序章-1-2「心《こころ》の場合」その3
「えっと、確か前に会った事あるよね?」
バイクを降りて、満面の笑みを浮かべる憧れの人。
私は予想外の出来事に言葉を失ってしまった。ぽかんと口を開け、その場で立ち尽くす。自分で確認する事は出来ないけれど、人生で一、二を争うぐらいには間抜けな顔をしていたと思う。
「いやぁ、また会いたいと思ってたんだよ、あたしらぐらいの歳でロード乗ってる女の子なんて貴重だしさ。」
私に、会いたかった…。憧れの『青杏』さんが、私に会いたがってた!?
「えっと、その、私・・・・私も、お話したかった・・・・です」
どうしよう、顔が熱い。耳まで熱い。もう痛いぐらいに熱い。
回転数が上がらない頭でどうにか搾り出した言葉は恐ろしい程に拙く、その声は悲しいぐらい小さかった。
どうしよう。
顔が、上げられない。
あの人に会いたいとその一心で待っていたのに。その姿が一目会いたいと願っていたのに。いざ前に立ってしまうと、真っ直ぐ目を見られない。
変な子って思われていないだろうか?
こんな態度じゃ愛想をつかして立ち去ってしまうのではないだろうか?
悪い想像ばかりが膨らんで、言葉を見失ってしまう。そんな自分を嫌悪して、更に一歩深く自身を追い詰めてしまった。
「前に話した時も思ってたんだけど、可愛いね貴方の自転車。貴方に似合ってるし」
そんな私の不安を他所に、快活な口調で彼女は言葉を続けた。
もしかしたら、私の様子を察してあえて話題を振ってくれたのか、それとも唯の天然で自然と思ったことを口にしただけなのか。どちらにしても、その何気ない一言が私を救ってくれた。
「これは、その。祖父が、用意してくれた物で・・・」
「ふぅん。やっぱ、じいちゃん、ばあちゃんは孫に甘いね。ウチと一緒だ」
DE ROSA IDOL ピンクの限定カラーフレーム。それが私の愛車だった。パーツも最高級とまでは言えないが、まだまだ初心者の域を出ない、しかも高校生の身分の私には十分過ぎるほど良い物で纏められている。
正直、自分がこんな良い自転車に乗ってしまうのは少し気が引けてしまうところもあったのだが、『青杏』さんがほめてくれるなら、この自転車のおかげで私の事を覚えていてくれるなら、私はこの子が私の愛車であってくれて本当に良かったと思う。