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序章-2-1末子《すえこ》の場合その1

「こんな所に、お店なんてあったっけ?」

 学校帰り、いつもの通学路の途中に見た事がない、ちょっとした洋館のようなお店が建っていた。

 高校生になってもう1ヶ月以上過ぎたけど、今まで見落としていたのだろうか。

 建物や看板は適度に草臥れていて、昨日今日出来たお店とは思えない。

「アンティーク・・・ショップ。やっぱりお店だよね」

 なぜだろうか、ただ通り過ぎてしまうのは憚られるというか、名残惜しいというか。なんか、気になる。

 店先に自転車を停めて、大きな木の扉に手を伸ばす。

 いかにも古い建物らしく軋み上げながら、ドアが開いた。

「あの・・・こんにちわー」

 一応、客である以上、堂々とすれば良いのだが、つい小声になってしまう。

 入って、大丈夫かな?

 不安のあまり、通学鞄を抱き潰さんばかりに抱え込んで、恐る恐る店内を見渡す。

 絵画や食器、アクセサリーに楽器、高級そうなソファーセット、古そうなランドナータイプの自転車等など。狭い店内には大小様々な家財道具がひしめき合うように並べられている。

 薄暗い店内の隙間を縫うように窓から差し込んだ光が、見ようによっては美しく、また別の目で見れば妖しく、お店の雰囲気を盛り上げていた。

 よくよく見れば、店内の物は全て値札が付いている。綺麗なアクセサリーが私のお小遣いでも買えそうなほど安価なのに対し、ボロボロで埃が積もった万年筆が目ん玉飛び出る程高い。

「はぇー。骨董の価値はわっかんないなー」

 サイドポニーにした髪を手慰みに撫でながら、店内を観て廻る。ふむ、良いお店だ。


「よーきやーたにゃも」


 唐突に聞こえた自分以外の声に、驚きのあまり体が硬直してしまった。

「ヒッ!」

 失礼な悲鳴が漏れそうになるのを必死に我慢したけど、ちょっとだけ出てしまった。

 そうだよね、お店なんだからそりゃ居るよね、店員さん。

「ど、どーもー。お邪魔してまーす。あは、あはははは」

 乾いた笑いでなんとか誤魔化しを図る。なんとか誤魔化せたかな?誤魔化せた・・・よね?

「お客なんてやっとかめだで、ゆっくりしたってちょーせ」

 かなり高齢のお爺さんだった。

 杖を手にしたまま店の片隅の置かれた古い椅子に腰掛けて身じろぎもせず、物音一つ立てない。なるほど、声をかけられるまで気づかないのも道理だ。

「名古屋弁?」

「向こうの生活が長かったでな。地の言葉を大事にしとる」

「はぁ・・・」

「露橋の川沿いに住んどった。近くの球場で試合があると煩くてかなわんかったが、今となってはそれも良い思い出だがね」

 元々見えているのか疑わしい程細かった目を更に細くして、さっぱり判らない思い出を語り始めてしまった。人恋しかったのかなこの爺さん?


 改めて店内を観て廻る。

 安い物も沢山あるし、せっかく来たのだから記念に何か買って帰るのも悪くない。

 アクセサリー、飾りの付いた小箱、あ、こっちのグラスもペン立てに使えそう。なんだか楽しくなってきたぞ私。

 そんな中、一際目を引く一品があった。いや、目を引くなんてものじゃない。ソレは輝いていた。比喩でもなんでもなく、本当にぼんやりと光を放って見えたのだ。

 雑多な店内の片隅、まるで隠してあるかのように置かれた小さなブローチ。ラピスラズリだろうか、鮮やかな青の石の周りを金属の装飾が囲む。見た所ごく普通のブローチなのだが、まったく不思議な事にブローチ自体が脈打つように光っている。

 ちなみに値段は450円。ガラクタも良いところだ。

「おじいさん・・・これ」

「ほぅ、『ソレ』に目をつけたか」

「これ、なんだか光って・・・・・」

 私の言葉に、店主のお爺さんは目を見開いた。杖を手に、かけていた椅子から立ち上がり、ゆっくと、こちらへ歩みを進めて来た。

「おみゃあさん、これが光って見えとりゃーすか」

「見えてるかって・・・そりゃ、こんなにハッキリ光ってるし。LEDでも仕込んであるんですか?」

 するとお爺さん、遂には恍惚とした表情を浮かべ、目の端には小さく光るものまで見える始末。

「見つけた、遂に見つけた・・・」

「あの・・・・」

 なんか、ヤバイ店だったのかな。

「おみゃーさん、名前は?」

「えっと、(あんず)です。青樹(あおき) (あんず)

