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水の底で
マーメイド…。
「でもあんまり何回も水族館ばっかり連れて行ったら美香ちゃん 水槽の中に住んじゃわないか心配になってきた(笑)人魚姫みたいに」
遠い日の祐介の言葉が脳裏に蘇る。
いとも簡単に目の中が涙に占領されてゆくのが分かったが
それが頰を伝う事はなかった。
「なぜマーメイドって言ったの?なぜ?どうして?」
美香は青年を見た。
「なぜって君がマーメイドみたいだからだよ…東洋の美しいマーメイド。僕にはそう見える。」
この人は祐介と同じ魂の持ち主だ…。
もしかして…あなたはもう一人の祐介さんなの?
そんな無言の問いに答えるかのように
青年はゆっくりと美香に近づいて…
凍てつく寒さの路上で二人の唇は重なった。
その夜、美香は青年のアパートで彼を受け入れた。
それは彼と祐介がやはり重なった形で…。
優しく優しく自分を抱く彼は祐介に違いなかった。
少なくともその夜は そうとしか考えられなかった…。
夜明け前の薄暗い部屋、
そこはまるで水の底のような気がした。
穏やかで波はなく、ひっそりとした静寂な空間。
ずっとこのままで ここに居たいと思った。