第十五話 学問に王道なし
Misuzu's side
ったく。和巳がつまみ食い係なんて言うから天罰が下るんだ。自業自得だ。 そうは言っても少し心配な事には心配だ。
さっきの台詞を掻き消すようにぶんぶん、と首を振る。
やめだ。やめやめ。他の修行を見て気を紛らわせよう。
そう思って晋也とラミが修行しているであろう部屋に行く。
そこは当に養豚場だった。
「「「ありがとうございます!!!」」」
「ほらほら、治しなさい!晋也!叩かれているやつらが憎くないの!?」
「クソッ!お前らぁ!叩かれたことをなかったことにしてやるッ!」
床には三人の小太りした生徒が寝転がっていて、ラミに叩かれる度に喜んでいる。晋也と同族の者と思わ れる。晋也はそれをひたすら治している。どうやら痛みを根幹から消してやろうとしているようだ。
「うおおおおお!!ラミに叩かれるのはこの俺だああ!!」
……キモい。
「あら、ミスズ。来てたの」
ラミがこっちに気づいて、一旦訓練を終了させる。 気づかれない内にこの異常な空間から逃げようと思っていたのに。
「……で、ラミ。これは何の訓練?」
「見て分からない?」
分かってたまるか。
「まず、晋也の魔法を見て痛みまで治せないところを弱点だと見抜いたのよ」
確かに。この前の買い物のとき、和巳は晋也の魔法を受けてもまだ痛そうだった。
きっと晋也自体、そこまで痛みを治したいと思っていないのだろう。むしろ残ってしまえと思っているきらい がある。
……この変態め。
「だから最初は嫉妬を原動力にその弱点をなくせる方向に進化させようと思ったんだけど……」
ラミが晋也を一瞥する。
「さっきの晋也の言葉、聞いてた?受けた傷自体を“なかったことにしてやる”って」
「確かにそう言ってたけど、何かあるの?」
ただの言い回しの気がするんだけど。
「さっきからあいつ、私が与えた傷を“なかったことにする”。つまり私がそこのSM研究部に傷を与えなかった ことにしてやる、って言ってるのよ」
セリフのキモさに釣られて全然気にしていなかったけど、それはかなり大それたことだ。 というか、その辺に落ちている小太りたちはSM研究部の部員なんだ……。どうだっていいけど、SM研究部が あるってどうなんだよ、この学校。 ……後でサラ姉に掛け合ってみるべきかもしれない。この学校は王立だからどう考えたってここへの部費は 税金の無駄だと思う。
「傷を治すのとなかったことにするのとだと応用の幅がまるで違う。これは予想だにもしない魔法に進化す るかも……!」
ラミもラミの方で指導者としてのスイッチが入ってきたようだ。鞭をしならせている。
私はそろそろおいとまするかな。一刻も早くこの変態空間から逃げ出したい。
「じゃあ、私はこれで」
「あ。じゃあね。いつでも遊びにきなさいよ」
できれば晋也とSM研究会がいない時に遊びに行きたい。
一応、あんな晋也でも頑張ってるんだな。
それに対してはありがたいという気持ちが強い。見ず知らずの私達のために一生懸命に努力してくれてい る。 けど、私はそれを見て自分を責めたくなるときがある。私たち、こちら側の世界の住人は一度もこの頼み事 が冗談ではなく命をかけることになるということをはっきりと言ってはいない。 向こうが察してくれた上で協力してくれているのなら良いが、彼らが頑張っているのをみると騙しているよう な気分になって罪悪感が沸き上がってくる。
特に晋也。事情を知った上で、会って間もない私達のためにどうして親友である和巳や京二を連れてきてく れるのだろう。
……けど、考えても無駄だろう。幸い今は全ての事が上手く運ばれているんだ。このまま行くしかない。
「あ、ここは」
考え事をしながら歩いていると、ふと目の前がサラ姉と京二の特訓している体育館であることに気づく。
ドゴオオオン!!
突如、轟音が鳴り響く。 一体どこから。
「まさか……!この中!?」
一体全体何が行われているんだ!?まさか、とてつもなく危険な状態なんじゃ……!?
