなく、悠然と歩いてくる。

「いやー悪い悪い、髪のセットに時間かかっちゃったぜ」

 全く反省していなさそうに笑ってみせた彼は、お馴染みのワインレッドの派手なジャケットを羽織り、髪はこの前染めたばかりといった感じの茶髪だった。

「…もうちょっと急いで来てほしかったけど…済んだことだし、まあいいでしょう。よし、それでは諸々についての説明を始めるわね」

 鈴村は呆れたような表情を一瞬浮かべたのち、話を始めようとした。

「…え、松浦と森下は?あいつらがまだ来てませんけど」

 当然浮かぶ疑問を口にした瀬川に、鈴村は首を振った。

「連絡がつかないの。それに、エグザシオンとプログシオンのバイザーが今私たちの元にない以上、もし来てくれたとしても戦力としては期待できないわ」

(連絡がつかない…?それに、二人の使っていたバイザーがない……?)

 一同の中に、不安の霧が立ち込める。居心地の悪い沈黙が場を包む中、鈴村は静かに語り始めた。


「―日本政府は、ワールドオーバー社から全てのアーマーソルジャーのバイザーを回収したと思っていた。でも、それは間違いだったの」

 鈴村は一旦言葉を切り、皆を深刻そうな面持ちで見回した。

「実際には、バイザーは世界各国の支店に分散されて保管されていたわ。もちろん、日本は諸外国にワールドオーバー系列の店の内部を捜索するよう依頼したけれど…捜査が徹底されていなかったのか相手が一枚上手で他の場所に隠していたのか、回収しきれていないものが残っていた」

 原因はいまだ分かっていないような口ぶりだった。複数の要因が重なったのかもしれないと瀬川は思ったが、ひとまず原因究明は後でいい。起こった事態を把握し、それに対処するのが先決だ。

「ワールドオーバー社は事実上解散した…でもその残党が、回収されず残っていたバイザーを使って暴動を起こしている。そんなところですか?」

 得た情報を冷静に分析した藤田の問いに、鈴村はイエスともノーとも答えなかった。

「単なる暴動で済んだらどんなによかったか…事態ははるかに深刻よ」

 ため息をつき、続ける。

「欧州の支店に勤務していた元ワールドオーバー社社員らを中心に、残党のグループが結成された。そして三日前彼らは来日し、元ワールドオーバー社社長秘書…中本が拘束されていた第二刑務所を襲撃したの」

「…中本を?組織の幹部を解放するのが目的なら、高峰の方を襲うんじゃねえか?」

 今田が怪訝な顔で尋ねる。詳しいことは聞いていない―今田も語ろうとしない―が、彼はワールドオーバー社側に一時的についていたとき、中本に痛い目に合わされたらしい。それ以来、中本を目の敵にしている節がある。先刻も、鈴村の口から中本の名前が出たとき眉がぴくりと動いていた。

「私にも分からないけど…まあ単純に、高峰の捕まっている刑務所よりも警備が突破しやすかったのかもしれないわね」

 終身刑を言い渡されている高峰は、アーマーソルジャーの軍団とケルビムの科学の力で世界を己が望むままに造り変えようとした大罪人だ。ゆえに、国内で最も警備が厳重な第一刑務所に収監されている。

 それはさておき、と鈴村は話を進めた。

「さらに悪いことに、彼らは二つのグループに分かれていた。一方が中本の救出に向かっている間、もう一方はこの研究所を襲ったの」

 これには、さすがに瀬川も動揺を隠せなかった。が、言われてみればそこかしこに戦闘の痕跡がある。入り口の横に設けられた花壇の一箇所が、不自然に抉られているのもその一つだ。

「保管されていたアーマーソルジャーのバイザー全て、それに加え、研究材料として偶然保管庫から実験室に持ち出されていたエグザシオンとプログシオンのバイザーも奪われたわ。残り四機までは奪取されなかったのが、不幸中の幸いね」

 数があまりに多いアーマーソルジャーのバイザーは、確かまとめて一つの保管庫に収納してあるとのことだった。研究所設立時に、鈴村がそんな細かいことまでも教えてくれた記憶がある。おそらく連中の狙いはそこにある大量のバイザーだったのだろうが、たまたま近くにある実験室で他のバイザーも発見したため、それも強奪したのだろう。

「…高峰じゃなく中本が救出された理由が、なんとなく分かった気がするな」

 瀬川が呟く。鈴村が、言ってみろと目で促してくる。

「欧州から持ってきたバイザーに加え、日本の研究所から奪い返した大量のバイザー…これを一番有効活用できるのはアーマーエンペラーしかない。そして、その元装着者だった中本なら、性能を最大限に発揮できる。あの時確かにアーマーエンペラーのバイザーは破壊されたはずだけど、もし同じものが海外に残されていたのだとしたら…」

「なるほど…確かに、アーマーエンペラーはフルに性能を発揮できれば途方もない力を行使できるからな。可能性としては十分あり得る」

 鈴村がうんうんと頷く横で、二宮はアーマーエンペラーと聞いて嫌な思い出を振り返っているようだった。

「あの時より強くなるの…?」

 あの時、とは言うまでもなくワールドオーバー社に乗り込んでの最終決戦のことである。プログシオンとアフェクシオンを圧倒した実力は折り紙付きで、攻撃力のみなら間違いなくトラゼシオンに匹敵していた。アンビシオンの加勢がなければ、二宮も森下も奴に殺されていただろう。二宮の声は心なしか震えていた。

「大丈夫、千咲ちゃん。俺が…」

「俺が守る」

 台詞を取られて今田は瀬川に非難の目を向けたが、瀬川はどこ吹く風だ。二宮が少しほっとしたように微笑む。咳払いをし、鈴村は本題に入ることにした。

「君たちを呼んだのは、残っているバイザーを使って再び装着者として戦い、奪われたパワードスーツを私たちの元に取り戻してほしいからだ。非常事態につき、パワードスーツの防衛目的での利用は政府の承認も得ている。松浦と森下にも、連絡がつき次第仲間に加わってもらおうとは思っている。…皆、力になってくれるか?」

「―もちろんです!」

 全員一致で、迷わずそう言った。

 通常の兵器でパワードスーツを倒すのは不可能に近い。パワードスーツにはパワードスーツである。そしてその能力を引き出すには、激闘を経験してきた戦士たちの力が必要になるのだった。それを理解しているからこその、即答である。

「そうか、よかった…もし同意を得られなかったら、急遽代理を立てないといけないところだったわ」

 鈴村は、とりあえず目下の懸念材料が消えて少しだけ安心したようだった。

「では、早速作戦会議を始めようか」

 彼女が笑顔でそう言い、四人を研究所の中へ案内した。


「既に国に許可を得て、ケルビムを凍結状態から解除してもらっている」

 鈴村は四人を小会議室へ通し人数分のコーヒーを淹れると、そう告げた。

「…あれほど危険なものをそんなにあっさり解放されると、なんだか逆に不安だなあ」

 喜んでいいのか迷っているような表情で藤田が言い、カップを丸テーブルに置く。

「いや、もちろんケルビムの十三機目は凍結されたままよ。あくまでも敵の追跡や監視を目的とした一時的な凍結解除であって、破壊兵器としての使用は全く想定されていないわ」

 鈴村が笑って返し、自分のコーヒーにミルクとシロップを足す。

 ケルビムは、かつてワールドオーバー社が保有していた人工衛星群の総称だ。十三の衛星のうち十二は超高解像度のカメラを搭載し、地上のあらゆる物体を捉える。十二機が互いにカバーし合うことで、地球上の全範囲を監視対象に入れることが可能になっている。

 そして残る一機は内部に巨大なエナジーコアを内蔵しており、操作一つで兵器として利用することが可能である。自身をエネルギーの膜で包んで目標地点に落下し全エネルギーを解放、一国を壊滅させるほどの破壊力を発揮する。衛星は多少損傷するものの、数十分あれば自己修復し元の軌道上へ帰還することが可能だ。そして、同様にしてほぼ無限に着弾と回収を繰り返せる。無尽蔵のエネルギーを生み出せるエナジーコアの力と科学技術が融合した、まさに悪魔の兵器である。

「…まあ、使用するときに政府の役人の立ち合いは必要になるみたいだけれど」

 スプーンで茶色い液体をかき混ぜながら彼女は漏らした。だが、むしろそのくらいの制限でケルビムを使えるのなら、ハードルは低い方だろうと瀬川は思う。

「…じゃあ、早速敵の場所を割り出さなきゃだね」

 そう言って隣で同じようにコーヒーをかき回している二宮だが、随分中の液体の色が薄い。一体ミルクを何杯入れたんだ…と考えると瀬川は気が遠くなりそうだった。同棲を始めて六か月が経つが、やはり彼女の甘党は筋金入りらしい。

「問題はどうやって突き止めるか、ね。一応捜索は始めているんだけど、ワールドオーバー社と思われる集団は目立った動きを見せていないわ。屋外のデータには全く映っていないから、多分どこかに立てこもって体制を整えてるんでしょうけど」