 聞かれてうっかり本名を答えてしまったけど、大丈夫だろうか。個人情報とかそいうの。

「よし杏、そのブローチを手に持ってちょーせ」

 言われたままにブローチに触れると、ぼんやりとしていた光が一気に広がり、目を開けていられないほどに輝きを放ち始めた。

「ちょ、これ、いったい!?」

 振り返ってお爺さんに問いかけるが、そこには人の姿は無い。その代わりに4本脚で胴長の小さな毛むくじゃらの動物が居た。

「え?イタチ??て言うか、お爺さんドコ!?」

「誰がイタチか!マングースだがね!!」

 なんとそのイタチ、もといマングースは二本足で立ち上がり、手(前足)を振りかざして抗議の声を上げた。さっきまでそこに居たはずの老人の声である。

「喋ってる!?イタチが喋ってる!!??」

「マングースだ、ゆーとるでしょーが!!香嵐渓ヘビセンターの宣伝見とらんのかおみゃーさん!!」

 私、何でイタチに怒られてるんだろう。あと、香嵐渓ヘビセンターって何?

 そんな私をそのままに、イタチ(マングースらしい)は天を仰いで叫ぶ。


『蒼穹よ、汝の元へ馳せ参じる力を秘めたる者がここに居る、名を(あんず)。汝がかの者を求めるならば、我が声に答えよ。登録(エントリー)-!!』


 するとどうした事だろう、狭く薄暗い店内に居たはずの私は、いつの間にか真っ青な雲ひとつ無い空の上に放り出されていた。ブローチが放っていた光が私を包み、サイドポニーで肩の上辺りまでだったはずの髪が突然腰の下まで伸び、色も少しだけ青みがかった。

 着ていた学校の制服が消えたかと思うと、やたらにフリルや飾りの付いた青色を基調にした衣装、ありていに言って魔法少女のコスプレとしか思えない服が体に纏わり付くように着せられていく。

 足元には店の表に停めてあったはずの通学自転車。しかし、それも元の姿とは似ても似つかぬ姿に変貌を遂げた。SF映画にでも出てくるようなタイヤの無いバイクになり、大きめのサイドカウルには「55」のマーキングが施されていた。そしてなんと、そのバイクは私を乗せて空を飛んでいるのだ。

 そして最後に、私の姿を変えてしまった不思議なブローチは、コスプレ衣装の胸元についていた大き目のリボンの真ん中に収まってキラリと光る。

 その様子に空の上まで付いてきていたイタ・・・マングースは叫ぶのだ。


「よっしゃー!魔道航空少女 ブルー・アプリコットの誕生だがね!!」




 TVアニメ『魔道航空少女 ブルー・アプリコット』

 私が小学2年生の頃に放送されていた女児向けの魔法少女作品である。

 あまり話題にはならず、当時でも多くの子供達は有名シリーズとして放送されていた別の作品に夢中で、アプリコットファンを自称する私はちょっとした異端者だった。

 それでも私は、この作品に惹かれたのだ。それ以来、主人公『青樹あおき (あんず)』は私の胸の中で永久に憧れのヒロインとして生き続けている。高校生になった今も変わらず。

 だが、その有り様は少し変わってしまった。

 子供の頃は、信じていたのだ。例え変身をしたり、魔法を使って空を跳んだりは出来なくとも、自分は大きくなればきっと杏ちゃんのように可愛くて元気な、誰からも愛される存在になれる日がいつかきっと来るのだと。

 しかし、現実は非情であった。見た目は凡庸で、とりわけ何かしらの特技があるわけでもなく、性格は暗く、人と話すのは苦手。極僅かだった友達も高校進学と同時に学校が分かれてしまい、以後音信不通。正直、これまでの人生でいじめに遭わなかったのが自分でも不思議に思う。

 そんな今の私にとって、アプリコットは現実逃避のための手段になっていた。つまらない毎日を誤魔化すため、今日も私はアプリコットのDVDを観る。何度も繰り返して観る。何もかもを忘れるために、大好きな物語の世界に没頭するのだ。


「どうしよう、杏ちゃん。私、とうとう同い年になっちゃったよ」


 友達を守るため、強大な悪役に立ち向かうヒロインに向かって、私は問いかける。

『大丈夫!きっと見つかる、貴方だけの夢、貴方だけの魔法が!!』

 画面の中のブルー・アプリコットは悪役から友達を守りながら、語りかけてた。

「あるわけないじゃんそんなの。」

 薄暗い部屋で毛布に包まったまま、私は画面の杏ちゃんに向かって答えるのだった。

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