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第一章 ハンガーノック その6

 彼女は確かに強い。身体的にも技術的にも、私と同程度かともすればそれ以上。だがそれらをさらに上回る、勝利への渇望があまりにも大きい。その気迫、ベクトルを上手く方向付け出来ればきっと恐るべき剣士となるだろう。だが、勝利を求めるがあまり、彼女の打ち込みには必要以上の力みが入り個々の動きが雑になっている。それ故に打ち込みの予備動作も粗雑になり次の動きが予測しやすく、だからこそ、私は彼女の強力な打ち込みを全て捌ききってしまった。また、打った後の動作も大きくなり、隙も生じやすい。・

 力強い面への打ち込みをかわすと、がら空きになった左胴が目に前にあった。日ごろの鍛錬の賜物で、それを意識するよりも早く体が動き私の手にあった竹刀が走る。 だがその刹那、私は思い出す、彼女のこれまでの一心の打ち込みを。一打を捌く度にその打ち込みがいかに勝ちを求めているのか良くわかる。これほどまでに勝利を求める人を、私が打ち据えてよいものだろうか?

 迷いは当然、剣捌きに表れてしまう。

 確実に捉えられる機会にもかかわらず、私の踏み込みが浅くなり、十分な打ち込みにならなかった。それに、気勢も不足している。主審の旗は上がらなかった。

 改めて、彼女と対峙する。打ち込めるはずの機を逸し、私は自身を責めた。何たる未熟、このような事では、日ごろ稽古を付けて下さる師範たる祖父に対しても、私に対し真剣になってくれている相手にも申し訳が立たない。

 さて、相手の彼女はどう感じているのだろうか?彼女とて、これまでの動きを見るに、熟達した剣士であろう。それならば、今の一打で気づいたはずだいかに自分が勝機に焦るあまり無謀な打ち込みを繰り返していたのかを。もしそれに気づいたなら、私ならきっとそれを恥じ、さぞ動きが鈍ることだろう。この強い相手に対し、私の勝機があるとすればそこだ。

 だが、どうだろうか。面金の奥の彼女は、先の打ち込みを受けてなお、いや、むしろそれ以前よりも気力が充実している表情をしていた。

 そして次の彼女の打ち込み。なんと、以前にも増して技が切れている。力任せだった動きが落ち着きを取り戻し、それでいながら軽快さが増している。いったいどうしたことだろうか?更に驚かされたのは彼女の表情だ。私はみた、真剣な顔の一端、口元に笑みを浮かべているその顔を。彼女は楽しんでいるのだ、自身の未熟さを感じさせられる程に強い相手と戦える事を喜び、試合を楽しんでいる。

 私はそこで負けを悟った。試合そのものは実力伯仲。どうなるかまだ判らない。だが、彼女の剣道を楽しむ心根は、決して私には持ち得ない物だ。

 次の打ち込みが来る。充実した意気をもって攻める彼女を前に、負けを認めてしまった私にはなすすべも無い。あっさりとコテに打ち込まれ一本。その後続けざまに二本目も取られ、試合は私の負けで終わった。

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