「サラ姉!大丈夫!?」
体育館の扉を開けて、中に飛び入る。瞬間、煙が向かってきた。
「ゴホッ、ゴホッ!サラ姉!一体何して……!」
サラ姉の姿を探す。
「あら、ミスズ。見学?」
煙の中に佇むサラ姉は片手に黒光りしている筒を持っていた。
「さ、サラ姉。それ……?」
「ああ。これ?昔、レプリカを元に魔法を原動力として作ってみたの。後で京二さんに聞いてみたらロケットラ ンチャーって言うそうよ。威力は……それ!」
「うわ!やめ!撃つな!」
ドゴオオオン!!
「ギャアアアアア!!」
「ほらね。本物に劣ってないんじゃないかしら!」
そう言って、何発も何発もロケットランチャーを撃つサラ姉。その横顔は笑っているように見えなくも、ない。 これは気のせいであってほしいが。
「でも、それじゃ京二が死……」
「おお!ちびっこ!来てたのか!頼むからサラの暴動をやめさせてくれ!」
京二の声が聞こえる。……ちびっこ呼ばわりとは。
「サラ姉。ロケットランチャーってそれだけ?」
「いえ、もう一つあるわよ」
ずっしりとしたものを渡される。それを京二に向けて。
「……誰がちびっこだ」
発射。
「イヤアアアアアアア!!」
「ナイスショットよ、ミスズ!」
「サラ姉。バンバン行こう」
バンッ
「ミギャアアアアアア!!」
バンッ
「ピャアアアアアアア!!」
バンッ
「死ぬううううううう!!」
「ほら、京二さん!魔法で走ればいいんですよ」
「魔法使っていいならせめて腕で掴ませろよ!」
「それはダメです」
見ると京二の両手は縛られていた。あれをちぎったらちぎったでキツイお仕置きがあるのだろう。
「それ!行きますよ!」
「来るなあああああ!!」
バンッ
カシャッ
「は、歯で受け止めた!?」
「ほうは!ほっひはっへふはへへははひひゃはひんはへ!(どうだ!こっちだって撃たれてばかりじゃないんだ ぜ!)」
京二がこちらに勝ち誇った顔をして、おそらく言語であろう“は行”だけで構成された言葉を発す。
「サラ姉!あれじゃ修行の意味が!」
「大丈夫です!」
サラ姉は相変わらずニコッとしている。
「このロケットランチャーの弾は……」
チュドーン!!
「……触っただけで爆発しますから!」
京二は無惨にも倒れた。
丈夫なのがせめてもの救いなのか、弾の攻撃性が高くはないのか、そこまでの重傷ではなさそうだ。……か なり痛そうだが。
「トドメです!」
「トドメ!?」
それでも慈悲はないらしい。
サラ姉が倒れて、動かない京二にロケットランチャーを向ける。トドメってもう目的が違ってないか!?
バゴンッ
しかし無情にもロケットランチャーの弾は京二を狙って発射され……。
チュドーン!!
煙が上がる。 ……あれは確実に死んだな……。
徐々に煙が引いていき、
「「!?」」
京二のボロボロの体が現れた。
いや、ボロボロなのは当たり前だ。バラバラになってなくて良かったな、くらいのリアクションしかない。けど、
「サラ姉!傷の数が撃つ前と変わってない!」
サラ姉に詰め寄る。けど、サラ姉も当たったものと思っていたらしく、呆然としている。
「……休憩にします!」
京二をこっちに呼び戻す。
事情を聞いてみないと納得がいかない。
「京二さん!最後に私が撃った弾はどうしたんですか!」
「どうしたって……」
「死んだと思ったのに!」
「ひどい言われようだな……」
サラ姉のそんな尋問に、京二自身も訳が分からない様子で答える。
「あ、これ死んだな。と思って、お願いだからあの弾思った通りに動け!と思ったら弾が真横にスーッて移動し て」
これも晋也と同じような新たな進化の兆候なんだろうか。
「……驚きました。触れたものに対する力の増幅が、まさか触れていないものに対しても力を発生させる。所 謂サイコキネシスになるなんて」
……こんなに能力が進化していくものだろうか。
確かに魔法は精神も大きく作用するものだから進化することもあり得る、という旨の話を聞いたことはある。 けど、この人たちは明らかに異常だ。異世界人というものはこれほどまでに桁違いなのだろうか。 ……それはなんだか狡い気もする。
「え!俺ってそんなにすごい事したの!?ピンチになって覚醒みたいな?」
「はい、すごいですよ。だから、」
「だから?」
「だから、もう一度ピンチになりましょうね」
みるみる内に京二の顔が青ざめていく。
「嫌だああああああああ!!」
京二はまた体育館の奥に放り込まれた。
「どう?ミスズももう少し撃ってく?」
「う、ううん。やめておく」
これ以上、グロテスクな光景は遠慮して、私は体育館を後にした。
時計を見る。
まだ9時30分か……。昼食を作るには早すぎる時間だ。
……仕方ない。もう一度、和巳の修行を見てこよう。
和巳とタボ爺のいる剣道場へと足を運ぶ。 しかし、今まで見てきた修行の分だと和巳たちもまともな修行をしていると思えない。不安なところだ。
そんなことを考えている内に剣道場の前に着く。一度、大きく深呼吸をして、扉を開けた。
「やあっ!とうっ!それっ!」
「まだ、脇が甘いですぞ!……足を使っても構いませんよ!」
二人は打撃の練習をしていた。
剣道場でなぜ剣を使わないのかはツッコミ所だがなかなかまともな修行じゃないか!