 ケルビムと言えども万能ではなく、屋内の細かな情報までは把握しきれない。事実、瀬川たちがワールドオーバーに追われる側になったときも、山奥の洞窟に隠れていれば容易に発見されることはなかった。あの時追う側であった彼らは、立場が逆転した今、どうすればいいかを心得ていると見える。皆、頭を捻っていた。

「…防犯カメラのデータを見てみるのはどうかな?」

 思いついた、というように不意に藤田が顔を上げ、口を開く。

「中本の収監されていた刑務所やその付近のカメラの記録映像を元に分析すれば、彼らの逃走ルートが割り出せるかもしれない」

「―それよ!その手があった」

 鈴村はがたりと立ち上がると、上に話を通してくると断って席を離れた。

激戦をともにくぐり抜けた相棒の頭の回転の速さは、健在だった。瀬川は、友として藤田のことを改めて誇りに思った。

急ぎ足で戻って来た鈴村は、その後ろにスーツ姿の中年男性を二人連れていた。

「今、政府が設立した対策本部がカメラの映像を収集してるところ。私たちは、先にモニタールームへ向かうことになった」

 モニタールームとは、おそらくケルビムから受信する映像を見るための特別な部屋なのだろう。そして鈴村の背後に控える男たちが、さっき彼女が言っていた「政府の役人」だ。

 鈴村が戻って来た頃には、皆コーヒーを飲み終わっていた。研究所の女性スタッフにカップを下げてもらい、瀬川たちは鈴村の後に続いた。


「収集作業、完了致しました」

 モニターの前で椅子に腰掛け、ケルビムのシステムが起動するのを待っていると、対策本部の者らしき人物が駆け込んできて鈴村に数枚の書類を手渡した。ありがとうございます、と一礼してそれを受け取り、鈴村は目を通し始める。対策本部の職員もぺこりと頭を下げると、急いでまた部屋を出て行った

 瀬川にもちらりとその紙が見えたが、座標を示すらしい数字の羅列を見ているだけで頭が痛くなってきた。元々勉強は不得手だし、ましてや理数系の科目は大の苦手だ。鈴村とても、理解して読んでいるわけではなさそうだった。あくまで、資料は資料である。

 やがてモニター画面が明るくなり、様々なメッセージが表示された。英語で書かれているため、瀬川にはおおよその意味しか分からない。鈴村もやや戸惑った素振りを見せているが、彼女もケルビムを操作するのは今回が初めてなのだろう。

 政府関係者のうち、丸顔で背の低い方がそっと操作マニュアルを差し出し、鈴村が受け取った。ワールドオーバー社から押収したものらしく、裏表紙にはそのロゴがある。アルファベットのWとOをあしらったマークだ。ワールドオーバーからパワードスーツ被験者募集の封筒を受け取ったときにも、このロゴが印刷されていたのを思い出す。なんだか、遠い昔の出来事のようだった。あれを受け取り、半信半疑で申し込んだのが全ての始まりだった。

「検索範囲とするのは日本…の関東地方。詳細検索…第二刑務所、っと…」

 慣れない手つきで画面にタッチし、鈴村は分析したい地域を絞り込んでいく。最後に資料を基にして具体的な座標データを入力すると、ケルビムのプログラムが演算を開始した。

 画面が一瞬暗くなり、しばらくお待ちくださいとのメッセージが表示される。今頃、該当地域を監視している衛星がデータを整理し転送しているのだろう。

 実際にはそれほど待たされることはなく、一分もしないうちに再び画面が明るくなった。衛星写真が映し出されると同時に音声で何かメッセージが伝えられるが、完璧なネイティブの英語であり瀬川には理解不能である。鈴村にも全部は聞き取れず、困っているようだった。

 政府関係者の長身の方が鈴村に耳打ちすると、鈴村は少し恥ずかしそうに画面左下をタップし、表示されるメニューの中から一つを選択した。ほどなくして画面の表示が英語から日本語へ切り替わり、音声ガイダンスも変更される。そんな機能があるなら最初から使ってくれと言いたいところだが、政府関係者としても鈴村に恥をかかせるようなことになりかねないと思いためらっていた節があったのかもしれない―いずれにせよ、結果はあまり変わらなかったわけだが。

『データ分析を完了しました。監視対象の予想移動経路を表示しています』

 瀬川らも前に身を乗り出し、分析結果を食い入るように見つめる。そこには、刑務所からワールドオーバー残党が逃走したと思われるルートが赤いラインで示されている。

 それを目を辿っていくと、赤い線は付近に人家が存在しない山奥で途切れていた。

「…おい、ここって…」

 今田が驚きに目を見開いて漏らす。

「…意趣返しにしては趣向を凝らしてるね」

藤田も苦々しげに言い、

「利用できるものは何でも利用するって方針か…」

と瀬川が呟く。

 ワールドオーバーの残党が今潜伏していると思われるその地点は、かつてユーダ・レーボが本拠地としていた廃工場と同一の座標に存在していた。


 ユーダ・レーボ掃討のため向かったときは、大型車数台に分かれて乗り込んだ。あの時は、味方にワールドオーバーの大勢の特殊部隊がいたからだ。

 しかし今回は、瀬川たち四人の他に戦力はない。鈴村によれば警察機動隊も協力を申し出てくれてはいるそうだが、パワードスーツ相手のハイレベルな戦闘に巻き込んでは死傷者が多数出かねないと判断し、婉曲に断ったという。

 ゆえに四人は、鈴村の運転する自家用車で例の廃工場へ向かっていた。

 後部座席左端に座る瀬川は、先ほど返却された手渡されたバイザーを両手で持ったまま景色を眺めていた。馴染んでいるはずの感触だが、記憶にあったよりずしりと重いように感じる。力を使うものとしての責任を改めて問われているように、瀬川には思えた。

 やがて周囲に木々が生い茂るようになり、人家は見当たらなくなる。そのまま十分ほど車を走らせ、鈴村は静かにブレーキをかけた。

「…着いたわ」

 降車すると、少し歩いたところに、記憶にあるのと同じ廃工場があるのが目に入った。ユーダ・レーボ壊滅後、ここは警察当局により徹底的に捜索されたはずだが、ワールドオーバーが諸悪の根源だと判明したのちはそちらに当局の関心ごとが移ってしまったようだ。特別な管理体制が敷かれることもなかった結果、エナジーコアの力を悪用する者たちに再び利用されてしまったわけである。

 前回の決戦では辺りに大量のハイパーモデルが潜んでいたのだが、今回は敵の気配が全くと言っていいほど感じられない。建物の入り口付近に見張りがいるわけでもなさそうだ。

「やっぱり、連中もまだ本格的に動き出してはいないってわけか。早めに叩こうって決めて正解だったぜ」

 今田は非常に楽観的にそう言い、にやりと笑った。敵の本拠地がほぼ特定できた直後、「鉄は熱いうちに打て」と早期決着を主張したのはこの男だ。瀬川たちとしてもあえて反対する理由はなかったため、一時間ほどかけてこの因縁の場所までやってきたのだ―朝食を抜き空腹が限界に達していた瀬川が軽食を取る時間をもらっていたり、出撃前にバイザーの細かい調整を行ったりはしたが。

「…ま、油断は禁物だけどな。行くぞ」

 先頭に立った瀬川が皆に頷き、工場へ歩き始める。二宮、今田、藤田もそれに遅れずに続いた。鈴村は車に残り、万が一作戦が失敗した場合速やかに撤退できるようにしている。

 松浦と森下からの連絡は、まだない。

(もう正午になろうとしてるってのに…よっぽど寝坊してない限り、携帯のチェックくらいしてるはずの時間なんだが)

 どうも釈然としない部分が残るが、もう作戦が始まっている以上、二人からの連絡を待つことにあまり意味はない。今は戦いに集中しないと、と瀬川は自らを戒めた。

 あと数メートルで廃工場の出入り口のドアに到達しようというとき、瀬川は足を止めた。そして、右方向へ顔を向けた。

 薄暗い森の中から、ざく、ざくと足音が近づいてくる。

「…元ワールドオーバーの社員か?」

 緊張を滲ませ、瀬川が問う。四人はさっと身構え、バイザーを左腕に装着し終えていた。いつでも戦闘に入れる状態である。

「―違うな」

 低く落ち着いたその声は、忘れるはずのない人物のものだった。木陰から完全に姿を現した長身の男は、ダークスーツに身を包み深緑のネクタイを締めていた。

「……松浦⁉」

 予想外の相手に、瀬川は驚きを露わにしていた。

(連絡を取ってもいないのに、どうしてここが分かったんだ…?それに、俺たちより先に到着しているなんておかしい)

 色々と聞きたいことはあったが、続いて判明した第二の事実に瀬川は言葉を失った。

 黒のスーツと同色なせいで、ぱっと見ただけでは気づかなかったのであるが―松浦の左腕には、エナジーコア研究所から奪われたはずのバイザーが装着されていた。

「悪いが、ここを通すわけにはいかない。―『エグザシオン』、『エヴォリュート』!」

 松浦の全身が緑と銀の眩しい光に包まれ、若武者を思わせる風貌のパワードスーツの装着が完了した。エメラルドグリーンの厚い装甲の上に、陣羽織のような形状の白銀の強化アーマーを纏う。さらに「サモン」のコードを短く唱え、日本刀型武装デバイス、草薙之剣を召喚し右手に構えた。

