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終わりに始まる異世界鎮魂歌‐End is an absolute prerequisite‐  作者: 常闇末
おわるセカイとおわらぬイノチ
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第三話 去る者は日々に疎し


かくして、午後の授業をサボり、晋也の捜索が始まった。


「京二の記憶が正しければ、晋也はとてつもないドMっていう話だけど」

「ああ。そのはずだ。だけど」京二が公園に置いてあるマシンを指差す。

「あれはないよな!?」


それは僕の作品No.86「整体ロボ」改め「背、痛いロボ」だ。


「なんで?思いっきり叩いてくれるんだよ。元整体ロボだからちょっと気持ちいいんだよ。ドMホイホイじゃないか」

「お前、ロボット三原則とかガン無視だよな……」


趣味でやっているのだから仕方ない。それにある意味の整体だ。


タカッ


靴が硬いアスファルトを叩く音が聞こえる。誰か来たのだろう。


「!ほら、来たよ!隠れろ!」


京二を茂みに隠れさせる。


(なにすんだよ!あんなもん誰も来るわけっ……!)

(来たから言ってるんだよ!見てみて!)


しぶしぶという感じで京二が茂みから目を光らせる。数秒後、京二は大きくため息をついた。


(……お前、見てみろよ)


そう言われて茂みの外を見る。


「兄ちゃーん!学校の人が探してたよー!」


清楚な雰囲気で長い黒髪の、中学生くらいの女の子がいた。


って、柚花!?


(ほれ、見てみろ。失敗だ)


そう、京二が呟く。


でも、なんで柚花がここに?……そうだ。柚花は昨日、学校が早帰りだって自慢してたっけ……。

羨ましいが自慢にはならないだろ、それ。

一日遅れのツッコミを声には出さずにすると、僕もまたため息をついた。


しかも、僕たちの捜索に出ているなんて。厄介だ。

ここで引き戻されるのは一番華がない。

なんとか言い訳をしようと茂みから出ようとすると。


「あれ?なにこの機械?」


……ヤバい。見つかった。


(どうした?出ていかないのか?)


ピタリと彫刻の如く止まった僕に京二が催促する。


(いや、柚花にはもう機械は作らないってこの前言ったんだ。たくさん迷惑かけてるし)


だから、今バレたらとてもめんどくさい。


「あれ?この機械。兄ちゃんの作った整体ロボに似てるかも」


ついに柚花が気づいた。


「どれどれ〜。ポチッとな!」


背中に付いているスイッチを押す。整体ロボのではなく、背、痛いロボの。


ヴィィィィィン


ロボの駆動音が鳴り響いて、その手が柚花の背中を押して、転ばせる。


ステンッ


「……いたた。なにすんの……」


言葉を紡がせる予断も許さず、ロボは鞭で柚花を叩き出す。


(お、おい!お前の妹、叩かれてるぞ!いいのか!)


京二がその光景を見て騒ぐ。


(いや、まずい)

(だろ!怪我する前に止めなきゃ!)

(いや、怪我はしない。気持ちいいだけ。だから、)

(だから?)


「……ぁん……!んっ……!……ふぅ……!」


ピンク色の喘ぎ声が公園に響く。柚花の体は、その黒髪と同じように、ビクンッ、と波打っていた。


遅かったか。


(あれに叩かれたやつは大抵Mになってしまう)

(バカやろぉぉぉ!!)


