序章-2-2末子《すえこ》の場合その2
入学式。
若さ武器に高校生活を謳歌する希望に満ちた生徒達には、さぞ心躍る行事なのだろう。だが、私にとっては通学先が少しばかり変わるだけで、中学校時代と地続きの、つまらない日常の一つに過ぎなかった。
私立 英輪女子高等学校
とある大都市の経済圏に含まれるものの、東外れの郊外に位置する女子高である。その歴史は浅く、まだまだ新設の部類に入る。市内に、中学、高校、大学といずれも名門の女子校を一手に運営している老舗学校法人が新たな試みとして立ち上げた進学校だそうだ。
進学校と言っても所詮は新設で、中の上程度の成績だった私でも無理なく入学が許された。
体育館での式典の後、各教室で担任の教師と顔合わせをして、今日は解散。本格的な学校生活が始まるのは2日後からだそうだ。早くも教室には幾つも生徒達の輪が出来ていて、下校が許されているにも係わらず、皆、新しいクラスメイト達との交流に励んでいて、帰ろうとする生徒はほとんど居ない。女子高らしい華やかな雰囲気の談笑で教室中があふれていた。
傍流とはいえ、名門女子高の姉妹校に好き好んで入学してくるような生徒達である、多少にぎやかではあるものの、どの娘も皆節度を守っており、羽目を外すような素振りは微塵も無い。未来の淑女達の社交場といった空気が漂っている。
あぁ、私にはそんな無垢な少女達の姿がまぶしい。
場違いな所に来ちゃったかなぁ。
深く考える事無く、学力のレベルだけで学校を選んだ事を早くも後悔してしまった。私からすればちょっとした天使にも見える彼女達と交流を深めるなど、私には到底出来そうも無い。癖毛を隠そうともせずあちこちに飛び跳ねたままの頭を撫で付けながら、そっと一人で教室を抜け出し帰路についた。
通学経路はバスと電車を乗り継いで片道約1時間。帰りは当然その逆順。学校の最寄り駅から市内のターミナル駅へは、第三セクターのローカル線で1本。路線上には英輪女子高校以外に目立った施設はなく、朝夕の時間はほぼ女生徒の貸切状態となるそうだ。
いち早く教室を抜け出したが、それでも帰りの車内は生徒達でごった返していた。普通、入学式なんてものは、ごく一部を除いて2,3年生は出席しないものである。だがしかし、そこは新設とはいえ名門お嬢様女子高の端くれ、なんと全校生徒はもちろんのこと、OGや、市内中心部の姉妹校の生徒までもが新たに乙女の園の住人となった私達一年生を慶賀するためだけに集まった。そのため、帰宅する生徒達で、学校に通じる唯一の公共交通機関であるローカル線は満員電車とまでは言わないものの、座席の空きは無く、十分に混雑していた。
いや、一つ言葉を訂正しよう。「私達一年生を慶賀」ではなく、「私を除く一年生達を慶賀」と表現するべきだ。こうして同じ車内に乗り合わせた生徒達を見渡すと、改めて自分がいかに場違いな存在であるのか良くわかる。容姿や立ち居振る舞い、制服の着こなし、もれ聞こえてくる会話の内容や言葉遣い、ひいてはその表情にいたるまで、その全てが自分とはかけ離れて、美しく、凛々しく、また時に淑やかで、教室の片隅でひたすらうつむいているしかない私とはまったく違っていた。そんな天使達と中に自分を加えるなど、言語道断。私はきっと、誰にも歓迎されていないに違いない。
結局私は、そんな居た堪れない気持ちをずっと抱えながら、つり革に掴まって、列車の車輪が線路を通じて枕木を叩くリズムに揺られ続けて、体感的には数倍、数十倍にも感じられる長い長い、15分間をなんとかやり過ごし、自分でも恐ろしい程にダウナーな気分でようやくターミナル駅へとたどり着いた。そして乗り換えた自宅へ向かうバスの中で誓うのだ。
うん。電車は無理だ。自転車通学にしよう。多少遠くても仕方が無い。あんな電車に毎日乗っていたら、精神を病む。
後々に落ち着いて考えれば、被害妄想でしかないのだが、その時の私は真面目にそう考えていたものだ。こうして私は、これから3年間続き、自分の生活を一片させてしまうきっかけとなる、片道約12kmの自転車通学を決意したのだった。