第六話 鞭と鞭
最初いた客間に戻ると机は全て準備されていた。晋也がよほど頑張ったのだろう。
「あれ?晋也は?」
けど、肝心の晋也がいなかった。
「さあな、粉骨砕身をモットーに働いていたら灰になって風に舞ったんじゃねぇのか」
京二に聞いてみるとそんな答えが帰ってきた。ふざけてるとは思えないリアリティーだ。
「うん。確かにそれはあるかも……」
「あり得ません」
サラさんに否定される。真面目だからなあ、サラさん。
「きっと疲れて医務室に行ってるのでしょう。あそこには晋也さんのお気に入りの人がいますからね」
ふふ、とサラさんがおしとやかに含み笑いを浮かべた。
なに、それ。晋也のお気に入りとか嫌な予感しかしない。
それを察したのか京二は言われる前からすぐに断っていた。
「迎えにいかないからな、俺は」
それに関しては僕も同意見だ。面倒な人でなくとも、迎えにいくのが面倒だ。
「京二さん、行ってください」
それなのに、サラさんはまた笑顔のまま、頼んでいた。
反論に対する反論として無言とは画期的なコミュニケーションと言えるだろう。
「嫌だ。そんな面倒なこと」
でもそんなことで折れる京二じゃない。
「そんなに面倒ですか?」
「ああ。面倒だ」
「……じゃあ、生きてることも。面倒ですよね」
「あ、え?いや、そうではなくて」
京二の語調がだんだん整っていく。言葉の隅々に散りばめられた恐怖に気づいたようだ。
「サラ姉は怒ると笑う。めっちゃ怖い」
気づくと、隣にはミスズがいた。
「あれ?ミスズちゃ……」
「タメ」
「ミスズ。いたの」
急いで“ちゃん”を取り消す。それだけで違和感が倍増したということは胸の内に閉まっておくことにした。
だって僕はあまり鳩尾の耐久力に自信がない。
「まあ、怒ると怖いのは京二もバカじゃないから分かってるよ」
「生きることは面倒なんて思ってないからな!?」
「じゃあ、思わせて あ げ ま す」
「おい、やめ!和巳ぃ!たす……」
見なかったことにしよう。
「……大変だな、色々と」
「うん。そうだね……」
ああならない内に僕も志願してこないと。
ほぼ強制的な衝動に駆られて、軍人のようなテンションを作って志願する。サラさんは了解と、にっこり微笑むと今やお人形同然と化した京二を別室に連れていった。部屋の名前は調理室。
……あいつ、帰ってこれるかな?
帰ってきた京二はしばらく虚ろな目で、医務室へと歩いていた。
「ったく。京二も大人しく従っていればいいのに」
京二も道すがら、だんだん回復してきた。とにかく会話が通じるくらいには。
「俺はお前と違ってプライドがあるんだよ」
「いや、僕にもプライドはあるけどさ……」
命には代えられまい。
そんなバカ話を続けて、しばらくすると医務室についた。
「それにしても、京二。行ったことないのによく医務室の場所分かったね」
少なくともさっきサラさんに案内してもらっていた時には通らなかった道だ。
「まあな。さっき医務室の場所をサラに…………うっ!頭が……」
あまり突っ込まない方が良いらしい。
「まあ、到着したんだからさ。そのことは忘れて……」
ガラッ
医務室の扉を開けた。
「さっさと!出て!行きなさいよ!」
パチッ!パチッ!パチッ!
「もっと!あと百回叩かれたら出ていくから!」
ガタンッ!
「おい、どうした?ここが医務室だろ?」
「違う、京二。ここは、」
少なくとも僕が見た景色を今までに見たことのある場所で例えるとすると……。
「京二。ここは、養豚場だ」
間違いない。
「……バカ言え。こんなところに養豚場があるわけ……」
ガラッ
ガタンッ!