「あれ!ミスズお嬢様!ようこそいらっしゃいました!」
柄にもなく感動していると、和巳の拳法の相手をしているタボ爺がこちらに気づいた。
「どれ、和巳様。ここらで休憩といたしましょう」
「はあ……!はあ……!はいっ……!」
タボ爺と和巳がこちらに寄ってくる。
「おう!和巳!頑張ってるじゃないか!汗を拭いてやろう!」
結局、皆の汗を拭いてやろうと持ってきて一度も使っていないタオルで汗を拭いてやる。
「どうしたの?ミスズ、柄にもなく上機嫌だね」
「柄にもなく、は余計だ。いや、なに。他と違ってまともな修行してる所もあったんだなぁって」
「まともな、って……。他の所はどうだったの?」
思い出したくはないが、聞かれたので仕方なく思い出す。
「そうだな。一言で形容すると……養豚と虐殺の真っ最中だった」
「……なんじゃそりゃ」
自分でもそう思うが、実際この表現が的を射ているのだから、恐ろしい。
「でも僕たちも一風変わった修行ならやりましたよね、タボルさん」
「ああ、やりましたな。ワックスを塗って、ワックスを拭いて」
「映画にありそうな訓練だな」
「あと、重い服を来ながら修行」
「髪型がツンツンしてる人がやってそうなあれだな」
「それと姿勢を矯正するために矯正ギブスを作ったり」
「お前、眉の濃いキャラになっちゃうかもな」
「なに?そのツッコミ?」
「……すまん、妙な電波キャッチしてた」
妙な受け答えをしたせいでタボ爺と和巳から訝しげな視線で睨まれる。……居心地が悪いことこの上ない。
「そ、そういえばここは剣道場なのになぜ拳法なんだ?」
話題を変えるためにも気になっていたことを聞いてみる。
「ああ。もしも剣がなくては戦えないなんてことになっては大変ですから。まず拳を鍛えようと……」
「それにね」
和巳がタボ爺からグローブを受けとる。
「速さを利用すると威力も上がるから……」
近くの畳を壁に立て掛けると、それ目掛けて腕を振り上げ……
ボゴッ
「ほら、十分使える威力になるんだ」
今、全く和巳が畳を殴ったところが見えなかった。 ……まるで独りでに畳に穴が空いたような。
「……さて、和巳様。休憩も終わり。次は剣の稽古に入りますよ」
「はーい」
そうこうしている内に二人も次の修行の準備に入る。 和巳もきちんと修行に励んでいるんだなぁ。
「では、構えてください」
「はい」
「命の保証はできませんよ?」
「はい……、え?」
「……私はあなたをあの馬の骨だと思って殴りますから……」
「ちょ!殴るのは剣だけですよね!?わ、来るな!せめて顔だけは、ぎゃああああ!!」
……和巳も、がんばってるなぁ。
そろそろ昼食を作る準備をしてもよい時間だ。
なに、時間が余ったってゆっくり作ればいい話だ。
私は剣道場を後にした。