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終わりに始まる異世界鎮魂歌‐End is an absolute prerequisite‐  作者: 常闇末
おわるセカイとおわらぬイノチ
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第一話 一寸の光陰軽んずべからず

夢。

寝ている時に見ている夢だ。

今、おそらく僕はそれを見ている。夢を見ること自体は全くおかしいことじゃない。きっと世界人口の全員が見たことがあるだろう。生まれたばかりの赤ん坊を除いて、だが。


ただ、僕がこの日に見た夢はまたとなく、異様な夢だった。


全く知らない青年とお姫様が出演していたからだ。夢にギャラなんてものがあったら今頃僕は縮み上がっているだろう、てくらいお姫様は美人。青年の方は……いや、よそう。ただ、お姫様と比べるとミジンコ辺りが妥当、とだけ言わせてもらおうか。


「あと何人必要なんすか?」


ミジンコ、もとい青年が意味不明なことをのたまう。

不細工、とまではいかず、ごく平均的――やっぱりお姫様と比べるとミジンコ並みだろうが――な顔立ちにふと懐かしさを感じた。やっぱり夢に出てるってことはどこかで会ったのだろうか。

残念ながら僕は種族を越えた先にミジンコの友達なんていなかったように思えるが。


「あ、あと……。できれば親しい方を二人……」


お姫様の方は花のようなドレスを見事に着こなしている。だからといって別に茎のような、なんて言わない。言えない程美人だ。むしろ僻みで言ってしまうかもな。

お姫様、というのは些か早計だったかもしれない。細かく言えばお姫様風な女の子だった。

なぜお姫様風かと言うと、夢の中の景色がまがうことなく城だからである。


「二人ならちょうどいい奴らがいますよ!バカだから扱い易い!」


バカ、が誰のことかは分からないけどそのバカとやらはこれから一方的に巻き込まれるらしい。他人事のようにヘリウムより軽く同情してやる。まあ、実際他人事なので、どう足掻こうとふわふわ宙を浮くような軽い同情しかできないわけだ。


「はい!できればその方達が良いんですが、」


お姫様が言葉に詰まる。

バカを訂正してくれるのでは、とも思ったが、どうやらそこは訂正しないらしい。


「大事なお友達へご迷惑にならないでしょうか。……い、いえ!私の言えたことじゃないんですが!」


一応、お姫様には人を気遣うくらいの心意気はあるようだ。するとゲスはこいつだけか……。

ゲスでミジンコなんてますます救い様のない奴だ。


「いえ、大丈夫ですよ。だってあいつら、すごくバカですもの」


よろしい、ならば戦争だ。


なぜか分からない。

この際、僕のバカという自覚がゲスミジンコの罵詈雑言を自分に向けてのものと捉えているという可能性は捨てよう。だが、こいつの存在が僕のムカつきオブザイヤーに見事入賞したことは確かだ。これは僕の夢だ。

自覚している以上、明晰夢という稀有なパターンだろう。だから自由に変えられるはず……。今からこの生意気な野郎に百八通りの地獄を見せてやる……!


「兄ちゃん」


出生不明、行先不明の理不尽な怒りを抱いていると、女性のものに似せようとした芝居じみた野太い声が聞こえて一瞬誰の声か理解したくなくなる。だけど、これは……さっきのゲスミジンコの声だ。


「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん」


こちらの怒りを察したからだろうか、ゲスミジンコの精神攻撃は続く。その声はお姫様に対してではなくこちらへ響いているものだとなぜか分かってしまった。

その言葉、一つ一つが頭に響く度に僕の自我は揺らぎ、吐き気を催し、死にたくなってくる。言葉が物理的威力を持っているとしたら既に僕は昏倒し、意識不明状態に陥っていたことだろう。既に精神的威力のみで昏倒しそうなのも確かだが。

なんだこれは。

僕は深層心理において野太い声で兄ちゃんと呼ばれたいと思っているのか?

もしや、今この胸が張り裂けそうなほどに苦しいのは恋の一種とでも言うのか?だとするとこの耐え難い吐き気も?

……そんなことがあり得たら僕はきっと乗り物全般に恋していることだろう。


「ニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャンニーチャン」


チャンニー?ンニーチャ?何を言ってるんだっけ。

徐々に僕の中のゲシュタルトが崩壊していってもまだ吐き気は止まらない。むしろ強くなっていく。その声は徐々にーちゃん僕の精神を崩ニーチャンしていきニーチャン、僕はニーチャンてゆきニーチャンんでニーチャ……。

うわ、なんだこれ、もうだめニーチャン、ニーチャン、ニーチャン、ニーチャン…………


兄ちゃん!


野太い声が高く、鈴の鳴るような声に変わったことで目が覚める。

しかし、目を開けると見えているのはいつもの天井ではなかった。

寝相……じゃないよな。いくら僕でも寝相で現代アートを象ったりはしないはずだ。すると……。


「……柚花。これはどういうこと?」


僕は実の妹に関節を極められていた。

柚花はクリッ、とした瞳に、小悪魔っぽい笑みを浮かべているが、現時点でその存在は北×晶に変換可能だ。そうでないとしたらモノホンの悪魔にも変換できる。バイキ×マン程度だが。


「いや、兄ちゃんがなかなか起きないから起こしてあげようという妹の優しい気遣いだけど?」

「どこの世界に気遣いで寝起きに兄にサブミッションかける妹がいるんだ!」


すると、柚花は長い黒髪ごとあどけなく顔を傾け、


「さぶみっしょん?」


ととぼけてみせた。……今、やっていることの名称もわからずに関節を極めているのか。大変、アグレッシブで結構なことだが、今度優秀な脳外科に連れていこう。そう心に決めた。