「てめえ…どういうつもりだ!」

 今田が瀬川の横に並び、松浦に食って掛かった。

「何でお前が俺たちと戦わなきゃならねえんだよ…それに、どうしてお前がそのバイザーを持ってる⁉」

「許せ…俺に選択肢はない」

 松浦は今田の問いには答えず、自身に言い聞かせるように吐き捨てた。そして、取り出した小型バイザーを右腕に装着する。

「あれって…」

 瀬川の斜め後ろで、二宮が目を見開いた。それは、クレアシオンやアフェクシオンが使用するのと同じ、アーマーソルジャーのバイザーをプログラムし直し、新たにコードを入力することで効果を発揮できる追加装備だった。

「―『サモン』」

 松浦が、再度基本コードを唱える。刹那、右腕のバイザーからエナジーの光が溢れ出し、それが一つに集まって銀色の輝きを放つ弓となった。エグザシオンの追加武装、「白龍之(はくりゅうの)(ゆみ)」―エナジーを矢の形状に練り上げ、弦を引くことで光の矢を放つ。遠距離戦がやや不得手なエグザシオンの弱点を補うのに、適した武器だといえるだろう。

「事情はさっぱり分からねえけど…お前を倒して、話は全て聞かせてもらう!『クレアシオン』、『クリムゾン』!」

 瀬川の全身が白と紅蓮の炎に包まれ、その火の粉を振り払うようにしてパワードスーツが姿を現す。白を基調としたアーマーの上に、鮮やかな赤色の強化装甲を纏う。翼を思わせる形の赤いショルダーアーマー、胸部に走る稲妻状の紋様とⅤ字型の強化アーマー、そして全身の純白のアーマーに刻まれた、紅のライン。頭部から伸びる十字架型の角、真っ赤なアイマスク。「サモン」で呼び出した十字槍、クリエイティヴ・ランスも燃えるような赤色で、クレアシオンはそれを両手で固く握り締め、構えた。

 それに続き、他の三人もコードを唱える。

「『アフェクシオン』!」

 二宮の体が黄色の光に包まれ、水玉とマーブリング模様を基調としたデザインの、橙色の

アーマーが装着される。二宮は腰のホルスターから二丁拳銃ヒーリング・ハンドガンを抜き放ち、銃口を相手へ向けた。

「…『テリジェシオン』、『トゥルーナレッジ』!」

 紺の輝きが藤田を包んだ直後、悪魔や道化師のような外見のアーマーの上に、爪で切り裂かれた跡のような漆黒のラインが刻まれる。腕と足からギザギザとした形状のカッターが何本も伸び、また肩の尖塔のような突起が二本に増える。菱形のアイマスクがエグザシオンを見据え、召喚したダガーナイフを両手に構えた。

「『アンビシオン』、『アグレッシヴ』!」

 チェック模様を基本パターンとした赤紫のアーマーを今田が纏い、続いて全身から鋭いカッターナイフが伸びる。「サモン」で拳銃アンビシャス・ライフルを呼び出し、それを右手でキャッチする。

 エグザシオンが白龍之弓の弦に指を掛けたのを合図に、戦闘が開始された。


 淡い緑の煌きを帯びたエナジーの矢は、恐るべき速度で発射された。

「くっ…」

 瀬川はその速さに反応し切れず、十字槍の柄で受け流す方針に変更した。受け止めた矢から放たれる凄まじい衝撃波に押され数歩後ずさるが、地面を強く蹴り再び距離を詰める。命中した光の矢は、その直後に霧散して消えた。

「―『チェンジ』!」

 間合いを十分に詰めたと判断し、ランスを短槍形態に変形。クレアシオンはランスを自在に操り、突き、払いの連続攻撃を仕掛けた。

 対するエグザシオンは弓を放り捨て、刀による接近戦に切り替えた。瀬川の繰り出す打突を巧みに受け止め、防御し、反撃の機会を虎視眈々と窺っている。

「敵ながら流石だな。だったら……『ウイング』!」

 瀬川が特殊コードを発動すると同時、クレアシオンの背中から純白の翼が伸び、装着者に絶大な推進力を付与する。飛行ユニットのアシストを得たクレアシオンは、そのスピードを全て乗せた渾身の一撃を放った。

 これには松浦も対処し切れず、胸部に十字槍を叩き込まれ後退した。胸のアーマーからはうっすらと火花が上がっている。

「…『ワープ』、『パラライズ』!」

 エグザシオンの右斜め上方に瞬間移動したアフェクシオンが、空中で体を捻り、雷撃を帯びた右足で回し蹴りを繰り出した。それを右肩に喰らったエグザシオンが数歩後ろに下がり、しばし硬直する。「パラライズ」による麻痺効果を受けたことにより、一時的に体を自由に動かせなくなったのだ。

「ちゃっちゃと終わらせて、目を覚まさせてやるよ!」

 その隙を突き、アンビシオンがエグザシオンへ猛然と躍りかかった。紅の光弾を連射して相手を怯ませ、拳銃を無造作に投げ捨てると肉弾戦に移行した。今田が松浦を殴りつけるたびに、両腕に備えられたイデアカッターが装甲を傷つけ、激しいスパークを散らす。

「ぐっ……」

 ようやく麻痺効果から逃れた松浦に反撃の機会を与えず、今田は赤紫のオーラを纏った両拳をエグザシオンに叩きつけた。

「…『フィスト』!」 

 まず左拳が右の頬を、そして右拳が胸部をしっかりと捉える。エグザシオンは数メートル吹き飛ばされたが、すぐ体勢を立て直そうとした。

「『クイック』!」

 そこにテリジェシオンが追い打ちをかける。持ち前の俊敏性を発揮し、高速移動したテリジェシオンは松浦に神速の斬撃を浴びせた。エグザシオンは草薙之剣で防御するのが精一杯で、藤田の移動速度についてこれていない。

「…『スマッシュ』!」

 高速移動の効果が切れるより前に、藤田がコードを唱えた。テリジェシオンの両足に紺色のオーラが纏わされ、明るく輝く。また、「クイック」により全身をもが同色のオーラで覆われている。

「『クイック』、『スマッシュ』!」

 それと同時に、瀬川も勝負を決めるべくコードを連続で唱えた。まだ「ウイング」の効果は持続している。大きく広げた羽をはためかせ空高く上昇し、脚部が紅蓮の炎のごとき輝きを帯びる。さらに、体を包む純白の光と飛行ユニットのもたらす推進力が、クレアシオンに最大限のスピードを与えた。

「……はあっ!」

 跳躍したテリジェシオンが、エグザシオンに跳び蹴りを放つ。

「―セイッ!」

 急降下したクレアシオンが、超高速のキックを繰り出す。

「―『ガード』!」

 松浦は素早く基本コードを唱え緑に光るバリアを展開したが、それは二人の同時攻撃を押しとどめるには不十分だった。数秒後、破壊力に耐え切れずに障壁が砕け散る。

 両腕をクロスさせ咄嗟に防御姿勢を取ったエグザシオンに、クレアシオン、テリジェシオンの必殺の蹴りがクリーンヒットする。

 エグザシオンは大きく飛ばされて大木に強く体を打ちつけると、どさりと地に崩れ落ちた。間もなくパワードスーツの装着が解除され、松浦は悔しさを滲ませた表情でそこに横たわっていた。


「…さてと、どうしてお前がこんなところにいて、しかもバイザーを持ってるのか…とっとと話せ」

 装着を解いた四人は倒れている松浦に駆け寄り、とにかく話を聞き出そうと試みた。今田に急かされ、松浦がようやく重い口を開く。

「……森下を、奴らに人質に取られている」

「…葉月ちゃんが⁉」

 唖然として聞き返した二宮に、松浦が小さく頷く。

「俺と森下のバイザーを研究所から強奪した奴らは、元装着者でありパワードスーツの性能を最大まで引き出せる俺たちに、軍事的利用価値があると考えたらしい。二日前の夜、家に侵入してきた奴らは彼女を捕らえて言った。『私たちのために働け。逆らえば女の命はない』とな」

 松浦は思い詰めたように言った。

「エグザシオンが備える通信機能を逆用し、ワールドオーバーの残党の連中は俺の一挙手一投足を監視している。少しでも不審な動きを見せれば、彼女は殺される…そして、俺には森下を見捨てることはできない」

 「選択肢はない」というのはこういう意味だったのかと、瀬川は厳しい顔つきで考え込んだ。これでは、松浦を敵に回すより他になくなってしまう。

「…なるほど、色々と驚いたけど疑問は解決した。俺らで葉月ちゃんのことは必ず助け出すから安心しろ」

 今田もしばし沈黙していたが、何てことないように言ってのけた。その一言で勇気づけられるような思いだった。

「…それじゃ、先を急ごう。松浦の話が本当なら、侵入者の撃退に失敗したってことももう敵に伝わってるはずだ」

「ああ、行こう。…松浦はここで休んでろ」

 藤田に応じ、瀬川はワールドオーバーを今度こそ完全に潰すべく、工場の方へ戻ろうとしかけた。

 否、その必要はなかった。

 出入り口の錆びついた扉が耳障りな音を立てて開き、一組の男女が現れた。女の方はショートヘアの似合う美しい顔立ちをしているが、肌の白さが日本人離れしている。おそらく、欧州から日本に渡って来たという元ワールドオーバー社員の一人だろう。