「……そうだな。よく訓練された豚が一匹いた」
やっぱり僕の推測は間違っていなかったようだ。
「こら!そんなとこでなに覗き見してんのよ!」
「やば!逃げ!」
振り向くと既に京二は捕まっていた。
「じゃあな!京二!」
「待てぇぇぇ!この外道!」
京二を見捨てる。
こういう場合は状況判断力が大切になると聞いたことがある。見捨てるのも、また尊重すべき決断なのだ。
パシッ!
しかし、僕も何者かに拘束される。
「何!」
体には幾重にも巻き付いた鞭。後ろにズルズルと引きずられていく。
抵抗する術を持たず、僕はなされるがままになっていた。
ズボンについたホコリがすぐに取れるといいなあ、と諦めからくる謎の冷静さに従ってそんなことを考えていると、濃密な薬品の香り。もう医務室の中にいた。
「つまり、」
ツインテールの女の子が僕らの供述をまとめる。
「晋也を迎えにきて、この部屋に入ろうとしたら、養豚場だと錯覚して部屋を間違えたと思った」
二人で首肯する。
「バッッッカじゃないの!?」
いきなり罵倒される。まあ医務室を養豚場と間違えるなんてバカそのものだろう。
「医務室かどうか分からなかったら豚が相手でも“ここは医務室ですか?”って聞けばいいじゃないの!」
果たして豚は答えてくれるだろうか。
「で、でも」
僕がおずおずと手を上げる。
「悪いのは養豚場と思わせた豚だと思う」
キッ、と豚こと晋也を睨み付ける。後で豚しゃぶにしてパーティーの料理に混ぜてやる。
「まあ、晋也も悪かったわね。というか晋也が悪かったわね!ほら!晋也!謝んなさい!」
すると、晋也は申し訳なさそうに、
「ぶ、ぶひぃ」
と言った。言ったというか鳴いた。
「ごめんね。わたしちょっと怒ると鞭で叩いちゃう癖があって、こいつ叩かれ始めるとぶひぃとしかいわないのよ……」
ここが医務室でも晋也のキモさだけは絶対に治らないだろう。
「まあ、分かるよ。こいつ金髪ツインテールに罵られながら鞭で叩かれるのが夢って言ってたもんな」
京二がそれに答える。
「……不本意ながら、僕らこいつの友人なんだよ」
僕がそれを補足する。
すると、女の子は予想外にも驚いた。
「あ、あの……。こいつに友達がいることがそんなに意外だった?」
「ああ。それもあるけど、」
あるのか……。晋也、不憫なやつ……。
「ってことは、あんたたちが召喚されたっていう……!」
「うん……。一応そうだけど……」
召喚されるという話はそれなりに大変なことなんだろう。少女は驚きを隠せずにいた。
「あ、自己紹介がまだだったはね。私はラミ。ラミ・ハルラキーフよ」
「僕は桐生和巳で、こっちが」「相模京二だ。よろしく」
京二の紹介を導入まで済ませると、今度は京二が自分から自己紹介を始めた。
ラミと晋也は互いにタメ口だったから同じ年なんだろう。するとサラさんだけが一歳年上か。ミスズは……一応タメだったな。
「……そう。あんたたちが、救世主……」
ラミが呟く。さっきから救世主ってなんだろう。こそこそ話をされるのはあまり良い気分ではない。
「で、晋也に何の用?」
そういえば本題を伝えるのを忘れた。異常な状況下、すっかり沈んでいた記憶を再生する。
「ああ。パーティーがじきに始まるから晋也を連れてこいって、サラさんが」
サラ、と聞いてラミは少し考えるポーズをとる。そして、
「じゃあ、晋也が回復したら私が連れてくわ」
と言った。まあ、そっちの方が効率的だろう。
断る理由もないので二人して頷いた。
なによりこのSM空間には医務室なのにあまり安らげない空気が漂っている。
なので僕と京二はすっかり骨抜きの晋也を背にすると、先に会場へ戻ることにした。文字通りお邪魔だろうし。
その後、廊下を歩いている途中にまたブヒィ!と鳴き声が聞こえたのはあえて追及せまい。