それはそれとしてここは立派な兄として叱らなければならないだろう。もちろん安眠を邪魔されて気分が悪いなんて個人的怨嗟はこれっぽっちも関係ない。ああ、関係ないとも。


「関節技のことだ!早朝から人の間接の可動域を増やそうとするな、バカ!」

「……別にサブミッションが分からなくてもいいでしょ!兄ちゃんのバーカ!バーカ!」

「逆ギレ!?しかもそこに!?」


思わぬカウンターだった。相変わらず着眼点がずれている。脳外科医に通達しなければならない項目が一つ増えてしまったようだ。

幸い、気が間接技から逸れたのか、柚花は僕の関節が蛇と同等になる前に僕を解放し、僕はなんとかベッドの上へと身を放り投げることに成功した。残る問題は……。


「だいたい、サブミッションなんて言葉、中二女子が知るわけないでしょ!」


わけのわからんことで憤慨している妹が一名。

こいつのびっくり水程度では収まらん感情の吹き零れを止めなければならない。


「……それに私がバカって言われるの嫌だって知ってるでしょ?」


涙目になって訴えてくる。

確かにそれは知っている。しかも僕にバカと言われることを特に嫌っているということを。こいつにとっては思春期特有の潔癖が全てそれに注ぎ込まれているのだ。……それはそれで兄としてはましだ、と思えるのだが。


「まあ、お前が嫌らしいことくらい知ってるけどさ」



ガチャン


急に扉の閉まる音が聞こえた。


母さんが俺がなかなか起きてこないから痺れを切らして来たんだろうか。だとするとしょうもない喧嘩なんて放っておいて早めにリビングに降りてやるべきだったな、と珍しく親孝行的なことをしみじみと思う。だが、それ以前に一つの疑問の壁にぶち当たった。


なぜ扉を閉めた?


「……ぐすん。私が嫌らしいって知ってたら兄ちゃんだってもう少しやることがあるでしょ……?」


落ち着いて、まずは原因究明のために会話の流れを汲み取ってみる。すると、あっさりと原因が浮き彫りになった。


嫌らしい→いやらしい


間違いない。原因はこれだ。


というか冷静にこれだ、とか言っている場合ではない。これは我が家存続の危機としては申し分のない爆弾だ。こんな誤解をされるなら家族に大人の参考書コレクションがバレる方がよっぽどましだ。


「い、いや!違うんだ!柚花!いやらしいなんて思ってなくて!」

「……ぐすん。やっぱり私のこと全然知ってくれてなかったんだ!うわあああん!」


……だめだ。全てが卑猥な意味に聞こえる。兄妹喧嘩が痴話喧嘩に早変わりだ。どうしてこうなった。


ふと気になって扉の方をちらりと見た。


じーーっ←母さんの視線


やっぱり!あの母さん覗いてやがる!あの性悪め。いっそ止めに来てくれてもいいだろうに。

「わ、悪い!そうじゃなくて!柚花が嫌らしいってのは……!」


必死に弁解を続ける。ただ、母さんがまだ見ているのはある意味好都合だ。上手いこといけば母さんの誤解を解ける……!


「…………慰めてくれるの?」


……ただ、失敗すると我が家の溝が一段階深くなる。


扉の方を見てみると母さんと共に扉もカタカタ揺れている。奴の頭の中は既に痛々しい程の真っピンクだ。誤解するな、と言う方が無理な話だろう。


とりあえずはこの“慰める”ってのを本来の意味に直さなくては。できることからやっていかなくちゃ散りばめられた誤解を片すことなどできないだろう。


「あ、ああ。慰めるってのは、その、元気づ……」

「また、誤魔化そうとして!」


僕のはっきりとしない態度を誤魔化しと受け取ったのか、柚花が再度叫ぶ。



「どうせ、また寝たいって思ってるだけなんでしょ!」



“寝たい”←New Word!


「わざとだろ!?わざとやってるんだろ!?そんなに兄ちゃんをいじめて楽しいか!?」


けど、柚花はまったく純粋な瞳で頭にハテナマークを浮かべている。


僕がおかしいのか!?普通の人はこの会話を聞いて不自然感を抱かないものなのか!?


いや。誰だってこの状況だと、“一緒に”寝たいのだとしか思えないはずだ。


「……でも、そんなに寝たいなら寝させてあげるけど……」


その一挙一動で我が家にアルマゲドン並みの大災害を起こすのやめていただきませんかね。


既に僕が認めていた方がいいレベルになっているのは僕の気のせいだと信じたい。


「バ、バカッ!寝たいなんてっ!」


あ。


気づいた時には遅かった。

僕は柚花の地雷を踏むと同時に我が家の自爆スイッチを強く押し込んでいたことに手遅れながらも気づいた。まさに手遅れ。


状況を間違った方向に決定づけた柚花の一言がこれだ。


「兄ちゃん……。私が嫌らしいってこと……忘れてないよね」


寝る直前の一言。


“私がいやらしいってこと……忘れてないよね”


うん……。たぶん兄ちゃん、このこと一生忘れられないと思う。


僕は悟った。


人生のゲームオーバーというやつを。


ガタンッ


「駄目よっ!和巳!柚花!」


遂に母さんのベテラン刑事ばりの突入。僕は成す術なく、実の母親に関節を極められた。



今朝は家族にたくさんサブミッションをかけられた。




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