 そして男の方は、かつて戦い刃を交えた相手だった。やり手のセールスマンを思わせる風貌は、依然と変わりがない。二人ともシックなスーツに身を包み、左腕にはバイザーを装着している。

「…中本……」

 呟いた瀬川に、彼は薄ら笑いを受かべて応えた。

「久しぶりですね…被験者の皆さん」

 

 中本とその部下らしき女性は横に並んで立ち、瀬川たちと対峙した。芝居がかった口調で、皮肉を混ぜた要求を伝えてくる。

「再会を喜び合いたいところですが、生憎時間がない…大人しくバイザーを引き渡してくれれば悪いようにはしません。我々としても、手札は多ければ多いほどいい」

「…俺たちが渡すと思うか」

 睨み返す瀬川に、中本は大げさにため息をついてみせた。

「そうですか…なら、仕方ありません。イズミ、松浦」

「イエス」

 イズミと呼ばれた女性は完璧な英語の発音で答えると、バイザーを巻き付けた左腕を前に出した。

「…『プログシオン』、『エヴォリュート』」 

 イズミの全身が眩い光に覆われ、その中から、五角形の組み合わせを基本パターンとしたアーマーの女剣士が現れた。水晶のごとき輝きを放つ装甲は、美しい紫と銀に彩られている。手にしたプルーブ・サーベルの刃に日の光が反射し、煌いた。

 一方、起き上がった松浦はスーツに付いた土を軽く払うと、中本のいる側へ歩き出した。

「…おい!」

それに気づいた今田が止めようと立ち塞がるが、松浦は何も言わず彼を突き飛ばし、歩みを止めることはなかった。一切の迷いを見せず、中本の横に立つ。

 再びコードを唱え、松浦がエグザシオンを装着する。強化アーマー及び武装デバイスの召喚を終え、弓矢と刀を構える。

 そして中本もバイザーを付けた腕を前に出し、高らかに唱えた。

「『インストール』…『オールフォーワン』!」

 茶の光に包まれ、迷彩柄の装甲を纏ったアーマーソルジャーに変身したと思ったのも束の間だった。廃工場の中から大量のエナジーの光が溢れ出し、そのアーマーに吸収されていく。

「なっ……⁉」

 中本がアーマーエンペラーのバイザーの複製版を所持していたのは、予想の範囲内だった。だが、取り込むエネルギー量が想像を絶している。壮絶な光景に絶句する瀬川に、中本は心底楽しんでいる風に言った。

「国内外から可能な限り全てのアーマーソルジャーのバイザーを集め、この工場内に安置した…おかげで私のアーマーエンペラーは、究極の力に到達した!もはやいかなるパワードスーツも、私を倒すことは不可能…」

 白い光が全身を包み込み、鋭角的なデザインの装甲を纏った騎士が顕現した。両肩には平行四辺形のアーマー。手足の装甲には、十字架を模した模様が刻まれている。胸部は隆起した筋肉を思わせる堅固な鎧で守られ、頭部からは四本の角が伸びる。

 背には白いマント、対照的に全身のアーマーの色は灰色と黒がメイン。

「―『サモン』!」

 アーマーエンペラーの手の中に、柄の長い戦斧、ジャッジアックスが召喚される。柄に十字の紋様が刻まれたそれを掲げ、中本は仮面の下で残酷な笑みを浮かべた。

「…さて、行きましょうか」

「…『クレアシオン』、『クリムゾン』!」

 瀬川たちも再度パワードスーツを装着し、三人へ猛然と向かって行った。

「二宮、行くぞ!」

「うん!」

 クレアシオンとアフェクシオンはアーマーエンペラーを、

「…お前の相手はこの俺だ!」

アンビシオンはエグザシオンを、

「僕が相手だ!」

テリジェシオンはプログシオンを相手に、戦闘が始まった。


「…うおおっ!」

 気合とともに瀬川が繰り出した十字槍の一撃を、中本は戦斧でがっしりと受け止めた。刃と刃が交差し、火花が散る。

「…お前らの狙いは何だ。高峰がやろうとしたことを、またやろうっていうのか!」

 ランスを握る手に全身の力を込め、瀬川が問うた。

「もちろんですよ。高峰様の理想は私が受け継ぐ…あのお方の描いた理想郷を、私が実現してみせる!貴様らを倒してパワードスーツと『ケルビム』を奪還し、ワールドオーバーが世界を統べるのだ!」

 中本は全身からみなぎるエナジーをジャッジアックスに集め、クレアシオンを凌駕するパワーで斧を振り下ろした。

(まずい……っ!)

 槍でまともに受けようとすれば、間違いなく粉々に砕かれていただろう。咄嗟に後ろに跳躍して大振りな一撃を躱し、着地した。気づけば、冷や汗が流れていた。

「―『パラライズ』!」

 瀬川をアシストしようと、アーマーエンペラーの横に回り込んだアフェクシオンが、雷撃を帯びた橙色の光弾を連射した。中本は直撃を受けたものの、全身から溢れるエナジーの光が麻痺効果を瞬時に打ち消す。

「…その程度の攻撃では、時間稼ぎにもなりませんね」

 中本は嘲笑し、エナジーを集めた右足で地面を力強く蹴り飛ばした。一瞬で二宮との間合いを詰め、横薙ぎに斧で斬りつける。

「『ワープ』!」

 五メートル右方向に瞬間移動し、アフェクシオンは辛くも攻撃から逃れた。

「―それも想定内です!」

 しかし、中本の方が一枚上手だった。莫大なエナジーにより移動速度が著しく向上しているアーマーエンペラーは、アフェクシオンが移動した位置を察知するやいなや、即座に次の攻撃に移ったのだ。瞬時に二宮の前方へ移動し、アックスを大上段に振りかぶっての一撃を繰り出す。アイレンズの奥で、二宮の瞳が恐怖に見開かれた。

「う…ああああっ…!」

 丸みを帯びた装甲を縦に切り裂かれ、アフェクシオンのアーマーから多量のスパークが飛んだ。二宮がよろめきながら後ずさる。ありったけのエネルギーを乗せた斬撃のダメージは、並大抵のものではなかったはずだ。事実、装甲からは白煙が上がり、一部内部機構が剥き出しになっている。

「お前……っ!」

 二宮を傷つけられた怒りを露わに、クレアシオンはアーマーエンペラーへ突進した。飛行ユニットを展開し、全推進力を乗せた打突を放つ。

 弾丸のごとく繰り出された突きを、アーマーエンペラーはしかしジャッジアックスで軽く受け止めた。

「無駄ですよ…貴方と私では、戦闘に利用できるエナジーの総量が違いすぎる。戦う前から勝負は決しています」

「…寝言は寝て言え!『神殺』!」

 クリエイティヴ・ランスが紅蓮の炎に包まれ、その先端が一際明るく輝く。組み合った状態のまま、超至近距離から繰り出される応用コードの攻撃を前に、中本は動じた様子を見せなかった。

「―『デスブレイク』!」

 戦斧にグレーのオーラ、さらには白いエナジーの光をみなぎらせ、アーマーエンペラーはクレアシオンを迎え撃った。

 光と光が激突し、辺りに爆風が吹き荒れた。


「…どうやら、勝負あったようですね」

 勝ち誇ったように言い、中本は瀬川との距離をゆっくりと詰めた。纏っているアーマーには傷一つない。たとえ多少の損傷があっても、すぐにエナジーの力で自動修復されるのではあるが。

「まだ…終わってねえぞ」

 強化アーマーの装着を強制解除され、全身の装甲から白煙を上げながらも、瀬川は屈せずに立ち上がった。

「なら、私が終わらせてあげましょう。『クイック』」

 体をグレーの光で覆ったアーマーエンペラーが高速移動を開始し、斧の刃がクレアシオンに迫る。

「…!『クイッ―」

「遅い!」

 瀬川にコードを唱え終わる猶予すら与えず、中本は一方的に攻撃を加えた。目にも止まらぬ速さで戦斧を振り回し、容赦なく斬りつける。やや離れた位置にいる二宮には、攻撃の奇跡しか見えなかった。高速移動の効果持続時間が終了した時、瀬川は装着を解かれ、地面に膝をついていた。クレアシオンのアーマーが光の粒子に還元され、バイザーの中へ戻っていく。

「がっ……」

 斧を打ちつけられた上半身が痺れ、尋常でない痛みが襲ってくる。抵抗する力も残っていない瀬川へ引導を渡すべく、中本はもう一度アックスを振り上げた。

(…ここまでか)

 激痛で遠のく意識の中、瀬川は覚悟を決めた。物書きとして名を上げて生涯を閉じたいと思っていたが、人類を守るために戦った英雄として歴史に名を残すのも、悪くないかもしれない。

 観念し、目を閉じる。


「させない……っ!」

 来るはずのさらなる痛みは、去来しなかった。瀬川がはっとして目を開けると、アフェクシオンの背中が目に入った。

 瞬間移動して二人の間に割って入ったアフェクシオンが、身を挺して瀬川を守ったのだ。

「……二宮、無茶だ!俺のことはいいから逃げろ!」

「…嫌!」

 必死に叫ぶ瀬川に、二宮は叫び返した。辛うじて斧を受け止めている両腕が、ぷるぷると震えている。呼吸もひどく乱れ、荒い。

「瀬川君、研究所で作戦立ててるときに、私のこと守るって言ってくれたよね…だったら私も、瀬川君のこと守りたい……じゃないと、彼女失格だもん」

 悲壮なまでの覚悟でそう言い、二宮は両腕に一層力を込めた。けれども力の差は歴然としており、アイマスクの下では表情が苦痛に歪んでいる。

「…面白い。ならば、先に貴方から仕留めてあげますよ」

 アーマーエンペラーは斧を振り払ってアフェクシオンの体勢を崩すと、すかさず戦斧を横に斬り払った。アフェクシオンの装甲からさらにスパークが迸る。それでも二宮は抗うことを止めなかった。

(私しか…私しか瀬川君を守れる人はいないから!絶対に、守る…っ!)