京二にその真実を告げると京二は小声の域で最大の声で叫んだ。その間も柚花は叩かれて続けている。


「ちょっ……!……やっ……!らっ……め……!」


柚花は艶やかな声を上げながら地面にザッザッと体を擦りつけている。

恍惚な表情で、口からは涎が垂れていた。

鞭はなおも柚花に当たって、体のラインを浮き彫りにさせている。

仮にも公の園と書く公園には相応しくない光景であることは間違いない。


「……あっ……!ぁぁっ……!……んんっ……!」


正直、妹の艶姿は色っぽいものだと認めても、ずっと見ていたいものではない。特に、新たな境地へ至る様なんて。


「助けるよ!」


京二に声をかける。


「ああ!俺はロボを止めるから柚花ちゃんを頼むぞ!」

「おう!」


茂みから飛び出すと、京二がロボを羽交い締めにする。僕は柚花に駆け寄った。


「大丈夫か!柚花!痛いだけだよね!ね!」


我ながらおかしな声のかけ方だったけど、今はこれで合っている。


「に……にぃちゃん……?」


涙目で見つめてくる柚花。


「ああ!兄ちゃんだよ!…………柚花。今一番何をしてほしい?」


念のための質問。すると柚花は息の荒いまま、ねだるように体をもじもじさせて、


「……もっと、叩い、て……!や、めな、いで……!」


と言った。僕は自分の罪を理解した。


僕の妹をMにしてしまったことだ。



その後も、できるだけのことをした。

柚花のことではなく、晋也のことだ。

いろんな策、ふざけたようなものもあったが、それでも僕たちにはそれらにすがるしかなかった。どういうわけか、京二にも晋也の家の場所はわからなかったからだ。

でも、徐々に日が暮れていき、次第に策はなくなっていった。

今は策を思い付くまで、僕たちは公園の遊具に座っていることしかできない。


夕日に照らされた僕たちの表情は徐々に諦めに満ちてきた。


「なあ、もう捜すの。やめないか?」


珍しく京二にしては弱気な発言だった。


「やめる!?そんなことしたら……!」

「勘違いすんな。また、明日捜すだけだ」

「……そう。悪かった」


京二の声に勢いが削がれていく。


なぜ、京二がこんな弱気な発言をしたのか。わからないはずはなかった。でも、京二はそれをたまらず、


「……晋也っていんのかなぁ」


言ってしまった。


「ッ!?そんなこと!!お前がそんなこと言ったら……!」


僕に京二を貶すことはできなかった。だって、僕は京二より、晋也のことを覚えていない。


「……悪い。流せ」


京二がそう吐き捨てる。京二は晋也の存在を疑っているのだろう。

そうは言っても、僕もそんなに変わらなかった。京二が言っていなかったら僕の中の晋也の存在なんて瓦解していただろう。だからこそ、


「諦めないでよっ!」

「は?」


京二が聞き返す。


「僕は絶対諦めないから、京二も諦めないでよ!」


僕は京二を諦めさせるわけにはいかない。京二が諦めたら、僕もそのうち諦めてしまうだろうから。


「諦めたら、お前の頭!バリカンで丸めてやるからな!一生だから!抵抗すんなよ!動いたら頭が平らになるからなっ!」


で、ぱっと思いついたのは断髪だ。しょうもない脅迫だけど、何かしら理由をつけたらきっと、


「……じゃあ、お前も諦めたらハゲだかんな」


断らない。


「おう!いいよ!僕も諦めたらハゲだ!」


その時、今日一番晋也のことに真剣になれた気がした。


キィィィン


「……うっ……」


突然、頭痛がする。ぱっ、と頭の中が真っ白になって、一つの景色が浮かんでくる。


この剣、カッコいいだろ!


「あ……!」


晋也のことに真剣になれたからか分からないけど。

少しだけど、思い出した。幼年期の思い出を。


「どうした?和巳。頭なんか抱えて。急に髪が恋しく思えたのか?」


確か、あそこに。


滑り台へと駆け寄る。


「……だから、どうした?滑り台の柱なんか見て」


あった!


「……見てよ、これ」


指を指したのは滑り台の柱に彫られた剣の絵。


「……これって……確か」

「晋也の彫った剣、だ」


確かに思い出した記憶。まだ小さい頃、晋也はここに剣を彫っていた。カッコいい、といいながら。


何も言う必要はない。ただ一つ、言わなければならないことはこの剣が語ってくれる。


晋也はここにいる、と。


夕日に照らされた剣の絵は、存在を主張するように輝いていた。




「ただいまー!」


体力がこんなに削られてはもう保たない。

そんな京二の判断から、一旦解散することとなった。

京二だって晋也が本当にいることが分かって、安心したらどっと疲れが湧いてきたのだろう。僕もそうだ。


「兄ちゃん!遅い!」


玄関を潜ると、柚花が待っていた。


「悪い悪い。ちょっと用事があって」

「それでも学校サボるのはいけないよ!たんいとか落としたり、りゅーねんしちゃうんだからね!」


まだ中二の柚花には実感がないのか、単位や留年が棒読みだ。


「そうだね。悪い悪い」

「もーーっ!」


柚花の忠告を適当に流して頭をポンポンと叩いてやる。柚花は膨れっ面をして見せた。


「あ」


晋也がいると分かった安心感からだろうか。

ふと聞きたくなった。


「なあ、柚花。棚月晋也って知ってる?」


ほんの冗談のつもりだった。

知るはずがないと思っていたのだから、知らないと言ったなら笑いながらそうかと頷いてやるつもりだった。


柚花は一瞬驚いて、少しの間俯いて黙っていた。その後に顔を上げて。


「知ってるよ」


今度、驚くのはこっちの番だった。


知ってるだなんて思わなかったんだ。


「!?なんで!そのことを!?」


柚花は僕の剣幕に呑まれながら、躊躇しつつそれに答えた。


「兄ちゃんの幼なじみだからだよ。……兄ちゃんこそなんで今、そんなことを?」


そうだ。柚花なら何か知っているんじゃ……!?


