魔王様、筋肉にイライラする
そう、思い返すのも腹立たしい。
このジーズという暑苦しい筋肉は、こんなバカだが次期魔王との呼び声高い強者だったのだ。性格には難があるが実力は確かで、余だとてこの筋肉が魔王になった暁には知の領分を受け持ち、こやつの足りぬ部分を補佐してやろうと思うくらいには認めておったのだ。
それだというのに。
先代の勇者が攻めてきた折だ、なんとも間抜けな事に勇者の連れであった魔導師と相打ちしたというではないか。よもやそんな事はあるまい、よしんばもしもの事があったとしても、余の魔術で復活させれば良いと駆けつけてみれば、あろう事かその魔導師とともに空間に消えたという。
どれだけ探査魔法を駆使しても気配の欠片も見当たらぬ、もう、界を越えたのだとしか思えなかった。
あれから数えるのも馬鹿らしいほどの時が過ぎ、次代の魔王候補を失った魔界は荒れた。先代は勇者と相討ちで果て、次の魔王を決めねばならぬという段になって、白羽の矢が立ったのが魔術を操らせたら右に出るものがないと称された余であった。
全くもって不本意だ。
こんな神輿には求心力がありどこを切っても戦うことしか考えておらぬジーズのような者が乗るべきなのだ。余はその横で目立たず騒がずせせこましく謀略を巡らせ、人間どもを手玉にとるのがあるべき姿なのだ。
それを、この筋肉が油断したばかりに。
「悪りぃな!いやーだってめんこい女子が必死で抱きついてくるもんだから、思わず抱きしめたらさ」
「!?」
「ユラッと揺れたと思ったらもうこの山の中でよ」
「な、なんだそれは」
「パワーマックスで転移魔法使ったらしいけどな、自分ごと界越える自爆魔法唱えるなんて思わねえだろフツウ。無茶するよなー」
無茶するよなーではない!なにゆえ特攻してきた敵をだきしめておるのだ!アホか!いや、うむ、こやつはそういえば聞くまでもなくアホだった。
に、してもだ。
「何を呑気に。サッサと帰ってくれば良かろう」
「いやあ、俺転移魔法とか使えねえし」
「その魔導師とやらに転移させればよかろう。たかが人間風情、死んだ方がマシだという程にバッキバキに痛めつければ、自ら望んで要望に応えるであろうに」
「分かってねえなあ、リュカルバーン」
貴様に言われたくはない。
「なんだ、帰れぬ理由でもあったか」
まさか、余のように魔王になるのは嫌だったとでも抜かすつもりではなかろうな。胡乱げに見つめておれば、筋肉のヤツときたらはにかんだように破顔しおった。
「いやだって、このまま一緒にここで暮らそう、って可愛くおねだりされちゃあなあ」
でへへ、とだらしなく笑う筋肉。
この長い長い生の中で、初めて余の拳が唸りを上げた。