 至近距離からハンドガンを連射するが、エナジーの光に身を包んだアーマーエンペラーはかすり傷すら負わない。全く意に介した様子はなく、アックスを振りかざし連撃を叩き込んだ。

「うっ…が、ああっ」

 橙色のアーマーはあちこちが損傷し、既に戦闘を継続できる状態ではなくなっていた。アフェクシオンはそれでも意志の力のみで敵に突進し、抵抗を試みた。

「フン…勝てないと知りながら…愚かですね」

 残された僅かな力をかき集めて繰り出されたタックルを正面から受け止め、中本は余裕すら見せた。突き刺すように膝蹴りをかまして怯ませたところに、下から掬い上げるようにして斧を振り上げ、強烈な斬撃を放つ。多量のエナジーを纏った刃が、無情に光る。

「がっ…あ、ああ……っ」

 空中に吹き飛ばされたアフェクシオンにも、ついに限界が来た。装着が解除され、二宮が力なく地に倒れる。

 そちらへ躊躇わず近づいていくアーマーエンペラーに、瀬川は絞り出すようにして叫んだ。

「や…めろ……っ!」

 地面にうつ伏せに倒れ、動くはずもない腕を必死に動かそうとして、懸命に這って彼女の元へ近づこうとする。手を伸ばそうとする。けれども、その手は何も掴むことができなかった。

「…バイザーを渡していただけるのなら、命だけは助けて差し上げますが」

 相手を見下ろしたまま慇懃な態度で言う中本に、二宮は弱々しく首を振った。

「や、だ…っ、絶対に渡さない!」

「…そうですか。なら、殺してから奪うとしましょう」

 強い意志を示した彼女に、中本は無感情に宣告した。

 無力で、ただ見つめることしかない瀬川の視界に、狙いを定め斧を振り上げたアーマーエンペラーが映った。

「―二宮!」

 絶望が、瀬川を包んだ。


「…『ブレード』!」

 アンビシャス・ライフルが銃剣形態に変化し、アンビシオンはエグザシオンへ勢いよく斬りかかった。草薙之剣がそれをがっちりと受け止め、隙あらば銃剣を撥ね退けようと、刀を握る手に力が込められる。

「葉月ちゃんを助けたいお前の気持ちは分かる…でもな、お前の行動の結果大勢の人たちが苦しむことになるかもしれないんだぞ!それでもいいのか!」

「…黙れ!」

 松浦は今田に吠え、刀を横に振り払った。銃剣の刃を払われ後退する今田に、松浦が弓で狙いを定める。

「俺には…こうするしかないんだ!」

 弦を引き絞り、白い光の矢を放つ。アンビシオンは横に転がって躱し、すぐに体勢を立て直して拳銃の引き金を引いた。紅の光弾が発射され、エグザシオンが飛び退いて回避する。

「…この馬鹿野郎!」

 今田はやけになったように叫ぶと、中距離から再び銃撃を放った。松浦もアンビシオンの攻撃を躱しつつ、弓を射て反撃する。両者は一定間隔を保ちながら、互角の撃ち合いを続けた。


 「クイック」による高速移動で、テリジェシオンが神速の斬撃を繰り出す。全パワードスーツ中最速のその攻撃に、イズミの装着しているプログシオンは対応しきれなかった。サーベルによる防御が間に合わず、時折装甲に斬りつけられ火花が散る。

「―『サイレント』」

 しかし、見えない敵を相手にしては藤田にも戦いようがなかった。光学迷彩を発動し姿を消したプログシオンに対し、せめて隙を見せぬようにと辺りを油断なく見回し警戒する。

 背後から放たれた攻撃への反応が遅れたのは、仕方ないというべきか。

「『ワイルドラッシュ』」

 テリジェシオンの真後ろに姿を現したプログシオンが、サーベルを素早く前に数度突き出す。その動きと連動して、サーベルの刃のやや前方に紫の光の刃が生成される。直撃を受けたテリジェシオンは数メートル吹き飛ばされ、木の幹にしたたかに体を打ちつけた。

 その時藤田の視界に、地面に倒れた瀬川の姿が映った。彼が必死に手を伸ばそうとしている先に視線を向けると、アーマーエンペラーが今まさに二宮に斧を振り上げたところではないか。

(…まずい)

 考えるより先に、体が動いていた。

「―『クイック』!」

 再度高速移動を発動し、紺の光に包まれたテリジェシオンはイズミから距離を取った。目指す先はもちろん、助けたい仲間の待つ場所だ。

 アーマーエンペラーに接近した藤田は、相手がこちらに気づくより先に二本のダガーナイフを投擲した。そのうち一本がフェイスアーマーに当たり、一瞬視界を封じられた中本がややふらついた様子を見せる。

 その隙にテリジェシオンは二人へ近寄り、二宮を右腕で、瀬川を左腕で抱え上げた。そのまま地面を蹴り飛ばし、戦場から離脱する。

「…一旦引くよ!そっちも急いで!」

 離れた場所で戦闘を繰り広げている今田にも呼びかけると、藤田は一足先に撤退した。

「お、おい待てよ!」

 今田は松浦と銃撃戦を展開していたが、どちらも決定打になるほどのダメージを受けてはいなかった。それが単に力量が拮抗しているからなのか、はたまた友である相手に対し全力を出し切れていないからなのかは分からない。

 今田は自分も高速移動を開始し、紅のオーラに全身を包むと逃走を開始した。松浦は追おうとしたが、スピードではエグザシオンはアンビシオンに劣る。追いつくのは難しいだろうと判断して追跡をやめると、装着を解き仲間の元へ戻った。

「不意打ちとは小賢しい真似を…」

 中本は装着を解除し、忌々しげに呟いた。そして、駆け寄って来たイズミと松浦に笑いかける。

「…ですが、連中との戦力差は歴然としていることがこれで証明されましたね。彼らの貧弱な装備では、私たちを攻略することはできない」


 瀬川と二宮は研究所に戻ってすぐ病院へ連れていかれ、治療を受けた。幸いにも怪我は打撲と浅い傷だけで済んだようが、まだ斧で斬られたところが痛む。

 瀬川は上半身の一部に、二宮も腕に包帯を巻いていた。二人は今、待合室で椅子に並んで座っていた。しばらくすれば名前が呼ばれ、治療費を払って研究所へ戻る。大怪我に至らなくて本当に良かった、と瀬川は思う。

 二人をここまで車で送ってくれた鈴村は、外の駐車場で待ってくれている。他の二人は研究所に残り、戦術を練っているのだろう。

 病院内は比較的空いていて、つまるところ二人きりといってもいい状態だった。

「…ごめんな」

 ぽつりと言った瀬川を、二宮は上目遣いで見つめた。

「正面から挑んで敵う相手じゃないって分かってたのに…相手の挑発に乗っちまったよ。二宮にも相当無理させちゃったな…」

 苦笑する瀬川に、二宮はふるふると首を振った。

「ううん…だいぶ前だけど、私が追い込まれてて瀬川君が助けてくれたこともあったし。だから、これで貸し借りなしってことで」

 二宮が言っているのは、ユーダ・レーボと戦っていた頃のことだろう。強化アーマーとういう新しい能力を発揮し、瀬川らを圧倒したプログシオン。その装着者だった女は、クレアシオンとアフェクシオンをまさに絶体絶命というところまで追い詰めた。その時、瀬川は我が身を犠牲にしてでも二宮を守ろうと、彼女の前に立ちプログシオンに挑んだのだ。

 その時テリジェシオンが不意打ちを仕掛け、女は装着を解かれた上殺された。結果的に瀬川らを助けたのが今までずっと彼らを欺いてきた景山であったことは、最大の皮肉である。 

