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終わりに始まる異世界鎮魂歌‐End is an absolute prerequisite‐  作者: 常闇末
おわるセカイとおわらぬイノチ
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第二話 邯鄲の夢

「はっはっはっ!そいつは傑作だな!」


例年よりも少し暖かさを含んだ春の爽やかな風の中。朝の一件を幼なじみの京二に話すと、案の定と言うべきか、京二はいつものように豪快に笑った。


「笑い事じゃないよ……」


危うく僕と柚花のありもしない関係があの母親に認められるところだった。


きっとあの母親の度量は東京ドーム五個分はあるのだろう。


「俺にとっては笑い事で他人事なんだよ!はははっ!」


……やっぱりこいつに話すんじゃなかった。


「そんなことで笑ってると天罰が下るよ」

「はっはっはっ!そんなわけ……」

「おにいちゃーん!」


他愛もない話をしていると、遠くから小さい子どもが手を振りながら走ってくる。確か、あれは……京二の妹だ。直美ちゃん、といっただろうか。子供特有の元気さに跳ねるような印象を受ける。


「おお!直美!」


京二が今年で小学三年生になる直美ちゃんを抱き上げる。直美ちゃんも子供の血が騒ぐのかすっかり喜んでいた。朝から和ましい光景だ。


「どうした?お前の登校にはまだ少し早いだろ」


お兄ちゃんと妹。その鏡のような様子を僕を含め、登校中の高校生たち全員が微笑ましく眺めていた。


「ちがうの。直美ね、おにいちゃんにお礼言おうとおもって」

「?何のお礼だ?」


京二には心当たりがないらしい。まあ、いいお兄ちゃんだからいちいちやってあげたことを覚えていないのかもしれない。普段と表情が全然違うぞ、と心の中でツッコミをいれると同時に、いい兄だな、と素直に感心もした。

あいつは兄という地位に永久就職で間違いないだろう。妹を嫁に出さず我が物とする類だ。


その考えは予想を軽々と越えた事実として認識されることとなる。


「昨日、あの、お兄ちゃんの、……肉のついたぼうだから……肉棒食べさせてくれたこと!」


次の言葉を聞くことで。


ざわっ……!ざわっ……!


周りでいろんな声が上がる。

近親相姦、鬼畜、無理矢理、とかなんとか。


「あ、ああ!つ、く、ね、のことな!作ってやったもんな!」


京二もその空気を察して、つくねを強調して言った。

なんだ、つくねか。

だけど大声で言うことで誤魔化しているようにも聞こえる。


「あのね!おにいちゃんの肉棒、美味しかったよ!」

「そ、そうか。つくねは美味しかったか!」

「でもね、少し苦かったの……」

「す、少し焦げてたからな!」


話の方向が危ない方へと偏ってくる。今朝の僕を見ているかのようだ。……あいつ、人生終わりそうだな。今の僕には死神級に奴の寿命が見てとれる。


「だけど、食べたらおにいちゃん、うれしそうだったからよかったの!」

「ああ!そうだな!自分の料理を食べてもらえると嬉しいからな!!」


半ばやけくそになって、京二が叫んでいる。

因みに僕も今、とても嬉しい。人の不幸は蜜の味、とか因果応報とか。そんなニュアンスだ。決して不健全ではないと断言しよう。


「おにいちゃん、肉棒をいきなり直美のお口に入れてくるからびっくりしたよ!なんかあつくて、汁もいっぱい出てきてたもんね」


「汁……!?熱くて……!?」「万年発情期……!」「うらやま、けしからん……!」


みんなの朝の話題にも事欠かないな。話題提供者もさぞかし嬉しかろうな。


「うん!焼きたてだったから熱くて肉汁たっぷりだったよなぁ!」


京二の声は既に涙声。それなのに直美ちゃんは嬉しそうに両で縛った髪の毛を揺らしている。


すれ違いとはかくも恐ろしいものだ。


きっと今の京二にはあの髪が角に見えていることだろう。


「あ!もう時間だ!おにいちゃん、和巳さん!じゃあね!」

「ああ……、じゃあな……」

「じゃあね!直美ちゃん!……ナイス!」


最後に僕の代わりに復讐を果たしてくれた直美ちゃんにグッ、と親指を立てる。あの子は将来有望だなぁ。


そうして、京二にとっての天使であり、悪魔ともなった直美ちゃんは去っていった。


「…………なあ、和巳。おまえさ……」

「大丈夫だ。きっとお前なら運動会で勝てる」

「おいこら、てめぇ。なに俺が逮捕されて取り調べの末に裁判にかけられ懲役刑を科された挙げ句そこに馴染んで牢屋の囚人共と楽しく定期開催の運動会に参加するところまで想像してやがる」


是非とも京二には『ボキッ(骨の折れる音)!囚人だらけの大運動会』の感想を原稿用紙にしたためてきてもらいたいな。真っ当な道を通ってりゃ体験できないウルトラレアなイベントだろうからな。


京二は大きく息を吐き、地球上の二酸化炭素を1瓱未満増やすと、言いかけだった言葉を改めてもう一度放った。


「……和巳、おまえさ…………今朝は大変だったな……」

「うん。京二も、ね」


京二に同情の視線を向ける。春のまだ少し乾燥している風が吹き抜ける。そして僕らは重い足取りで、ねっとりとまとわりついてくる視線を受けながら学校に続く坂道を再び歩き始めた。




「さて、今日も41人全員出席だな!」


そんな先生の一言で、HRが終わる。教室は毎度の如く、話し声に包まれた。


「……ところで、相模京二。ちょっと職員室に寄っていきなさい」

「いや、それは誤解で!」

「それは我々が話を聞いてから、決めることだ。……つくねの件。話してくれるかね?」

「…………はい」


京二はすぐに職員室へ呼ばれていった。どうせすぐに帰ってくるだろうけど、朝に話し相手がいないのは退屈だ。いつもの賑やかな話し声に程々の寂寥感を覚える。


「……あれ?」


ふと違和感を覚える。


……今までこんなことがあっただろうか?京二がいなくてもよく話すやつがいた気がする。


教室を見渡す。

みんな各々で話していて、少し悲しいかな、やはり僕に意欲的に話しかけてくるやつはいない。


(気のせい、か……?)