「いないんだよ!晋也が、どこにも!」


僕のそんな慟哭の後、不自然な沈黙が場を支配する。柚花は唖然としていた。


「……に、兄ちゃん?何を言って……?」

「だから晋也がいないんだ!信じられないことかもしれないけど!京二と捜したってどこにもいない!」


はっきり言って困惑が返ってくると思った。でなければ同情。うまく行けば同調まで得られると思った。けど、返ってきた言葉は怒りを内包していた。


「……つかるわけ…………でしょ……っ!」

「なんだよ。なんか分かるのか?もっと大きい声で……」



「見つかるわけないでしょ!!晋也さんなんて!」



それが侮辱なのかは分からない。何らかの真実なのかもしれない。ただ、僕はその言葉に漠然とした不安を抱いた。まるで絶望が足音つきでこちらに向かっているような。


「……どういうことだよ……」


見つかるわけがない?なぜ柚花にそんなことが分かるんだ。


「……っ!!しっかりしてよ!なんで今頃そんなこと言うの……っ!?まだ受け入れられないの!?いい加減にしてよ!」


僕は訳もわからぬままに柚花に叱責されていた。身に覚えのないことを言われて、自分を真っ向から否定される。


「…………なにを、言ってるんだ……?」


柚花にとってそれほどまで残酷な質問だったのだろうか。柚花は瞳から涙を溢して。



「……晋也さんは……もう……っ!」



その言葉を聞き終わらないうちに、家を飛び出した。



異常だったのはクラスメイトじゃない。先生でもない。柚花でもなくて、世界でもない。

誰も、何もかもが正常だった。


今朝の一件と同じだ。ただ、第三者からの引いた立場から見るだけで、その会話の新たな意味が見えてくる。僕らは信じたいものだけを信じ、それ以外の可能性を考えなかった。

たかが二人だけの妄想が一致していただけで、何を僕はそれを真実だなんて考えていたんだ……っ!


単純な話だ。


異常だったのは、僕と、京二だった。


晋也という存在は元々ここにいるわけがなかったのだ。




走っている途中、何も考えられなかった。どこまでも続く闇夜も僕の視界を狭め、思考を阻む。

浮かんでくるのは後悔と否定。

その二つの感情が頭の中をグルグル、グルグル廻っては僕の頭の機能を停止させた。


「和巳ッ!!」


そして、次に足を止めたときには京二に呼び止められていた。

そこには周りに闇しかなく、一筋の光とも言える街灯はまるでその役目を終えたようにチカチカと明滅していた。


「どういうことだよ!!わけがわからねぇんだ!!あり得ねぇ!!そんなの認めたくねぇんだ!!でも、」

「京二……」


僕は何も理解しようとせず、ほぼ反射的な行動で京二の手をとろうとした。だけど、その手は他でもない京二に振り払われた。



「お袋が!“晋也は十年前に死んだ”って言うんだよ!!」



……晋也は……死んだ……?



その瞬間。さっきの柚花の言葉が脳内で再生される。


“……晋也さんは……もう……亡くなってるの”


僕たちが捜していた“晋也”は、もういない……?


頭の中で、信じられない現実を何度も確かめるようにひたすら反芻される。


晋也は死んだ、晋也さんはもう亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、死んだ、亡くなっている、



死んだ



「うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



泣き崩れている京二の隣で、僕も叫ぶ。



嘘だ。

死んだ。晋也が。亡くなった。


嘘だ。

居なくなった。晋也が。死んだ。


嘘だ。

亡くなった。死んだ。十年前に。消えた。晋也が。



嘘、だ……。



頭の隅に残っている、昨日までの晋也との記憶。

楽しかった過去と、苦しい現在。背反している二つの事象が起こす矛盾は僕を壊していく。

脳がどろどろに溶けて、口から吐き出したくなるくらいに気持ち悪い。それに耐えきれず、僕は全てを投げ出すようにゴツゴツとしたアスファルトの上に身を投げ出す。

見上げる夜空に晋也の姿はない。


自分の存在を疑う程の矛盾。


もう疲れきってしまった。


身体中の血が沸騰してしまったかのように頭の芯から熱くなって、視界が霞み、感触がなくなり、自我が消え、“僕”は崩れていった。




“世の中には知ってはいけないことがある”


声が響く。僕はその音を空気の振動として吸収して、頭に信号として伝え、それでも脳は既に機能しておらず、理解はできなかった。


“世の中には考えてはいけないことがある”


“それでも、君たちは知ってしまい、考えてしまうんだね”


“自業自得だ”


“僕が関わるようなことじゃない”


“でもね”


“僕は君たちに頼み事がある”


“それは、僕の口から頼まれることではないけど、僕が言わせているのと同じだから、僕の頼み事”


“それは今よりもっと辛い頼み事なのに、君たちはそれを受けなければいけない”


“もちろん代償も払うけど……おっと、話がずれたね”


“どうせ君たちは理解できていないのにね。意味のある言葉を言っちゃった”


“まあ、君たちに今ここで立ち止まられちゃ困るんだよ”


“今は、助けてあげる”


“でも、覚えておいて”


“僕は、君たちの味方じゃない”


“まあ、せいぜい残された平和な時間を楽しむといいよ”


“……また、意味のある言葉を言っちゃった”


“意味がないのにね”


……すると、僕の意識はとても深いところから再び浮き上がってくる。


自我が芽生え、感触が戻り、視界が開けて、身体中に程よい熱を感じる。


僕はむっくりと起き上がり、どこまでも続いているであろう闇を背に、一筋の光に向かい、歩き出した。


代わりに僕は、重石となっていた大切な物をそこに置いていった。

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