 過去に束の間意識を向け、瀬川は答えた。

「…無理すんな」

「……うん」

 そっと肩を抱き寄せる。二宮は、大人しく体を委ねた。

「本当は、ちょっと怖かった…」

「…何があっても、二宮を傷つけさせはしない。次は必ず勝つ」

 寄りかかってくる二宮の体温を感じながら、瀬川は彼女の耳元で優しく囁いた。二宮の頬がほんのりと赤くなり、瀬川の腰に手が回された。


 一方、こちらは小会議室で作戦を立てている今田と藤田である。

「…あの調子じゃ、松浦を味方につけるのは無理そうだな」

 今田がため息をついて言う。

「森下さんを人質に取られてるからね…無事だといいけれど」

 藤田は彼女の安否を心配しているというよりは、中本たちに乱暴されてはいないかと懸念していた。人質だから殺されることはまずないと思うが、死には至らなくとも、痛みや屈辱を伴うような行為を強制させられてはいないだろうかと。

 その微妙なニュアンスは今田にはいまひとつ伝わらなかったらしく、今田は頭を掻きながら続けた。

「葉月ちゃんが人質になってさえいなかったら、アフェクシオンで空から爆撃して壊滅させられるのによ」

 飛行ユニットを展開でき、銃火器により広範囲に攻撃を加えることが可能なアフェクシオンならばアーマーソルジャーの一掃はさほど難しくはない。だが、森下を巻き込んでしまう可能性がある以上その案は当然却下される。

「やっぱり、正面から挑むしかないのかな…」

 呟いた藤田だが、現状で彼らに勝てるとは正直思えなかった。アーマーエンペラーの力は予想以上に強大で、クレアシオンとアフェクシオンを容易くねじ伏せるほどだったのだ。何かしらの対策が必要だろう。

「…強化アイテムが必要かもしれない」

「…そんなことできるのか?」

 半信半疑で問い返した今田に、藤田は曖昧な、だが自信を窺わせる表情で頷いた。

「パワードスーツは、戦闘データを元にして進化し続ける。…アーマーエンペラーたちとのデータを分析すれば、突破口が開けるかもしれない」


 次の襲撃は、一週間もしないうちに決行された。日が沈み、夕闇が地上を包み始めた頃であった。

 大型車から何人ものスーツ姿の男女が次々と降り立ち、高いコンクリート塀で囲われた第一刑務所へ向かってまっすぐに歩き始める。その先頭に立つのは、同じくスーツを着ているイズミと松浦、そして中本だった。

 ケルビムが受信したその映像をパソコンで確認しつつ、再び召集された瀬川たちは今、鈴村の運転する車で目的地へ急行していた。

「戦力が整ったから、高峰も脱獄させる気か。随分大きく出たもんだ」

 助手席に座る今田は、膝の上に置いたパソコンの画面を見ながらけだるそうにぼやいた。

「…まさか、トラゼシオンにも複製版があるなんてことはないよな?」

 嫌な予感が胸をよぎり、瀬川が鈴村に尋ねる。鈴村はハンドルを握り前方を注視したまま、冷静に答えた。

「おそらくないと思うわ。高峰は基本的に部下を信用していなかった。自分と同等の力を持つ人物が現れることを恐れていた彼が、トラゼシオンを複製するはずがないもの」

 トラゼシオンは、超越の意を込めて名づけられたらしい。全てを超越し人類の管理者になろうとした彼にとって、対抗馬は邪魔な存在だったに違いない。

 中本に「オールフォーワン」を読み込ませた特殊なアーマーソルジャーのバイザーを与えながら最後の決戦までその使用を温存させたのも、心のどこかでアーマーエンペラーを潜在的な脅威に感じていたからかもしれない。

「…一理あるね。それに、彼はトラゼシオンの強さに絶対の自信を持っていた。僕たちを倒すのに、あれが二台も必要になるとは思わなかっただろうな」

 首肯し、藤田も自分の意見を述べた。

「ま、ともかく油断は禁物よ。何としてでもワールドオーバーを食い止めて」

 車が刑務所付近の歩道に寄せられて停車し、瀬川たちは飛び出すようにして降車した。

「…よし、行くぞ!」

「うん!」

「おう!」

 瀬川の気合に二宮と今田がほぼ同時に応じ、四人は混乱に陥っている第一刑務所へ突入した。前回の戦闘で負った怪我は、既に完治していた。


 数分前までは厳重な警備体制が敷かれていたはずだが、今ではそれは影も形もなかった。

 警備員は大方アーマーソルジャーの銃撃に倒れ、迷彩柄のアーマーを纏った兵士たちが広い建物内を闊歩する。

「『クレアシオン』!」

「『アンビシオン』!」

「『アフェクシオン』!」

「…『テリジェシオン』!」

 そこに瀬川たちが駆けつけ、走りながらコードを唱える。白、赤紫、黄、紺の四色の光に包まれ、四人はアーマーの装着を完了した。アーマーソルジャーたちが一斉にこちらを振り向き、銃口を向けてくる。

 他のパワードスーツの姿は見えない。どうやら、ここにいる兵士たちは逃走経路の確保のため建物の入り口付近に留まっているようだった。だとすれば、中本たちは彼らより先に高峰の囚われている独房へ向かったのだろう。

「ここは俺たちに任せて先に行け!」

 今田が拳銃を敵に向け、紅の光弾を連射して言った。その横に並び、ハンドガンで正確に兵士らを撃ち抜いていく二宮も、こくりと頷く。

「…分かった、助かるぜ!」

 瀬川は頷き返すと、二人の攻撃で生じた包囲網の穴に、藤田とともに突っ込んで行った。行く手を遮ろうとする数名のアーマーソルジャーを、召喚した十字槍とダガーナイフで薙ぎ倒し先に進む。高峰の独房の位置は鈴村から聞いている。車の中で建物の構造図にも目を通してあるため、瀬川と藤田は迷うことなく疾駆した。

 クレアシオンとテリジェシオンの背中を見送りつつ、今田は拳銃を構え直した。

「……さてと、さっさと片付けてあいつらに追いつくか。『アグレッシヴ』!」

 アンビシオンを漆黒のオーラが包むと同時、手足から鋭いカッターナイフが伸び、装甲の一部が黒に染まり厚みを増す。アンビシオンが近づく相手を殴りつけ、さらにそのナイフで斬りつけて叩きのめしていく。

「そうだね!…『ウイング』!」

二宮の右腕に巻かれた小型バイザーから光が溢れ、それが一対の黒い翼へと形を変える。飛行能力を得たアフェクシオンは自在に飛び回って敵を翻弄すると、橙色の光弾を放って多数のアーマーソルジャーを吹き飛ばした。

「終わりだ。『ジエンドバースト』!」

「『サンライズシュート』!」

 アンビシオンの握った拳銃から紅の破壊光線が、アフェクシオンの二丁拳銃からは灼熱の光球が撃ち出される。

 その直撃を喰らったアーマーソルジャーたちは大きく吹き飛ばされ、直後、装着を解除されて床に倒れ込んだ。


「―待て!」

 先を急ぐ瀬川と藤田は、前方を歩く三人に気づき声を上げた。

「また貴方たちですか。性懲りもなく…『インストール』、『オールフォーワン』!」

 中本は眉を顰め、左腕にバイザーを装着するとコードを唱えた。建物中の通路という通路からエナジーの光の奔流が彼の元へ集合し、グレーの堅固な装甲を纏った騎士が降臨する。だが右手に握っている黒の戦斧は、騎士よりもむしろ死刑執行人を思わせた。

 中本に続き、松浦とイズミもコードを唱えアーマーを装着する。紫と碧の剣士がアーマーエンペラーの左右に並び立ち、武装デバイスを召喚した。

「こいつらは私と松浦で引き受けます。貴方は高峰様を迎えに行きなさい」

 中本がプログシオンに合図すると、彼女は無言で頷き、通路を走り始めた。

「…させるか!」

 後を追おうとしたクレアシオン、テリジェシオンの行く手に、アーマーエンペラーとエグザシオンが回り込む。何が何でも、高峰を解放するつもりらしい。

「お前たちの思い通りにはさせない!『クリムゾン』!」

「…『トゥルーナレッジ』!」

 二人は紅と漆黒の強化アーマーを纏い、全力で相手に突進した。


「『クイック』!」

 紺のオーラを帯びたテリジェシオンが、高速の斬撃を浴びせるべくアーマーエンペラーに向かい疾走する。繰り出されたダガーナイフの渾身の一閃を、中本はしかしジャッジアックスで隙なく受け止めてみせた。

「確かにテリジェシオンの俊敏性は脅威的です。トラゼシオンを除く全パワードスーツ中最速を誇り、強化アーマー装着時は無類の速さを発揮する。瞬間的な移動速度では飛行ユニットを使えるモデルには劣りますが…それでも大したものです。だが!」

 嘲笑うように言い放ち、アーマーエンペラーが徐々にナイフの刃を押し戻していく。

「―私には及ばない!」

 タクティック・ダガーを払い除け、縦に戦斧を振り下ろす。テリジェシオンは紙一重で回避したが、その動作に余裕はない。続いて放たれた横一文字の斬撃は避け切れず。アーマーからスパークを散らして吹き飛ばされた。