自分の記憶に対する自信を少しなくしつつ、次にやるべきテストは定期テストよりも認知症テストを受けるべきじゃないか、そんなことを考えながら、暇を自分の机に突っ伏すというなんとも非生産的な行動でペッシャンコに潰してやることにした。


ちょうどその辺りからだ。僕は何処にもいないやつのことを考えていた。



「おまえさ。なんか今日、ずっと悩んでないか?」


京二が僕のその異変に気づいたのは、学食にいたころだった。絶品!讃岐風うどん(税込256円)なんて胡散臭いメニューに七味唐辛子を片手だけで入れることに成功したら今日の夜はぐっすり眠れる、という実に意味のないジンクスを作り上げ、それに挑戦中の時だ。


「あ、ああ。今朝の大変な悩み事が……」


ドバッ


動揺したまま嘘をついて、更に動揺した僕は動揺との関係性がいまいち怪しいが、頼んだうどんに七味を一つ丸々いれてしまっていた。……しばらく僕の睡眠は授業時間が主体になりそうだ。


「……ほんと分かりやすいよな、お前」

「嘘をつけない善良な性格と言ってくれ」


仕方ないので、七味唐辛子の山を崩す。見る見るうちにスープが真っ赤になった。今や軽く味覚兵器だ。

……何、やってんだか。


「で、何を悩んでるんだ?俺の悩み解消の糧にしてやるから言ってみろ」

「……あくまで自分基準なんだね。って、京二も悩んでるの?」

「ああ。お前のことだろうから気づかなかっただろうが……」


「いや、知ってた」


そう言うと赤いうどんをすする。……量産型の三倍うまい!新たな発見だ。これを和巳専用うどんと名付けよう。


「……どこで気づいた?」


京二が苦い顔をする。とても気づきやすい異変なのに、当の本人はまだ、気づいていないようだ。


「ん」


京二の頼んだメニューを顎で指す。


「あんな事件があったのにつくねを頼むやつはいない」


京二の頼んだメニューは“つくね定食”だった。


「……そうだな」


京二もつくねをかじる。うまっ、と声を上げるとメモをとりはじめた。また、妹にでも振る舞うのだろう。学習しないやつだ。


「……そうだ。俺も悩んでいる。それも、多分お前の悩みに近い」


京二はメモから顔を上げずに言った。確かにそれは僕も抱いていた考えだった。僕の悩みには京二も関係している。なぜか断言できることであって理由はないんだが。

しかしその言葉で確信を得た僕はいきなり本題から切り出すことにした。


「うん。こんなこと言うのも変だけどさ……、僕と京二の他にもう一人いなかった?」


いないはずのもう一人。まともに考えればあり得ないのに、どうしてもそうだとは思えない。


「……奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」


やはり、京二も同じ悩みを抱えていた。すると、やはり居るんだろうか。


「というか、俺の場合、居るのは分かってるんだ」

「え?」


ということは、京二は僕より多くのことが分かっているのだろう。なぜこんな差が出ているのかは皆目検討もつかないが。


「……名前は棚月晋也。年は俺たちと同じで、16歳。男。俺たち二人の、幼なじみ」


言われてみれば思い出してきた。デジャヴュに近い感覚だ。今まで一緒に過ごしていた記憶。幼年期も一緒に遊んだ記憶。

今まで当然そこにあったかのように、気づいたら全て思い出していた。


「でも、いなかったことにされているんだ。棚月晋也は」

「いなかったことにされているって、どういうこと?」


京二は手に持っていたつくねを皿に置くと、


「あいつは、この学校の生徒なんだ」


と言った。


「でも、誰も覚えてねぇ。出席簿にも書いてねぇし、担任はこう言いやがった。“41人全員出席だ”って」

「41人って……!」


そうだ。思い出した。確かうちのクラスは、42人だ。縁起が悪かったから覚えている。


「だから、俺だけが違うんだ。周りは笑って話しているけど、俺だけが気持ち悪い違和感を持ってる。俺がへんてこな幻想を見ていたとしてもおかしくないんだ」


京二は朝からそんな悩みを持っていたのか。確かに一人だけが何かを視ていたのなら、それは妄想だ。そう思ってたからこそ、京二は今まで何も言ってこなかったのだろう。


だけど、


「僕も、晋也は居ると思う」


僕も、晋也を知って確信した。晋也は決して妄想なんかじゃなくて、そこにいる……はずだ。


「……だよな。お前みたいなバカだけならともかく、俺みたいなしっかり者も居ると思ってんだからいるよな」

「ああ。京二みたいな心の弱い人が幻覚を見ているならともかく、僕みたいな誠実な人間が居るっていってんだから、居るに決まってるだろ」


京二とメンチをきりあう。


「うっせぇ!うどん入り七味唐辛子食ってうまいとか言ってる味覚異常者が!」

「はい?合うからうまいって言ってるんだよ!つくねにも七味唐辛子練り込んでやろうか!?」


僕は中性的な顔立ちだから京二の剣幕には勝てないけど、そんな顔は小さい頃から見慣れてしまったものだ。あまり怖じ気づくことはない。

きっと、晋也の顔も見たら懐かしいものだと思う。そんな顔なんだろう。



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