魔王様、踏み込む
「娘!待てと言うに!」
娘が散々逃げおるばかりに、余ともあろう者が本気で走ってしまったではないか。魔力さえ豊富にあったなら瞬間移動で事足りるものを。
全く腹立たしい。
しかし娘の暴挙ももはやこれまでよ。そのようなチンケな小屋なぞに逃げ込むとは、やはり戦闘経験の浅い小娘、浅慮な事だ。さて、余の威厳を存分に見せつけながら捕縛するとしよう。
すー………
はー………
すー………
はー………
うむ、息も整った。
「これ、娘」
言いざま、粗末な木の扉を押し開ける。足を一歩踏み入れた途端、何やら異様な気配が余を包んだ。
「む、これは……」
「うっそ、マジでリュカルバーン!?」
なぜ、余の名を。
「うっそマジなつかしー!」
声と同時にドーン!と何かがぶつかってきた。鉄壁の防御力を誇る余である、無論ノーダメージではあるが、ある意味精神には深いダメージを負った。
何故、余はおっさんに抱きつかれておるのか。
筋肉隆々の丸太のような腕が、余のスレンダーボディを締め上げておるのだが、これ如何に。
髪の毛が白くなりそうな永遠とも思われる抱擁からやっと抜け出せた折には、いっそ記憶を飛ばしたいくらいのやるせない気持ちが沸き起こる。余にこれほどのダメージを与えるとは只人ではあるまい。まさかあの娘がこれほどの兵を抱えておったとは、うかつであった。
「ああもー懐かしいなー!500年ぶりくらいか!?」
余の背中をバンバンと平手で遠慮なく叩いてくるのだが、このような筋肉男、余が知る筈もない。
「余が魔王と知っての狼藉か」
「うっわマジ!?リュカルバーン、魔王になったの?そりゃー出世したな!」
さらにバンバン叩いてきおった!
どれだけ叩けば気がすむのだ。いくらノーダメージだとはいえ、激しく不愉快だ!
「貴様、いい加減に」
「相変わらずかってえ話し方だなー、覚えてねえの?寂しいなー」
このような馴れ馴れしい筋肉男、知り合いにいる筈が無かろう、魔王になる前ならまだしも……
……
……
魔王に、なる前……居たな。信じられぬほど無礼で馴れ馴れしい筋肉。
「貴様、まさか」
「久しぶりだな、リュカルバーン」
またも馴れ馴れしく抱き付こうとしてくる筋肉をすんでのところで躱す。この暑苦しい男なら、次にやりそうな事くらい予測がつくというものだ。500年前も1000年前も変わらぬ。暑苦しい、調子のいい、スキンシップの無駄に多い、暑苦しい男なのだ。
「こんな所に居ったとはな、ジーズ。貴様が消えおったせいで、余がどれだけ迷惑を被ったと思っておるのだ」