「くっ…」

 床に手を突き、立ち上がろうとした藤田に、中本は容赦ない追撃を加えた。

「『クイック』!」

 全身に灰色のオーラとエナジーの輝きを漲らせ、アーマーエンペラーが動く。あまりに多くのエネルギーが蓄積されている影響で、高速移動した後の空間が揺らいで見えた。

「…君のような低性能のモデルで私に挑む、その意気だけは褒めてあげましょう。ただし、勇気と無謀は違いますがね!」

 斧を続けざまに振るい、テリジェシオンの装甲に何度も斬りつけながら中本は高笑いした。その度に激しく火花が飛び、装甲が抉れる。効果時間が終了した時、テリジェシオンは強化アーマーの装着が強制解除される寸前まで追い込まれていた。ダメージが大きく、立ち上がるのすら容易ではない。

 止めとばかりに、アーマーエンペラーが再度斧を振り上げた。


 エグザシオンが連射する光の矢を躱し、あるいは槍で弾き飛ばし、クレアシオンは相手の懐に潜り込んだ。叩きつけた十字槍の先端を、草薙之剣の刃が逸らし防御する。

「『チェンジ』!」

 瀬川がクリエイティヴ・ランスを短槍へ変化させ、下から上へ払い上げる。松浦は後ろに跳んでそれを回避すると、空中で弓の弦を引き絞り白い光の矢を射た。

「…っ」

 タイミングよく繰り出されたカウンターを避け切れず、クレアシオンは右腕のアーマーでそれを受けた。白と赤の二色の装甲から火花が上がり、瀬川がよろめき後退する。

 両者は再び得物を構え、間合いを計った。一方が一歩横に動いたのに合わせ、もう一方も同じだけ動き距離を保つ。双方、武器の切っ先は相手に向けられたままである。

「…松浦、お前本当に戻ってくるつもりはないのか」

 瀬川はしばしの静寂の後、そう問うた。

「―愚問だな。俺には守りたいものがある…たとえ世界を敵に回しても、失いたくないものがある!」

 松浦は唸り、突然床を蹴り飛ばすと猛然と斬りかかってきた。瀬川は十字槍でそれを受けたが、パワーではエグザシオンの方がやや上だ。飛行ユニットを展開し推進力を付与できれば押し勝てるだろうが、この狭い通路ではそれは難しい。辛うじて攻撃を押しとどめるのが精一杯だった。

「大切な人も助けて世界も守る…それがヒーローってもんだろ!世界を敵に回すって……本気で言ってんのかよ!」

 絞り出すように続けた瀬川を、松浦は一蹴した。

「―そんなことができるのならば、とうの昔に実行している!」

 不意に刀を握る手から力を抜き、間髪入れず右足で回し蹴りを放つ。怯み、数歩下がったクレアシオンに、エグザシオンが武具を弓に持ち替え、弦に指をかけ唱えた。

「『神魔威刀・閃』!」

 エナジーで生成された光の矢がエメラルドグリーンのオーラを帯び、目標を照準する。

(…新しい応用コード⁉)

 エグザシオンが右腕に装着している小型バイザーは、武装デバイスの召喚だけでなくそれを用いたコードの発動機能も搭載していたらしい。瀬川は戦慄を覚え、横に大きく跳んで回避を図った。

「…ハッ!」

 狙い定めて松浦が放った、緑に輝く光の矢は、空中で何本もの細い矢に分裂した。音速で飛来する十数本の矢が流星群のようにクレアシオンのアーマーを直撃し、その体を吹き飛ばした。

 廊下に転がる瀬川を離れた位置から見下ろし、松浦は静かに言った。

「どうした、その程度か」

 けれども、矢じり型の黒いアイマスクの奥の瞳は、その言葉とは別の意味のメッセージを伝えようとしてきているかのようだった。

(戦うべき相手が俺だからといって、手加減は無用だ。…今のお前は、本気で俺と戦おうとしていない。…本気で来い、瀬川!)

 通信機能を中本らに逆用されており、あらゆる行動が監視されている松浦には、表立ってそんなことを口にすることはできない。だが彼は今、瀬川に本心を伝えようとしているように思えた。

「…冗談はよせ」

 槍の石突で体を支え、若干ふらつきながらもクレアシオンが再起する。そして十字槍を構え直し、挑むように槍先をエグザシオンへ向けた。

「俺だって、好き好んでお前と戦ってるわけじゃない。けどな…俺にも戦う理由がある。ワールドオーバーの残党の暴走を止めて、人々を―もちろん森下のことも救いたい」

 瀬川は視線を上げ、まっすぐにエグザシオンのフェイスアーマーを見据えた。

「やっと迷いが消えた。…俺はお前を倒してでも前に進む。そして必ず、この戦いを終わらせる!」 


 イズミが変身したプログシオンは警備の男たちを次々と斬り倒し、階段を駆け上がった。高峰が収監されているフロアまで、あと僅かであった。

「…待ちなさいっ!」

 だが目的の階へ辿り着いた直後、その背に数発の橙色の光弾を受け、イズミはたたらを踏んだ。ぱっと後ろを振り返ると、そこには二丁拳銃型デバイスを携行したアフェクシオンが立っていた。銃口からはうっすらと白煙が上がっている。

「ナゼこんなに早く追いつけタ…⁉」

 イズミは若干ぎこちない日本語で言ったが、アフェクシオンの背中から伸びる一対の黒い翼が答えを示していた。飛行ユニットを利用し、ここまで全速力で飛んできたのである。

「あなたたちに、高峰さんを解放させはしません!」

 二宮に無駄話をするつもりはなく、飛行ユニットをエナジーへ還元し収納すると、すぐさま銃撃を再開した。イズミは後方へジャンプして躱すと、両手でサーベルを握る。

「邪魔を……するナ!」

 そして床を強く蹴り、一気にアフェクシオンとの距離を詰める。当然、二宮が警戒しないはずがなかった。

「『ワープ』!」

 プログシオンの二メートルほど横に瞬間移動した二宮が、ターゲットに照準を合わせる。この距離なら、あちらの斬撃は届かないがこちらの銃撃は届く。さらに、この近距離から撃てば与えるダメージはかなりのものになるはずだ。応用コードを唱え畳み掛ければ勝負を決められる―そう確信しての行動だった。

 けれども二宮がコードを唱えようと口を開きかけた瞬間、イズミは次の戦略へ移行していた。

「…『サイレント』」

 光学迷彩が発動し、二宮の視界からプログシオンが消える。戸惑い、辺りを見回す二宮の鼓膜を、真正面から聞こえたイズミの声が数秒後に震わせた。

「『ワイルドダンス』」

 姿を現したプログシオンが、紫のオーラを纏ったサーベルで超至近距離から斬りつける。コードのよる補助を受けプログシオンの動きが加速され、斬撃の舞が高速で放たれる。アフェクシオンの装甲からスパークが散った。

「…っ、『ワープ』!」

 初撃は躱し切れなかった二宮だが、装着解除に至るような決定打に至る前に瞬間移動を使い、距離を取ることに成功した。五メートル後方に移り、荒い息をつく。

「攻撃を見切られたカ…少しはやるナ」

 アイマスクの奥で少し意外そうな表情を浮かべ、剣の切っ先を相手に向けたままイズミは言った。

「…今の攻撃パターンは、葉月ちゃんとよく似てたからね」

 二宮は頬を上気させて答えた。イズミはそれを聞き、動きを止めて何事かを思考すると、不意に右手を振り上げサーベルをアフェクシオンに投げつけた。

「ひゃあっ⁉」

 二宮は可愛らしい悲鳴を上げ、「ワープ」を使わず横に跳んで避けた。対してイズミは踵を返し、高峰の独房へ一直線に向かう。

「お前と戦っても、私とは相性が悪そうダ。こっちを優先すル」

「…ま、待って!」

 一拍遅れてイズミの動きに気づいた二宮は猛ダッシュで後を追いかけたが、既にイズミは目的の場所にいた。

「『フィスト』」 

 プログシオンの両拳が紫の光を帯び、独房の扉を粉々に破壊する。中にいた男性は驚いて顔を上げ、目の前に立つパワードスーツを凝視した。

「プログシオン、だと…?何がどうなっているんだね」

 当惑し、半年に及ぶ刑務所での生活で幾分痩せたその男性こそ、かつてワールドオーバー社代表取締役社長であった高峰頂一郎だった。灰色の囚人服を纏っているが、以前と変わらない威厳が漂っていた。

「元ワールドオーバー社社員、ロンドン支店のイズミ・チャネラーと申しまス。あなたをお迎えに上がりましタ」

「―そこまでです!『スマッシュ』!」

 そこに走り寄るアフェクシオンが、プログシオンを止めるべく黄色の輝きを両足に纏わせ跳び蹴りを繰り出す。

「…『バック』。『ワイルドラッシュ』」

 イズミはそれを体を捻って紙一重で躱すと、瞬時にサーベルを手元へ引き戻し高速の突きを放った。次々に生成され撃ち出される紫の光の刃が、アフェクシオンを大きく吹き飛ばす。

「詳しいことは後で話しまス。ひとまず、ここを出ましょウ」

 イズミは高峰に向き直り早口でそう言うと、「クイック」と小さく唱えた。オーラに包まれ高速移動を開始したプログシオンは高峰を抱きかかえ、倒れた二宮の横をすり抜けて逃走した。


