魔王様、不憫に思う
疑いの眼差しで娘をじっと見れば、ますます娘は赤くなって俯く。
「こらこら、若い娘をそんなジロジロ見るもんじゃねーよ」
「いやしかし、欠片も似て居らぬではないか」
「そりゃあ、嫁さんに似たからなあ、どうよ!美人だろー」
よくよく見れば、確かに娘は可愛い顔ではある。言葉と粗末な服装で惑わされるが、うむ、美醜で言えば美の部類に入るであろう。
「うむ、余への態度はともかく、顔は整っておるな。時にその自慢の嫁とやらは何処におるのだ」
客人の前に顔も出さぬとは、いささか無礼ではなかろうか。
「バッカとっくの昔に寿命がきたさ。人間の命は短いからなあ」
「そう、か」
この筋肉がリーンカシンから消えて500年は経つ、確かにヒトごときに耐えられる年月ではない。
「そんなシケたツラすんなって、こいつが居るからそんな寂しかなかったからよ」
娘の頭をグリグリと撫でて、筋肉バカは破顔した。あんなに戦う事が好きで暇さえあれば誰彼構わず挑んでいたような男が、何も無いこの長閑な場所でこんなに穏やかな顔で。全くもって信じられぬ。
「あのさリュカルバーン、頼みがあるんだ」
この筋肉の頼みなど昔からろくな事ではないが、何とはなしに聞いてやっても良いような心持ちになり、余は鷹揚に頷いた。
「こいつを、リーンカシンに一緒に連れて行ってやっちゃくれねえか?」
余も驚いたが、娘も弾かれたように顔を上げた。
「顔と言葉は嫁さん譲りなんだがよ、寿命は俺の血ぃ引いたみたいでこの通りなんだわ。ここは魔族なんかいなくてな、里の人間にも気味悪がられて今となっちゃ肝試しか討伐隊しか来ねえ有様でよ」
不憫な。
「こいつもお前に惚れたみたいだしよ。見ろよこの照れた顔、俺と会った時の嫁さんそっく…ぐあっ!?」
娘の小さな拳が筋肉バカの鍛え抜かれた鳩尾を抉った。なんたる事だ、余の拳はめり込んだりはしなかったが。
「この通り、能力もまあまあ俺の血引いてるから」
風圧が出る程の正拳突きを繰り出しておいて、「おら、恥ずかしい……!」と真っ赤な顔を両手で押さえてイヤイヤと首を振る娘を、余は胡乱げな眼で見つめる事となった。
惚れた云々は戯言としても、戦力としては充分に……いや、素晴らしい策を思いついた。
さすが余である。
「条件がある」
「へえ、なんだ」
「ジーズ、貴様も一緒にリーンカシンへ来い。そして余の代わりに魔王になるが良い」
「は!?」
なんたる間抜け面。
しかし身形を整え口さえ開かねば、こやつとて威厳くらい出せるであろう。そもそも余の側近にはあの当時、こやつを次期魔王にと共に画策していた者も多いのだ。
うむ、妙案である。