 戦斧を力強く振り上げたアーマーエンペラーの左肩に、赤紫の光弾が命中する。肩のアーマーから白煙が上がり、中本は少しよろめいた。

「邪魔が入りましたか…」

 苛立ったように振り向いた中本の視界にまず入ったのは、アンビシャス・ライフルを構えたアンビシオンだった。

「―助太刀するぜ、藤田!『ブレード』!」

 拳銃に追加武装を取り付けて銃剣形態にすると、今田はアーマーエンペラーへ斬りかかっていった。

「貴様…あの時の借り、今ここで返させてもらいますよ!」

 中本もジャッジアックスで迎え撃つ。

 今田がワールドオーバー社側に寝返ったふりをしていた頃、彼は元々は中本のものであったアーマーソルジャー部隊の部隊長の地位を奪った。裏切りが露見した際には中本たちに痛めつけられたが、結局は最終決戦で奇跡の生還を果たした今田の活躍で、中本は敗北したのだった。

 その時の屈辱を晴らそうと燃えている中本は、エナジーの光を体に漲らせた。

 ガキン、と金属音が響き、銃剣と戦斧の刃がぶつかり合う。だが力の差は明白で、終始アーマーエンペラーが圧倒した。刃と刃が衝突するたびにアンビシオンの方が反動で弾き返され、対してアーマーエンペラーには何のダメージも衝撃もない。

「野郎…」

 今田は舌打ちし、銃を持ち直すと光弾を連射した。しかし中本は回避動作すら取らず、エナジーによる修復能力に防御を任せ、斧を掲げたまま突っ込んできた。

「まじかよ…なら!」

 迫るアーマーエンペラーを睨み、今田は応用コードを唱えた。

「『エンドカッティング』!」

 銃剣の刃を赤紫のオーラが包み、切断力を最大まで上昇させる。アンビシオンは雄叫びを上げてアーマーエンペラーへ向かっていくと、右上から一閃、左上からさらに一撃、そして横一文字に一振りと連続で斬撃を繰り出した。

 その全てをエナジーを帯びたジャッジアックスで防ぎ切った中本はにやりと笑い、アンビシオンの応用コードの効果が終了したのを見て取るやいなや、自分も応用コードを発動した。銃剣を容易く払い除け、アックスを両手で握る。

「『デスブレイク』!」

 灰色と白の光が混ざり合い、眩い輝きを創り出す。そのオーラを多量に纏った戦斧が、アンビシオン目がけ左斜め上から思い切り振り下ろされる。天文学的な量のエナジーを集め、破壊力へ変換して放たれた一撃はアンビシオンのアーマーを大きく削り取った。あまりの損傷の大きさに、装着が解除されてしまう。

「…あっけないものです」

 つまらなそうに言い捨て、中本は床に伏し呻く今田を見下ろした。限りない侮蔑と憐れみをその視線に込めたのち、再度斧を握り締める。

「―やめろ!」

 咄嗟に飛び出した藤田が、今田を庇った。斧による容赦ない斬撃で装甲が抉り取られ、強化アーマーの装着が強制的に解かれる。

「仲間を思い、自らを犠牲にしてでも助ける…なるほど、実に美しい友情ですね。ですが残念です―」

 中本はアックスを押し当てたまま、テリジェシオンへ小馬鹿にしたように語りかけた。

「あと一撃でも攻撃を受ければ、貴方のアーマーも装着が解ける。その先は…容易に想像できますよね?」


 猛然と突進してくるクレアシオンへ、エグザシオンは白い光の矢を浴びせかけた。

「…『ウイング』!」

 瀬川は飛行ユニットを装備し、一瞬だけ展開した。刹那の間であるにせよ、その発動により得られる推進力はやはり絶大。敵に瞬時に数メートル接近すると同時に、純白の翼で絶妙な空中姿勢制御を行い、放たれた矢を全て躱す。再び翼を収納して着地し、クレアシオンはエグザシオンへ疾駆した。彼我の距離がみるみるうちに縮まっていく。

「―っ!」

 松浦はフェイスアーマーの下で表情を硬くし、弓の弦を引き絞った。

(この距離から射れば、ダメージはかなりのものになるはず。外すことはまずない…)

 「クイック」を唱え回避動作を取る前に、自分の放つ矢が相手に命中するだろう。松浦はそう判断し、弓をクレアシオンへ向けた。

「…『神殺・槍投』!」

(……何⁉)

 だが瀬川には、次に来る射撃を避けるつもりはなかった。そもそも、槍を武器とするクレアシオンと刀と弓を使いこなすエグザシオンでは、リーチの長さでエグザシオンが遥かに有利だ。逃げ回ってばかりでは相手を攻略することはできないと、瀬川は正面突破を挑んだのである。

「喰らえ!」

 クレアシオンが右腕に十字槍を構え、思い切り振りかぶる。そして、蒼炎を帯びて激しく燃えるクリエイティヴ・ランスを渾身の力で、エグザシオンへ投擲した。

 蒼の火炎を上げる十字架が白い光の矢を砕き、敵の胸部装甲へ突き刺さる。十字槍はエグザシオンを壁へ縫い止めると、コードの効果により自動的に瀬川の手元に戻った。

「ぐっ……」

 エグザシオンは強化アーマーの装着を解除され、力なく床に座り込んだ。

「見事だ…瀬川」

 それは何の嘘偽りもない、松浦の本心からの言葉のように思えた。

「…そうか」

 瀬川は視線を合わせず、あえてぶっきらぼうに応じた。松浦の無力化には成功したが、やはり和解には至らなかった。おそらく、ワールドオーバーの残党たちの陰謀を阻止しない限り、彼と森下が救われることもないのだろう。踵を返し、アーマーエンペラーと戦っている藤田を助けるべくそちらへ走って向かう。松浦はその背中を無言で見つめていた。

 見れば、黒の強化アーマーを破壊された藤田に中本が蹴りを喰らわせ、今にも必殺の一撃を加えようとしているところだった。今田も装着を解除され、苦しそうに横たわっている。

 アーマーエンペラーには前回手痛い敗北を喫している。リベンジを果たしたい気持ちは強くあったが、二人が戦闘不能寸前まで追い込まれている状況で、瀬川一人が仲間を庇いながら孤軍奮闘しても勝機はないに等しかった。瀬川は仕方なく、一時退却を選んだ。

「…二人とも、退くぞ!『クイック』!」

 紅蓮のオーラに身を包んだクレアシオンは槍を投げつけて中本を怯ませ、生じた僅かな隙に今田を抱え上げた。藤田も高速移動を発動し、全身のアーマーを紺の輝きに包む。

「逃がしません!」

 同じく高速移動を開始し三人を追跡しようとした中本だったが、テリジェシオンが密かに発動していた「スモーク」がそれを阻む。ダガーナイフの先端から噴射された煙幕がフロア一帯を包み込み、視界を完全に封じる。

 アーマーエンペラーはエナジーを辺りに放出しそれを吹き飛ばしたが、その頃には三人の姿は消え失せていた。


 正確には瀬川らは退却したわけではなく、本来の目的を果たすため上階へ向かっていた。すなわち、高峰が解放されるのを防ぐためだ。

 該当のフロアへ辿り着くと、壁に叩きつけられたアフェクシオンが起き上がったところだった。ぶつけたらしく、やや痛そうに頭を押さえている。

「…高峰は?」

 瀬川は尋ねたが、二宮は力なく首を振るばかりだった。

「ごめん…止められなかった」

「自分を責めなくていい」

 瀬川は二宮の手を取って立たせると、励ますように肩をぽんと叩いた。あのイズミという女性は、前回の戦いでテリジェシオンと互角に切り結んでいた。飛行ユニットはあるものの強化アーマーを持たないアフェクシオンでは、倒すのは困難を伴うかもしれなかった。

 中本と松浦に追いつかれてはまずいと、瀬川たちはすぐにまた高速で移動し離脱した。鈴村の車の停めてある場所まで撤退し、研究所まで無事に帰らなければならない。

 その場では明るく振る舞ってみせたものの、瀬川は移動しながら内心不安でいっぱいだった。

 必死で善戦したにもかかわらず、高峰の脱獄を止めることはできなかった。自由を手にしてしまった彼が、中本たちの元でどのような行動に出るのか―瀬川たちにはまるで予測不可能だった。


『中本様、リーダーの救出には成功しましタ。今、リーダーと一緒に基地へ戻りましタ』

「…よくやってくれましたね、イズミ。私たちもすぐ向かいます」

 中本は通信を終了し、エグザシオンの方へ向き直った。アーマーエンペラーも他のパワードスーツ同様、フェイスアーマー内の機器により仲間と連絡を取り合うことが可能になっている。

「奴らを深追いするのはやめておきましょう。私もエナジーを使い過ぎたことだし、あまり長期戦にはしたくない。今日のところは撤収し…高峰様の帰還を祝おうじゃないか」

「…分かった」

 松浦は頷き、二人は瀬川らと同じく高速移動で姿を消した。グレーとエメラルドグリーンの二筋の光が、建物の中を一瞬で移動する。

 


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